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第6章
2話 オバちゃんの宣言
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時間を少し巻き戻して、神官が女王にケツァルを恭しく渡していたその頃、リコとカイルはやっと王都に到着した。
王都は、女王のお膝元だけあって小洒落た店が建ち並び、通りを歩く人々もどこか垢抜けている。
「王都って言うから、もっと古めかしい感じを思い浮かべてたけど……なんか有名な推理小説に出て来るロンドンの町並みだね。まるでベー○ー街だ」
リコがキョロキョロと周りを見回しながら口にした。
「べー……なんだって? それよりリコ、ちゃんと前見て歩けよ。転ぶぞ?」
「ほーい。ところでカイル。私たちはどこに向かってるの?」
「あ? 俺の馴染みのメシ屋。兵士らがよく屯する場所だから、そこで情報収集しようと思ってさ」
「へぇーって……それ大丈夫なの? カイル、兵士を突然辞めたのに」
心配するリコに、カイルは軽く片手をヒラヒラと振る。
「平気、平気。前にも言ったろう? 俺、下っ端兵士だったから誰もそんなの気にしないさ。さあ、行くぞ! リコ!」
カイルがリコの背中をバシッと叩く。
リコは「だから痛いって」と口を尖らせカイルについて行く。
綺麗に整備された大通りから狭い路地に入ると、すぐにその店はあった。
安くて美味いメシ屋だからいつも混んでいると、カイルは言う。
本当にそうらしく、店の中からガヤガヤと賑やかな声が聞こえた。
ガチャッと扉を開く。
兵士でごった返す店内。
「チッ。今日は一段と混んでやがるな。んー、空いてる席は……っと」
店内を見渡すカイル。
すると、奥のテーブルから声がかかる。
「おっ! カイルー! こっち、こっち! ここ空いてるぞー!」
小柄で顔のソバカスが印象的な兵士が、大きく手を振っていた。
カイルはそれに応じて、リコと共に兵士のテーブルに着く。
早速、口を開く兵士。
「カイル。お前、兵士辞めたって?」
「ああ。今はこのオバちゃんの相棒だよ」
「リコと言います。よろしく」
兵士は、挨拶するリコを見て目を丸くした。そして、カイルの首にガシッと腕を回し、小声で囁く。
「お前……大分趣味変わった? いくらなんでも年上過ぎるだろう」
「ちっげーよ! 相棒って言ったろ! ア・イ・ボ・ウ! このバカっ!」
カイルが兵士の腹を思いっきりド突く。
「うごっ!」
拳を鳩尾に食らい悶絶する兵士。
「ぐぬうぅぅっ~~。い、痛い。痛いよ……カイル」
「変に勘繰るお前が悪い!」
兵士は「分かった、分かった」と、まだ痛む腹を擦りながら話題を変える。
「でもカイルさー。兵士、辞めて大正解だよ。オレも辞めよっかなー」
「あ? 俺もって……リドル、それどういうことだよ」
リドルと呼ばれた兵士は周りを見回し、リコとカイルに顔を近づけろと手招きする。それからヒソヒソ声で喋り出した。
「いやさー。魔族王が女王に捕らえられたんだよ」
「えっ⁉」
目を見開くリコ。
だが、カイルは別に驚いた様子もなく淡々と口を開く。
「リコ、そんなに驚くことじゃない。女王には、魔族の攻撃がまったく効かない傀儡石があるんだ。遅かれ早かれそうなったさ」
カイルはそう言うと、リドルに視線を戻した。
「で? お前が兵士を辞めたいのと、魔族王が捕まったのとなんの関係があるんだよ?」
「大ありだよ! 今回ばかりは流石に魔族たちも怒ってさー。人間に報復を始めたんだよ」
「ふーん。そうなるだろうな、当然」
その現場を見てきたカイルは、腕組みしながら余裕の顔で答える。
「カァーー! 辞めたからってそんな呑気に! オレのような傀儡石を持たせて貰えない下っ端は、堪ったもんじゃないぜ。ある意味、丸腰でそこに送られるんだから。魔族相手に剣や盾でどうしろって言うんだよ!」
プンプン怒るリドルの頭上から、大柄な兵士がヌッと覗き込んでくる。
「なんの話だ?」
「魔族の報復の話!」
ぶっきらぼうに答えるリドルに、大柄な兵士は「ああ、それか」と空いている椅子にドカッと腰を掛けた。そして、テーブルの上で手を組むと、開いてるかどうか分からない細い目をもっと細くする。
「実はな。そのことで妙な噂を耳にした。クスタルの街も魔族に襲撃されたらしいんだが……捕まっていた魔族が傀儡石から解放されて、すんなり鎮まったそうだ。しかも魔族たちは仲間を助けてくれたお礼に、街の怪我人を癒やしたんだと」
「へ? ガーズ、それどういうこと?」
首を傾げるリドルに、ガーズと呼ばれた大柄な兵士がグッと顔を寄せる。
「何でもな、獰猛でいかつい爺さんとウェアラビットの可愛いウサ耳娘が、傀儡石を石コロに変えたらしい」
「はぁ⁉」
間抜けな声を上げるリコとカイル。
「ど、どうした?」
目を白黒させるリドルとガーズ。
思いもよらないクスタル情報に、カイルは「いや~」と目を泳がせて、リコはブンブンと頭(かぶり)を振りながら顔を伏せた。
(オルガさんよ……なぜ、獰猛で厳つい爺さん? なぜ、そのチョイス? 美少女戦士……いや、せめて屈強な戦士とか……そういう選択肢はなかったの? カイルのウサ耳娘はこの際どうでもいいけどさ! よりにもよって爺さんって……爺さんってなんじゃい!)
