虹の向こうへ

もりえつりんご

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第1章

第2話 絵画のような謁見

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 天鵞絨ビロードの垂れ幕から射し込む陽光は細く、まるで光の柱のようだった。
 玉座の間。そこは、臣下や訪問者が国王と謁見するための部屋であり、国王が唯一身分の異なる者と関わることの許された場所でもある。石造りの壁は冷ややかで素っ気なく、壇上から部屋の扉まで直線状に敷かれた絨毯の色味を邪魔しない。調和した空間は、その中に立つ者の気を落ち着かせた。
 玉座に国王、その後方に従者である月読が控え、壇を降りた左右に、芝蘭とエドヴァルドがそれぞれ並ぶ。昨日とは異なり、芝蘭は枯れ草色の軍服に身を包んでいた。彼の後方、さらに一つ段を降りた場所に、透火は控えていた。通常業務ということで、芝蘭と同様、空色の軍服を着ている。
 彼らが対面するのは、一人の少女と一頭の銀竜だ。

「お初にお目にかかります。賢王シア」

 荘厳な空気を味方に、ハークがスカートの裾を摘み一礼する。
 銀の髪がさらりと揺れ、光を散乱した。
 彼女は紅色の絨毯に片膝を着くことはない。それは種族のしきたりに従わないからではなく、中立を示す為の一つの礼儀であった。
 その身に同じ種族の血が流れていようと、銀の髪とサファイアの瞳は他と彼らを区別する。その色を持つ限り、職務から離れることはできないのだと、透火はそう聞いている。

「銀の守護者、ハーク・ジッバ・ラティと申します」
「お会いできて光栄だ、プラチナ」

 少女にかける言葉と声音は柔らかくあるが、頬杖をつき、品定めをするように目を細めて言うことではない。不躾な視線を物ともせず、ハークはゆっくりと瞬きをする。
 猫のような目がきっと国王を見据えた。

「私も、お会いすることができて光栄ですわ。賢王」

 凛とした態度に満足したか、口元を緩めて姿勢を正す。紫亜が立ち上がると月読が錫杖を差し出し、音もなく後方に下がった。
 緋色の外套が、段の形に応じて波打つ。
 彼が壇上を降りるたびに、しゃらんと音が鳴る。錫杖の先端にある魔石で作られた飾りが繊細で、それが貴金属の棒に当たって音を立てるのだ。
 少女の前に立ち、紫亜は錫杖を両手に持つ。杖の先端が輝き、ハークと竜に燐光を降らせた。

「貴女が最後の時まで健やかであるように」

 視線を落として紫亜は言う。表情は乏しくも、声音には優しさが滲み出ていて、透火は少し驚いた。

「ご厚情、感謝致します」

 瞼を落とし、ハークが返礼する。

「部屋は用意しよう。城内の者には知らせてあるが、貴女の世話は月読が行う。ここでは貴女だけが中立。好きに歩くといい。──基音が見つかるまで」

 思わぬ話の引きに、透火の背中に悪寒が走る。彼の背後に立っているのに、表情を意識する。悟られたくない、気付かれたくない、そう叫ぶようにどくどくと鼓動が早くなる。
「生きている間に、銀竜に会えるとはな」
 その願いは誰かに聞き届けられたのか、紫亜が竜を見上げて感嘆の息を漏らす。ややあって、芝蘭を振り返った。

「従者の始末は主人のお前に任せる。二度目はない」

 エドヴァルドの頬が、僅かに痙攣する。
 それ以上は誰も言葉を発することは無く、紫亜は国務のためと執務室に戻って行った。エドヴァルドと月読の一人が、後を追って部屋を出て行く。扉を抜ける前、先頭を歩く老爺に鋭い殺気を向けられた気がした。
 扉が閉じると、ほっと胸を撫で下ろす。

「ご命令を、王子」

 ハークの世話役となった月読が、芝蘭の前に跪く。
 教会を象徴する紺色の蓋布を背に落とし、白髪が彼女の頬に淡い境界線を描く。
 アルビノ。白髪に朱色の瞳という、色素を持たぬ彼女たちは、外見と能力によって教会での地位が決定される。国王だけでなく、銀の守護者の身の回りを任されるということは、月読の中で最も実力を持つのが彼女なのだ。

「身辺の処理だけだ。他は関わるな」
「御意」

 立ち上がり、彼女は芝蘭を連れてハークの元へと向かう。透火もそれにならい、芝蘭の後方に続いた。

「こちらへどうぞ」
「ええ」

 銀竜を肩に乗せ、彼女は済ました顔で歩き出す。どこか冷たい印象を受けるものの、品のある身のこなしと見た目の雰囲気によく似合っているので気にならない。

「プラチナ様のお部屋は、鈴蘭の間になります」

 月読がハークに方向を示しながら、説明をする。
 貴族の屋敷と違って、王城はある種の要塞だ。 
 廊下は石で造られた粗野な壁で出来ており、コツコツと靴音を響かせる。窓枠や夜になると火の灯る燭台、洋燈、そして一定区間ごとに飾られる花瓶や絵画こそ華やかだが、甲冑や衛兵が等間隔に並ぶせいでどこか厳格な印象を与える。
 見ていても詰まらないだろうと透火は思うが、ハークは物珍しそうに首を動かしては銀竜と目を合わせていた。それが楽しそうに見えたので、二人をそっとするつもりで足を早め、芝蘭の隣に並んだ。

「なあなあ、芝蘭」
「なんだ」

 後ろを歩く彼女には聞こえぬよう、小声で尋ねる。

「なんで国王様は、魔法を使ってらしたんだ?」
「魔法が使えないからだろ」
「えっ、それだけ?」

 当然という風に言われても、透火には分からない。
 銀の守護者は、古来より竜を使役する代わりに魔法が使えないと言われている。基音をはじめとする人間の戦いの半ばで死んでしまうことも多く、その度に代わりの守護者が監視についた、とも。
 紫亜がハークに掛けた魔法は、文字式も祝詞の一部も語られないものだったが、魔力の高い透火には守護ないし守備魔法の一つだと分かった。だから、不自然ではないけれど、不思議だと思ったのだ。
 なにより、紫亜が魔法を使うこと自体、珍しい。彼は芝蘭同様、術符がなければ魔法が使えないほど、魔力が乏しい体質だ。

ろくなこと考えてねえだろうから、気にするな」
「……了解でーす」

 深く考えたい事でもなかったので、主人の言葉に便乗して忘れることにする。

「話変えるけど。可愛いよね、プラチナ」
「そうだな」
「何歳くらいかな?」
「……気になるのか?」

 前を見ていた芝蘭が、横目で透火に訊く。
 どことなく彼の寂しさを感じ取って、じわりと滲んだ嬉しさに顔が笑ってしまった。口端の傷が、少しだけ痛む。

「そんなわけないじゃん」

 主人の心の安定が、従者の願いだ。
 誤魔化す訳でもなくそのまま話を流し、透火は満面の笑みで後方の二人を部屋に迎え入れた。

「紅茶、直ぐに淹れますね」



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