14 / 102
一章 量産型勇者の誕生
一章十三話 『最後の言葉』
しおりを挟む「……なにこれ」
額で暴れる謎の痛みと、ゴツゴツとした寝心地の悪い枕の感触によってルークは目を覚ました。
何故かティアニーズの顔が目の前にあり、寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。
体を起こして記憶を探るがどうにも良く覚えていない。ドラゴンに潰されかけた直後、勢いで剣を抜いたところで記憶が途切れているのだ。
とはいえ、この寝顔を見るに勝ちで間違いのだろう。
「めっちゃおでこいてぇ。つか、何でコイツ寝てんだよ」
額を擦り、大きなたん瘤が出来ている事に気付く。実際、先に気絶したのはルークの方なのだが、そこら辺も記憶が断片的らしい。
次に左腕だが、脱臼なのか骨折なのか分からないけど、恐らく骨がしっちゃかめっちゃかになっている。
「ッたく、こんな所で寝てんじゃねーよ。遠足は帰るまでが遠足なんだぞ」
ペチペチと頬を叩いてはみるが全く反応がない。夢を見ているのか何なのか分からないが、むにゃむにゃと口を動かして気持ち良さそうに眠っている。
「……おーい、起きろっての。置いてくぞ」
体を揺すり、頬を叩き、デコピンを食らわし、色々と試してみても結果は同じ。
諦めたように立ち上がり、今度は地面に突き刺してある剣へと目を向けた。
「改めて見ると別物だな。この宝石とかめっちゃ高そう」
興味を引かれるのは柄に埋め込まれた赤色の宝石だ。台座から抜いた時点ではこんな物なかったので、先ほど鞘から抜いた拍子に現れたのだろう。
鞘にはめ込まれている青色の宝石と似ていた。
「俺は勇者じゃねぇけど、この剣は本物っぽいな」
そう言って、鞘に納めようと剣を地面から引き抜いた。が、その瞬間、パキッと嘘みたいな音を発して刀身が真っ二つにへし折れた。鮮やかに、芸術的なほどにへし折れた。
更に、地面に刺さっている半分がサラサラと砂のように風に乗って消え去った。
ピクピクと口角を痙攣させ、
「……何でじゃ。勇者の剣モロ過ぎんだろ。俺が折ったみたいじゃん……いやちげーよ? 元々折れかけてただけだよ?」
誰に言い訳しているのかは不明だが、みっともない言い訳を重ねるルーク。なくなった物は仕方ないと言い聞かせ、柄から少しだけ伸びている刀身を鞘へと押し込んだ。
帰り支度を済ませ、下山しようとするが、
「まだ寝てんのかよ」
まるで自宅のような安心感を漂わせながら眠るティアニーズに、ルークは感心したように頷く。
何時もなら、この少女を置き去りにしていただろう。というか、今も置いていきたい。
けれど、ティアニーズが居なければここまで来れなかったのは事実なので、
「しゃーない、今回だけだかんな」
転がっていたティアニーズの剣を鞘におさめ、寝ている体をどうにかこうにかして背負うと、ルークは踵を返して山を下りるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらく歩いて気付いた事なのだが、どうやらふもとから山頂までは一本の道で繋がっているらしい。ご丁寧に舗装までされており、自分達が如何に無駄な体力を消費していたのかを思い知らされた。
獣に襲われない事を祈りながら歩いていると、
「……ん……ここは……?」
突然耳元に息を吹き掛けられ、体を震わせて力が抜けかけるルーク。何とか堪えて踏ん張ると、目を覚ましたティアニーズに若干胸を撫で下ろしながら、
「やっと起きたかのよ。重いから自分で歩け」
「乙女に向かって失礼ですよ。……この状況は?」
「おんぶ」
「そんな事分かってますよ。ここはどこですかと聞いてるんです」
短い返事に目を細めて辺りを見渡すティアニーズだったが、どうやら彼女も記憶が混乱しているらしい。
とはいえ、全ての経緯を丁寧に細かく説明するのも面倒なので、
「お前が寝てたから勝手に運んだ」
「そうですか……寝てる間に何もしてませんよね?」
「するわけねーだろ。誰もお前みたいなお子様体型に欲情しねーよ」
「誰がお子様体型ですか! 私の胸を枕にして寝てたくせに!」
「バカ、暴れんじゃねぇ! つか、覚えてんじゃん!」
足をバタバタと上下に振りながら背中で暴れるティアニーズ。
厳密に言えば胸ではなくて胸当ての固さで目が覚めたので、ルークは柔らかい感触など少しも味わっていないのだ。
足がもつれて倒れそうになりながら、
「そんだけ暴れられるんならもう大丈夫だろ。とっとと下りて歩け」
「嫌です。身体中が痛くて歩けません」
「ふざけんな、俺だって身体中痛いっての。お前が怪我してんの腕だろーが」
「腕というのは歩く上で非常に大事なものなんです。なので無理です」
ティアニーズは使えないと言いながらも、辛うじて動く左腕で逃がすまいと羽交い締めにする。体が密着して嬉しい筈なのだが、背中に当たる胸当てがいかんせん硬くてゴリゴリしている。
「痛い、いてぇよ! 胸当てが硬い!」
「私の胸は硬くありません! 柔らかいです!」
「話を聞け! 胸当て、胸じゃないから!」
これだけ怪我を負ってボロボロになっても、二人の関係性はあまり変わらないようだ。
その後もぐちぐちと下らない口論で時間を潰して歩いていると、結局ルークが最後までおぶるはめになってしまった。
運良く何にも襲われずに下山出来た事に安堵し、ルークは馬車へと向かう。すると、当然の如く待ち受けている人物が居た。
荷台から顔を出し、爽やかスマイルで手を振るマッチョである。
「やべぇ、まだ倒す相手いた」
「違います、村の人です」
「意外と早かったわね。二人とも生きてて何よりよ」
嫌々ながらもティアニーズに操作される形で馬車の元へと歩かされるルーク。
マッチョは荷台から飛び降りると、僅かに体勢を崩しながら駆け寄って来た。良く見れば額にも汗が滲んでおり、体調が優れないようだった。
「あの、大丈夫ですか? 顔色が優れないですけど」
「大丈夫大丈夫、お化粧が落ちちゃっただけだから。それより、派手にやられたわね」
「これからもっとヤられそうで怖いよ僕は」
誤魔化し笑いを浮かべるマッチョを無視し、背負うティアニーズを投げるようにして荷台へと放り投げた。
やっと一息つく事が出来たルークは大きなため息を溢す。
「ちょっとジッとしててね」
「え、何」
瞬間移動したマッチョがいきなり目の前に現れ、不気味な笑みを浮かべてルークの左腕に触れる。ドラゴンを凌ぐ恐怖を覚えて逃げ出そうとするが、マッチョの腕力によって捕らえられてしまった。
