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三章 量産型勇者の歩く道
三章十六話 『意図せぬ再会』
しおりを挟む「さっきテメェが言った事は本当なんだろうなオイ!」
「あ? さっきってなんの事だよ」
「とぼけんじゃねぇ、勇者殺しが勇者の集まりに参加した奴らを皆殺しにするって話だオイ!」
「本当だ、俺がここに来たのもソイツを取っ捕まえてぶん殴るためだしな」
ゴルゴンゾアを抜け出したルークは、アンドラが乗る馬に引かれている荷台に乗っていた。
ちなみにルークが二人に言った良い事とは、勇者殺しを捕まえれば有名になれる上に富豪からお金が貰えるというものだ。
お金が貰えるかどうかはさておき、有名になれるというのは間違いだろう。五大都市であるゴルゴンゾアで起きた大きな事件を解決したとなれば、報酬もそれなりに期待は出来る。
アンドラは報酬のために、アキンは自らの正義感のためにルークを連れていく事に同意したのだ。
「それにしても、やっぱりルークさんは凄いですね。魔元帥の時もそうでしたけど、今回も勇者殺しを捕らえるために行動するなんて!」
「は? ちげーよバカ、確かにアイツを捕まえてぇのは事実だけど、正義感なんて綺麗なもんじゃねぇ」
「そうなんですか? でもその行動はきっと格好いいと思いますよ!」
「うっせぇちびっこ。良いから早く傷を治せ」
ティアニーズとは違う角度からの信頼に思わず顔を逸らし、ルークは治療を催促した。
アキンは純粋な瞳をキラキラと輝かせながら、ルークの傷口に触れると治療を始める。
「バンダナのおっさん、どのくらいでその町に着くんだ?」
「アンドラだオイ。ここままなにもなく進めば朝には着くだろうよ、ま、その勇者殺しに追い付けるかは別の話だがな」
「ならもっと早く進めよ」
「バカ言うんじゃねぇ、向こうは一人でこっちは荷台に二人乗せてんだ、速度が違うのは当然だぜオイ」
「クソ……ゼッテーに逃がさねぇぞ」
正論をぶつけられ、ルークは苛立ちを隠せずに床を叩いた。
イリートが先に町に着けば、まず間違いなく皆殺しという悲惨な結果になってしまうだろう。しかし、その集まりが町のどこで行われるのか分からない以上、時間までは不用意に動かないとも考えられる。
流石に一般人を手当たり次第に殺す事はしないだろうけど、どちらにせよ早く追い付くにこした事はない。
タイムリミットは勇者の集まりが始まるまでという事だ。
「あの、そういえば一緒に居た騎士団の女性はどうしたんですか?」
「あー、アイツはちょっと怪我して寝込んでる」
「そうなんですか……もしかして、それも勇者殺しがやったんですか!?」
「まぁな、あのバカが勝手に突っ込んで来て怪我したから自業自得だ」
「許せません、勇者だけではなくて女性を傷つけるなんて……! あ、治療終わりましたよ」
思ったよりも早く終わり、調子を確かめるために左腕をぐるぐると回す。若干の痛みはあるものの、ほとんどいつもの状態に戻ったと言えるだろう。
改めて魔法の便利さに感心しつつ、額の汗を拭うアキンを見ると、
「お前以外とすげーのな」
「そんな事ありませんよ、僕は魔法くらいしか取り柄がないので、それくらいはきちんと出来るように頑張ってるだけです」
「あれだな、俺と真逆の一番苦手なタイプだわ」
「いえ、ルークさんの言葉があったからこそ僕は頑張る事が出来たんです。もっともっと強くなりたいですから!」
どこまでも純粋で真面目で、誰かのためになにかをしようとする人間。それがアキンに対して抱いた印象だ。
それはルークとはかけ離れた存在であり、もっとも苦手とする性格の持ち主である。
しかし、それは裏を返せば何色にも染まってしまうという事で、
「ほんと、バンダナにくっついてると俺みたいになっちまうぞ」
「聞こえてんぞオイ、アキンに変な事吹き込むんじゃねぇぞ」
「変な事ってなんだよ、俺は事実を言っただけだ。多分、アンタは俺と同じで自分さえ良ければ良いタイプだろ」
「お頭もルークさんも良い人ですよ!」
ルークは子供が苦手だ。何故かと言うと、こういった屈託のない笑顔を誰にでも振りまくからである。
ちょっとした罪悪感とともにルークはなんだかお父さんみたいな気持ちがわき上がり、荷台から顔を出してアンドラに近付くと、
「いやマジで、お前あのちびっこ騎士団とかに入れた方が良いぞ。ゼッテーお前と居たらダメになっちゃうから」
「俺と居たらダメになるってどういう意味だオイ。でもまぁ、それは俺もちょっと思ってた」
「だろ? どこで拾ったのか知らねぇけど、早いとこ真面目な奴に預けた方が良いって」
「んな事言っても、アキンが俺になついちまってんだよオイ。盗賊ってのもいまいち理解してねぇみたいだしよォ」
「うわ、せめてお前が有名な極悪人って事くらいは伝えとけよ。後で知ったらすげー悲しむぞ」
「そ、そうだよな、やっぱ悲しむよなぁ。でも今さら言えねーよオイ」
「どうしたんですか?」
小声で話すお父さん二人の会話が気になったのか、アキンが二人へと迫る。苦手な笑顔をぎこちなく作り、ルークとアンドラは『なんでもねぇよ』と優しく呟いた。
気持ち悪さが滲み出ているのだが、アキンはニコリと満面の笑みを返すのだった。