リコが頭の中に沢山の疑問符を浮かべている間に、彼女の葛藤を知らないリドルとガーズはそそくさと会話を再開させるのであった。
「でもさー。傀儡石が石コロになるなんてホントかなー……っていうかオレ、見てみたい。ウサ耳のかわい子ちゃん!」
「おっ! それな! 俺も思ってしまった!」
ウサ耳娘の話で盛り上がるリドルとガーズ。
カイルは、さっさと話題を変えるべく「コホン」と咳払いをした。
「ところで、俺はヨーク村に行っていたんだが……」
「ん? あーそれ、聞いた、聞いた。女王のペットをもう一匹捕まえたんだって? あの神官、すんげー褒美が貰えんじゃねーの」
リドルが頭で腕組みしながら、椅子を揺らした。
そんなリドルにリコは尋ねる。
「リドルさん。ケツァ……いえ、そのペットはどこにいるのかしら?」
「へ? 女王のとこに決まってんじゃん」
「そうじゃなくて、城のどこで飼われるの? まさか女王が連れて歩くとか?」
「うーん、女王ってペット連れてたっけか? オレ、そういうのあんまり興味ないからなぁ」
悩むリドルに代わって、ガーズが口を開く。
「謁見の間に置かれた鳥籠で飼われてるらしいぞ……でもなんで、そんなことを?」
「えっ? い、いえね。あの女王様が飼ってらっしゃるペットですもの。どんな生き物かと思いまして。生きてる内に一度は見てみたいなぁなんて。おほほほ!」
リコのワザとらしい言い分けに、ガーズは丸太のような腕を組み渋い顔をする。
「そうか……でもなぁ、飼い殺しにされているペットなんて、見ても悲しくなるだけだぞ。やめとけ、やめとけ。そんなことよりだな。今さっき嫌な話を聞いてしまった。今度、コロシアムでデッカイ出し物をするらしい。何でも、魔族王とその腹心の狼を闘わせるとか」
リドルが仰け反り顔を顰める。
「ひゃー、マジかー。女王もえげつないこと考えるよなー。あー嫌だ、嫌だ。何お前、見に行くの?」
「そんなモン見に行くかっ! まったく、あの女王のすることは、悍ましくて吐き気がする」
心底嫌そうに話すリドルとガーズを、リコは不思議そうに見つめた。
(ほう? この二人……女王にいい感情を持っていないのか。まぁ、カイルは魔族だから別だけど……。ふーん。どうやらエスタリカの兵士は一枚岩じゃないみたいだね)
リコの視線に気づいたリドルは、彼女を覗き込む。
「リコさんだっけ? 何きょとんとした顔してんの?」
そう言いながらリドルは、何かを思いついたのかポンと手を打つ。
「あっ、そっか! 兵士が女王の悪口を言ってるからビックリしてるんだな! ならばその理由をお教えしよう! それはーオレらがー魔族贔屓だからでーす! だってー魔族って超かわいい子多いじゃん! だからーそのかわい子ちゃんたちをイジメル女王なんか大っ嫌い! なぁ、ガーズ!」
リドルに肩を組まれたガーズは「その通り、その通り」と何度も頷いた。
するとリドルは、また何かを思いついたのか声を弾ませる。
「あっ! ガーズ! この際、オレらも兵士辞めちゃおうぜ! そいでーいかつい爺さんとウサ耳のかわい子ちゃんを捜して、弟子にして貰おう!」
リドルの意見に、ガーズの細い目がキラリと光る。
「ほう! それはナイスなアイデアだ!」
「だろ? そんで散々、虐げられてきた魔族のかわい子ちゃんたちを助けて……ムフッ、ムフフフッ」
「いい。それは……とてもいい……」
リドルとガーズは在(あ)るはずのない桃源郷(実際は店の天井)を見つめ、何かを妄想し始めた。
リコとカイルは「はぁー」と大きな溜息を吐く。
決して悪い人間たちではない。
悪くはないが……如何せん、欲望に忠実すぎるきらいがある。
リコは心の中でオルガに呼びかけた。
(あなたの嘘の情報は、敵を攪乱するどころか、青年たちを桃色の世界に送ちゃってるよ……)
まだ妄想の世界に漂うリドルとガーズ。
カイルが終止符を打つべく、二人の頭を引っぱたく。
「おい! お前ら、いい加減戻ってこい!」
