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聡と悠の過去
二章(おまけ)聡の料理編
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聡は自他共に認めるおぼっちゃまだ。
自宅には家政婦がいるので、家事などする必要は無いが、ある程度のことは自分でやりたい性質なので、最低限の身の回りのことは自分で行ってきた。家事やお使い掃除も率先して手伝った。なぜなら、離れのあの人の力になりたかったからだ。
しかし、例外的に唯一あまりしたことが無かったものが料理だ。母屋には料理人がいるし弓月を手伝うことはあっても一から料理なんてしたことも無ければ今後する必要性も全く無いはずだった。かわいい弟が生まれるまでは…
◼️
学校から帰ってくると、庭の池の縁に弟が一生懸命泣かないように口を膨らませて膝を抱えて座っている。
「悠はどうしたんですか?」
心配になって家政婦に事情を聞くが、困った顔で「昼食後からあの様子で動かなくて、私達にもわからないんです」と言われた。家政婦達は悠に対しても優しく接してくれているので、いじめるとしたら母か祖父しかいないが、その2人は今日はいないはずだ。いたとしても近づかせないように細心の注意を払っている。もしかして、愛人の誰かがと思ったが、家政婦さんからは今日は誰も母屋に来て無いと言われた。朝は元気に飛び起きていたので、具合が悪いのは可能性として低い。弓月から悠を預かると後半になるにつれ悠がだんだん寂しくなって元気が無くなるのはよくあることだが、こんなにあからさまなのは久しぶりだ。とりあえず事情を把握するために聡は悠の元に向かった。
「池に落ちたら危ないよ」
悠の後ろから優しく声を掛ける。
「落ちないもん」
剥れた顔は余計酷さを増した。こんなこと思ってはいけないのだが、つい不貞腐れた顔も可愛いと思ってしまった。聡はそのまま悠の隣に座る。
「おやつ食べなかったんだって?」
「…」
悠は無言で返事すらしない。
「好きなおやつじゃ無かった?それとも持って帰れないお菓子だった?」
膨れた頬を突きながら質問する。可哀想だが、弓月の元では母屋のようなお菓子は出されない。なので、悠は母屋で出たお菓子を残して弓月のために持って帰るのだが…生ものは持って帰れないので家政婦によく嗜められ、いじけてしまう。今回もそれかもしれないと思って聡は質問したが、質問した直後に何かが悠の感情を刺激したのか、我慢していた涙をポロポロと流し始めた。
「お母さんの…ご飯か、おやつが食べたい」
なるほど聡は納得した。このところ洋食ばかりだったからか。後で料理人に言って和食にできないか相談してみよう。弟の涙の理由に納得した聡は、ポロポロ涙を流す弟を抱き抱えて、日が暮れてきた庭を後にした。
その晩の夕食は和食だったが…いかんせん弓月のような家庭的な和食では無く、料亭で修行してきた料理人が作った和食は悠が望んだものとは程遠いようだった。その晩はベッドで寂しさでぐずる悠の背中をポンポン叩きながら、弓月が作る芋餅なら自身でも作れるのでは?と、思いついた聡は早速明日は休日だし作ってみようと思いながら眠りについた。
◼️
翌日、厨房に来た聡は料理人と家政婦に芋餅の作り方を教えて欲しいとお願いした。
「芋餅ですか?そんなものでよければ料理人じゃなくたって私でも作れますよ」
「本当ですか?作り方を教えてくれませんか?」
家政婦と料理人は驚いた顔をして尋ねた。
「聡様がお作りになるんですか?」
言われる覚悟はしていたが、こう明から様に驚かれるとちょっと面白くなった。
「僕が作った方が悠が喜ぶと思いまして…邪魔にならない時間に作るので」
「それなら今ちょうど朝食も済んだことですし、キッチンは空きますから一緒に作りましょう」
料理人が笑顔で提案してくれたので、一緒に作ることになった。
家政婦も私も手伝いますと、張り切って料理の準備を始めた。
◼️
材料を用意して早速芋餅を作り始める。まず芋と餅米を水に晒しておく。その間に悠の様子を見に行くと、昨日と同じ場所で池を覗いていた。いつも落ちないか心配になるのだが、今のところ落ちたことは無い。念のため気をつけるんだよと、言付けると悠は無言で頷いた。
「悠さんまた昨日と同じところで?」
「はい…悠が拗ねてご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑だなんて。いつもお手伝いしてくれるし大人しくていい子なんですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。お兄様には甘えてるようですが」
