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第一章

第25話 アイリスの話

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「まさかガキのお守りをすることになるなんてな───」

 後ろにいる僕を振り返る男。

「───イリスもこいつのなにがいいんだか」

「…………」

 イリスを引き合いに出す彼は彼女とどんな関係なのか。僕にはわからない。

 歩調も合わせることなくずんずん先に進む彼に、僕も置いていかれないように少し後ろを付いて行く。

 ーーーーーーーーこうなる少し前。

 しばらく歩いてイリスと向かった先、それは大騎士の騎士詰所だった。

 イリスが詰所に入ると周りの騎士たちが入ってきた人間の顔を見るや否や、深く頭を下げた時に僕は少ない感銘を受けた。

 でも付き添いの僕には、誰だこいつと思われていただろう。僕もここに来た理由がわからないし、意味の分からなさで言えば君たちとイーブン。

「それにしても顔パスで通されるとVIPみたいだ」なんて思っていた矢先に降りてきたのが2人の騎士。

 片方は手を上げて挨拶し、片方は黙々と降りてくる。

 おそらく1人だけ他に騎士と違って服が赤いからアーク騎士団なのかもしれない。

「これがクラウス・エテルナ、前にも言ったと思うけれど、わざわざ私に頼んでまで手伝いをしたいと申し出てくれたの」

「えっ」

 えっ。

 思わず隣にいるイリスに首が向いてしまった。

 記憶改ざんが行われたのか、僕にはそんなことを一度も言った記憶がない。言ってないよな?

 というか『これ』呼び……

「ナインだけれど、彼の意気込みを買って連れてきたの、よろしくしてあげて。じゃあ私は少し話があるから自己紹介でもしていて」

 僕の視線もお構いなしイリスは言い捨てるように二階に向かう。

 取り残される3人。

 すると僕の前に出されたのはその1人の右手。

「私はハクバ・ナイト、クラウス君よろしくね」

「よろしくお願いします」

 赤い騎士の方、ハクバ・ナイトと名乗った、金髪の嫌味ったらしさのない爽やかでイケメンな青年が差し出した右手に僕は素直に握手。

 初めましてとは思えないぐらいに距離を詰めてくるイケメン。くっ、僕の苦手なタイプだ……

「ほら、君も。自己紹介ぐらいしたらどうだい?」

「……はぁ……なんだってんだよ」

「彼は未来の後輩かもしれないんだから」

「あ?このナインが?───」

 ハクバに催促される彼は僕の身体を舐めるように見てくる。

 お返しに僕も彼を見る。

 スマートだが軸のあるハクバと違って、しっかりとした体躯、茶色毛のある黒髪が印象的な野性味のあるイケメン。

 またイケメンかよ。

「───はっ、笑えるぜ……俺はルークだ」

「まったく。彼はルーク・ドゥスタ、見ての通りあまり愛想は良くないけどひとつよろしく頼むよ、クラウス君」

 ぶっきらぼうにそう名乗るルークに呆れながらも補足するハクバ。

「終わったかしら、さっそく行きましょう」

 見計らったように降りてくるイリス。

 そうして僕はパトロールすることになった。

 ーーーーーーーー過去回想終わり!

 なるほど、よくわからん。

「おい、さっさと終わらせて帰るぞ」

「はい」

 それから二手に分かれて僕とルーク、イリスとハクバで巡回している。

 淀みなく進んでいるから事前に決められているルートがあるのだろうけど、これじゃあただの散歩だ。

「あのー、聞き込みとかしないんですか?」

 ダメもとで聞いてみる。

「あ?んなことしねーよ」

 意外と答えてくれる。

「……」

「……」

 理由は教えてくれない。答えるだけだった。

「……なぁ、お前。なんでナインなんだ?───」

 しばらく無言で歩き続けると向こうから話しかけてきた。

「───エテルナっつったら、ステラとかいう奴の弟だろ?なんでそんな低いんだ?」

「なんでって言われても……僕が弱いからじゃないですか?」

「…………」

 進む足を止め、僕に身体ごと振り返るルーク。僕もつられて足を止める。

 僕に対する胡乱げな視線が、何者であるかと見定めようとする彼の意思として伝わる。

「……やっぱわかんねぇな。どうしてこいつなんか……」

 視線をそらし、再考する彼に僕はふとした疑問をぶつけようと思った。

「もしかして、ルークさんって───」

「───あら、もう先に着いてたのね」

 しかし疑問は相手に届く前に道路の少し先から現われたイリスによって遮られる。

「あれ、どうしたの?」

「『どうしたの?』じゃないわよ。ここからみんなで詰所に戻るって言ったでしょ?」

「ううん、聞いてない」

「そうだったかしら?まぁもう終わりなんだからいいでしょ」

「…………」

 悪びれもなく答えるイリスに反論する気すら起きない。

 その間にルークとハクバは何かを話し終えたようで。

「じゃあ行こうか、ちゃんと戻るまでが巡回だからね」

「はい」

「わかってるわ」

「……ちっ」

 ルークが先導し、最後尾にハクバ、挟み込まれる形でイリスと僕が並んで歩く。

 振り返ればハクバは周囲と屋上を気にしておりルークはチラチラとこちらを見るが、それらの距離はなぜか遠い。

「で、どうだったかしら?」

「なにが」

「巡回に決まってるじゃない。まぁその反応を見る限りなにもなかったんでしょうけれど……」

 なら聞く意味ある?

