ぼくらは科学☆特☆掃☆隊

いちたろう

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第三話 怪獣の落とし物を回収せよ

第三話(2)

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 感染症防護服に着替えた貴志達はロープをくぐって目的のブツへと歩き出した。
 すると、待っていましたとばかりに報道各社も素早く動き始めた。
 報道陣は貴志達が糞処理作業をする様子を撮影したいのだ。やはり怪獣のウンコを片付けるニュースはユーモラスで受けがいいらしい。
 どうでもいいような感じだが、地方紙では怪獣の排泄物処理が夕刊のトップを飾った時もあったようだ。他に大きな事件も無く平和だったのであろう。たいして面白くもないのにと思う貴志である。
 二人は目標まであと三十メートルの距離にまで近づき、そこで初めて気が付いた。
 確かにこれは臭う。数メートルまで近付くと、さらに臭いがひどくなった。
 まるで卵の腐ったような臭いである。
「これは硫黄泉と同じだね。硫化水素特有の臭いだよ」
 防護服に身をつつんだ林が言った。
 文献によると怪獣の毒ガスは主に亜流酸ガスらしいが、こちらは硫化水素ガスが主成分となっているようだ。
「前に蔵王温泉へ行ったことがあるんだけど、そこも結構硫黄臭が強くてさ、まあどっこいどっこいかな」  
 林の温泉好きは職場のみんなが知ってはいるが、緊張感も無く呑気である。
 それにしても雨でなくて非常に助かった。もし雨なら糞の周りは汚水のたまりになっていただろう。恐ろしいことである。
 二人は辺りをぐるっと回ると一度先ほどのロープのところまで戻り、マスクを外して深呼吸をした。
 背中にはテレビ局や新聞社の人間から『早く作業を始めろよ』と、無言の圧力が感じられる。
 それに観念して、二人は作業を開始した。
 それにしてもひどい悪臭だ。
 怪獣は山野の道路を壊し、街を破壊し、多大な被害をもたらした。しかも街道のど真ん中にでかい糞塊を残して……。
 昨日はものすごい悪臭で近隣住民から役所に苦情が殺到したようだ。
 というわけで、糞塊から五十メートル先にロープが張られるのも無理はない。
 幸い、今日は曇りで湿度も低く、だいぶ臭いも軽減されているようだが、それでも接近すると臭いに敏感な人はめまいがしそうである。
 マスクは臭いを完全には遮断してくれない。
 植村班長がパワーショベルを大きな糞塊に突き立てコンテナに投入し始めると、テレビ局のスタッフが待っていましたとばかりに、カメラを回し始めた。
 貴志と林もせっせと小さな糞塊をかき集めて、二輪車に投入していく。
 カメラは二人にも向けられた。 
「こんなの撮ってどこが面白いんだ?」
 貴志の愚痴が聞こえたらしく、林が肉体労働の後は飯もうまいんだよと慰めたが、貴志は食欲が減退する気がして仕方ない。
 しばらく糞塊をかき集めているうち、黄色、茶色、黄土色の汚泥状の半固体に、オレンジ、緑、青色の混ざった球体状の塊が混じっている事に貴志は気が付いた。彩りが子供の好きなスーパーボールにも似ている。
 気になったので目に付いた塊を掘り出して観察する。これらは野球ボールサイズから大きい物はキャベツくらいの大きさがあり、良く見ると形状が球を少し押しつぶしたような楕円みたいな形をしていた。軽くスコップの先でちょんちょんとつつくと岩のような硬い感触があった。
「林さんこれは何でしょうね。スーパーボールに似て綺麗ですね」
「ウンコを綺麗と言われてもなぁ」
「岡田さんに聞いてみようかな」
 どうせ研究所に戻ったら分析するので今考えても仕方がないと貴志は思ったが、急に興味が涌いてきたのはどうしようもない。
 再度野球の球ほどの塊に軽くスコップを当ててみると岩のようなコツンという音がした。
 やっぱり岩かな?
 貴志はかち割ろうとしてスコップの先を思いっきり塊に突き入れた。
 その瞬間ドーンとすごい音がして爆風で貴志は尻餅をついた。
 爆弾? 俺死ぬの? 貴志は目まいを起こして気を失った。