しばらく夜道を真っ直ぐに進み、このまま何事もなく町にたどり着けるのではと安心しきっていると、アンドラが低いトーンで呟くのと同時に馬車が止まった。
「なんだこりゃ……どうなってやがんだオイ」
「どうした、なんかあったのか?」
違和感を察知し、ルークはアンドラにつられるようにして進行方向へと目を向ける。
目の前に広がっているのは森だった。ただし、普通の森ではなく不自然に木々がなぎ倒されていた。
まるで、なにか巨大な生き物が通ったかのような道が出来ていた。
「アイツがやったのか?」
「勇者殺しか? その可能性もあるが、魔法とかじゃなくて踏み潰したって感じだぞオイ。多分魔獣だな」
「魔獣って、これ相当デカくね?」
「夜は魔獣の活動が活発になるんだよ、特に森は光が差し込まねぇからな。魔避けが施してある町にこもってたんじゃ分からねぇだろうぜオイ」
魔獣をほとんど見た事のないルークだが、この光景が歪なのは理解出来た。踏み潰されたような跡の残る木や、鋭い爪らしき物で切り裂かれたと思われる大木。
恐らく巨大な魔獣の仕業だろう。
しかし、魔獣の脅威をそれほど分かっていないルークは適当な様子で口を開いた。
「ま、なんとかなんだろ。このまま突き進め」
「そりゃ別に良いが、いざとなったら俺は逃げるぞオイ」
「わーってるよ、俺だってこんだけの事をする魔獣と戦おうなんざ思わねぇ。重要なのは逃げる方向だ、真っ直ぐ町に向かって逃げろ」
「そうだな、それが一番安全な逃げ方だなオイ。そんじゃ進むぞ、しっかり捕まっとけオイ」
アンドラだって盗賊としてある程度の修羅場をくぐり抜け、なおかつ一度は魔元帥にも向かって行った男だ。ルークと同じく危機感ない声で呟くと、改めて馬車を走らせた。
しかし、その軽率な行動を後悔するのに時間はかからなかった。
お父さん二人の、ダメダメな行動に。
初めにその異変に気付いたのはルークだった。
呑気に寝転んでダラダラしていると、激しく地面を叩くような音が鼓膜を叩いた。体を起こし、ユラユラと揺れるアキンを見て、
「……なぁ、なんか変な音聞こえない?」
「そうですか? 馬の走る音だと思いますよ」
「いやそうじゃなくてさ、馬とは違うドタドタした音」
「確かに言われてみりゃそうだなオイ」
アンドラも違和感を感じたのか、ルークの発言に同意するように振り向いた。
そして、二人の視線が交差する。
目が合い、段々とアンドラの顔が青ざめて行く。
「なんだよ、ガンつけてんじゃねぇぞ」
ルークは睨まれていると思って強気な言葉を口にするが、アンドラは口を大きく開いたまま時間が止まっている。
そして、気付いた。
アンドラはルークではなく、その後ろを見つめているのだと。
それに気付くのと同時に、先ほどのドタドタという音が背後から迫ってくる感覚を覚えた。
言い難い焦燥感に襲われ、額から一筋の汗が落ちる。ゆっくりと、引き寄せられるようにルークは振り向いた。
そこで目にした。
赤い眼光を揺らし、赤紫の鱗を持つドラゴンが迫って来ているのを。
「………………逃げろォォォォ!!」
僅かに反応が遅れたが、腹の底から特大の言葉を捻り出した。
ビクリと体を揺らすアキンを壁際に寄せ、いまだに呆気にとられているアンドラの胸ぐらを握り締め、三半規管が崩壊するのもい問わずに激しく揺さぶる。
「お、お、オイッ、なにすんだテメェーーってなんじゃありゃぁぁぁぁ!」
「リアクションは良いからとっとと速度上げろバカ!」
「お、おう! つかなんでこんな所にあれが居るんだよ!」
「知るかよ、んな事良いから早く行け!」
どうやらアンドラは意識が飛んでいたらしい。魂が体に戻った瞬間に鞭と手綱を握り締め、奇声を発しながら馬のケツに激しく叩きつけている。
荷台の後部へ行って改めてドラゴンを見つめると、ルークはその姿に驚愕した。
「……テメェ、あん時のか!?」
ルークが初めて勇者の剣を使って倒した相手、それが目の前で首を揺らしながら迫るドラゴンだ。
しかし、ルークはずっと忘れていたのだ。
あの時ドラゴンは二匹居て、その内一匹の生死を確認せずにいた事を。
「おいおい冗談だろ、まさか俺を追って来たとかじゃねぇよな……!」
「ハァァ!? テメェがあれを呼んだってのか!?」
「呼んでねぇよ! ドラゴンが勝手に着いて来たんだっての!」
「バカ言うな、あれはドラゴンなんかじゃねぇ! あれはーー」
アンドラがなにかを言おうとした瞬間、ドラゴンの咆哮によってかき消された。
ドラゴンはどうやらお怒りらしい。
鋭い爪で周りの木を切り裂き、そしてなぎ倒しながら迫って来る。
風圧で荷台の屋根が吹き飛び、木っ端微塵に砕けながら夜空に舞う。ルークはアキンを抱えながら伏せると、飛ばされないように床にしがみつく。
僅かに目を開けた瞬間、ドラゴンが尻尾を地面に叩き付けて飛び上がるのを目にした。
全てがスローになる中、ハッキリと聞こえたのはアンドラの叫び声だった。
「ーーあれは魔元帥だオイ!」
次の瞬間にはドラゴンが落下し、炸裂音とともに馬もろとも荷台が砕け散った。
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