上 下
21 / 72
第3章 クロード・ライネル公爵の視点

21、役立たずの三男坊

しおりを挟む
 物心ついた時にはもう気がついていた。

 自分はこの家に必要のない存在なのだと。


 ライネル家は由緒正しき貴族の家系で、広い領土を持ち多くの使用人を抱えた名家だ。

 仕事ができ快活な父親と、穏やかで美しい母親は仲が良く、何にも不自由はしない裕福な生活を送ることができた。

 しかし、自分は三人兄弟の三番目の息子だ。

 歳の離れた長男は頭がよく商才もあり、山積みにされた書類をいとも簡単にこなしてしまう人だった。

 次男は生まれ持った華やかさと口のうまさで人望があり、長男を支えていた。

 社交界でライネル家が名を落とさなかったのも、彼のおかげだろう。

 家督は長男が継ぐ決まりだ。この二人が病気や事故にでもならない限り、後継ぎになるわけではない三男は、ただ
の役ただずであった。

 歳が十近く離れているのもあり、遊び相手にもならない兄たちの冷たい態度と、せめて娘ならば将来有望な貴族に
嫁がせることもできるのに、という両親からの失望の視線を毎日浴びて幼少期を過ごしたせいで、すっかり性根は曲がってしまった。

 使用人にもメイドにも心を閉ざし、食事の時も無表情の少年を、誰が可愛がるだろうか。

 学校に入る頃には、氷のように冷たい表情の「冷徹公爵」と呼ばれるのも、仕方のないことだ。



 学園の中等部に上がる時、両親はようやく三男の使い方を思いついた。

 同学年に、このテイラー王国の皇族、ユリウス・テイラー皇太子が入学したのである。

 同じクラスになったのを聞き、両親は是が非でもユリウスに取り入り、仲良くなるよう俺を説得をし、半ば脅迫じみた物言いをした。

 教室では金髪で緑色の瞳をした整った顔立ちのユリウスは、男女問わず人気者だったし、貴族の出とはいえ無口で、教室の端で本を読んでいる俺のことなど、次期皇帝が気に留めることもないだろう。
 
 そう思っていて諦めていたらある日、放課後一人で教室にいたら、


「君、クロードだっけ。さっき読んでた本、僕も好きなんだよ!」

 ほとんど会話するのは初めてだというのに、ユリウスは笑顔で声をかけてきた。
 
 二巻が図書室になかったから、読み終わったら貸してくれという彼の底抜けに明るい顔を見て、机の上を片付ける手が止まってしまった。


「あ、ああ。もちろん」


  そう返事をしながら、両親から必ず皇太子と仲良くなるようにとキツく言われていたのを思い出す。


「あ、あの……ユリウス王子…俺と友達に、なってくれないか……?」


 本を渡しながらそう言うと、緊張で声が震えてしまった。
 
 人見知りでろくに友人のいなかった自分は、クラスの中心人物であるユリウスと目を合わせることもできない。
 
 しかし、ユリウスは驚いて目を丸くすると、


「え? もう友達だろう? 同じクラスで席も隣なんだし」


  当たり前のように言い放った。


「それに王子なんて呼ばないでよ、恥ずかしい」


  ニコッと歯を見せて大きく笑ったユリウスを見つめて、恥ずかしいのは両親の言うことを聞くことしか脳のない自分だ、と思った。

 それからユリウスとは本の貸し借りをして、よく話すようになった。

 彼は生まれながらの皇族で、周りを魅了するカリスマ性を持っている。

 女子からの熱烈な視線が絶えなかったが、本人は男っぽい性格で、ボードゲームや剣技の練習が好きで恋愛には無頓着であった。
 
 読書と勉強しかできないライネル家の三男を何故気に入ったのかはわからないが、常に一緒に行動するようになったため、「冷徹公爵」は「皇太子の腰巾着」になった。
 
 両親と二人の兄は、ユリウスと仲良くなった俺を生まれて初めて褒め、社交界での地位を確固たるものにしようと画策しているようだった。
 
 ユリウスは心根のまっすぐな無垢な奴なのに、彼の周りの人物は思惑し、画策し、足の引っ張り合いをしている醜い奴らばかり。
 

 俺も含めて、だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

処理中です...