 目の前には川が流れている。向こうの川岸では死んだはずのじいちゃんが貴志を呼んでいた。そんなに深くもない川なので歩いて渡ろうとしたら不意に背後から声がした。
「おい! そっちに行くな。精神が向こうの異次元に嵌まると戻ってこれなくなるぞ」
 貴志が振り向くとメルのぼやけた姿があった。
「人間は面白いな。精神を別次元に飛ばせるとは思わなかったよ」
 メルがそう言って姿を消すと、また別の声が聞こえてきた。意味は理解できないが、ヒステリックな甲高い声だ。
 ハッと目を開けると、目の前に岡田と林、植村班長の顔があった。 
「あなた大丈夫なの?」
「あれ……、ここは?」
 岡田の安堵した顔が印象的であった。
「一分ほど気絶していたのよ」
「そうか……」
 貴志は立ち上がり、自分の防護服を見た。
 服は破けたりはしていないものの、飛び散った汚物が大量に付着して恥ずかしい限りである。
 報道のカメラマンは警察の制止も聞かず、立ち入り禁止のロープからこちらに入り込み撮影を始めた。
 岡田が「やめてください」と何度も叫ぶ。
 ウンコ臭さも何のその、プロ根性を発揮した報道カメラマンは気にもとめずにシャッターを切っていく。
 しかし天罰というものか。
 撮影に気を取られたカメラマンが小さなウンコ玉をうっかり踏んでしまい、同じようにパパパンとすごい音が鳴った。
 それに驚いたカメラマンは隣にいたカメラマンの腕をつかむと、そのまま道連れにして糞塊に倒れ込んだ。
 なにせ防護服も何も着ないで、そのまま糞塊に肩から倒れ込んだのである。
 顔や服にウンコを付けた二人のカメラマンはパニックを起こして、周りの人間に助けを求めて走り寄った。
 それからはもう阿鼻叫喚である。
 野次馬も含めみんな恐怖のあまり逃げ惑い、辺り一面はパニックとなった。
 もし今テレビを見ながら食事でもしている人がいれば、テレビ局にはクレームが殺到すること間違いなしである。
 結局、二人のカメラマンは自衛隊のトラックの荷台に載せられて病院に検査のため連れて行かれた。 
 これは上司から大目玉だなと思うと、少しかわいそうな気がする貴志である。
 その後、貴志も新しい防護服に着替えて作業を再開し、三時間ほどで無事終了した。
 帰路も森野がファルコンを操縦したが、隣席の貴志からは「ああ、疲れた」と、溜め息がもれた。

 翌朝、目覚ましで起きた貴志が寝ぼけ眼でダイニングテーブルに着くと、麻美が朝刊を顔の前に突き出した。
「見て見て! お兄ちゃんが写ってるわよ」
 貴志が驚いて新聞を受け取り、すかさず記事の写真を見た。
「んっ……、あっ確かに!」
『糞塊清掃中 謎の爆発』の見出しと、糞塊の脇に顔のマスクが半分外れた状態で倒れている男の写真が載っていた。
「お前、よく分かったな」
「そりゃ分かるわよ。きのう何も話してくれなかったじゃない。何があったのよ」
 しょうがないので麻美に昨日の顛末を話してやった。
 すると一言。
「死ななくて良かったわね」
 エッ、それだけ……。
 まぁ不必要に心配されても困るので、あとは何も言わない事にした。
 新聞記事にはさすがにウンコパニックの話は載っておらず、いつもの『ご苦労様』的な記事が載せてあった。
 正直あんなことで記事にはなりたくないものだ。
 貴志が研究所に着くと沼田所長から声をかけられた。
「新聞に君が載っとるのは知っとったかね。なかなかいい男で写っとるじゃないか」
 沼田所長の言うことは本気なのか、からかっているのかどうも分からない。それにあの写真は載っているうちには入りませんから、と反論したくなる貴志である。

 それから一週間が経って、糞塊の分析も順調に進んでいるようだ。
 スーパーボールのような色をした物体は塩素酸カリウムと鶏冠石を含んだ成分で、要するにカンシャク玉である。
 怪獣は硫黄成分を含んだ土を好んで食べていたらしく、腸内のバクテリアによってあのカンシャク玉のような成分が生成されたようだ。
 実験によれば糞の発酵が進むと高温になり、勝手に爆発するらしい。これで昔の文献にあった謎の爆発音も解明されたわけである。
 沼田所長はそれを糞体爆発という名前をつけて学会に発表すると鼻息が荒い。
 まあ、長年の謎が解けて良かったんじゃないだろうか。
 それともう一つ発見があった。
 糞塊の中から自然金、これは天然に単体の状態で産する金の事で百グラム程もあり、この状態で見つかるのは非常に珍しいらしい。それと他にもいくつかのキラキラと輝く金を含んだ岩石、つまり金鉱石が出てきた事である。
 問題は怪獣がどこの土を食べたか? なのだが、静岡県には昔、金鉱山があったそうなので、多分そこら辺だろうと思われた。
 ちょうど報道各社も特に重大ニュースがなかったせいで暇だったのだろう。
 これは新聞でも大きく取り上げられ、非常に話題となった。
 早速国立博物館から展示貸出依頼も来たが、他の展示品の兼ね合いもあり、実際は半年後に展示される予定である。
 なお当研究所では月に一度、市民に研究資料やサンプルを一般公開しているが、当面はその時の目玉として展示することが決まった。
 そしてこのニュースを知って喜んだやつがいた。それはあのパズル窃盗団のボスである。
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