竜神伝説

小豆しるこ

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竜神伝説

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かつて、とある村があった。
村はとても貧しく。
毎年飢えにより亡くなる者が出るありさま。
最もこの時代そんな村はありふれていたし、どこもそんな感じだった。
名産と言えるものもなく。
わざわざ立ち寄るものもいない。
いつ滅んでもおかしくない。
そんなありふれた村。

しかし、この村にはたった一つだけ大きな特徴があった。
それは、とてもとても美人と評判の姉妹が居たことである。
この者達は日を同じくして産まれた…今で言う所の三つ子であろうか。
姉妹はとても仲が良く、ささえあって慎ましくも幸せに暮らしておったと言う。

姉が風邪をひけば、薬を取りに行くもの。
看病をするものと言った具合だ。
薬とは言っても野草をつんでくる程度だが。

そんな村であったが、ある年大きな事件が起こった。
黒い嵐が畑の物を皆くらいつくしてしまったのだ。
これには餓死者が出るところの騒ぎではない。
ついに村が滅んでしまう。

さらにもう一つ問題がある、黒い嵐が襲ったのはこの村だけではない。
地域一帯から食べるものが消えた。
すぐに争いが起こるのは間違いない。


困った村の物は竜神様に頼み込むことを考えた。
村から歩いて5日程。
禁制地と呼ばれる場所。
竜神様が住まうと言われる神聖な場所。

だが、誰が向かう?
片道5日の道のりを……
若い男は出せない。
いつ他の村が襲ってくるやも知れぬ。

では子供?老人?
どちらも無理だ。
子供にはまだ場所を教えていない。
老人などとっくに死に絶えた。

そう、向かえるものなど選択肢が無いのだ。
三姉妹以外には。


「私が行く。だから妹達は何とか面倒を見てくれないか?」

長女がたまらず声をあげる。
しかし、村には2人も面倒を見る余裕はない。
誰も長女に目を会わせない。

「わかっただろ姉さん。1人で格好付けたって意味がないのさ。私達は産まれた日も死ぬ日も一緒さ。私も行くよ」

「そうよお姉ちゃん達。私達はずっと一緒。だからそんな悲しいこと言わないで。禁制地から帰ってきた人は誰もいない。そんな場所に1人で行こうなんて駄目よ」

長女はそれでも頷かない。
末の妹の言う通り。
誰も帰ってきたものがいないからだ。
この村に残れば万が一生き残るかもしれない。

「それにな、ここに残ったら私達は他の村の奴らのなぐさみものさ。もう選択肢なんて無いんだよ」

この言葉にも誰も目を会わせない。
恐らく真実だからだ。
それ以外に生き残る確率は無いだろう。

「お姉ちゃん達、時間がもったいないよ。ここに居てもお腹が空くだけ。早く行こう」


そして姉妹は旅立った。
二度と戻れぬ旅へ。
どうせお互い以外に大事なものなど無いのだ。
せめて一緒に最後を迎えようと。
今まで世話になった村への最後の恩返し。

道中は不思議なくらい順調だった。
少し山に入れば山葡萄。
何故か食べれる木の実もいっぱい採れる。
ここはまだ禁制地ではない。
誰かが食べ物を探したはずなのに。

三人は竜神様に感謝すると先を急いだ。

それからも川を渡れば道が出来。
山賊が出れば何故か逃げていく。
間違いなく竜神様に護られている。

三人は笑いあう。
竜神様の伝説は本当だったんだ。
これだけ護ってくれるんだからきっと私達はまた村で仲良く暮らせると。

寝床とした場所の近くにある川には同じ顔が3つ浮かんでる。
どれも同じ顔、同じ表情で見分けが付かないね!なんて笑い会う。

そして、ついに禁制地へとたどり着く。
三人は道中の感謝を伝え。
村の窮状を訴えた。

「我らの村から出せるものであれば何でも差し出します。その代わり我らの村を救って下さい」と。

これに困ったのは竜神である。
人の世に関わってはならぬと彼らの主からきつく言われているから。

そう、三人を護ったのは竜神ではなかった。
竜神の年若い息子達である。
上の兄は実りを与え。
下の兄は山賊を追いやった。
川に道を作ったのは弟。
母を同じくする三人は好みも似ていたのか、すっかり姉妹の虜。
それぞれが娘を自分のものにしてしまった。