リドルとガーズは、頭を擦りながら抗議する。
「やい! カイル! お前何すんだよ! せっかくいいとこだったのに!」
「まったくだ。もう少しでウサ耳娘が、俺にあんなことやこんなことを――」
「――だぁーーっ! もういい! 行くぞ、リコ!」
カイルが首を掻きむしり、勢いよく席から立ち上がる。
じんま疹でも発症したのだろうか。だが、気持ちはよく分かる。ウサ耳娘とは、即ちカイルのことなのだから……。
リドルがテーブルに片肘をつき、恨めしそうにぼやく。
「何だよ。ツレねーな。お前も誘ってやろうと思ってたのにー」
「きっぱり断る。ところでコロシアムの出し物っていつやるんだ?」
カイルの問いに、ガーズは「知らん」と首を横に振り、リドルが非難の声を上げる。
「うわー、やだー! カイルさんはオレたちの誘いを蹴って、そんな野蛮なものを見に行くつもりですか?」
「ちげーよ。きっと貴族や神官は必ず来るだろうし、何より女王が当然いるんだから警備が厳重になるだろう? きっとお前たちも駆り出されるんじゃね? 爺さん捜しに行くなら早く兵士を辞めた方がいいと思ってな」
カイルの意見に、ガーズは重々しく頷く。
「その通りだ。お偉いさんたちが集まるコロシアムの警備は、騎士たちや上の連中がすることになるだろう。そうなれば王城が手薄になる。そこで俺たち下っ端の出番となる訳だな」
「うひゃー面倒くせー。じゃあ、傀儡石を持ってないオレらで城守るのー? そんなの魔族に襲われたら一溜まりもないじゃん!」
頭を掻き毟るリドル。
そんな彼にカイルは「ふん」と鼻で笑う。
「な? 早く辞めた方が身の為だろう? まぁ、これは俺からのご忠告。じゃあな! 行くぞ、リコ」
「ん? あーはいはい。ではリドルさん、ガーズさん。ご武運を祈ってます!」
苦笑いで別れを告げたリコは、スタスタと出口に向かうカイルの背中を追う。
二人は、店から出て扉をパタンと閉めた。
途端、リドルの絶叫が響く。
「うおおおお! 辞めてやるうぅぅ! 待ってろよおぉぉ! かわい子ちゃんたちいぃぃ!」
店を出て少し歩くと、カイルがリコに告げる。
「出し物の日、ケツァルを奪い返すぞ!」
「王城の警備が薄くなるから……だね」
「ああ。コロシアムの場所は、王城から少し離れている。その上、王城を守るのは傀儡石の持たない兵士たちだ。俺の敵じゃない。絶好のチャンスだ」
リコもその日がチャンスだと頭では理解しているが、浮かない返事を返す。
「そう……だけど、もしその日、魔族王に何か間違いがあったら――」
「――リコ、優先順位を考えろ。俺たちは二人。あっちもこっちも助けられない。それにケツァルは人質なんだ。ケツァルを盾にされたら、それこそ何も出来なくなる」
――そうだ。カイルの言う通りである。
二兎追うものは一兎も得ず。気持ちを改め力強く頷くリコ。
「分かった。まずは、ケツァルを奪い返す! 待っててね! ケツァル!」
リコは城を見据え、高らかに宣言した。
王都は、女王のお膝元だけあって小洒落た店が建ち並び、通りを歩く人々もどこか垢抜けている。
「王都って言うから、もっと古めかしい感じを思い浮かべてたけど……なんか有名な推理小説に出て来るロンドンの町並みだね。まるでベー○ー街だ」
リコがキョロキョロと周りを見回しながら口にした。
「べー……なんだって? それよりリコ、ちゃんと前見て歩けよ。転ぶぞ?」
「ほーい。ところでカイル。私たちはどこに向かってるの?」
「あ? 俺の馴染みのメシ屋。兵士らがよく屯する場所だから、そこで情報収集しようと思ってさ」
「へぇーって……それ大丈夫なの? カイル、兵士を突然辞めたのに」
心配するリコに、カイルは軽く片手をヒラヒラと振る。
「平気、平気。前にも言ったろう? 俺、下っ端兵士だったから誰もそんなの気にしないさ。さあ、行くぞ! リコ!」
カイルがリコの背中をバシッと叩く。
リコは「だから痛いって」と口を尖らせカイルについて行く。