心の中で『優しくして』と呟きながら目を瞑る。が、
「はい、これで動かせる筈よ。骨折してたみたいだから治しといたわ」
「……お、本当だ」
まだ見ぬ母と父に別れを告げようしていたが、突然痛みが消えた左腕に意識を持っていかれる。ぐるぐると回しても痛みはなく、何だったらマッサージの後くらいに動きがスムーズになっていた。
マッチョは続けてティアニーズの腕に触れ、
「魔法……ですか?」
「んー、まぁそんなところね。怪我を治すのは得意なのよ」
「武戦派だと思ってけど違うのな」
「アッチは武戦派よ。どう、試してみる?」
「ごめんなさい本当に遠慮しときます」
冗談ではなく本気の舌なめずりを見て硬直。人は見かけ通りというのがこの瞬間に証明された。
その後もティアニーズの体のあちこちに触れ、青白い光が傷を癒していく。
ひとしきり治療を終えると、マッチョは肩を上下に揺らしながら汗を拭った。
体の調子を確かめるように動かし、ティアニーズは満足げに微笑んだ。
「さ、戻りましょっか」
「本当に大丈夫ですか? 傷を治して頂いたので、馬車の運転くらいは私がやりますよ?」
「良いのよ、これはアタシの役目だから。貴女達を最後まで見届けるのが」
マッチョの体調が悪い事は明白だった。今にでも倒れそうなのに、頑なに自分の行動を通そうとしている。
それならばと納得し、二人は大人しく荷台へと乗り込んだ。
馬車は出発し、来た道を引き返す。
ガタガタと体を揺らしていると、マッチョがこう切り出した。
「ねぇ、貴方達に託しても良いのかしら」
「何を、ですか?」
「この世界の未来を、よ。変な事に巻き込んで悪いとは思ってる、けどね……人は希望を見つけたい生き物なの。だから、勇者になってくれる?」
その言葉に、全てが集約されていた。嫌な予感はしていたし、最初から信用などしていなかった。
村人達は、ルークを本物の勇者とは思っていなかったのだ。
予言の書が本当に実在するなら、こんなまどろっこしい手段はとらない。わざわざドラゴンへ挑ませて試すような真似だってしない筈だ。
村人達は試していたのだ。
ルークが本物の勇者になれるのか否かを。
僅かに考え、ルークはこう返した。
「断る」
「そう言うと思った。本当に、あの人とは正反対の人間ね」
「あの人?」
「良いわ、貴方の人生だもの。でもね、貴方が勇者にならないと言っても選ばれたのは貴方なの。だから……」
ティアニーズの言葉を無視し、マッチョはそこで言葉を区切った。苦しそうに息を切らし、マッチョはされど言葉を繋ぐ。
その体が、光の粒に変わりながらも。
「お前……その体」
「良いの、本当だったらもっと早く消える筈だったから。これがアタシの最後の言葉。だから聞いて、そして忘れないで」
既に体の半分が消えてなくなり、マッチョは消え入りそうな声で何とか言葉を紡ぐ。
何が起きているのか分からず、二人は言葉を失った。
マッチョは僅かに微笑んで、
「世界を、彼女をよろしくね」
その言葉を最後に、マッチョの体は弾けるようにして消滅した。
マッチョだった光の粒は風に流されて空へと上り、やがて見えなくなった。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
魔族転身 ~俺は人間だけど救世主になったので魔王とその娘を救います! 鑑定・剥奪・リメイクの3つのスキルで!~
とら猫の尻尾
ファンタジー
魔王の娘を助けたことにより、俺は人間を辞めることになってしまった! これは【鑑定】【剥奪】【リメイク】の3つのスキルを使い、農民出身の元人間の俺が魔族の救世主になっていくまでの物語である。※ダークファンタジー&ラブコメ。 エンタメ作品として楽しんでいただけたら幸いです。 三幕八場構成になっています。 『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載中です。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです
紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。
公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。
そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。
ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。
そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。
自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。
そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー?
口は悪いが、見た目は母親似の美少女!?
ハイスペックな少年が世界を変えていく!
異世界改革ファンタジー!
息抜きに始めた作品です。
みなさんも息抜きにどうぞ◎
肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!
魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど
富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。
「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。
魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。
――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?!
――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの?
私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。
今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。
重複投稿ですが、改稿してます
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる