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第2章 十年前の話
勝手な行動は慎むよう
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マルス公国に足を踏み入れると、街の中はハーディス王国からの避難者で溢れかえっていた。
怪我をした兵士、火傷を負った町の者達が急遽つくられたテントの中で寝泊りをしているようだ。
住む場所、愛しい家族を失った者達は一様に涙を流し、顔を歪め、絶望に打ちひしがれていた。
道の端では、そんな彼らにスープとパンを配っている。
町の中心にある城へと足を踏み入れると、すぐに中年の男が出てきた。
王国は広い大陸の中でもハーディス王国だけで、王は両性を持つハーディス王だけだとされているため、他の国で権力の頂点に立つ者は「主(あるじ)」と呼ばれるのであった。
マルス公国の主である四十半ばと見えるキースは、顎髭を撫でながらナギリを向かい入れた。
「―――この度はおいたわしい事になり、心中お察し申し上げます。
ナギリ様はもちろん、国民の者達も、何もないですがぜひ我が国でお過ごしください」
「お手をお借りする」
深々と礼をすると、次期王が私ごときにそんなことしないで下され、と止められた。
気の良いキースは、隣国と言う事もあり同盟国の中では父とも旧知の仲だったのだ。
年に何度か、城に訪れ食事会をしたこともある。
「良い主だ。
このような混乱しきった状況の時、受け入れてもらえたのは幸いだったな」
丈夫な造りの城の階段を降りながら言うと、レナードも頷いた。
それでもやはり、我が国の城の方がしっかりとした造りであったが、という言葉は飲みこんだ。
その城も、今やもう無い。
「青銅の蝋燭立てはどこへ」
尋ねると、レナードは首をかしげた。
「先ほどの黒髪の男だ」
「随分奇妙な名前なのですね」
とレナードは答えて、息を吐く。
「あの男なら、部屋を与えておきました。
今はそこで休んでいるかと」
「御苦労。あいつは私の命の恩人だ。
手厚くもてなしてやろう。
とはいえ、人の城だが」
「はっ」
レナードは左胸に握った拳を添える形の敬礼をすると、
「それともう一つ」
と続けた。
ナギリはなんだ、と振り返る。
その頬に、レナードは容赦なく平手打ちを食らわした。
乾いた音が、城の応接間に響き渡る。
はたかれた衝撃が脳天に響き、次に頬が熱を持ったように痛んだ。
半身をねじらせる形となり、レナードを見上げると、彼は眉間にしわを寄せナギリを見つめていた。
「―――今後、ご勝手な行動はお慎みください」
幸い、その場所に他の者はいなかった。
王に手を上げるなど、即効捕えられ牢屋に入れられても仕方がない愚行である。
「……申し訳ありません。しかしナギリ様はもっとご自分の立場をわきまえてください。
私の事は、どう処分してくださっても構いません」
そう言って潔くレナードは頭を下げた。
外に避難したのに、燃え盛る城の中に戻ったり、怪しげな男と一緒に草原に隠れていたりと、確かに次期王のする行動ではない。
ナギリはレナードに顔を上げるよう命じた。
「よい。私にはお前のような者が必要なのだろうな。
これからは近衛隊として私の一番近くにいてくれ」
あんなに広い草原の中、自分を探し出してくれたのが嬉しかった。
この男なら、これから先もきっと自分を守ってくれるだろうと、その忠義心を買ったのだ。
そして、レナードは生き残った者の名を上げていった。
護衛隊の隊長や古株の軍師達、父のカティの何人かの名前が挙がる。
挙がらなかった者は、あの炎に飲み込まれてしまったのだろう。
「……ベネディクトは?」
翡翠の髪をした父のカティの男。
一番仲の良かった彼の名前が出なかったので問うと、レナードは表情を曇らせた。
「死んだのか」
と恐る恐る聞くと、
「いえ。しかし……王がお目通しをして下さい」
目を伏せ、彼がいるという部屋へと案内された。
怪我をした兵士、火傷を負った町の者達が急遽つくられたテントの中で寝泊りをしているようだ。
住む場所、愛しい家族を失った者達は一様に涙を流し、顔を歪め、絶望に打ちひしがれていた。
道の端では、そんな彼らにスープとパンを配っている。
町の中心にある城へと足を踏み入れると、すぐに中年の男が出てきた。
王国は広い大陸の中でもハーディス王国だけで、王は両性を持つハーディス王だけだとされているため、他の国で権力の頂点に立つ者は「主(あるじ)」と呼ばれるのであった。
マルス公国の主である四十半ばと見えるキースは、顎髭を撫でながらナギリを向かい入れた。
「―――この度はおいたわしい事になり、心中お察し申し上げます。
ナギリ様はもちろん、国民の者達も、何もないですがぜひ我が国でお過ごしください」
「お手をお借りする」
深々と礼をすると、次期王が私ごときにそんなことしないで下され、と止められた。
気の良いキースは、隣国と言う事もあり同盟国の中では父とも旧知の仲だったのだ。
年に何度か、城に訪れ食事会をしたこともある。
「良い主だ。
このような混乱しきった状況の時、受け入れてもらえたのは幸いだったな」
丈夫な造りの城の階段を降りながら言うと、レナードも頷いた。
それでもやはり、我が国の城の方がしっかりとした造りであったが、という言葉は飲みこんだ。
その城も、今やもう無い。
「青銅の蝋燭立てはどこへ」
尋ねると、レナードは首をかしげた。
「先ほどの黒髪の男だ」
「随分奇妙な名前なのですね」
とレナードは答えて、息を吐く。
「あの男なら、部屋を与えておきました。
今はそこで休んでいるかと」
「御苦労。あいつは私の命の恩人だ。
手厚くもてなしてやろう。
とはいえ、人の城だが」
「はっ」
レナードは左胸に握った拳を添える形の敬礼をすると、
「それともう一つ」
と続けた。
ナギリはなんだ、と振り返る。
その頬に、レナードは容赦なく平手打ちを食らわした。
乾いた音が、城の応接間に響き渡る。
はたかれた衝撃が脳天に響き、次に頬が熱を持ったように痛んだ。
半身をねじらせる形となり、レナードを見上げると、彼は眉間にしわを寄せナギリを見つめていた。
「―――今後、ご勝手な行動はお慎みください」
幸い、その場所に他の者はいなかった。
王に手を上げるなど、即効捕えられ牢屋に入れられても仕方がない愚行である。
「……申し訳ありません。しかしナギリ様はもっとご自分の立場をわきまえてください。
私の事は、どう処分してくださっても構いません」
そう言って潔くレナードは頭を下げた。
外に避難したのに、燃え盛る城の中に戻ったり、怪しげな男と一緒に草原に隠れていたりと、確かに次期王のする行動ではない。
ナギリはレナードに顔を上げるよう命じた。
「よい。私にはお前のような者が必要なのだろうな。
これからは近衛隊として私の一番近くにいてくれ」
あんなに広い草原の中、自分を探し出してくれたのが嬉しかった。
この男なら、これから先もきっと自分を守ってくれるだろうと、その忠義心を買ったのだ。
そして、レナードは生き残った者の名を上げていった。
護衛隊の隊長や古株の軍師達、父のカティの何人かの名前が挙がる。
挙がらなかった者は、あの炎に飲み込まれてしまったのだろう。
「……ベネディクトは?」
翡翠の髪をした父のカティの男。
一番仲の良かった彼の名前が出なかったので問うと、レナードは表情を曇らせた。
「死んだのか」
と恐る恐る聞くと、
「いえ。しかし……王がお目通しをして下さい」
目を伏せ、彼がいるという部屋へと案内された。
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