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第1章 ハーディス王の国王
馬を借りるぞ
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薄い笑みを浮かべ、染め紙の鶴細工と名乗った男はナギリの顔をじっと見つめていた。
二人の間に、奇妙な沈黙が生まれる。
周りの者達は、聞き馴染みの無い男の名前にざわめきだした。
「地方出身者か? 変わった名前だな」
ウィリーが驚いている。
表情を読むように栗色の髪の男を見つめるも、決して逸らさない瞳からは何の意図も見えない。
「馬鹿な」
うわ言のようにナギリの口からその言葉が出た。
「ああ、言ってしまった。
でも二度も聞かれたんだし、しょうがないよな」
目の前の男は独り言を言っている。
ナギリは黒い革靴を響かせ『染め紙の鶴細工』の前へと足早に歩み寄った。
「王、お控えください」
王自らが公式の場で、城下の者に近づくなどあってはならないことだ。
レナードがすぐに剣に手を添え近寄ってきたが、素早く片手を上げそれを制した。
まるで今にもキスをしてしまいそうなほど顔を近づけ、ナギリは染め紙の鶴細工にだけ聞こえるような小さい声で尋ねた。
「―――お前は、お前と同郷の黒髪の男を知っているか」
思いつめたナギリの言葉に、
「知ってるも何も、先ほど会いましたよ」
飄々と返す染め紙鶴細工。
薄い唇を吊り上げ、笑っている。
ナギリは息を飲むと、短い言葉で再び問う。
「どこでだ」
「湖の近くの森の中だけど……まさかアイツがハーディス王の知り合いとは思わなかったよ」
「そうか」
それだけ言うと、ナギリは踵を返した。
何かを思案するように、視線を宙に向けていたかと思うと、王しか着る事の出来ない双頭の鷲の刺繍のついた外套を翻し、ひらり、と素早くルーフの白い手すりの上へ、軽やかに飛び乗った。
結んだ長い銀髪が風にあおられて舞う。
まさかそんな行動に出るとは思ってもいなかった護衛隊達が、息を飲むと同時に、
「ギールク、馬を借りるぞ!」
と叫び、咎めるギールクの声を無視して、ナギリは手すりから飛び降りた。
ティナの甲高い叫び声が響く。
顔を真っ青にしたギールクとレナードが手すりから身を乗り出して下を見ると、二階の高さから、丁度花壇の土の上に華麗に着地したナギリが手を振っていた。
「褒美を取らす、染め紙の鶴細工!
アンセルド、奴に十万フィズを渡しておけ!」
大金を渡せと命じられたアンセルドは、眼鏡を押し上げて、「御意」と一言返した。
「王、僕は城下町の教会の前の、赤い煉瓦の建物に住んでいます。
何かあったら是非お立ち寄りくださいね」
染め髪の鶴細工は、褒美を貰えるのが嬉しかったのか、晴々しく笑ってナギリに大きく手を振った。
本来ならば失礼な対応と咎められるだろうが、今はその場にいた誰もが、そんなことに構っている状況ではなかった。
「王をお止めしろ!」
レナードの一喝で、近衛隊、護衛隊の者達が一斉に走り出した。
前に演奏を披露した者達は、どうすればいいかわからず楽器を持ったまま右往左往している。
ナギリは宮廷の庭を駆け、護衛隊の騎士達が訓練や有事の時に乗る馬の傍へ走り、ギールクの大切にしている黒馬へと飛び乗った。
後ろから、レナードの声が聞こえたが、振り返らずに手綱を握りしめ、馬の尻を蹴った。
二人の間に、奇妙な沈黙が生まれる。
周りの者達は、聞き馴染みの無い男の名前にざわめきだした。
「地方出身者か? 変わった名前だな」
ウィリーが驚いている。
表情を読むように栗色の髪の男を見つめるも、決して逸らさない瞳からは何の意図も見えない。
「馬鹿な」
うわ言のようにナギリの口からその言葉が出た。
「ああ、言ってしまった。
でも二度も聞かれたんだし、しょうがないよな」
目の前の男は独り言を言っている。
ナギリは黒い革靴を響かせ『染め紙の鶴細工』の前へと足早に歩み寄った。
「王、お控えください」
王自らが公式の場で、城下の者に近づくなどあってはならないことだ。
レナードがすぐに剣に手を添え近寄ってきたが、素早く片手を上げそれを制した。
まるで今にもキスをしてしまいそうなほど顔を近づけ、ナギリは染め紙の鶴細工にだけ聞こえるような小さい声で尋ねた。
「―――お前は、お前と同郷の黒髪の男を知っているか」
思いつめたナギリの言葉に、
「知ってるも何も、先ほど会いましたよ」
飄々と返す染め紙鶴細工。
薄い唇を吊り上げ、笑っている。
ナギリは息を飲むと、短い言葉で再び問う。
「どこでだ」
「湖の近くの森の中だけど……まさかアイツがハーディス王の知り合いとは思わなかったよ」
「そうか」
それだけ言うと、ナギリは踵を返した。
何かを思案するように、視線を宙に向けていたかと思うと、王しか着る事の出来ない双頭の鷲の刺繍のついた外套を翻し、ひらり、と素早くルーフの白い手すりの上へ、軽やかに飛び乗った。
結んだ長い銀髪が風にあおられて舞う。
まさかそんな行動に出るとは思ってもいなかった護衛隊達が、息を飲むと同時に、
「ギールク、馬を借りるぞ!」
と叫び、咎めるギールクの声を無視して、ナギリは手すりから飛び降りた。
ティナの甲高い叫び声が響く。
顔を真っ青にしたギールクとレナードが手すりから身を乗り出して下を見ると、二階の高さから、丁度花壇の土の上に華麗に着地したナギリが手を振っていた。
「褒美を取らす、染め紙の鶴細工!
アンセルド、奴に十万フィズを渡しておけ!」
大金を渡せと命じられたアンセルドは、眼鏡を押し上げて、「御意」と一言返した。
「王、僕は城下町の教会の前の、赤い煉瓦の建物に住んでいます。
何かあったら是非お立ち寄りくださいね」
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本来ならば失礼な対応と咎められるだろうが、今はその場にいた誰もが、そんなことに構っている状況ではなかった。
「王をお止めしろ!」
レナードの一喝で、近衛隊、護衛隊の者達が一斉に走り出した。
前に演奏を披露した者達は、どうすればいいかわからず楽器を持ったまま右往左往している。
ナギリは宮廷の庭を駆け、護衛隊の騎士達が訓練や有事の時に乗る馬の傍へ走り、ギールクの大切にしている黒馬へと飛び乗った。
後ろから、レナードの声が聞こえたが、振り返らずに手綱を握りしめ、馬の尻を蹴った。
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