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第一章
第34話
しおりを挟む「……っ」
目が覚めたイリスは不快なすえたような匂いと腕にはめられた拘束具の重みに気づく。
「い……っ!」
気絶させられる前、腹部に当てられた痛みがぶり返す。
光源は僅かで、暗闇に目が慣れたころに自分が檻に閉じ込められていることを知った。
「おや、眠り姫がお目覚めだ」
檻の外の廊下、聞き覚えのある声はまさしく痛みの原因である黒装束の男。
「ここはどこかしら?」
「さて?知らないな」
「ふん……まぁいいけれど」
おどける男。
元々たやすく聞き出せるとは思っていないイリスは気にせず続ける。
「それにしても王女誘拐なんて随分大それたことをするじゃない。捕まったら問答無用で処刑よ?」
「はっ!それこそ知ったこっちゃないな。言っておくが俺たちの目的はすでに達しているんだ」
「……どういうこと?」
「あんたは知る必要のないことだ、王女様」
男は踵を返し廊下からもと来た道へ向かう。
「じゃあな。近いうちにまた来るぜ」
「……なんなの」
部屋には最低限とすら呼べない生活道具がある。
いつ来るかわからない救助を待つ間、何日をここで過ごすのか。
「はぁー……ほんと最悪ね」
自然とため息が出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
変わりのない部屋。
次第にイリスの日付の感覚が曖昧になってきたころ。
「よぉ、また来てやったぜ」
「……頼んでなんかないんだけど」
相も変わらず黒づくめの男、その声でイリスは身体を起こす。
「ずいぶんとお寝坊じゃねぇか、もう昼だぜ?ほらよ」
床から差し出されるのはプレートに乗った食べ物。
「届かないわ」
「は?あぁそういえばそうだったな」
男は足に装着された拘束具を見て、鍵を開ける。
近づいてくる男。
イリスは注視しながら、プレートを床に置く瞬間を見計らって襲い掛かる───
「───おっと、危ない危ない」
「───ちッ……かはっ!?」
だが、躱され首をつかまれたまま壁に押し付けられる。
プレートが床に落ちる軽い音とジャラジャラと鳴るる拘束具が廊下まで響く。
「抵抗されたら困っちまうな。あまりこういうのは好きじゃないが……」
「は、はなしな、さいよ!」
「まだ喋れんのか、これならどうだ?」
「う、ぐぅぅッ」
ギリギリと締まる首に呼吸がままならなくなるイリス。
「苦しいか?いい光景じゃないか、お前もそう思うだろ?」
「っ!!」
「ははっ!……あ?」
「うぐぅ!」
男は赤くなるイリスの顔を見ていたが、途端に放り投げる。
解放されたイリスは空気をむさぼり、浅く速く呼吸する。
「ま、こんなもんだろ。殺しはしないといっても痛めつけるくらいは許されるだろ。なぁそうだろ?」
「女に手を出すなんて、最低よ」
「ははっ!」
「チッ……」
覚えのある笑い方にイリスはいら立ちを覚える。
「今回はこれくらいで十分だろう、『お楽しみ』は次に取っておくとするか。じゃあなイリス様」
男は笑いながら部屋を出ていく。
「……まだ食べられるわよねこれ」
食べられる時に食べて英気を養おう。
「…………ぅ」
そう思っていたが、地面に散乱したパンは乾燥して硬かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから何日経ったかもわからない空間でイリスは日に日に精神を摩耗していった。
まともな環境じゃないことから睡眠時間は不規則になり、深く眠ることもできなくなった。
だがある日、繰り返す浅い眠りの最中、視線を感じて目を覚ました日があった。
暗がりの廊下に目を向ければ、あの男が何をするでもなくただイリスを見つめ佇んでいたのだ。
直感的にあの男だと感じた。現にここに入れられてからあの男以外出入りしていない。
「なに?なにか用?」
だからイリスは質問した。相手に弱気を見せるわけにはいかないからいつものように強気な語調で。
「……………………」
男は動くこともなく何も答えなかった。
「?」
訝しく思いながらも、イリスは警戒しながら横になる。
しかし男は結局話しかけることもなく、何かをしてくることもなかった。
「きっと大丈夫、きっと見つけてくれる。姉さまが見つけ出してくれる。彼も巡回してくれてるんだから、きっと……」
イリスの心は日に日に摩耗していき、自身でも気づかない独り言を言う夜が続いた。
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