知らなかった。いつもはしゃいだり、自身に甘えてくる姿しか見たことが無かったから、自分がいない所の悠なんて知らなかった。しかし、自分にだけ甘えてくれてることに優越感を覚えた聡はつい口元がニヤけてしまった。そんな聡の様子をこっそり使用人達は温かく見つめた。そうこうしてるうちに、水に晒していた餅米と芋を炊いたものがちょうどいい具合になったので餅米と芋を潰していると、料理人が砂糖を加えようとした。
「待ってください。弓月さんはそんなに砂糖は入れてなかった気が…」
「砂糖を多めにいれないと甘くなりませんが…」
「砂糖の代わりに味噌をいれたものを出してくれてると思います…甘さはさつまいもの甘さくらいしか…」
「なりほど。味噌か…そらなら砂糖はそんなに入れなくてもいいですね」
弓月の家では砂糖は高級品なのでそんなに大量に使用することはできない。味はあるもので誤魔化しているが、それでも愛情のこもったおやつはいつも美味しさを感じさせてくれる。
砂糖を少なめにいれ、潰した餅米と芋がちょうど混ざったら、手のひらで丸めてついに芋餅は完成した。聡の器用さのおかげかすぐに芋餅は出来上がった。味見をしてみると弓月の味を忠実に再現できている。これはすぐに悠に食べさせなくてはと、思った聡は急いで庭にいた悠を厨房に連れてきた。
「どうしたの?」
「悠これ食べてごらん」
まだ、寂しさでいじけている悠の口元に芋餅を持っていく。悠は芋餅を目にした途端目を輝かせたが、昨日の和食の一件があるからか少々疑いながら芋餅を一口食べた。
「お母さんの味だ!!!」
悠は嬉しそうに芋餅をパクパク食べ始める。そして、ペロリと一つ平らげてしまった。
「おいしい?」
「おいしい!!」
笑顔で答え、また芋餅に悠は手を伸ばした。
「悠さんあんまり食べると、お昼食べられ無くなりますよ」
家政婦さんが悠を嗜めると、悠は首を振った。
「お母さんに一つもらいたいの」
「弓月さん。芋餅なら自分で作れるんじゃ?」
聡が言うと、悠はまた首を振った。
「聡お兄ちゃんが作ってくれたのをあげたいの。これお兄ちゃんが作ってくれたんでしょ?」
聡は言葉では表現できない気持ちになり、思わず悠を抱きしめた。
次の日迎えに来た弓月に悠は聡が作った芋餅を渡した。弓月は喜んで芋餅を食べて聡に感謝した。素朴なお菓子を3人で食べた昼下がりのあの時間を聡はいつまでも忘れない。
それ以来聡は弓月や料理人に教わりながら、料理を極めたのであった。
自宅には家政婦がいるので、家事などする必要は無いが、ある程度のことは自分でやりたい性質なので、最低限の身の回りのことは自分で行ってきた。家事やお使い掃除も率先して手伝った。なぜなら、離れのあの人の力になりたかったからだ。
しかし、例外的に唯一あまりしたことが無かったものが料理だ。母屋には料理人がいるし弓月を手伝うことはあっても一から料理なんてしたことも無ければ今後する必要性も全く無いはずだった。かわいい弟が生まれるまでは…
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学校から帰ってくると、庭の池の縁に弟が一生懸命泣かないように口を膨らませて膝を抱えて座っている。
「悠はどうしたんですか?」
心配になって家政婦に事情を聞くが、困った顔で「昼食後からあの様子で動かなくて、私達にもわからないんです」と言われた。家政婦達は悠に対しても優しく接してくれているので、いじめるとしたら母か祖父しかいないが、その2人は今日はいないはずだ。いたとしても近づかせないように細心の注意を払っている。もしかして、愛人の誰かがと思ったが、家政婦さんからは今日は誰も母屋に来て無いと言われた。朝は元気に飛び起きていたので、具合が悪いのは可能性として低い。弓月から悠を預かると後半になるにつれ悠がだんだん寂しくなって元気が無くなるのはよくあることだが、こんなにあからさまなのは久しぶりだ。とりあえず事情を把握するために聡は悠の元に向かった。
「池に落ちたら危ないよ」
悠の後ろから優しく声を掛ける。
「落ちないもん」
剥れた顔は余計酷さを増した。こんなこと思ってはいけないのだが、つい不貞腐れた顔も可愛いと思ってしまった。聡はそのまま悠の隣に座る。
「おやつ食べなかったんだって?」
「…」
悠は無言で返事すらしない。
「好きなおやつじゃ無かった?それとも持って帰れないお菓子だった?」
膨れた頬を突きながら質問する。可哀想だが、弓月の元では母屋のようなお菓子は出されない。なので、悠は母屋で出たお菓子を残して弓月のために持って帰るのだが…生ものは持って帰れないので家政婦によく嗜められ、いじけてしまう。今回もそれかもしれないと思って聡は質問したが、質問した直後に何かが悠の感情を刺激したのか、我慢していた涙をポロポロと流し始めた。
