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第一章 日常編

第一章05『別れの言葉は素っ気なく』

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「じゃあね。もう二度と会わない事を祈るわ」

「おう、こっちだって望むところだ」


 結局少女はあの後もフェグルスに再三おかわりをねだり、なんやかんやで二日分くらいの食料を綺麗に平らげていった。
 それだけの事をしてもらったというのに、少女は偉そうに顎を突き上げながら、

「ほんと、あたしとしては今すぐあんたをこの世から葬り去りたい訳だけど、今日のところは勘弁してあげる。しっかり崇め奉りなさい、この慈悲深き心を」

「日本刀片手にしながら語る慈悲なんか崇められねえよ」

 フェグルスの視線は先程から一点集中。少女の手に中に握られている、その凶悪に輝く刀に向けられていた。
 今まで没収していたのはいいが、さすがにそのまま奪い続けているわけにもいかない。一応あれは他人の所有物、いつかは返却しなければならないわけで。

「なによ変態。気持ち悪い目で見ないでよ、気持ち悪い」

「まさか一文の間に二回も気持ち悪いと言われるとは思わなかった。いや、なんとなく……また襲い掛かって来るんじゃないかと」

「あーら嫌だ、そうやってすぐ人の事を疑うんだあんたって。結局あんたみたいに他人を信じられない奴が社会から孤立して孤独に死んでいくのよね。今のあんたがまさにそうよ。かわいそー、憐れんであげる」

「…………」

 もう襲い掛かるつもりはない、と言いたかったのだろう……多分。
 口下手というか、口が悪いというか、とにかくあらゆる言葉が罵詈雑言に変換されて飛び出す少女は、日本刀を片手に「んーっ」と背伸び。そして肩を回してみたり、首を回してみたり、体のコンディションを確かめていく。

 どうやら、障害なく立ち上がれるくらいには回復したらしい。
 それが分かると少女はあっさり身を翻し、そのままベランダへと繋がる戸を乱暴に開けた。

「……? おい、どこから出て行くつもりだよ」

「どこって、見て分からない? ここからよ」

 そう言って、少女はベランダの手すりに片手をかける。

「ここからって……普通に玄関から出ろよ。あぶねえぞ」

「入って来た所から出て行きたい派なのよ……っと」

 勢いをつけると少女の体は簡単に持ち上がり、両足は手すりの上に軽々と乗せられていた。
 木製の手すりから、ミシミシと危なっかしい音が鳴る。
 心配だ、手すりの方が。

「……じゃ、さよなら」

「おう」

 特に理由はないが、なるべく感情を読み取られないよう一言で、短く、素っ気ない返事を送る。
 しかし別れの挨拶を交わした後も、少女がその場から動く気配はなく、

「…………」

「――――」

「……どうしたんだよ、行かねえのかよ」

「ん、まあ、行くんだけど」

 この局面で若干の迷いを見せ始める少女に、「まだ何かあるのか」と更なる猛攻を予期したフェグルスは身構える。しかし、

「勝手にあたしの体に触りやがった事に関しては、素手で心臓を毟り取ってやりたいくらいムカつくし、使

「だから、胸の件はホント悪かったって―――」

「でも」

 少女はそこで、少し言いよどみ、

「……あんたは魔法使いじゃないみたいだし。あと包帯巻いてくれたし、食べさせてくれたし……義理を通すって訳じゃないけど」

「ん?」

「ありがと」

 独り言レベルの声音で呟いて、何の躊躇もなく手すりから飛び降りた。
 最後の言葉……まさかそんな事を言われるとは思っていなかったフェグルスは、ちょっとの衝撃に呆然とし、しばらく誰もいなくなったベランダをぼんやり見つめる。

 ちょっとした静けさが部屋に立ち込めて、彼はようやくポツリと一言。

「……大丈夫か? あいつ」

 心配してみたが、考えてみれば心配する義理なんてない事に気が付いた。
 多分アイツは、また正体不明の何者かに追われる事になるのだろう。追われながら、逃げる事になるのだろう。

 だがそれは、自分とは何の関わりもない事だ。
 知る必要のない物語だ。

 そう言い聞かせるみたいに目を伏せて、フェグルスは謎の喪失感に浸る。
 もはや一ヶ月分の疲労感を味わった気分だったが、しかし今日という日はまだ始まったばかりだ。早いとこ生ける常識人に戻り……常識魔獣に戻り、新しい仕事を見つけなければならないのだ。

「はぁーあ……やってられん」

 と、重い足を動かした時だった。
 足の裏に、床とは違う硬い感触が伝わった。

「あ?」

 足を上げて、踏んづけていた『それ』を拾う。

「……なんだこれ? こんなもんあったっけ、うちに」

 掌サイズの、三日月型をしたアクセサリーだった。
 この造形はフェグルスも見た事がある。日ごろお世話になっている商店街でもよく売られている『お守り』だったはずだ。
 しかしフェグルスはこんなものを購入した覚えは一切ない。

 よく見ると、これは……名前? だろうか。
 三日月型アクセサリーの側面に、何か文字が彫られている事に気付く。



『ティーネ』



「おう?」

 なんだこの名前、とフェグルスはその名を凝視する。明らかに女性の名前のようだが、生憎、女性の知り合いといったら片手の指に収まる程度で、しかもそんな名前に全く心当たりはない。
 となれば、残る可能性は一つ。

「……まさかこれ、あいつの?」

 脳裏に浮かぶのは、ナイフを振り回す小柄な少女の姿。
 それ以外考えられない、というか、それ以外の可能性が見当たらない。あの乱暴者が落としていったのだ。

「…………」

 意外な形で彼女の名前を知ってしまったフェグルスは微妙な心境。手にしたそれをどうしていいのかも分からず、しばらく見つめる事しかできないでいた。

 本来ならちゃんと持ち主へ返すべきなのだろうが、すでに去ってしまった後だ。
 今からなら走って追い付くか? ……いや、やめとこう。
 正直、コチラからは関わりたくない。

「……ティーネ。……なんてメチャクチャな奴だ」

 部屋にポツンと一人佇むフェグルスは率直な感想を述べ、続いて部屋を見渡す。

「……こっちもメチャクチャか」

 片づけは、一、二時間で済むレベルを超えていた。
 神経質に並べていたはずの家具は散乱し、床や壁には惨劇の跡がくっきり残っている。死体の一つでも転がっていないのが逆に不思議なくらいの有様であった。

「どこもかしこも、ぐちゃぐちゃだ」

 物理的にだけじゃない。精神的にも疲れ果てて、頭の中もしっちゃかめっちゃか。実は今までの出来事が全て夢だったのではないかと半分疑ってすらいる。
 だけど目の前に広がっている光景は、どうしようもないくらい真実で、目の逸らしようがないほど現実なのだ。

 少女が大きな傷跡を残した部屋を見て、続いてベランダの外を見る。


「……あり得ねえ、何もかも……」


 夢のような喧騒から覚めて、静かな部屋でフェグルスは一人ごちる。

 どうやら自分は新しい仕事を探す前に、少女が散らかしていった部屋を綺麗にするところから、今日という日を始めなければいけなくなったらしい。




 

 
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