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第1章 ハーディス王の国王
染め紙の鶴細工
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ナギリは、片肘をついていた体勢を改め、前のめりになって男をじっと見つめた。
軽快でありながら、異国の曲のような不思議な調べ。
しかし、何故だかとても懐かしい気持ちになるような、心の落ち着く曲だった。
薄く目を閉じた男の、長いまつ毛に影が落ちる。
風の音、ざわめく木々の音、さえずる鳥の声、そして自分の鼓動の音さえも、その男の奏でる音色と重なり、まるでオーケストラのようだった。
とても長い時間のように思えたが、実際は数分間だったのだろう。演奏を終えた男は静かに唇を離すと、小さく微笑んで会釈をした。
自然と、拍手が沸き起こる。
控えていなければならない護衛隊や近衛の者達も、無意識のうちに心奪われていたのであろう。
茫然と演奏をし終えた男を見つめ手を鳴らす。
しかし、すぐに勤務中だと思いだすと、慌てて皆剣に手を添えて直立の態勢に戻った。
音楽に関しては口うるさいナギリも、心から素晴らしいと感心した。
もっと聴いていたいと思ったのだ。
玉座から立ち上がると、栗色の髪の男に一歩二歩、近づいた。
「素晴らしい演奏だったぞ。
私が今まで聴いたフルートの中で最上と言っても過言ではない」
「もったいないお言葉です」
照れたように笑い、男は首を傾けた。
背が高く二十代半ばと言った容貌だが、その仕草は何故かやけに子供っぽい。
「お前、名は?」
周りのカティ達や護衛隊の者が一斉に静まった。
王が、音楽会の時に名を聞いた者は、その日一番の演奏をしたとして、直々に褒美がもらえるのだ。
しかし、男はフルートをぎゅっと握りしめ、しばらく目を伏せ黙っていたかと思うと、
「名前は、言えません」
とはっきり言い放った。
周りがざわつき始めた。
王から名を聞かれる事は最高の栄誉だというのに。
「無礼な」
王の横に座っているアンセルドは、眼鏡を押し上げ、低い声で呟いた。
護衛隊が、一気に身構える。
「王が聞いているのだぞ。言え」
状況によっては処罰の対象にもなる態度だが、ナギリはなかなか面白い奴だ、と愉快に思いながらもう一度聞き直す。
男は、口をつぐんでいたが、やがて観念したように静かに名を言った。
「―――――染め紙の鶴細工、と申します」
不思議な名前を。
その名前を聞き、ナギリの王特有の銀色の目が一際大きく見開かれた。
軽快でありながら、異国の曲のような不思議な調べ。
しかし、何故だかとても懐かしい気持ちになるような、心の落ち着く曲だった。
薄く目を閉じた男の、長いまつ毛に影が落ちる。
風の音、ざわめく木々の音、さえずる鳥の声、そして自分の鼓動の音さえも、その男の奏でる音色と重なり、まるでオーケストラのようだった。
とても長い時間のように思えたが、実際は数分間だったのだろう。演奏を終えた男は静かに唇を離すと、小さく微笑んで会釈をした。
自然と、拍手が沸き起こる。
控えていなければならない護衛隊や近衛の者達も、無意識のうちに心奪われていたのであろう。
茫然と演奏をし終えた男を見つめ手を鳴らす。
しかし、すぐに勤務中だと思いだすと、慌てて皆剣に手を添えて直立の態勢に戻った。
音楽に関しては口うるさいナギリも、心から素晴らしいと感心した。
もっと聴いていたいと思ったのだ。
玉座から立ち上がると、栗色の髪の男に一歩二歩、近づいた。
「素晴らしい演奏だったぞ。
私が今まで聴いたフルートの中で最上と言っても過言ではない」
「もったいないお言葉です」
照れたように笑い、男は首を傾けた。
背が高く二十代半ばと言った容貌だが、その仕草は何故かやけに子供っぽい。
「お前、名は?」
周りのカティ達や護衛隊の者が一斉に静まった。
王が、音楽会の時に名を聞いた者は、その日一番の演奏をしたとして、直々に褒美がもらえるのだ。
しかし、男はフルートをぎゅっと握りしめ、しばらく目を伏せ黙っていたかと思うと、
「名前は、言えません」
とはっきり言い放った。
周りがざわつき始めた。
王から名を聞かれる事は最高の栄誉だというのに。
「無礼な」
王の横に座っているアンセルドは、眼鏡を押し上げ、低い声で呟いた。
護衛隊が、一気に身構える。
「王が聞いているのだぞ。言え」
状況によっては処罰の対象にもなる態度だが、ナギリはなかなか面白い奴だ、と愉快に思いながらもう一度聞き直す。
男は、口をつぐんでいたが、やがて観念したように静かに名を言った。
「―――――染め紙の鶴細工、と申します」
不思議な名前を。
その名前を聞き、ナギリの王特有の銀色の目が一際大きく見開かれた。
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