「お母さんの…ご飯か、おやつが食べたい」
なるほど聡は納得した。このところ洋食ばかりだったからか。後で料理人に言って和食にできないか相談してみよう。弟の涙の理由に納得した聡は、ポロポロ涙を流す弟を抱き抱えて、日が暮れてきた庭を後にした。
その晩の夕食は和食だったが…いかんせん弓月のような家庭的な和食では無く、料亭で修行してきた料理人が作った和食は悠が望んだものとは程遠いようだった。その晩はベッドで寂しさでぐずる悠の背中をポンポン叩きながら、弓月が作る芋餅なら自身でも作れるのでは?と、思いついた聡は早速明日は休日だし作ってみようと思いながら眠りについた。
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翌日、厨房に来た聡は料理人と家政婦に芋餅の作り方を教えて欲しいとお願いした。
「芋餅ですか?そんなものでよければ料理人じゃなくたって私でも作れますよ」
「本当ですか?作り方を教えてくれませんか?」
家政婦と料理人は驚いた顔をして尋ねた。
「聡様がお作りになるんですか?」
言われる覚悟はしていたが、こう明から様に驚かれるとちょっと面白くなった。
「僕が作った方が悠が喜ぶと思いまして…邪魔にならない時間に作るので」
「それなら今ちょうど朝食も済んだことですし、キッチンは空きますから一緒に作りましょう」
料理人が笑顔で提案してくれたので、一緒に作ることになった。
家政婦も私も手伝いますと、張り切って料理の準備を始めた。
◼️
材料を用意して早速芋餅を作り始める。まず芋と餅米を水に晒しておく。その間に悠の様子を見に行くと、昨日と同じ場所で池を覗いていた。いつも落ちないか心配になるのだが、今のところ落ちたことは無い。念のため気をつけるんだよと、言付けると悠は無言で頷いた。
「悠さんまた昨日と同じところで?」
「はい…悠が拗ねてご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑だなんて。いつもお手伝いしてくれるし大人しくていい子なんですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。お兄様には甘えてるようですが」
知らなかった。いつもはしゃいだり、自身に甘えてくる姿しか見たことが無かったから、自分がいない所の悠なんて知らなかった。しかし、自分にだけ甘えてくれてることに優越感を覚えた聡はつい口元がニヤけてしまった。そんな聡の様子をこっそり使用人達は温かく見つめた。そうこうしてるうちに、水に晒していた餅米と芋を炊いたものがちょうどいい具合になったので餅米と芋を潰していると、料理人が砂糖を加えようとした。
「待ってください。弓月さんはそんなに砂糖は入れてなかった気が…」
「砂糖を多めにいれないと甘くなりませんが…」
「砂糖の代わりに味噌をいれたものを出してくれてると思います…甘さはさつまいもの甘さくらいしか…」
「なりほど。味噌か…そらなら砂糖はそんなに入れなくてもいいですね」
弓月の家では砂糖は高級品なのでそんなに大量に使用することはできない。味はあるもので誤魔化しているが、それでも愛情のこもったおやつはいつも美味しさを感じさせてくれる。
砂糖を少なめにいれ、潰した餅米と芋がちょうど混ざったら、手のひらで丸めてついに芋餅は完成した。聡の器用さのおかげかすぐに芋餅は出来上がった。味見をしてみると弓月の味を忠実に再現できている。これはすぐに悠に食べさせなくてはと、思った聡は急いで庭にいた悠を厨房に連れてきた。
「どうしたの?」
「悠これ食べてごらん」
まだ、寂しさでいじけている悠の口元に芋餅を持っていく。悠は芋餅を目にした途端目を輝かせたが、昨日の和食の一件があるからか少々疑いながら芋餅を一口食べた。
「お母さんの味だ!!!」
悠は嬉しそうに芋餅をパクパク食べ始める。そして、ペロリと一つ平らげてしまった。
「おいしい?」
「おいしい!!」
笑顔で答え、また芋餅に悠は手を伸ばした。
「悠さんあんまり食べると、お昼食べられ無くなりますよ」
家政婦さんが悠を嗜めると、悠は首を振った。
「お母さんに一つもらいたいの」
「弓月さん。芋餅なら自分で作れるんじゃ?」
聡が言うと、悠はまた首を振った。
「聡お兄ちゃんが作ってくれたのをあげたいの。これお兄ちゃんが作ってくれたんでしょ?」
聡は言葉では表現できない気持ちになり、思わず悠を抱きしめた。
次の日迎えに来た弓月に悠は聡が作った芋餅を渡した。弓月は喜んで芋餅を食べて聡に感謝した。素朴なお菓子を3人で食べた昼下がりのあの時間を聡はいつまでも忘れない。
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