綺麗に整備された大通りから狭い路地に入ると、すぐにその店はあった。
安くて美味いメシ屋だからいつも混んでいると、カイルは言う。
本当にそうらしく、店の中からガヤガヤと賑やかな声が聞こえた。
ガチャッと扉を開く。
兵士でごった返す店内。
「チッ。今日は一段と混んでやがるな。んー、空いてる席は……っと」
店内を見渡すカイル。
すると、奥のテーブルから声がかかる。
「おっ! カイルー! こっち、こっち! ここ空いてるぞー!」
小柄で顔のソバカスが印象的な兵士が、大きく手を振っていた。
カイルはそれに応じて、リコと共に兵士のテーブルに着く。
早速、口を開く兵士。
「カイル。お前、兵士辞めたって?」
「ああ。今はこのオバちゃんの相棒だよ」
「リコと言います。よろしく」
兵士は、挨拶するリコを見て目を丸くした。そして、カイルの首にガシッと腕を回し、小声で囁く。
「お前……大分趣味変わった? いくらなんでも年上過ぎるだろう」
「ちっげーよ! 相棒って言ったろ! ア・イ・ボ・ウ! このバカっ!」
カイルが兵士の腹を思いっきりド突く。
「うごっ!」
拳を鳩尾に食らい悶絶する兵士。
「ぐぬうぅぅっ~~。い、痛い。痛いよ……カイル」
「変に勘繰るお前が悪い!」
兵士は「分かった、分かった」と、まだ痛む腹を擦りながら話題を変える。
「でもカイルさー。兵士、辞めて大正解だよ。オレも辞めよっかなー」
「あ? 俺もって……リドル、それどういうことだよ」
リドルと呼ばれた兵士は周りを見回し、リコとカイルに顔を近づけろと手招きする。それからヒソヒソ声で喋り出した。
「いやさー。魔族王が女王に捕らえられたんだよ」
「えっ⁉」
目を見開くリコ。
だが、カイルは別に驚いた様子もなく淡々と口を開く。
「リコ、そんなに驚くことじゃない。女王には、魔族の攻撃がまったく効かない傀儡石があるんだ。遅かれ早かれそうなったさ」
カイルはそう言うと、リドルに視線を戻した。
「で? お前が兵士を辞めたいのと、魔族王が捕まったのとなんの関係があるんだよ?」
「大ありだよ! 今回ばかりは流石に魔族たちも怒ってさー。人間に報復を始めたんだよ」
「ふーん。そうなるだろうな、当然」
その現場を見てきたカイルは、腕組みしながら余裕の顔で答える。
「カァーー! 辞めたからってそんな呑気に! オレのような傀儡石を持たせて貰えない下っ端は、堪ったもんじゃないぜ。ある意味、丸腰でそこに送られるんだから。魔族相手に剣や盾でどうしろって言うんだよ!」
プンプン怒るリドルの頭上から、大柄な兵士がヌッと覗き込んでくる。
「なんの話だ?」
「魔族の報復の話!」
ぶっきらぼうに答えるリドルに、大柄な兵士は「ああ、それか」と空いている椅子にドカッと腰を掛けた。そして、テーブルの上で手を組むと、開いてるかどうか分からない細い目をもっと細くする。
「実はな。そのことで妙な噂を耳にした。クスタルの街も魔族に襲撃されたらしいんだが……捕まっていた魔族が傀儡石から解放されて、すんなり鎮まったそうだ。しかも魔族たちは仲間を助けてくれたお礼に、街の怪我人を癒やしたんだと」
「へ? ガーズ、それどういうこと?」
首を傾げるリドルに、ガーズと呼ばれた大柄な兵士がグッと顔を寄せる。
「何でもな、獰猛でいかつい爺さんとウェアラビットの可愛いウサ耳娘が、傀儡石を石コロに変えたらしい」
「はぁ⁉」
間抜けな声を上げるリコとカイル。
「ど、どうした?」
目を白黒させるリドルとガーズ。
思いもよらないクスタル情報に、カイルは「いや~」と目を泳がせて、リコはブンブンと頭(かぶり)を振りながら顔を伏せた。
(オルガさんよ……なぜ、獰猛で厳つい爺さん? なぜ、そのチョイス? 美少女戦士……いや、せめて屈強な戦士とか……そういう選択肢はなかったの? カイルのウサ耳娘はこの際どうでもいいけどさ! よりにもよって爺さんって……爺さんってなんじゃい!)
