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第一章

第39話

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 イリスが再び目覚めた時、襲い掛かってきたルークの姿は周囲にはなかった。

 代わりに、強引に破かれた制服からは下着に包まれてはいるが胸を露出させられており、太ももまで下げられたショーツそして股の間に垂れている血といった状況から意識を失っている間、自身に行われた凄惨な行為を物語っていた。

「…………っ」

 イリスは唇を強く噛み感情を押さえつけながら上を向く。

「汚されちゃった…………」

 だがその努力も虚しく、頬を伝う涙を抑えることはかなわず自覚してしまえば嗚咽をしゃくりあげていた。

「うっ……ふ、っ………ぅう………ぐず………っ」

 散らばった服をかき集め、感情をせき止めようと胸に抱く。だが、溢れ出す涙は止まらなかった。

「ぅ……ぐずっ……ううぅぅ……ううう……!!」
  
「…………」

「……?………!」

 だから、何も言わず自分を見つめていた者、メビウスに気づけたのは偶然だった。

 イリスは肩を跳ね上げるほどの吃驚を見せたが、何をしてくるでもなく檻の外に立つメビウスに対し、敵意も警戒も抱かなかった。ただあるのは無気力だけ。

「あなたは…………っ、なんでもない……」

「……」

 疑問を口に出さず、ただ俯くイリス。既に涙は流れていないが、しゃくりあげていた。

 そんなイリスを見かねたのかメビウスは近づき懐から魔剣士学校の制服を取り出し、肩にかける。

「……ありがと」

 ぽんぽんと肩を叩くその手は男性性を感じさせながらも美しく、どこかやさしさを感じた。

 その制服はボロボロで更に血も付いていたが、少し温かいそれに縋るように身体を丸める。

「……?」

 ふわりと漂うどこか覚えのある匂いにイリスはふと、制服胸ポケットの内側を見る。
 そこには持ち主の名前が刺繍されている。でもそんなことは覚えることでもなかったうえ、意識するほどのことでもない。

 だから本人にとっては記憶と情報を結びつけてしまった行動は無意識であった。

「──ッ!!」

 ──クラウス・エテルナ

 縫われた名前を見て背筋に罪悪感が走るのを感じた。

 ボロボロな血まみれの制服とそれを渡してきたメビウスを交互に見る。

「あなたがっ……あなたが彼を殺したのッ!?」

「………?」

 メビウスを睨みつけ、悔しさで血がにじむほど唇を噛み締める。
 しかしメビウスは首を傾げるだけ。

「ッ……ううん、やっぱり違うわ……」

 その反応を見てイリスはふっと笑い、視線を地面に落とし自身の考えを吐露し始める。

「私はあなたを、彼だと思ってた……あなたはあいつの仲間じゃないんでしょ?こんなことをする必要がないもの。通り魔の正体もメビウスの使徒も、もうどうでもいい……姉さまの真似事なんてするんじゃなかった……」

