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第4章 今夜処刑台にて
男の嫉妬
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ナギリはふと、思い出した。
小さな田舎町の山奥で、一人で軍略の本を読んでいたアンセルドに、自ら王国に来ないかと誘った時を。
若き青年だった彼は心底驚いたような顔をして、しかし誇らしげに頷いた。
カティになった夜、彼はナギリの耳元でそっと囁いた。
「理由も無く生きてきました。だからいつ死んでもいいと思っていた。
これからは、貴方のために生きていきます」と。
この男は本当に、心から王を愛していたのだ。出会ったその日から。
王の寵愛が他のカティや蝋燭立てに向かうのが許せなくて、機密事項を敵国に流してしまうほど。
「王は以前食事の時に言いましたね、女の嫉妬は恐ろしいのだと」
眼鏡の奥から、いつだってナギリ向かって真っ直ぐな視線を送ってきていた。
アンセルドは実に寂しげにほほ笑んだ。
「でも本当は、男の嫉妬の方が醜く、恐ろしいのですよ」
なんだって、とナギリが聞き返した時には、アンセルドの唇の端から一筋の血が垂れ流れていた。
奥歯に毒を仕込んでいたのだろう。彼は一瞬のためらいも無く、死んでいた。
乱れた前髪が頬に一房落ちる。
ギールクは、ばつが悪そうに顔を伏せている。
レナードは、最初こそアンセルドがカティになるのに反対はしたが、彼の有能さに次第に信頼を寄せていた。
歳も近く、仲も良かったのだ。
その相手のあっけない最期に、唇を噛みしめている。
ナギリは、その天才軍師とまで謳われた男の死に顔を見て思った。
やはり私のこの瞳は呪われているのだろう。ギールクが言っていたように。
大陸中見渡しても、こんなに聡明な軍師はいないと思ったのに。
何度も書簡を送り、最終的に自分から赴くほど、その才能を欲したものだ。
そんな男を嫉妬に狂った売国奴に変貌させるなど。
父、イゼルの瞳も吸い込まれるような魔力を感じた。
自分では制御しきれない呪いの瞳なのだと、足元で倒れ伏すアンセルドを見下ろした。
ふと、初代王ハーディスを書いた本の一節を思い出した。
神が使わした天使とも、地獄の使者とも思える存在。それが、王。
「王、他のカティ達を集めましょう」
ナギリの後悔の念を案じてか、レナードは毅然としたいつも通りの調子で語りかけてくる。
「―――そうだな」
かろうじて声が出た。
一番のカティの死を目の当たりにしても、胸のうちに浮かんできた感情は一つだ。
蝋燭立ては、無事だろうか。
小さな田舎町の山奥で、一人で軍略の本を読んでいたアンセルドに、自ら王国に来ないかと誘った時を。
若き青年だった彼は心底驚いたような顔をして、しかし誇らしげに頷いた。
カティになった夜、彼はナギリの耳元でそっと囁いた。
「理由も無く生きてきました。だからいつ死んでもいいと思っていた。
これからは、貴方のために生きていきます」と。
この男は本当に、心から王を愛していたのだ。出会ったその日から。
王の寵愛が他のカティや蝋燭立てに向かうのが許せなくて、機密事項を敵国に流してしまうほど。
「王は以前食事の時に言いましたね、女の嫉妬は恐ろしいのだと」
眼鏡の奥から、いつだってナギリ向かって真っ直ぐな視線を送ってきていた。
アンセルドは実に寂しげにほほ笑んだ。
「でも本当は、男の嫉妬の方が醜く、恐ろしいのですよ」
なんだって、とナギリが聞き返した時には、アンセルドの唇の端から一筋の血が垂れ流れていた。
奥歯に毒を仕込んでいたのだろう。彼は一瞬のためらいも無く、死んでいた。
乱れた前髪が頬に一房落ちる。
ギールクは、ばつが悪そうに顔を伏せている。
レナードは、最初こそアンセルドがカティになるのに反対はしたが、彼の有能さに次第に信頼を寄せていた。
歳も近く、仲も良かったのだ。
その相手のあっけない最期に、唇を噛みしめている。
ナギリは、その天才軍師とまで謳われた男の死に顔を見て思った。
やはり私のこの瞳は呪われているのだろう。ギールクが言っていたように。
大陸中見渡しても、こんなに聡明な軍師はいないと思ったのに。
何度も書簡を送り、最終的に自分から赴くほど、その才能を欲したものだ。
そんな男を嫉妬に狂った売国奴に変貌させるなど。
父、イゼルの瞳も吸い込まれるような魔力を感じた。
自分では制御しきれない呪いの瞳なのだと、足元で倒れ伏すアンセルドを見下ろした。
ふと、初代王ハーディスを書いた本の一節を思い出した。
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「王、他のカティ達を集めましょう」
ナギリの後悔の念を案じてか、レナードは毅然としたいつも通りの調子で語りかけてくる。
「―――そうだな」
かろうじて声が出た。
一番のカティの死を目の当たりにしても、胸のうちに浮かんできた感情は一つだ。
蝋燭立ては、無事だろうか。
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