リコが頭の中に沢山の疑問符を浮かべている間に、彼女の葛藤を知らないリドルとガーズはそそくさと会話を再開させるのであった。
「でもさー。傀儡石が石コロになるなんてホントかなー……っていうかオレ、見てみたい。ウサ耳のかわい子ちゃん!」
「おっ! それな! 俺も思ってしまった!」
ウサ耳娘の話で盛り上がるリドルとガーズ。
カイルは、さっさと話題を変えるべく「コホン」と咳払いをした。
「ところで、俺はヨーク村に行っていたんだが……」
「ん? あーそれ、聞いた、聞いた。女王のペットをもう一匹捕まえたんだって? あの神官、すんげー褒美が貰えんじゃねーの」
リドルが頭で腕組みしながら、椅子を揺らした。
そんなリドルにリコは尋ねる。
「リドルさん。ケツァ……いえ、そのペットはどこにいるのかしら?」
「へ? 女王のとこに決まってんじゃん」
「そうじゃなくて、城のどこで飼われるの? まさか女王が連れて歩くとか?」
「うーん、女王ってペット連れてたっけか? オレ、そういうのあんまり興味ないからなぁ」
悩むリドルに代わって、ガーズが口を開く。
「謁見の間に置かれた鳥籠で飼われてるらしいぞ……でもなんで、そんなことを?」
「えっ? い、いえね。あの女王様が飼ってらっしゃるペットですもの。どんな生き物かと思いまして。生きてる内に一度は見てみたいなぁなんて。おほほほ!」
リコのワザとらしい言い分けに、ガーズは丸太のような腕を組み渋い顔をする。
「そうか……でもなぁ、飼い殺しにされているペットなんて、見ても悲しくなるだけだぞ。やめとけ、やめとけ。そんなことよりだな。今さっき嫌な話を聞いてしまった。今度、コロシアムでデッカイ出し物をするらしい。何でも、魔族王とその腹心の狼を闘わせるとか」
リドルが仰け反り顔を顰める。
「ひゃー、マジかー。女王もえげつないこと考えるよなー。あー嫌だ、嫌だ。何お前、見に行くの?」
「そんなモン見に行くかっ! まったく、あの女王のすることは、悍ましくて吐き気がする」
心底嫌そうに話すリドルとガーズを、リコは不思議そうに見つめた。
(ほう? この二人……女王にいい感情を持っていないのか。まぁ、カイルは魔族だから別だけど……。ふーん。どうやらエスタリカの兵士は一枚岩じゃないみたいだね)
リコの視線に気づいたリドルは、彼女を覗き込む。
「リコさんだっけ? 何きょとんとした顔してんの?」
そう言いながらリドルは、何かを思いついたのかポンと手を打つ。
「あっ、そっか! 兵士が女王の悪口を言ってるからビックリしてるんだな! ならばその理由をお教えしよう! それはーオレらがー魔族贔屓だからでーす! だってー魔族って超かわいい子多いじゃん! だからーそのかわい子ちゃんたちをイジメル女王なんか大っ嫌い! なぁ、ガーズ!」
リドルに肩を組まれたガーズは「その通り、その通り」と何度も頷いた。
するとリドルは、また何かを思いついたのか声を弾ませる。
「あっ! ガーズ! この際、オレらも兵士辞めちゃおうぜ! そいでーいかつい爺さんとウサ耳のかわい子ちゃんを捜して、弟子にして貰おう!」
リドルの意見に、ガーズの細い目がキラリと光る。
「ほう! それはナイスなアイデアだ!」
「だろ? そんで散々、虐げられてきた魔族のかわい子ちゃんたちを助けて……ムフッ、ムフフフッ」
「いい。それは……とてもいい……」
リドルとガーズは在(あ)るはずのない桃源郷(実際は店の天井)を見つめ、何かを妄想し始めた。
リコとカイルは「はぁー」と大きな溜息を吐く。
決して悪い人間たちではない。
悪くはないが……如何せん、欲望に忠実すぎるきらいがある。
リコは心の中でオルガに呼びかけた。
(あなたの嘘の情報は、敵を攪乱するどころか、青年たちを桃色の世界に送ちゃってるよ……)
まだ妄想の世界に漂うリドルとガーズ。
カイルが終止符を打つべく、二人の頭を引っぱたく。