「その……ルークとは何か話したの?」

「うん?」

 ははーんなるほど、巡回は前置きで本題はルークか。

 前を見れば相変わらずこっちを見てくるルーク、というより見ているのはイリスか?

「特に何もなかったよ」

「そう」

「……」

「……」

「私、ルークのこと好きじゃないの。」

「いきなりだね」

 いきなりなんだね。

「だって彼……なんでもないわ」

「ふーん、そう」

 さっきのルークの態度で何となく察せるけど、僕には関係のないことだ。

 多分彼女は相談したいのだ、誰でもない僕に。

 本音を隠しながらも伝えたいことがある時は、誰だって表現が婉曲になりやすい。

 だから、僕のこれはあくまで『例え』だ。 

「例えばだけど、セレシアとかは好きじゃないってこと?」

「そうじゃないわ!セレシアは裏表がなくていい子だもの。そうじゃないの、そうじゃないけれど、なんて言えばいいのか……対等じゃない気がして嫌なの」

 思った通り、質問を貶すことなく答える。

 それにセレシアに対するイリスを見ればそんなことはわかる。

 故に僕も正直に答える。

「わがままだね、僕にはよくわかんないや」

「そう……あなたならわかると思ったんだけれど」

 そういうイリスに少し。

 ほんの少しのお節介を焼いてあげようと思った。

 下を見ると所々穴がある道路で、僅かな隆起が靴底を押してくる。

 でこぼこは少ないけれど、意識したら囚われてしまうくらいには大きい。

 ここは人通りも少ない。整備される機会がないのだろう。

 あまりに静かで寂しい場所。

「でも───」

「え?」

 イリスがこちらを見た気配を感じた。

 だから目を見て、彼女に言う。

 これは僕にとって、真の言葉だから。

「───対等な人間なんていない」

 イリスの深い碧の眼、その奥が揺れたのを確信して切り上げる。

「君もいつかわかる時が来るよ、心では気づいてるんじゃない?」

 そう言うとイリスは前を向いて破顔する。

「ふっ、あなたのそういう知ったかぶった言葉、あの日以来ね」

 そういうとイリスは再度こちらに顔を向ける。

「それ、嫌いだけれど、嫌いじゃないわ」

「ははっ、お気に召したかな?王女様──いっ!」

「それやめなさい」

 冗談めかして言うと、低いトーンで怒られておまけに足を踏まれた。

「はぁ……ま、しょうがないから───」

 イリスはわざとらしいため息を吐くと、上擦った声で続ける。

「───あなたも『アイリス』と呼んでいいわ」

 どんな風の吹き回しか。

「いやいいよ、イリスで」

「恥ずかしいのかしら?ほら呼んでみなさい『アイリス』って」

「いいよイリスで」

「呼びなさい」

「アイリス」

「っ……よろしい」

「そう」

「……」

「……」

 その後、詰所に着くまで静かに歩く。

「よし!今日は何もなかったけど、次はそうはいかないかもしれない。気を引き締めて明日もよろしくね、クラウス君」

「えっ」

 えっ。

 聞いてないよ?

 そう思いながら横を見ると、にこやかに笑うアイリス。

「どうかしたのかしら、クラウス君?」

「いいや、アイリス。なんでも、ないよ……っ!」

「すまない、ルーク話があるんだ。あとでいいかい?」

「……ちっ、さっさと済ませろよな」

 僕はルークとハクバの会話を耳にしながら騎士詰所をアイリスと共に後にする。

「じゃあ私はこっちだから。さよなら」

 そう言うとアイリスは背中を向ける。

 帰る方向が逆だから当然ここでお別れ。

「うん。帰り道に気を付けて、またねアイリス」

「……ええ、また」

 足を止めたが、振り返ることはなく言葉だけを返してくる。

 そんなアイリスの小さくなる背中をただなんとなく見届けてから息を吐く。

「ま、たかが通り魔程度気を付ける必要なんてないだろうけど」

 僕も家に帰るか。

 ミツキにも話を聞こうと思ってたけど、

「なんかめんどうだな、今度でいいか」

 通り魔くらいすぐに見つかるでしょ。



 しかしその通り魔の認識を改めることになるのは、一週間後のことだった。

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