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第2章
強襲
しおりを挟むそれは、部屋へ戻る道中に、唐突に始まった。
「プラチナ様は、リアナ様をどう思われましたか?」
必要最低限の言葉以外、一言も発することのなかった月読が、珍しくも廊下の途中でハークに尋ねたのはリアナのことだった。
意図を察しきれず、また、そういった感情の機微や印象といったものを残さない性質を持たされたハークは月読の問いかけに答えられない。
「どう……とは?」
「リアナ様は、基音——聖上に相応しいお方だと思われますか?」
比較的分かりやすく砕かれた問いに、しかしハークは首を傾げる。どうしてここで、基音の名が──金髪の彼が登場するのだろう。
近くで見つめた月色の瞳を思い出して、一瞬時間を忘れる。穏やかな眼差しと、人を惹きつける表情。王子は彼の顔色を伺っては安心し、心配をしているようだった。もう一人は怒ってはいたが、それでも楽しく会話をしていた。
異性だから理解できないわけではない。
ハークは、そういったものを全て忘れたから、分からないのだ。
「分かりません。ですので、お答えできません」
「私は、リアナ様にはもっと相応しい御仁がいらっしゃると、思います」
「そうですか」
傍から聞けば無意味ともとれる問答も、ハークは素通りしてしまう。歩みを止め、月読が部屋の扉を開く。
「私は貴方を崇拝しております。ですが、それ以上にリアナ様を思わずにはいられません」
「ありがとうございます」
彼女は言葉を止めず、自分に語るように紡ぐ。
「私は貴方たちの哀れな末路を、断ちたく思います。思いはそれだけ。ですからどうか、ご心配召されませぬよう」
風を、感じた。
振り返る前に身構え、叩きつけられたそれを腕で受け止める。
「なにを、」
見覚えのある重さと色に、反応が遅れる。床に落ちそうになったそれを、ハークは無視することができない。
指先に触れる、紙の質感。分厚い背表紙が、くん、と力任せに引っ張られて音を立てる。
「『光は流れ 時は進み 水は涸れ 忘却に伏した刹那は 動き出す』」
聞いたことのない文句が光の文字となってハークの周囲に飛ぶ。魔法の攻撃だ。
「守護者に魔法は効きませんわ」
選択を誤ったのを機に、反撃を開始しようとした。
相棒の名を呼ぼうとしたハークの身体を、電流が駆け巡る。
「っ、あ」
「ハーク!」
大型化したサンの咆哮が響く。
全身に熱湯を浴びせられたような刺激に、ハークはその場にうずくまる。
「なん、ですの……」
どくん、と心臓が大きく脈打った。その痛みに耐えきれず、床に身体が倒れる。身体の中から熱が吹き出すような感覚に、呼吸がうまくできない。
「大丈──命に、──状はな──」
遠く、月読の声が響く。赤く熟れたその瞳が哀しみに濡れているのを見つめながら、ハークはゆっくりと、意識を失った。
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