量産型勇者の英雄譚

ちくわ

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三章 量産型勇者の歩く道

三章二十五話 『勇者のお仕事』

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 銀髪というよりも白髪に近いだろうか。
 一本一本が特別な素材で出来ているのではと錯覚させるほどに美しく、赤い瞳は見る者の心を奪い、ショーットカットが少女の顔立ちをさらに幼く見せているようだ。
 歳は十歳前後に見えるが、雰囲気や仕草は子供ではなく老人に近い。
 幼さの中に美しさがあり、美しさの中に幼さがあるような顔立ち。ようするに、美少女というやつだ。

 黒のパンツに黒いブーツ、腕と首の部分に黄色いラインの入ったローブのような上着。それを靡かせ、白髪の少女は不満そうに口を尖らせる。

「おい、話を聞いているのか? 久しぶりに会話が出来るのに無視されると中々に辛いぞ」

「え、あ、おう。わりぃ、ちょっと驚いちゃった」

「そうか、それも仕方ないな。私のような超絶美少女がいきなり目の前に現れたのだ、しかも剣が人になったのだから仕方ない」

「だよねー……じゃねーよ! 誰だよお前!」

「いきなり大きな声を出すな、まだ耳が本調子ではないんだ」

 一瞬、少女の持つ独特な空気感に飲まれて流されそうになるが、体から飛び立った魂を無理矢理引き戻し、この場で初披露のノリ突っ込みをかます。
 うるさそうに両手で耳を塞ぐ少女に詰め寄り、

「なんだテメェ誰だよ、剣が人になったとか言ってたけど、まさかお前が勇者の剣とか言わねぇよな?」

「それ以外になにがある? そこら辺に落ちていた剣がこんな美少女になると思うか? 私は思わない」

「一人で喋って一人で納得してんじゃねぇよ、そもそも剣が人になる時点でおかしいだろ」

 首を振ってあり得ないと言いたげな少女に、思わずいつもの勢いで額に向かって手刀を叩き付ける。
 思ったよりも鈍い音が響き、少女は若干涙目になりながら額を押さえてルークを見上げると、

「いきなりなにをするんだ貴様。抱き締めるとかならまだしも、チョップをするなんておかしいぞ」

「抱き締めねーよ、チョップで正解だって心の底から思ったよ」

「いたいけな少女に手を上げるとは……前の勇者とは大違いのバカ者だな」

「バカ者で悪かったな……って、そういやその声どっかで聞いた事あるような」

「何度も呼び掛けたからな。貴様がまだ勇者としての自覚がなく、私との契約がきちんと果たされていなかったからだ」

 何度かルークを呼び掛けた見知らぬ声、その声の正体が目の前の少女だと過程したとして、だとしても剣が人間になったからくりだけは不明。さりとて、目の前でおきた光景を疑う訳にもいかず、

「お前が剣だってのは分かった、んで、なんで今になってその姿になったんだよ」

「それには色々と事情がある、今すぐにでも教えてやりたいところだが……先にやるべき事があるだろう?」

 額を擦りながら言い、少女は口を開けてポカンとしている周りの人々に目を向けた。
 今の光景、剣が少女になった瞬間を、この場の全員が目撃していた事にルークは気付く。
 しかしながら、ルークだって事情を把握していない一人なので、

「よーし、気を取り直してやんぞ」

 何事もなかったかのように振る舞い、拳を合わせて続きを始めようとするルーク。しかし、相手であるイリートの反応を見て首を傾げた。
 周りと同様に驚いているのは間違いないが、動揺、疑心、他にはないなにかを瞳に浮かべていた。

「……そんな、バカな。だって、そんな……なんで君が……」

「アァ? んだよいきなり、俺だって驚いてんのは一緒だよ」

「そうじゃない、そういう事を言っているんじゃない! そんな事があり得て良い訳がない! だって、だって貴女は……」

「ほう、貴様は私がなにか分かっているようだな、それなりの知識はあるらしい。しかし残念ながら本物だ、そして私はルークを選んだ」

 自慢気な鼻を鳴らし、少女はイリートに対して手を横に振る。
 なんのこっちゃ分からないルークは腕を組んで考えるが、当然の如く答えなど出る訳もなかった。
 イリートは少女を見つめながら唇を震わせ、

「なんで僕じゃないんだ、なんでソイツなんかを選んだ!」

「なんで、か。そうだな、強いて言うのなら……気まぐれだ。別にルークである必要はなかったが、ほんの少しだが奴に通じるものを持っていると思ったからだ」

「……なぁ、アイツの知り合いなの?」

「いや、まったく知らん。初対面だ」

 イリートは少女を一方的に認知しているらしい。
 動揺を見せ、唇を噛み締めながら悔しさを殺そうとするイリートに、少女は静かに告げる。

「ただ、一つ言っておこう。もし私がルークより先に貴様に会っていたとしても、私は貴様を契約者として選ぶ事はなかっただろうな」

「僕とソイツでなにが違うというんだ! 強さも志も、全てにおいて僕が上だろ!」

「……そうだな、確かにその通りだ。この男はまだまだ弱い、それに加えて性格はクソッタレ、とてもじゃないが勇者なんて称号を与えられる存在ではない」

「誰がクソッタレだ、女の子がそんな言葉使ったらダメだぞ」

 表情が変わらないので本気かどうかはさておき、ルークは反射的に少女の頭を叩く。首から上が上下に揺れ、『痛い』と小さく呟きながらも少女は言葉を続ける。

「しかし一つだけ貴様より優れているところがある。それは勇気だ、自分が正しくないと知っていながら、どれだけ批判されようと自分の道を進む勇気、それをルークは持っている」

