森の導の植物少女

文壱文(ふーみん)

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第二章 エルフの園

長命種-6

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 鍋の中から悪臭が立ち込める。嫌悪感へと形を変えて、集落の家中に伝播していた。外の世界から招かれた者ということもあり、一時は関心の的となったシーナだったが「ニオイ」で誰も彼もが離れていく。

「あれ、どうしてだろう……。目にゴミでも入ったかしら」

 涙のような液体が頬をつたる。自身の体臭ではないにしても、臭いで距離を置かれるのは辛い。調合作業を傍で見守っているのはフィーロとアーレの二人ぐらいである。

「はぁ、エルフの皆を救うために頑張るのよシーナ!」

 そう言って、シーナは己を奮い立たせた。ショートカットの黒髪を後ろで結び直し、鍋の中身をコップ一杯分ずつ移していく。里の人数分の薬を用意するのもこれで五回目だ。

 シーナ達が里を訪れてから既に、一週間が経過しようとしていた。里の住人にお茶として配りつつ、薬の原料を探す。得られたものを水で洗い流し魔法で乾燥させる。火の上で生薬を躍らせるのは最後の工程だ。
 如何せん薬の量が足りないと、脳内で警告音が鳴り響く。

「シーナ」

 アーレが呼んでいる。

「アーレ、どうしたのよ?」
「私達はもう大丈夫だから。場所を分けて広い範囲を探してみない?」

 エルフの少女二人は真摯な眼差しをシーナへ向けた。

「……ありがとう、二人共」
「今、大丈夫な私たちがやらないと皆まで全滅しちゃうよ!」
「うん、そうだよ。私たちも薬を作れるようになりたいし」

 アーレとフィーロは各々の決意を口にする。
 薬の材料は里に自生するもので賄えることが分かった。そのため大元を用意することは簡単かもしれない。
 ただし、薬の材料となり得る植物が増えるよりも早く、エルフが刈り尽くしてしまえば元も子もなくなってしまう。この問題点をシーナが指摘すると、エルフ少女二人は口をあんぐりと開けてしまった。

「私はこの周辺からオルゴしその根を必要な量探し出すわ。だから二人共、この通りにキダハの樹皮とダーオの根を集めてくれる?」

 シーナの依頼に、二人は首を縦に大きく振った。


 それから各々任された素材を集め、日が傾いてきた頃。シーナ達三人はどこか一軒の、家の中に集まっていた。
 目的とする薬──「お茶」を作るための手順をシーナは説明することとなる。火を点けるために魔法陣を石灰で描き、鉄の鍋を上に置いた。鍋に水を張り、魔力を流し込む。
 鍋底から浮かぶ泡が時間とともに増えていく。
 水が沸騰したところで、火を止めた。

「二人共、ここからよく見ててね」

 シーナは自身の手元へ二人の視線を集めながら、乾ききった生薬をザルの上に集め、火で軽く炙っていく。燃え尽きて灰とならないよう気を配りながら、表面がパリパリしたところで火の上から離す。
 ほんの僅か熱が逃げた沸騰水の中へ、煎ったものを丸ごと浸した。

 透明だった水がいかにも苦そうな色に染まっていく。苦い臭いが部屋に充満し、アーレは鼻を摘む。

「くっ……うっ!」
「もう少しで終わるから耐えて、アーレ」

 折れそうな自分諸共、アーレを励ますシーナ。マグとの対決含め、ここで頑張れば己に自信を持つことができるはずだ。

「シニカさんなら、もっと手際よくやるんだろうけれど」

 シーナの行動をトレースして自身に置き換えてみる。
 こうして薬の用意は夜まで続くこととなった。

 ──しかし。シーナはこの時、治療すること以外で出来る手助けを見落としていたのである。

 ***

 マグとノリアが用意したつるで編んだ足袋たびはエルフ各々の足が腫れていたことから、普及しつつあった。足の腫れは改善しないにしろ、ほんの僅か小さな傷が土壌に触れることは避けられる。
 マグの予想では、この生活を続ければ時間が解決してくれるだろうと踏んでいた。

「ありがとうね、お前さん」
「いえ、別に俺は材料を沢山探してきただけなので。足袋を作ったのもエルフの皆さんです」
「そうかい、そうかい」

 洗濯物を干しながら話すエルフの女将にマグは謙遜する。しかし女将は意味あり気にマグの目を注視して、首を頷かせた。

「あの嬢ちゃんのことだね?」
「は?」

 素っ頓狂な音が口から飛び出す。女将は布団なり衣服なり棒に吊るす片手間、マグの内心を当ててみせた。

「いやいや、否定しなくていいのよ。あの嬢ちゃんはどこか焦っているみたいだからねえ。嬢ちゃんを支えるためにお前さんは頑張っているんだろう?」
「それは、まあ……」

 マグは心の中で「その通りだけど」と付け足す。丁度、洗濯物干しを終えた頃になって女将はじっとマグの双眸を見つめた。

「……これはアタシからのお礼だと思って聞いてもらえると嬉しいよ。不器用なお前さんにとってはきっと得をする話さ」

 ゴクリ、と喉で音が鳴る。

「結局のところ、人を好きになる上で大切なのは自分に真摯なことなのさ。自分に正直になりなさいな、マグ」
「あ……うん、分かった。俺、ちょっとアイツを手伝ってくる!」

 マグの返事に女将はにっこりと微笑んだ。

「ああ、マグ。ちゃんと頑張るんだよ」

 一直線に走るマグの背中を見て、女将はエールを贈る。そんな中、家のドアがパタリと開く。

「……おや、マグのことが気になるのかい。それなら追いかけたらいいじゃないか。ノリアちゃん」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃんは、きっと上手くいくから」

 遠くなっていく背中から、ノリアは目を離した。
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