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第2章
王子と従者
しおりを挟む頭上から認められた魔法の輝きを目印に、銀竜が降下を始めていた。
「見つかってよかった……」
「そうですわね」
ほっと吐息をしたのは、ひとまず足りない影が全員分見つかったからだ。眼下に見える状況は決して一息つけるものではなく、むしろ逼迫している。
占音とナイシャを乗せた夜は、既に反対方向へ移動して降下を始めていた。透火達は乗せている人数も相まって微調整が難しいので、今は占音達の頭が十分に見える高さになっている。
「……はい、どうしますか?」
「え?」
小声で尋ねられて、透火は背後を振り返った。
移動の間に場所を入れ替え、今はハーク、透火、光河の順に縦に座っている。だから話しかけられたのかと──それにしては丁寧な問い方だと——思ったが、そこにあると思った彼の顔はなく、木蘭色の頭だった。こんな危ない場所で後ろ向きに座るなど、命を捨てるに等しい。サンが急に体勢を変えたらどうするつもりなのだろう。
(世話の焼ける)
落ちぬよう気を遣いながら、肩を引き寄せる。
「その体勢だと危ないよ」
「っうお!」
思うよりも慌てた様子で、彼が声を上げる。そんなに驚くほどのことかと思った透火の目の前で、コロン、と石が落ちた。見覚えのある花紫に、時間の止められた花弁。
『お前は、何か聞いているのか』
誰かに向けた声が、その石から発せられた。
透火が拾い上げる前に光河が拾い、片耳に手を当てながら誰かに連絡する。あくまで無表情にそれを行うので、笑ってしまいそうになった。
綺麗に微笑んで、透火は光河に詰め寄る。
「おっかしいなあ。俺が失くしたはずのそれを、どうして君がもってるんですか?」
「ご冗談を。出てきてよかったじゃないですか」
渋ると思ったのに素直に差し出される。光の明滅もなければ琉玖の声も聞こえない。
「……今、誰かと連絡してましたよね? 誰と連絡してたんですか?」
大人しく受け取って、落とさぬようしっかり握る。琉玖と連絡を取る前に刺々しく尋ねるも、彼にはどこ吹く風だ。向きを変え、しっかりと取っ手を握る。
「耳でも悪くしたんじゃないんですか? この風ですし」
「降りますわよ」
攻防が始まる前にハークが会話を叩き割る。
指示に応じて、サンが急降下を始める。ぐん、と重力が全身にかかる。
衝突しかけた二人の声は、悲鳴となって夜空に呑み込まれていった。
同時刻。光河からの連絡に透火の声が入ったところで通信が途切れ、魔石が明滅を止める。ふうと溜息を一つ零して、芝蘭は日向に魔石を返した。
「どうなさいますか?」
胸元の衣嚢にそれを入れながら、日向が次の行動を促す。
場所を控え室に移しているのをいいことに、芝蘭は肩の力を抜いて椅子に深くもたれた。聞こえていた琉玖達の会話を反芻し、彼らがこれ以上不都合なく戻ってこれるよう最善の道がないかを考える。無い頭といえど、教えられた量ならば誰にも負けない。類例など思い起こせばいくらでもあり、その分だけの解決策と問題も嫌でも思いつける。
「晴加殿は、本当に、そうなんだな」
言葉をぼやかして尋ねれば、困ったように微笑んで日向が頷く。
机上に置かれた書簡。簡素ながらも芳しい香りを放つそれに目を走らせて、彼は言う。
「九条晴加は表向きには契約騎士として働いていますが、つい先日現国王の第二騎士と昇格しました」
「……嫌な結末に、なりそうだ」
この先に待ち受ける再会を思って、芝蘭は重い溜息を吐く。気の所為だろうか、透火と一度離れるたびに、事態が悪化していくように思えて仕方ない。
疲労を感じ始めた芝蘭の脳裏に、嫌味なほど綺麗に微笑んだ透火の顔が浮かぶ。
指先で光る符が、色を変える。
占音から引き継いだ魔力はもう、残り少なくなっていた。
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