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第2章 十年前の話
父の存在
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幼い頃のナギリにとって、前王であり父、イゼルの存在は絶対的であった。
透けるような白い肌に、金色にきらめく髪。切れ長の瞳に細い首筋。
白い制服を着れば美形の騎士に、ドレスを着れば傾国の美女にしか見えないであろう。
しかし、王の象徴である深紅の服を着ているからこそ、実に中性的で、その不安定な美しさが一層妖艶に見せていた。
父の瞳は、陽の光に当たると角度によって銀色に輝くことを知っていた。
西日の差す執務室で書類を読む横顔を見て気がついたのだ。
まるで万華鏡みたいだ、と。ナギリは父の瞳が銀色になるのを見るのが好きだった。
ある日その事を言うと、
「お前の瞳も、光に当たると銀になるぞ」
とイゼルは言った。
自分の瞳の事は知らなかった。同じ宝石のような瞳なのかと嬉しくて、すぐに手鏡を持って窓際へと走って行った。
しかし、陽の光を見ると鏡を見られないし、鏡を見ると陽に当たれない。
どうしたものかと、鏡を持って右往左往しているナギリを見て、イゼルは愉快そうに笑っていた。
「本当に銀色になるの」
泣きそうな顔で聞くと、
「お前は顔が私にそっくりだからな。
銀髪は、母親譲りだが」
と、優しく髪を撫でられた。
父の金の髪は、瞳の次に好きであった。まるで豊潤な稲穂のようであり、神話に出てくる天使のそれと同じだと思ったからだ。
「お前の母、リーザは美しかったぞ」
机に置かれた写真立ての中の写真を眺めて、愛おしそうに微笑むイゼル。
そこには、ナギリを産んでしばらくして亡くなったという、母の姿。
生まれながら病弱な気質だったのだという。
「……私はあいつをフィリアに選んで本当に良かったと思っている。そして、次の王、お前が生まれたからな」
イゼルは王としての執務中や部下達の前では決して見せないような、弱々しい笑顔で、写真を優しく撫でた。
その姿を見てナギリは、ああ、父は本当に母の事が好きだったのだな、と子供ながらに思った。
物心ついたときにはもう亡くなっていて、言葉を交わした記憶も無い母だけれど、同じ髪を持ち、自分をこの世に産んでくれた。その優しい笑顔を見つめる。
この時すでに、イゼルは二十人以上のカティを従えていた。
屈強な騎士の男もいれば、小柄で若い女もいた。宮廷出身の貴族もいれば、城下町の叩き上げの者もいた。
イゼルの子供を産んだ者もいるし、イゼルに子を産ませた者もいた。
しかし、王の体を持って生まれたのはナギリだけで、他の兄弟とは全く違う育てられ方をした。
近衛隊の者も多く、部屋も広く、そして特別な英才教育を毎日受けている。
父のカティの中には、すれ違いざまにナギリに対して憎しみの視線を送ってくる奴もいたし、少しでも次期王のナギリに気に入られようと、何かにつけて贈り物やちょっかいを出してくる者もいた。
まだ生まれて十年ほどしか経っていないナギリにも、
「ああ、この人達は私の事など、本当はどうでもよくて、ただみんな父上に愛されたいのだな」
と言うことが分かった。
そんな大人達が、子供の目には酷く滑稽に映ったのだ。
イゼルが、部屋で宮廷音楽家と口づけをしている所を見たことがある。
裸の男とベッドの上で抱き合っているのを見たのも、一度や二度ではない。
それを見るたびに、父は母の事を、母だけの事を愛していたわけではないのだと、哀しくなった。
まるで自分がここにいる事が意味の無いような気がして、胸が詰まる。
透けるような白い肌に、金色にきらめく髪。切れ長の瞳に細い首筋。
白い制服を着れば美形の騎士に、ドレスを着れば傾国の美女にしか見えないであろう。
しかし、王の象徴である深紅の服を着ているからこそ、実に中性的で、その不安定な美しさが一層妖艶に見せていた。
父の瞳は、陽の光に当たると角度によって銀色に輝くことを知っていた。
西日の差す執務室で書類を読む横顔を見て気がついたのだ。
まるで万華鏡みたいだ、と。ナギリは父の瞳が銀色になるのを見るのが好きだった。
ある日その事を言うと、
「お前の瞳も、光に当たると銀になるぞ」
とイゼルは言った。
自分の瞳の事は知らなかった。同じ宝石のような瞳なのかと嬉しくて、すぐに手鏡を持って窓際へと走って行った。
しかし、陽の光を見ると鏡を見られないし、鏡を見ると陽に当たれない。
どうしたものかと、鏡を持って右往左往しているナギリを見て、イゼルは愉快そうに笑っていた。
「本当に銀色になるの」
泣きそうな顔で聞くと、
「お前は顔が私にそっくりだからな。
銀髪は、母親譲りだが」
と、優しく髪を撫でられた。
父の金の髪は、瞳の次に好きであった。まるで豊潤な稲穂のようであり、神話に出てくる天使のそれと同じだと思ったからだ。
「お前の母、リーザは美しかったぞ」
机に置かれた写真立ての中の写真を眺めて、愛おしそうに微笑むイゼル。
そこには、ナギリを産んでしばらくして亡くなったという、母の姿。
生まれながら病弱な気質だったのだという。
「……私はあいつをフィリアに選んで本当に良かったと思っている。そして、次の王、お前が生まれたからな」
イゼルは王としての執務中や部下達の前では決して見せないような、弱々しい笑顔で、写真を優しく撫でた。
その姿を見てナギリは、ああ、父は本当に母の事が好きだったのだな、と子供ながらに思った。
物心ついたときにはもう亡くなっていて、言葉を交わした記憶も無い母だけれど、同じ髪を持ち、自分をこの世に産んでくれた。その優しい笑顔を見つめる。
この時すでに、イゼルは二十人以上のカティを従えていた。
屈強な騎士の男もいれば、小柄で若い女もいた。宮廷出身の貴族もいれば、城下町の叩き上げの者もいた。
イゼルの子供を産んだ者もいるし、イゼルに子を産ませた者もいた。
しかし、王の体を持って生まれたのはナギリだけで、他の兄弟とは全く違う育てられ方をした。
近衛隊の者も多く、部屋も広く、そして特別な英才教育を毎日受けている。
父のカティの中には、すれ違いざまにナギリに対して憎しみの視線を送ってくる奴もいたし、少しでも次期王のナギリに気に入られようと、何かにつけて贈り物やちょっかいを出してくる者もいた。
まだ生まれて十年ほどしか経っていないナギリにも、
「ああ、この人達は私の事など、本当はどうでもよくて、ただみんな父上に愛されたいのだな」
と言うことが分かった。
そんな大人達が、子供の目には酷く滑稽に映ったのだ。
イゼルが、部屋で宮廷音楽家と口づけをしている所を見たことがある。
裸の男とベッドの上で抱き合っているのを見たのも、一度や二度ではない。
それを見るたびに、父は母の事を、母だけの事を愛していたわけではないのだと、哀しくなった。
まるで自分がここにいる事が意味の無いような気がして、胸が詰まる。
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