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第一章
第41話
しおりを挟むティファレトは王都の騒動を聞きつけ、手すきであった王都騎士を連れ事態の対処にあたるため、現場に向かっていた。彼女以外のアーク騎士団員であるハクバらには別の場所で発生した騒動の現場に向かわせており、団員の少なさと指示系統の簡明さがもたらす彼女達の利点である“即応”を遺憾なく発揮していた。
もちろん、ティファレトが王女で団長であるとはいえ新設されたアーク騎士団が、王都騎士に指示をすることは大騎士側の反感を買うことは容易に想像できた。だが、王女誘拐と異常事態という有事であればその責任を一手に引き受けることにより、それは問題ではなくなる。
ティファレトは今夜こそ、一人で捜すことになったとしても妹のアイリスを見つける気でいたからだ。
そしてティファレトは現場に到着する。
人気のいない寂れた区画に、シンプルな外壁の建物は地面からちょうど中間辺りから爆発したように崩れ落ちており、さほど大きくない道路には破片が散らばっている。
一目でその建物が事件の中心であると見て取れた。
「何があったんだ?」
「ティファレト王女殿下!……ぁ、いや、アーク騎士団長殿!」
ティファレトは現場の付近にいた王都騎士に声をかける。
中肉中背の壮年な男性であり、いたって平凡なその男は王都騎士の青い制服に身を包んでいる。
彼は人物を認めると姿勢を正し、ティファレトが纏う制服に遅れて目を向けると改めて言い直す。
「はい、急に大きな爆発音がしたと聞きつけ我々が現場に到着後、安全のため周囲一帯を封鎖しています」
「内部に人は?」
「既に死亡しているようです。といっても爆発に巻き込まれたり倒壊の下敷きになった様子ではなく、いずれも剣による致命傷が認められます」
「剣だと?犯人はわざわざ殺してから爆発させたということか?」
「おそらくそうなりますね……」
王都騎士は困ったように顔を背け、少し離れたところに目を向ける。
ティファレトがその視線の先を追うと、並べられた三人分の被害者たちが布を掛けられ丁寧に置かれている。
「今のところはあれだけですが、建物の規模からもっといるものではないかと思われます」
「そうか……」
彼らの死体に近づくことはしないが、代わりに追悼するようにティファレトは目を閉じる。
意を察して王都騎士は少し待つ。
「………ありがとう、続けてくれ」
「はい……」
王都騎士の彼は続ける。
「犯人の目撃証言はいずれも『黒い影が飛んでいくのを見た』という共通点があります。ところで………」
男はおずおずと尋ねる。
「聞くところによると他にも同じような被害現場があるようなのですが、それは本当ですか?」
「あぁ、私が出る前に他に数か所、爆発音があったとの報せがあった。私たちは一番近い現場であるここに───」
「───あっ、赤い制服!アーク騎士団の人たちですか?」
ティファレトの言葉を遮るように場に似つかわしくない、あっけらかんとした少年の声が響く。
何事かと思い、その場にいた全員がその者に注目する。
「ははっ、みんなこっち見た……恥ずかしい……」
「おい、君!ここは立ち入り禁止だ!さっさと帰りたまえ!」
「いや、あっ、ちょっ、話が………」
「たしか、君は……」
少年は恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いていたが、周囲にいた王都騎士は現場に近づけさせないよう少年を取り囲み、窘める。
しかし、ティファレトは覚えのあるその少年に近づいていく。
「ちょっといいかな。彼と話がしたいんだ」
「………拘束を解いてやれ」
「はい………」
壮年の男がこの中では一番の年長であったためか、王都騎士たちは渋々といった様子で少年を掴んでいた手を離す。
「クラウス君、だったね。ステラさんの弟の」
「え?そうだけど……あなたは?」
「私はティファレトだ、アーク騎士団の団長を務めている」
「……あぁ、なるほどね……ふーん」
興味深そうに矯めつ眇めつ眺めるクラウス。
ティファレトは先の尋問のこともあり、距離感を図りかねていた。
「おいお前、その態度はいささか失礼ではないか!?仮にも目上の人間に対して礼儀がなっておらんぞ!」
「いや、いいんだ。彼は私の友人の弟だから、少しは多めに見てやってくれないか?」
「ですが……しかし……!」
「……ん?」
憤る男にティファレトは手をかざして制止を促すが、彼は憤懣やるかたない様子。
当のクラウスは他人事のように首を傾げている。
「………あぁ、そういうことね」
そしてクラウスは納得したと言った様子でティファレトに向き直り、深くお辞儀する。
「ふん」
「………」
お辞儀をするクラウスを見たティファレトは一瞬顔をしかめるが、そらすように騎士の男を見た。
そして、またも目をそらすことになった。なぜなら、見下すように笑っていたからだ。溜飲が下がったのか男は胸を反り返らせてもいた。
ティファレトには男の態度が理解できず、心の中で嘆息をした。
「あれ、やっぱり違ったな………」
クラウスは誰にも聞こえないくらい小さい声で呟く。
「……?何か言ったかなクラウス君」
「いえ、なんでもないです、ティファレト騎士団長。それよりお話があるのですが……」
クラウスは言いながら自分の周りにいる王都騎士たちに目線を流す。
「すまないが………彼と二人にしてほしい」
それを察したティファレトは人払いをする。
ぞろぞろと王都騎士たちは現場に戻り、それぞれの職務に戻る。
「君もだ」
「……はい、わかりました…………」
最後まで残っていた壮年の騎士は名残惜しそうにしながらも背中を小さくし、トボトボ戻っていく。
「先ほどは失礼した」
「いえ、大丈夫です」
「さて、せっかくの初対面で親交を深めたいところだが、今は有事だ。君の話とやらもそれに見合ったものだと期待しているよ」
「ははっ、わかってますよ」
打って変わって少し挑戦的な態度を見せるティファレトに、クラウスは臆することなく笑い話を続ける。
「実は僕、解放された後に自主的にアイリスを探してたんです。僕と彼女はなんてったって“友達”ですから。だから僕は傷ついた身体に鞭を打っていろんなところを探し回ったんです。痛い身体とボロボロな制服を持って、人気のない路地や広場。僕は普通の平凡な学生だから足で稼ぐしか───」
「───すまないが、それは長くなりそうか?要点だけを頼みたいのだが」
「え。あ、はい」
ジェスチャーを交えて揚々と語るクラウスに対してティファレトは申し訳なさそうに話を腰を折る。
するとクラウス、すん、と一切が凪いだように直立の姿勢になり抑揚のない声で言い放つ。
「アイリスがいた場所をみつけました」
「───それはほんとか!?」
「ぁ、うん」
クラウスの肩をがっしりとつかむティファレト。
「なぜそれを先に言わなかったんだ!?いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない一刻も早く救助隊を編成、違うなそれよりもまずは安否の確認だ一体アイリスはどこにいたんだ!!??」
彼女の狼狽ぶりにクラウスは助け舟を出す。
「………案内、します?」
すると、ティファレトはクラウスの手を取り、
「ああ!頼む!」
切羽詰まった声でお願いした。
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