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風神雷神図屏風

雷と共に来るお客様

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 風神雷神図屏風

 風神雷神図屏風と言えば、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一がよく比較されますが、どれが一番良い作かなんて言うのは無粋な話なのでよしておきましょう。因みに割烹料理店『夜道』がある古都にも、沢山のお寺がございます。その寺の中の一つにも、風神雷神図屏風があるのですが、どうやら雷神様、風神様が揃って家出してしまったらしいのです。住職は呑気なもので、「その内帰って来るでしょう」と、言ってゆっくりお茶を飲んでる始末。まぁそのゆっくりお茶を飲んでる住職は私のことなんですが…。
 それはさておき、一体、御二方はいつ帰って来るのでしょうねぇ。

 とある古都の割烹料理店『夜道』。お店は、町の人々だけでなく、人ならざる者たちも訪れる不思議な場所。
 店の主人の谷道 光は、人ならざる客に対しては、料理だけでなく、夜の相手もしてもてなしている。
 しかし、今日は定休日のようで、光は『夜道』の隣にあるカフェでのんびり過ごしているようだ。
 光は久しぶりに夜道の隣のカフェ「Green Garden|《グリーン ガーデン》を訪れた。
蔵をリノベーションしたカフェで、田中 道矢《たなか みちや》と田中 明|《たなか あきら》の同性夫婦が営んでいる。店内はまるでティールームのようにアンティークの家具や食器が揃えられていた。
蔵を改装した際に取り付けた大きな窓からは、店名の由来にもなっているよく手入れされたイングリッシュガーデンが見渡せた。
「道矢くん!ピスタチオときな粉の和洋折衷餡蜜ありますか?」
光はカフェのカウンターに座ると、早速注文した。
「ごめん…光くん。ピスタチオときな粉の和洋折衷餡蜜は夏限定だったんだ」
「そんな…じゃあ…とりあえずブレンドティーください」
「承知しました。ちょっと待っててね…明、ブレンドティーお願い」
道矢は隣で本を読んでいる明にブレンドティーを頼むと、改めて光に謝罪した。
「せっかく食べに来てくれたのに申し訳ないね」
「大丈夫です…でもピスタチオの白餡と、きな粉がかかった大量の生クリームと紅茶のアイスが絶妙に組み合わさって、最高に美味しかったって清水屋のおじいちゃんが言ってたから食べたかった…」
「清水屋のおじいちゃんかぁ。3回は食べに来てくれたなぁ。」
「白玉も沢山入ってて…それと、赤えんどうの代わりに胡桃が入ってたのが、面白かったって」
「白玉は清水屋のおじいちゃんに特訓してもらったんだ」
「白玉って作るの簡単そうでいつも理想の柔らかさが出ないんだよな…道矢くんの白玉食べて勉強したかったなぁ」
「僕も特訓してもらった割にまだまだ未熟だから、お互い頑張ろ」
二人が雑談していると、明がブレンドティーを持って来た。
「ブレンドティーです」
「ありがとう明くん」
明は無言で戻ると、カウンター内でまた本を読み始めた。
「いつも無愛想でごめんね」
「気にしないで、明くんのブレンドティー今日もすごく美味しいよ」
ダージリンとカモミールのブレンドティーのようで、ダージリンの渋さとカモミールの柔らかさが心地よい飲み心地を与えていた。
「光くん。餡蜜は無いけど昨日仕入れたばかりの栗で作ったモンブランがあるよ」
「本当!じゃぁモンブランにしようかな」
それまで無口だった明が本を閉じて、口を開いた。
「やめといた方がいいよ」
「明…どうして?」
明は窓の外を見た。
「そろそろ雷が落ちるから…あんたの家の庭に…のんびりモンブラン食べてる暇は無いと思うよ」
「えっ?でもまだ晴れてるけど…」
光は空を見る。
確かにこの前まで、季節の変わり目で雷が鳴り響いてたけど、もうすっかり落ち着いて秋の空が広がっていると思ったその瞬間、空が暗くなってきた。夏でもないのに冷や汗が額に滲む。
「いくらなんでも暗くなるのが早すぎる…絶対あの人だ」
どんどん分厚くなる雲と、近づいて来る雷の音。雷の音が響くたびに窓の外で稲妻が走っている。あまりの突然の秋の嵐に外からは逃げ惑う人々の声が聞こえてくる。
その様子を肌で感じた光はげっそりした。
「光くん…大丈夫?」
「まだ…大丈夫。あの人はいつも突然来るから…今日は定休日なのに。それより早く戻らないと…庭に雷なんて落とされたらたまったもんじゃない」
せっかくのブレンドティーを、光は急いで飲み干す。
しかし間に合わなかったようで…丁度その時、真っ白な閃光が走った。

 ーゴロゴロ…ピシャアアアア

耳を押さえたくなるほどの雷鳴が響く。
身体にも響き渡るような地響きと、目が眩むような稲光に、光は声も出せずに佇んでいた。
明が世の無常を伝えるようにボソッと呟いた。
「落ちたな…」
「落ちたね…光くん本当に大丈夫?一緒に様子見に行こうか?」
「道矢くん…大丈夫…お会計だけ…お願いします」
光はお会計を済ませると、力無くカフェから出て行った。
 
 光が去った後、稲妻が落ちてきた空を明が無言で見つめていた。
「明…辛い?」
雷を見る時、いつも明は辛そうな表情をする。
「大丈夫…大丈夫なんだけど…ただ、あの日のことを思い出して…雷が鳴ると、どうしても…」
明が震える声で呟いた。
「…そばにいてほしい。今日は、少し長く」
道矢は息を飲み、そっと明に寄り添った。
「君が辛い時はいつだって…そばにいるよ。僕は君が稲妻と共に空から落ちてくるのを見ていたのだから」
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