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第3章 止まらぬ想い
彼の見る世界
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青銅の蝋燭立てが宮廷の中で歩いているのを見かけた。
思えば昔から神出鬼没な男だった。
いくら探しても見つかりやしない癖に、こちらが意識していない時にふと後ろに居たりする。
その歩みは相変わらず亀のように遅い。
行き交う宮廷の者達は、あれが王のお気に入りの男か、と興味深げな視線を送るものの、あまりの緩慢な様子に、次第に見るのに飽きて各々の仕事に戻って行くのだ。
距離を開けて観察されている様は、まるで見世物小屋の奇妙な動物のようだ。
ナギリはおかしくなって、まだ執務には時間があることを確認すると、その後をつけてみようという悪戯心が湧きあがった。
いつもこちらが振り回されているのだ、たまにはそう言うのもいいだろう、と。
蝋燭立てに気がつかれないように、距離を開けて歩く。
一定の距離を保つためには、蝋燭立てと同じ速度で歩かねばならない。
比較的せっかちなナギリには、それさえも早速苦痛だった。
蝋燭立ては城の裏門近くにある庭へと向かった。
脇の花壇には季節の花々が植えられている。ハーブや野菜の類も育てられているようだ。
腕の良い庭師が手入れをしている庭は整っていて、中央の草木は王家の紋章である双頭の鷲を簡易的に表した模様に刈り込まれている。
その足取りを追いながら、普段は目も留めないようなものが気になった。
葉にしがみついているてんとう虫の背の模様、太い木の幹に止まる小鳥の羽の色、土の匂い。
ああ、これが彼の見ている世界なのか。
前を歩く蝋燭立ては、庭の端にある塔をじっと見上げていた。
城の塔の周りにぐるりと設置された螺旋階段。
修理の時に技師が塔の上に登る用に設置されたそれは、ほとんど人が使った形跡はなく、ところどころ錆びてしまっている。
狭く、頑丈さに不安を覚えるそのメッキの螺旋階段を、ゆっくりとした歩調で蝋燭立ては登って行く。
随分登ったのだろう。頭上から階段の軋む音が等間隔で降ってくる。
「…ええい、まったく」
ナギリは口を真一文字に引き締め、その階段に足を掛けた。
体重を乗せた途端、ぎし、と嫌な感触が足を伝ってきたが、気を強く持って一段、また一段と上へと進む。
さっきまで歩いていた裏庭が、見る見るうちに視界の下へと遠ざかって行った。下を見ると、あまりの高さに足がすくんでしまう。
こんな所、人間の来る場所じゃないと、自分の血の気が引いて行くのを感じた。
塔の中腹で息をつくが、もう後には引けないので登るしかない。
軽く手が震えていた。こんな事を毎日しているのかと、お気楽な技師のウィリーを少し尊敬した。
大分時間をかけ、最後の一歩を踏み出し、登りきった。
塔のてっぺんは、屋上とは呼べないほどの狭い円状のスペースしかなかった。
しかしそこに立つと、まるで世界の裏側まで見渡せるような景色が広がっていた。
色とりどりの民家の屋根、木々の新緑、まっすぐ伸びた教会、空と海のぼやけた境界線は、果てしなく青い。
ナギリは息を飲んだ。
私の国は、これほどまでに美しいのか。
玉座からはここまで見渡すことはできない。
初めて見た、自分が命を掛けて守るべき国の姿に、ただただ、感動した。
思えば昔から神出鬼没な男だった。
いくら探しても見つかりやしない癖に、こちらが意識していない時にふと後ろに居たりする。
その歩みは相変わらず亀のように遅い。
行き交う宮廷の者達は、あれが王のお気に入りの男か、と興味深げな視線を送るものの、あまりの緩慢な様子に、次第に見るのに飽きて各々の仕事に戻って行くのだ。
距離を開けて観察されている様は、まるで見世物小屋の奇妙な動物のようだ。
ナギリはおかしくなって、まだ執務には時間があることを確認すると、その後をつけてみようという悪戯心が湧きあがった。
いつもこちらが振り回されているのだ、たまにはそう言うのもいいだろう、と。
蝋燭立てに気がつかれないように、距離を開けて歩く。
一定の距離を保つためには、蝋燭立てと同じ速度で歩かねばならない。
比較的せっかちなナギリには、それさえも早速苦痛だった。
蝋燭立ては城の裏門近くにある庭へと向かった。
脇の花壇には季節の花々が植えられている。ハーブや野菜の類も育てられているようだ。
腕の良い庭師が手入れをしている庭は整っていて、中央の草木は王家の紋章である双頭の鷲を簡易的に表した模様に刈り込まれている。
その足取りを追いながら、普段は目も留めないようなものが気になった。
葉にしがみついているてんとう虫の背の模様、太い木の幹に止まる小鳥の羽の色、土の匂い。
ああ、これが彼の見ている世界なのか。
前を歩く蝋燭立ては、庭の端にある塔をじっと見上げていた。
城の塔の周りにぐるりと設置された螺旋階段。
修理の時に技師が塔の上に登る用に設置されたそれは、ほとんど人が使った形跡はなく、ところどころ錆びてしまっている。
狭く、頑丈さに不安を覚えるそのメッキの螺旋階段を、ゆっくりとした歩調で蝋燭立ては登って行く。
随分登ったのだろう。頭上から階段の軋む音が等間隔で降ってくる。
「…ええい、まったく」
ナギリは口を真一文字に引き締め、その階段に足を掛けた。
体重を乗せた途端、ぎし、と嫌な感触が足を伝ってきたが、気を強く持って一段、また一段と上へと進む。
さっきまで歩いていた裏庭が、見る見るうちに視界の下へと遠ざかって行った。下を見ると、あまりの高さに足がすくんでしまう。
こんな所、人間の来る場所じゃないと、自分の血の気が引いて行くのを感じた。
塔の中腹で息をつくが、もう後には引けないので登るしかない。
軽く手が震えていた。こんな事を毎日しているのかと、お気楽な技師のウィリーを少し尊敬した。
大分時間をかけ、最後の一歩を踏み出し、登りきった。
塔のてっぺんは、屋上とは呼べないほどの狭い円状のスペースしかなかった。
しかしそこに立つと、まるで世界の裏側まで見渡せるような景色が広がっていた。
色とりどりの民家の屋根、木々の新緑、まっすぐ伸びた教会、空と海のぼやけた境界線は、果てしなく青い。
ナギリは息を飲んだ。
私の国は、これほどまでに美しいのか。
玉座からはここまで見渡すことはできない。
初めて見た、自分が命を掛けて守るべき国の姿に、ただただ、感動した。
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