 汚れた地面に横になるイリス。

「あなたにこんなことを言ってもしょうがないのはわかってる……どうせ、もう終わりだもの……姉さまも誰も私を助けてくれないんだから」

 彼女は言葉を紡ぎ、身体をうずめるイリスは再び涙を流す。

「どうしてこうなったの?私は私自身のせいでみんなを傷つけた…………もうやだ、だれか私を助けてよ……」

 それを見下ろすメビウスは何も言わずに傍に立つだけで表情もヘルメットのせいで伺えない。

「友達ができて嬉しかったのに、もう、誰もいないの…………みんな、死んじゃった……」

 そして、イリスがメビウスを見上げるのは、ありもしない希望に縋っているから。

「ねぇ……あなたがクラウスだったらよかったのに……」

「………」

 背を向けて部屋から出ようとするメビウスにイリスは身体を起こす。

「なにも、言ってくれないの……?」

 扉の前に立つメビウスは首だけこちらに向けた、

「……───」

 かと思いきやすぐに前を向き、右手を上げてイリスの言葉に反応を見せると外に出ていった。

「…………」

 すぐに後を追えばいいとも考えた。だが、それをするだけの気力と希望がイリスにはなかった。

「……ふ、ぐずっ……ぅぐ、ううぅぅ……!」

 一人取り残されたイリスは寂しさと悔しさの涙を流していた。

 しかし──

「アイリス!大丈夫!?元気してる?!」

「……ぇ?」

 扉か聞き覚えのある声が響き、視線を向ける。

「制服がボロボロじゃないか、というかそれ僕のだよね?なんでそんなにボロボロなのかはわからないけど、補償して貰ってもいいかな?」

「………ぁ、……なんで」

「ん?」

 死んだと思っていた友人が目の前にいる、予期せぬ事態にイリスは言葉を上手く紡げない。

「なん、なんで生きてるの……?」

「いや、死んでないから生きてるんだけど」

 さも当然のように言ってのけるクラウス。

「ほんとに、本物……?」

 ルークの件のことから疑心暗鬼を飼うイリス。

 彼女は立ち上がり、クラウスをまじまじと見つめながらゆっくりと近づいていく。

「当たり前じゃないか、本物だって。それよりその制服──うわっ!」

「良かった……っ!ほんとに、良かったぁ……っ!ぁぁぁぁ!!」

 いつも通りの調子で返答するクラウス。それに心の底から安堵したイリスは抱きつき、クラウスの制服が汚れることもお構いなしに大きく泣きじゃくる。

「ひっ、ぐ……っ!うわぁー!!」

「僕の、お手製の制服が………べとべとだ……」

 クラウスの泣き言はイリスの泣き声にかき消され、彼女に耳には届かない。

「はぁ……よしよし。よく頑張ったね偉いね、すごいね」

「うっ……よかったっ……ぅ……!」

 クラウスは背中をポンポンとあやすようにしながら、イリスは次第に落ち着きを取り戻していく。

「大丈夫そう?」

「うん………平気」

 鼻をすすりながらも応答する。だがクラウスの胸に顔をつけたままで離れようとはしない。

「……あなたが生きてるならセレシアも、ギード君も無事なのよね……」

「え?なんであの二人?」

「……ねぇ無事よね?………そうよね?」

「え、あーちょっと待って………」

 唐突に二人の名前が出ることに理解が追い付かないクラウス。
 対してまるで幼子のようなか細い、不安げな声で問いかけるイリス。

「うん平気そう。二人とも自分の寮にいる……と思うよ」

「ぅん……良かった………ぅっ……ほんとに良かった………」

「またか……はいはい」

 そうして再びクラウスの胸で泣き出すイリス。
 クラウスは小さく嘆息しながらも背中を優しくゆすってあげる。

 そして先ほどよりも時間を掛けずに落ち着きを取り戻したイリスはクラウスの胸から少し離れ、先ほど見た人物について質問する。

「ねぇ、ここに来るときに黒い服装の怪しい人物を見なかった………?」

「うん見たけどどっかに行ってたよ、何だったのかアレは何だったんだろうね!」

「そ、そう……わからない、ならいいけど……まって───」

 食い気味に応えるクラウスにやや引き気味のイリスは言葉の途中で、ある部分を注目する。

「あなた、その指どうしたの!?爪が……!」

「ふっ……なんてことない、ただのかすり傷さ」

「そんなわけないじゃない!だって、っ……こんなに血が出て……!」

クラウスの左手の人差し指、薬指、中指には爪がない代わりに赤い肉が露になり、指先から血が垂れている。

痛々しいありさまの手をイリスは両手で包み込み、クラウスを潤んだ瞳で見つめる。

「あっはい。実は近衛騎士に尋問されたときに───」

 そんな視線に耐え切れず、クラウスはここまであった出来事を話す。

 ───若干の嘘を交えながら。

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