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片想い
しおりを挟む高校1年生の秋口。
肌寒さが強まってきた、そんな休日の午後。
吹奏楽部に入部して半年が過ぎた雪の部屋での出来事。
表紙イラスト:ノーコピーライトガール様
ーー片想いーー
カーテンから差し込む陽の光が室内をキラキラと照らしている。
黒と白で統一された部屋。
目の前のローテーブルには、飲みかけの麦茶が入ったグラスが2つ並んでいる。
「雪、見て!私ここのお店行きたい。」
不意に視界に差し込まれたスマートフォンの画面には、フワッとしたパンケーキの画像が映し出されていた。
「いいですね。いってらっしゃい。」
雪はそう言って自分のスマホに目線を戻した。
「あー、もう。私は雪と一緒に行きたいの!」
そう言ってコツン、と雪の肩に頭をのせる。
シャンプーの香りがふわりと鼻を掠めた。
――ほんとに、この人は……。
――※――
この人、もとい熊野みさきは、雪の1つ上。
高校生になって入部した吹奏楽部の先輩だった。
第一印象は明るくてかわいらしい先輩。
そしてフルートがとても上手。
フルートパートだった雪はみさきと関わる機会が多かった……。
そんなみさきは、3年生が引退した今、部員を惹きつける明るい性格とフルートの技術を買われて部長を任されている。
――※――
――プルル、プルル……。
不意に鳴り響く着信音に、雪は思わず身をすくめる。
みさきも驚いたように頭を上げた。
液晶画面に写し出された名前に、雪の胸が高鳴った。
――さくら先輩……。
体温が上がっていくのがわかった。
「すみません。」
みさきに一瞥してから、応答ボタンに触れる。
『もしもし。雪ちゃん、いま時間いいかな?』
電話口から、柔らかい声が響いた。
「はい、大丈夫です。どうしましたか。」
一言一言、慎重に言葉を紡ぐ。
『来週の部活終わりに、パートのみんなでみさきのお誕生日会をしようと思っているんだけど……。』
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。」
まずい。
今隣に当の本人がいるのに……。
「ちょっと外出てきますね。」
スマホを耳から離してみさきにそう伝える。
「早く戻ってきてね……。」
みさきはそう言って、ひらひらと手を振った。
その様子を尻目に雪は部屋を出る。
廊下の心地よい寒さが頬に触れた。
階段を降りながらスマホへと耳を近づける。
「ごめんなさい。もう大丈夫です。それで、誕生日会ですよね。」
『そうそう。もしかして、隣にみさきいた?』
「あ、はい。でも、席外したので、大丈夫です。」
『そっか。』
そう応えるさくらの声には、心なしか哀愁の色が滲んでいた。
雪は、そんな彼女の様子に知らぬふりを決め込んだ。
さくらの次の言葉を待ちつつ、リビングの扉を開け、ソファに腰掛ける。
ここならこちらの声がみさきに届くことはないだろう。
――※――
――さくらはフルートパートのパートリーダーである。
そして……。
雪が想いを寄せている人。
でも、この想いが届くことはない……。
――※――
『それで、誕生日パーティーなんだけど、みさきに色紙を渡そうと思っているの。雪ちゃん、フルートの1年生からのメッセージカード集めるのお願いしてもらえるかな?』
みさきには内緒でね、と念押しされる。
「分かりました。来週までに集めておきますね。」
『ありがとう。さすが、雪ちゃんは頼りになるよ。それじゃあ、よろしくね。また、次の部活で!』
はい、また、そう言って電話を切った。
はぁ。
たった少し会話しただけなのに、胸がじんわりと温かくなっていく。
――頼りになるって言われた。
軽い足取りで階段を登り、部屋の扉を開いた。
扉を開くと、みさきがこちらに顔を向けた。
雪の姿を確認するやいなや、顔がパッと華やぐ。
「遅かったね。」
そう言いながら自分の隣の床をぽんぽんと叩いた。
こっちへ来い、ということだろう。
雪はあえてみさきの対極線上、ローテーブルの向こう側に腰を下ろした。
「ねぇ、なんでそっち行くのー?」
むすっとした顔をしたみさきが膝立ちでこちらへと歩いて来た。
