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第一章

≪第21話 終≫ 朔の夜。

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 王都の主要な都市部から離れた大きな広場、その中心には夜の中でも存在感を放つ直線的で漆黒のオブジェが厳かにそびえ立っている。周囲の家屋の何倍もの高さを誇る巨大なそれは無機的な形状で、不規則な角を有し、長い辺をなぞる光がまるで脈動するかのように静けさの中で明滅している。

「ここに来るのも久しぶり。ずいぶんと変わったね──」

 その頂点の縁、高さに臆することなく1人腰かける者がいる。

 長い黒髪を緩慢な風にたなびかせながら、眼下に広がる王都の街並みを見下ろす少女。

 しかし、それは少女というには艶やかで大人というには幼い顔立ち、身体つきは確かに成長途中ではあるが達観した印象をどこか与える彼女は年に不相応な雰囲気を漂わせている。その身を包むのが魔剣士学校の制服でなければ、誰も少女だとは思わないだろう。

 忘れることのない記憶と広がる光景を対比し目を細めように見て、思い出に微笑む表情は少女らしい可憐さを覗かせるが、それも一瞬。

 ある気配を探知し、すぐに引き締めた表情に変わる

「──久しぶりね」

 少女はなにもない空間に言い放つと一つの影がゆっくりと後ろに降り立つ。

 すると、座る少女の傍に跪く。

「お久しぶりです。リーダー、さっそくですが報告を」

 挨拶も早々に自分たちの調査の報告をする姿勢を示す。

 それに視線向けることなく、少女は変わらず街並みを見続けている。

 無言の肯定と捉えた彼女は続ける。

「今回の件には間違いなく『クロージャー』の関与が見られます。現時点では『ソルジャー』だけ。『ナンバーズ』の動きは見られません。しかしアーク騎士団への応援要請が先送りになったところを見るにどこかに内通者がいるものかと……」

 声からその者も女性だということは推察できるが座る少女とは対照的に黒い外套、それも人目にさらすことを忌避したのか頭巾を深くかぶっているため全体的に不明瞭。

「……申し訳ありません、現状これ以上の情報は……」

 しかし、苦々しく言葉を続けたことから謝罪の念を抱き、敬う口調で接することから目の前に座る少女に誠意を持っていることは確かだ。

 彼女の言葉を聞いて少女は補足する。

「わたしの方でも確認して内通者の目処はついている。でもしばらくは泳がせておくべきね」

 少女は凛とした声で続ける。

「彼女たちと合流したら情報を共有する、今はこのまま外堀から埋めていきましょう」

「っ……」

 跪く彼女は下げている頭をより深くした。

 自分ではやはり敵わないと。

「ふふっ」

 彼女の心の中を見透かしたように少女は嫌味なく笑い、続く言葉を掛ける。

「そう卑下することはないわ。王都に来て間もないのに単独でそこまで把握できているのなら十分。今回はあくまで炙り出し、次を頑張りなさい」

「はい……」

「それで──」

 そう言いながら立ち上がり、それを見習うように黒い外套も伸びる。

 少女は顔を右半分だけ後ろに向けて問う。

「──彼女はここに来ているの?」

 代名詞が指す『彼女はここに来ているか』この状況の下にある2人にとって、あるいはそれ以外の彼女たちにとっても共通の認識事項だった。

「それが───」

「───いえ、もうわかった」

「……はい」

 それ以上は不要だと言わんばかりに食い気味に被せる。

 肯定から入らない返答、ならこれがお決まりのようだと彼女たちから聞いたことがある。

「来たばっかりでこれだもの。あれには困ったものね」

 言葉とは裏腹に少女は少し楽しそうに語る。

「……あの、少しよろしいですか?」

「なに?」

 彼女は少女に問う。

「その服は一体……?」

「あぁ、これ?」

 少女は制服のスカートの裾をつまみ、言葉を続ける。

「今日は魔剣士学校に入ってみようと思ったのだけど、やめたの」

「どうして、ですか?」

 彼女は続けて聞く。

「だって、彼がいたんだもの」

 そう言う少女は遠くを見つめる。

 見つめる先には多くの住居が立ち並ぶ区域があり、魔剣士学校の寮もそこにあることを彼女は件の調査で知っていた。

 後ろ姿で表情は見えないが、なんてことはない。

 羨ましいと思うことすら烏滸がましい、少女の美しく長い黒い髪が風に少し揺れるだけ。

 しかし今まで聞いたことのない感情を感じさせない少女の冷たい声がなぜか彼女を不安にさせた。

「……『彼』とは一体?」

 恐る恐る彼女は尋ねる。

 自分の口が勝手に言葉を紡いでいた。

 こんなにも緊張しているのに湧き上がる興味が止まらないことに彼女は驚いた。

「そうね、言葉を借りるなら……『特異点』」

 そしてようやく、少女がその姿を彼女に向ける。

「彼は、わたしたちにとって───」
 
 夜と交わる黒髪がふわりと舞い、深紫色の瞳に星々の光が映る刹那。

 今宵が新月だったことを彼女は想起する。

 空の闇を剥がし空虚を満たす、己の光に無頓着な星を背景に彼女は紡ぐ。

「──────」


 短くも、美しい新月が輝く夜の下、少女は静かに奏でる。

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