上 下
50 / 72
第6章 共に夢を叶えよう

50.期間限定で

しおりを挟む
「そ、そんなこと、すぐにはできないのでは」

 まさか肯定してもらえると思わなかったので、レベッカが驚いていると、


「……俺に考えがある。移動しても良いか」

「え、ええ」


 食べ終わったモンブランの皿と、冷めた紅茶のティーポットを前に頷くと、クロードは片手を上げてウェイターを呼んだ。

 スーツに白い手袋を着た紳士がテーブルの前まで来る。


「会計を。釣りはいらない」


 注文代より多めの銀貨を渡し、ウェイターが持つ紙にライネル家のサインをしたクロードは、颯爽と立ち上がる。

 深々と礼をしたウェイターの横を通り、座ったままのレベッカの手を取り立ち上がらせると、全店員が見送る中、優雅にクロードは店の扉を開けた。

 一分の隙もない貴族の立ち振る舞いに、レベッカは目を丸くする。


「あ、あの、お会計半分出しますわよ」


 現世の癖で、初デートで男に全額払わせる女は最悪? それとも女は服や化粧にお金がかかるんだから男が奢って当然?という永遠に結論が出ないテーマを思い出し、謙虚な女性と思ってもらいたいとレベッカが慌てて声をかける。

 しかし、店を出たクロードは片眉を上げるだけだ。


「格好つけさせてくれ、エイブラム令嬢。
 さ、行こうか」


 少し恥ずかしそうにしているクロードが、それを隠すように歩き出した。



*   *        *


 クロードが向かったのは、カフェから数分ほど歩いた、賑やかな商店街の一角だった。


「ここだ」


 彼が指を差したところには、こじんまりとした煉瓦作りの屋根の店がある。

 しかし、店内に明かりはついておらず、がらんとしている。


「なんのお店ですか?」

「ここは、何か商売を始めたい人が、一月ごとに契約し、店の場所を提供するところだ。
 今はたまたま利用する人がいないようだが、少し前は若い女性が1人で数ヶ月ほどパン屋をやっていたな。
 その前は年配の男性が骨董品を売っていた」


 クロードは学校が休みの日は頻繁にこの辺りを散歩するらしく、周辺事情に詳しいようだ。

 確かに、現代日本でも、百貨店や駅ビルの一角に、期間限定の品を売ったり、展示会をするようなマンスリーテナントをよく見る。

 異世界の乙女ゲーム内にもどうやら存在するようだ。


「来週から、学園も長期連休が始まる。
 ここを借りて、試しに君の服屋を出店してみるのはどうだ?」


 クロードの提案に、レベッカはハッと息を呑む。
 確かに、舞踏会の後は長期連休に入り、私服の攻略キャラと休日デートを楽しめるのがゲームのストーリーだった。

 それと同じだというのなら、学校の授業は無いし、できるかもしれない。


「クロード様、それすごい名案ですね……!」


 隣に立つ背の高いクロードを見上げ、レベッカはもしかしたら実現可能なんじゃないかと心を躍らせた。


「よかった。君の夢の話を聞いた時、ふとこの店が思い浮かんだ」


 銀髪を風で揺らしながら、ボルドーのジャケットを着たクロードが告げる。


「ああ、でも来週からか……。
 今から売り物のドレスを作ったとしても、間に合わないわ」


 幼い頃から憧れて、専門学校で勉強し作れるようになった中世ヨーロッパ風の煌びやかなドレス。

 それを作るにしても、たった1週間程度では数着できれば良い方だ。
 店を借り、売り物とするほどの準備はできない。

 それに関してはクロードもすぐには打開策を思いつかないのか、顎を押さえて考え込んでいる。

 人通りも多い、可愛らしい外観の小さなお店は、自分の店を出すとしたら理想的なので、このチャンスを逃したくはない。

 寮の自分の部屋のクローゼットの中に所狭しと置かれていて、着る出番のないドレスやワンピースのような美しい服を作って、それが似合う人たちに着て欲しいというのに。


(ん……待って。着る出番のないドレスを、誰かに着て欲しい……?)


 レベッカは自分の心に浮かんだことでピンと来た。


「そっか、作る暇がないんだったら、レンタルにすればいいんだわ」


 名案だと言わんばかりに人差し指を立て、レベッカは頷いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

処理中です...