竜神は困った。
主の命に従うべきか。
だが、今更娘達を返すわけにもいかぬ。
傷物にした上でそんな仕打ちをしたとあっては竜神一族の名を汚す。
プライドの高い竜族にはとても耐えられぬし。
彼の息子達も到底納得がいかぬ。

では主の命を破るか?
これでは我らは逆賊となってしまう。
大抵のものが襲ってこようが返り討ちにする自信はあるが。
主に本気になられてはかの猿神でも呼ばれてしまう。
流石にかの猿神には勝てぬ。
かつて我が一族も壊滅しかけたのだ。

つんでいる…
どうしようもない状況である。
たかが人間などのためになぜこんなに悩まねばならぬのか。

息子達の喜ぶ顔すら気にくわなくなってくる。

竜神は今回問題をややこしくした息子達に全てを放り投げた。
きさまら、娘が欲しいのであれば人間どもに結納の品をくれてやれ。
この程度なら人の世に関わったうちにも入らぬであろうと。

逆に結納の品を送らぬ方が不義理であろうと言い張ることも出来る。
仮に問題になっても息子を切れば良いだけだ。
竜は子が多い。
優秀な母の子と言えどそこもそこまで惜しくはない。

一番上の兄は富と繁栄の力を持っている。
彼は村にわずかばかりの金を与えた。
もちろん人間にすれば見たこともない財宝であるが…



次の兄は破壊と勝利の力を持つ。
彼は村人に自身のはえかわった爪を与えた。
どうせ捨てるものであるし、彼にとってはどうでもよいものである。
しかし、その爪で作った剣は村に勝利をもたらす。
財宝を狙った者達のことごとくをその剣は打ち破った。



最後の弟は自然の力と優しさで有名であった。
彼は村の上流を自分の住みかとした。
妻を故郷には帰せぬが、村のそばで過ごす安らぎを与え。
自身の力が流れ出る川下に住む村に食らい尽くせぬほどの食物をもたらす。



それに怒ったのは主である。
結納…確かに理屈は通るかもしれぬ。
しかし、神の材を例え欠片とは言えくれてやったのは問題だと一番上の兄と娘を連れ去った。

お主が払った財は人が数万人は人生を過ごせる金である。
ならば、お主は竜が数万人人生を過ごせる金を稼ぐまで許さぬ。



また、地獄の門番も怒った。
地獄に逝くはずのものが大きくかわり、地獄の役人は寝ることも出来ぬと。
次の兄と娘を連れ去った。

おぬしが変えた者達の血筋が全て絶え失せるまで地獄の者を運ぶ足となれ。
その全てを地獄に運び終えるまではけして許さぬ。



最後に残った弟に怒ったのは竜神である。
惜しくはないとは言え優秀な兄二人を失い残ったのはたいして力を持たぬ弟。
やはり良いきはしない。

おぬしは人の世で生きるが良い。
竜の世界へと帰ることまかりならぬ。
元より同じ母から産まれしおぬしら3人、はじめから無かったものとして扱う。
お主の顔を見たら優秀な兄を思い出してしまう。
それならいっそお主もいらぬ。



村はやがて栄え、この地を統一する国を築くが。
やがて歴史に埋もれてしまった。

かくして運命にもてあそばれた姉妹は永遠の生と美を与えられるも、心よりの笑みを失ってしまったのだった。

寂しげな表情で水面を覗き込む。
いつか三人で覗いた川を思い出して。
同じ顔だった筈の二人。
もうどんな顔だったのか思い出せない。
だって、もう笑顔を忘れてしまったから。
あの時見たのはこんな顔じゃなかったから。

それでも、そのどこか憂いを帯びた美しさは夫である竜を離さぬ。
いっそ捨ててくれれば良いのに。
そうすれば向かうことが出来るから。

捨てられることも許されぬ彼女らに出来ることは祈ることのみ。
いつかまた出会える日を信じて……
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