みさきは近くまで来ると、まんまるい瞳で雪の顔を覗き込んだ。
「いや……、なんとなく……?」
適当にごまかす。
それにしても、距離感が近い。
雪は思わず、視線を外した。
元々距離感が近い人は苦手だ。
この人はその最たる例。
――※――
――私、雪のこともっと知りたいんだ。
入部してすぐにあった新入部員歓迎会での何気ないひと言。
そのときは、フレンドリーな先輩がいるなぁ、くらいに思っていた。
それがまさか、ここまで距離を詰められるとは……。
――※――
「ねー、雪……。」
みさきの声に、雪は我にかえった。
――こっち向いてよ。
そう言葉を続けるみさきの声が震えた……ような気がして、思わず先輩の顔を見上げた。
大きな黒い瞳が雪の姿を写している。
「好きだよ。」
不意に発せられたその言葉。
もし、さくら先輩にこんなことを言われたら、飛んで喜んだだろう。
でも……。
この人はそんな単語を息を吐くように言う人だ。
おそらく"後輩として"好きだということだろう。
「私も好きですよ。」
雪は事もなげにそう言った。
その言葉に、みさきの瞳が一瞬揺らいだ……気がした。
「雪、違うよ。私の好きは、こっち。」
そう言うと、みさきは雪の唇にキスを落とした。
時が止まったようだった。
思いもよらない行動に、雪の瞳が大きく見開かれる。
柔らかい唇の感触だけが全身を包んだ。
みさきは唇を離すと、雪の瞳を見据えた。
「こう言う意味の好き。」
そう言うみさきは、寂しげにふわっと微笑んだ。
その表情に、なぜか雪の胸がチリチリと痛む。
……でも、とみさきが言葉を続ける。
「でも、雪……。君はさくらのことが好きなんでしょ?」
その言葉に大きく心臓が跳ねた。
サァ、と血の気が引いていくのを感じた。
全身の血液が全部鉛に変わってしまったような感覚。
「……なんで、知ってる……んですか。」
誰にも言ったことはなかった。
ずっと1人で温めていたこの感情が、この人には知られていた。
「だって、雪、分かりやすいんだもん。今日だってさくらからの電話に浮かれてたでしょ?」
その言葉に恥ずかしさや憤りが込み上がってきて、頭が真っ白になる。
「そうですよ。私はさくら先輩のことが好きです。でも、さくら先輩は……、先輩は……。」
視界がぼやけてくる。
言葉が続かない。
「そうだね。さくらは私に惚れてるよね。」
みさきは、さらりとそう言ってのけた。
――※――
そう。
さくら先輩はこの人に想いを寄せている。
幼馴染だった先輩たちは中学入学辺りから付き合っていた……らしい。
それが、高校入学を機に別れた。
以前、この人が遠い目をして話していたのを覚えている。
――しかし……。
さくら先輩はいまだに、この人のことを好いている。
それは、さくら先輩の様子を見ていたら一目瞭然だった。
そんな先輩の瞳には、いつもこの人と一緒にいる私の姿は、どんなふうに写っているんだろう。
きっと、想い人を奪った女狐のように写っているのだろう……。
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でも、あからさまにこの人と距離を取れば、さくら先輩に軍配が上がるかも……。
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――※――
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――そんなの……。
そんなの、この人に勝ち目ないじゃん……。
「うん、そうだね。」
みさきは苦しそうに、そう応える。
悲しいと辛いをごちゃ混ぜにしたような、そんな表情。
「だからね、私は雪の恋を応援したい。」
好きな人の恋路を応援するのは当然でしょ?
みさきはそう言って微笑んだ。
「でも、最後に私のわがままを聞いてほしいんだ……。」
わがまま……。
その言葉が雪の胸に刺さる。
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――君の2週間を私にください。
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