上 下
31 / 72
第4章 何度も何度も繰り返す

31、拒めぬ結婚

しおりを挟む
 学園が休みの日に、一度自分の屋敷に帰った。

 すると両親と二人の兄は、久々に会った息子の俺への挨拶やねぎらいの言葉も早々に、ルーベルト家のご令嬢と舞踏会を踊り、婚約するように命じてきた。

 格下の伯爵家の令嬢とじゃ、名が落ちるではないのかと抵抗したが、ルーベルト家は数年で成り上がった勢いもあるし、親友であるユリウス皇太子の列席もあれば、今後ともライネス家は安泰に違いない、と熱弁された。

 どうやら俺の家族は、目先の金が欲しいようだ。

 意思も無く、望みもなく、人形のように操られて生きてきた「冷徹公爵」である俺に、否定権はなかった。

「クロード、舞踏会にリリアと踊るんだって?」
 
 昼食の時間、二人で食事をしていたら、ユリウスに尋ねられた。

 もうずっと食欲のない俺は、フォークでサラダをつつく。


「ああ、そうみたいだな」

「みたいだなって、他人事じゃないんだから」


 気の利いた俺の冗談だと思ったユリウスは、けらけらと笑っている。

 色々な思いが頭を巡り、憂鬱な毎日が続く。


「…ユリウスは、嫌じゃないのか。
 リリアと俺が踊るのは」


 前回の舞踏会では、リリアと踊ったのはユリウスだ。公衆の面前でプロポーズをしたのも、昨日のことのように覚えている。

 だと言うのに、今回は全く彼女に興味がない様子だ。


「リリアは人気だし、確かに可愛いと思うけど、さすがに親友が踊る相手を横取りしようとは思わないよ」
 

 応援してる、と笑う皇太子の友人の顔を見て、内心ため息をつく。
 
 こんなにも運命が変わるものなのか?



 移動教室の時についてきたり、授業のわからないところを聞いてきたり、リリアの俺に対する好意は周りから見ても明らかだった。

 舞踏会で踊るパートナーだと言うのも、自分で女友達に吹聴しているらしく、俺たちは公然の仲になっていた。

 廊下を歩いていた時、様々な思いが頭の中を巡っている陰鬱な俺の前を、赤く長い髪を揺らしレベッカが通り過ぎた。


「レベッカ、待って……」


 待ってくれ、と引き留めようと思い、言葉が途中で途切れた。

 振り返り、レベッカは話したこともない俺に急に声をかけられ、不思議そうな顔をしたからだ。


「? クロード様、どうされましたの?」


 そうだった。『今回』は、彼女とは一切話してなどいない。

 放課後の教室で彼女と他愛のない話をして笑い合っていたのは、俺にしかない『前回の』記憶だ。


「いや…なんでもない」


 ただのクラスメイトでしかない俺が、リリアと婚約しようが、彼女の知ったことではない。

 そう言うと不思議そうに会釈し、先を歩く他の女子たちと楽しげに話しをしに行ってしまった。

 悪い噂が広まり、ひとりぼっちな彼女と、放課後で話したのを思い出す。

 そもそも、気は強いが勉強もできて家柄も良いレベッカだ。女子の友達に囲まれ、冷酷公爵の俺となど話す必要はなかった。


 これで良かったんだ。



 俺の意思とは関係なく、縁談はとんとん拍子に進んだ。

 舞踏会で踊り、お似合いのカップルだともてはやされたルーベルト家の令嬢と、ライネス家の三男は、すぐに婚約する事になった。


 紙吹雪が舞い、白いタキシードに身を包んだ俺を見て、ユリウスが皇族の席から拍手していた。


 「リリアは幸せです、クロード様」

 教会の鐘の下、潤んだ瞳のドレス姿のリリアが俺を見上げていても、俺の頭に浮かぶのはレベッカの姿だ。

 これでいい。君が傷付かず、遠い地へ行かなくても良いなら。


「…俺もだよ」


 心にもないことを言うのにはもう慣れた。

 元々、貴族は家同士の契約結婚が常だ。三男で役立たずの俺に、妻の選択権などない。

 ああ、でも。

『どうか後悔のない人生を』


 遠くの地へ去るレベッカの、別れ際の言葉が、何故か忘れられない。



* *     *


 ゆっくりと、重い瞼を開く。


「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」


 園庭のベンチに座る俺の肩を揺らす、ユリウスの声。


 まただ。
 またこの日に戻ってきた。


  すぐにわかった。きっとこれを望んでいたからだ。


「くく……ははっ」


 目覚めた俺は、思わず笑ってしまった。


「……よっぽど嫌だったんだな、あの結婚」


 リリアとの結婚が、人生をやり直したいぐらい深い後悔につながるだなんて。

 三度目の勉強会の日。

 終わらない不毛な繰り返しに、笑いが止まらなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

悪魔騎士の愛しい妻

NA
恋愛
望まない結婚を強いられそうになった没落令嬢ヴァイオレットは、憂いを帯びた美貌の貴公子エリックに救われた。 しかし、彼は不老の悪魔だった。 ヴァイオレットが彼の横で胸を張っていられる、若く美しい時間はあっと言う間に過ぎ去った。 変わらぬ美貌のエリックに群がる女たちへの嫉妬で、ヴァイオレットはやがて狂っていく。 しかし、エリックはいつまでも優しく、ヴァイオレットに愛を囁き続けて…… これは、悪魔に魅入られた女の物語。 および、召使いによる蛇足。 ★ご注意ください★ バッドエンドのろくでもない話です。 最後に笑うのは悪魔だけ。 一話1000字前後。 全9話で完結済。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...