「僕は正しい、どんな時だって僕は正しいんだ!」

「それだよ、貴様の間違いはそれだ。自分が正しい、そして世界の中心だと思っている。そんな奴に世界は救えない」

 少女の言葉に、ルークは自分の全てを見透かされているような感覚に陥った。
 実際、ルークは自分の事を正しいと思った事は一度もない。だからこそ、間違いだらけの自分は勇者に相応しくないと思っていたのだ。

 それでもなお、自分の信じた道だけを突き進むのは、それが間違いだと受け入れながらも進むのは、それが自分の進む道だと信じたからだ。
 勇者にとって欠かせないもの、多少ひねくれてはいるが、ルークは揺るぎない勇気を持ち合わせている。

「良いか人間、貴様に偉くて可愛い私から直々にアドバイスをくれてやろう。人は間違いを認めて初めて強くなれる、間違いにすら気付かない人間が誰かの上に立つなんて絶対に無理だ」

「……あぁ、別に良いさ。貴女がなにを言おうと僕には関係ない、そうだ、そうさ。僕が本物の勇者なんだから、ルーク、君を殺してそれを貰う」

「モテる女は辛いな、常に男が付きまとって困る。さぁ、目にものを見せてやれ勇者、貴様が本物になった事をこの場の全員に見せつけてやれ」

「おう!」

 ルークは褒められて伸びるタイプなので、おだてられると直ぐに調子に乗る。
 意気揚々と踏み出して構えるが、自分の手に剣がない事に気付く。慌てて引き返し、

「どうやって戦うの?」

「私を使え」

「いやだからどうやって」

「今まで通り剣として使えば良いんだ、私の頭に触れろ」

「お、おう」

 半信半疑ながらも少女の頭に自分の手を置き、とりあえず剣なれぇとか思いながら力を入れる。が、思ったよりも少女の頭が小さく、ルークの手にジャストフィットしていたので、無意識に力を入れすぎていたらしく、
  
「痛い、痛い痛い痛い! 力を込め過ぎだ、それでは私のプリティな頭が潰れてしまうだろう」

「お前一々自分の容姿の話しないとダメなの? 」

「事実だからな、私は超絶美少女だ」

 段々と少女の面倒な性格に気付き、ルークはわざと力込めて指先を頭部に食い込ませる。そんなアホみたいなやり取りをしていると、不意に横目になにかがうつりこんだ。
 剣を振り上げ、一刀両断しようと迫るイリートだった。

「な、テメェ不意討ちかよ!」

 即座に反応し、いつもの要領でガードしようと剣を握る仕草をとる。瞬間、先ほど人間だった少女は光の粒となり、見覚えのある剣の姿へと変化した。
 握り、一撃を受け止めた。
 いや、受け止めただけではない。

 イリートの体が弾かれるように数メートル後方へと吹っ飛んだ。

『聞こえるか?』

「ん? あぁ、さっきのガキか」

『ガキではない、まぁいい……名前は後で教える』

 自分の体に起きた異変に動揺しつつも、突然頭の中に響いた声に答える。
 どうやら剣が喋っているらしい。
 次から次へと起こる不思議な現象に頭を悩ませていると、

『私との本契約が済んだ今、貴様に私の加護を授ける事が出来る』

「加護ってなんだよ」

『身体能力の強化だ、他にも色々と出来るがまだ私も本調子ではない』

「ふーん、難しい事は分かんねぇけど強くなるって事か?」

『簡単に言えばそうだな。ただし、初めてだから長時間の継続は無理だ。長くて五分と考えておけ』

「そんだけありゃ十分だ」

 剣を振り回して感覚を確かめ、吹っ飛んで行ったイリートへと目を向ける。先ほどイリートが吹っ飛んで行ったのは、思ったよりも力が出ていたからだろう。
 人混みを押し退け、かき分けてイリートが姿を現す。

「……ふざけるな、そんな借り物の力で僕に勝てると思っているのか!」

「借り物だろうがなんだろうが、今は俺の持ってる力だ。テメェこそ、呪われた剣使ってるくせになに言ってやがんだ」

「これは僕の力だ、僕が授かった力だ! だから僕がそれを手に入れる、選ばれた僕こそが勇者に相応しいんだ!」

「選ばれたからとかどうだって良いだろ、テメェがなにをしたいかを考えろ。誰かに言われた間違った道を歩いてんじゃねぇ」
  
「あの人は正しい……現に僕は力を持った特別な人間になれたんだ。まぐれで選ばれた君とは違う!」

 言葉の意味は分からないが、そのあの人というのがイリートに剣を授けたのだろう。
 けれど、ルークにとって彼がどんな思いでどんな道を歩いて来たなんてのはどうでもよく、他人の過去話は耳障りでしかない。
 少女はため息をこぼし、ルークに問い掛ける。

『殺すのか?』

「気絶させて引きずって騎士団に差し出す、そういう約束だからな」

『そうか、私は貴様に従うよ。さ、勇者としての初仕事だ、悪に染まった善人を正そうではないか』

「んな立派なもんじゃねぇよ。俺がここに来た理由はただ一つ、喧嘩の続きをやるためだ」

 二人の勇者は同時に飛び出し、呪われた剣と勇者の剣が交わる。

 そして始まる、ルーク・ガイトスが勇者として行う初めての戦闘が。

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