「おい! お前ら、いい加減戻ってこい!」
リドルとガーズは、頭を擦りながら抗議する。
「やい! カイル! お前何すんだよ! せっかくいいとこだったのに!」
「まったくだ。もう少しでウサ耳娘が、俺にあんなことやこんなことを――」
「――だぁーーっ! もういい! 行くぞ、リコ!」
カイルが首を掻きむしり、勢いよく席から立ち上がる。
じんま疹でも発症したのだろうか。だが、気持ちはよく分かる。ウサ耳娘とは、即ちカイルのことなのだから……。
リドルがテーブルに片肘をつき、恨めしそうにぼやく。
「何だよ。ツレねーな。お前も誘ってやろうと思ってたのにー」
「きっぱり断る。ところでコロシアムの出し物っていつやるんだ?」
カイルの問いに、ガーズは「知らん」と首を横に振り、リドルが非難の声を上げる。
「うわー、やだー! カイルさんはオレたちの誘いを蹴って、そんな野蛮なものを見に行くつもりですか?」
「ちげーよ。きっと貴族や神官は必ず来るだろうし、何より女王が当然いるんだから警備が厳重になるだろう? きっとお前たちも駆り出されるんじゃね? 爺さん捜しに行くなら早く兵士を辞めた方がいいと思ってな」
カイルの意見に、ガーズは重々しく頷く。
「その通りだ。お偉いさんたちが集まるコロシアムの警備は、騎士たちや上の連中がすることになるだろう。そうなれば王城が手薄になる。そこで俺たち下っ端の出番となる訳だな」
「うひゃー面倒くせー。じゃあ、傀儡石を持ってないオレらで城守るのー? そんなの魔族に襲われたら一溜まりもないじゃん!」
頭を掻き毟るリドル。
そんな彼にカイルは「ふん」と鼻で笑う。
「な? 早く辞めた方が身の為だろう? まぁ、これは俺からのご忠告。じゃあな! 行くぞ、リコ」
「ん? あーはいはい。ではリドルさん、ガーズさん。ご武運を祈ってます!」
苦笑いで別れを告げたリコは、スタスタと出口に向かうカイルの背中を追う。
二人は、店から出て扉をパタンと閉めた。
途端、リドルの絶叫が響く。
「うおおおお! 辞めてやるうぅぅ! 待ってろよおぉぉ! かわい子ちゃんたちいぃぃ!」
店を出て少し歩くと、カイルがリコに告げる。
「出し物の日、ケツァルを奪い返すぞ!」
「王城の警備が薄くなるから……だね」
「ああ。コロシアムの場所は、王城から少し離れている。その上、王城を守るのは傀儡石の持たない兵士たちだ。俺の敵じゃない。絶好のチャンスだ」
リコもその日がチャンスだと頭では理解しているが、浮かない返事を返す。
「そう……だけど、もしその日、魔族王に何か間違いがあったら――」
「――リコ、優先順位を考えろ。俺たちは二人。あっちもこっちも助けられない。それにケツァルは人質なんだ。ケツァルを盾にされたら、それこそ何も出来なくなる」
――そうだ。カイルの言う通りである。
二兎追うものは一兎も得ず。気持ちを改め力強く頷くリコ。
「分かった。まずは、ケツァルを奪い返す! 待っててね! ケツァル!」
リコは城を見据え、高らかに宣言した。
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気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
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【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
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⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
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