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第一章
第18話
しおりを挟む教室での一件から、何事もなく過ごしたその放課後。ギードとセレシアの帰ろうという誘いを断り、イリス・マルクトに会いに行くことを告げるとギードは驚愕の声をあげる。
「なぁ、まじで行くん?」
「行こうと思ってるけど、なにかあるの?」
「なんつーか、イリス王女っつったら……なぁ?わかるだろ」
「いや、全然わからない」
ギードは当然知っているかのように話を振るが、イリス・マルクトのことを今日知った人間に聞かれてもわかるはずもなく、僕が首を横に振るとセレシアに救いの眼差しを向ける。
あはは、と苦笑いをするセレシア。
「イリス王女は王族であるにも関わらず努力家で知られてることはお昼にも話したよね?でも、学校での印象はちょっと違っててね」
セレシアは続ける。
「なんでも一日で五人からの告白を断ったとかで、生徒の間ではそういう意味での方が有名なんだ」
「まじすげーよな、んまぁそんくらい美人なのはうなづけるけどな!だからクラウスも──」
肘でつついてくるギード。
「はやくも王女様にお熱ってわけか!」
「え」
からかってくるギードの言葉に、セレシアは歩みを止め驚きの表情でこちらを見てくる。
つられて僕とギードも足を止め、冗談に反論する。
「はぁ、そんなんじゃないよ。大体、一度も見たことないから、見に行くって言ってるのに」
「でもわからんよ~?一目ぼれってのもあるかもしれないからなぁ」
「そ、そうだよ!イリス王女はすごく美人さんなんだからそういうこともあるかもだよ!」
うんうんとうなづくギードに、どこか熱が入ったセレシア。
僕が呆れながら歩き出すとそれに二人も歩き始める。
こういう時は否定するより、話を挿げ替えるのが得策だ。
「それにしても保健室ではありがとうねセレシア」
「あー!クラウスまた話そらしてんべ!」
例えそれがバレたとしても。
「ううん、当然だよ。だって大切な…友達だもん」
「てか、保健室?なにがあったん?」
「まぁちょっとね。それよりも、あのあと、なにかあった?」
「あのあと?」
少し考え込む仕草を見せるセレシア、ギードは「なあなあ何があったん」とやかましい。
「…あぁ!お姉さんが来たよ、ステラさん!」
「色々聞かれて大変だったでしょ、姉さんはちょっとあれだから」
「そんなことないよ、ちょっとだけお話しただけだけど、ステラさん優しくて美人さんで羨ましいって思っちゃった。もっとお話ししたかったかも」
僕の頭には疑問符が浮かんでいた。
姉さんが優しい?ダメだ、想像つかないな…
「クラウスの姉ちゃん、たしか特待生だよな。それなのに弟がナインってどういうことよ」
クックックッ、と笑うギードに僕は再び首をかしげる。
「特待生とクラスで何か問題があるの?」
「まず実力差もあるけどよ──」
僕は驚愕の、どうでもいい事実を聞くことになる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イリス・マルクトに興味が湧いたのは単純。
魔力の多寡が魔剣士として力量に容易に直結するこの世界で、国を平定する王族がどれくらい強いか。先ほどの話には美人だとかあるけど、もちろんそんなの気にしていない。あるのはどれくらい強いか、それだけ。
当の本人は自主トレーニングに励んでいるとセレシアとギードに聞いたため、特別体育館に来たが、『特別』と冠するその体育館は通常使われる体育館とは異なり、遠目にしか見たことのないそれはただ広く、でかく、とにかく頑丈そうだった。これはちなみに外観の印象だ。内装がどうなっているかなんて想像もつかない。
扉には警備の騎士が二人立っていた。街中の騎士とは服装が違うから特別感があるなぁ、なんてことを考えながら彼らをお構いなしに通ろうとする。
するとその一人に声を掛けられた。
「魔剣士学校の生徒の方ですか?生徒証を提出ください」
ポケットから手のひらサイズの生徒証を渡す。
「クラウス・エテルナ、クラスはナイン……」
騎士は生徒証と僕の身体行ったり来たりしている。
「…何の用だ?」
いきなり高圧的な態度になるなぁ。実力がものを言う世界だから当然なのか?
「イリス王女に用があって──」
「──それは、今必要なのか?それほど急を要するのか?」
「…………」
なるほど分かった。これは『僕』だからじゃない。
こいつだからだ。
食堂の件が権利の確執なら、彼らは能力で人を見る。
もう一人の方はアクションを起こしてはいないものの、侮蔑の視線が込められている。
生徒証を出したときから軽んじられたとは思ったけど、ここまであからさまだとなんだか残念。
なら…ここはイリス・マルクトの試金石としよう。
「じゃあ、終わるまで僕はここで待ちますね」
「ちっ」
あはは。
舌打ちされた。
「あのなぁ。言ってることがわかんねぇなら──」
「──何をしているの?」
意図を察しない僕に彼は声を荒げようとしたが、それは扉に立つ彼女、イリスによって遮られた。
「イリス様!た、大変申し訳ありません、鍛錬のお邪魔でしたでしょうか?」
先ほどの態度が嘘のように軟化してご機嫌取りをする騎士、それを一瞥してから僕を見つめる彼女。
銀髪の長い髪は後ろに束ねられ、深い碧の眼は僕を何者であるかを見定めようとしている。
鍛錬の最中であったことを確かに示すように、その服装は学校指定の運動着、隣にはタオルを渡しに来たお付きの人がいて、それを首にかけた。よく見れば僅かに体表面にはじんわり汗をかいていることから、よほど早い時間から密に特訓をしていたのがうかがえる。
「あなたはたしか、クラウス君でしたね?」
「そうだけど、よく知ってるね。僕のことなんて知らないと思ってた」
そういうと彼女は何か言いたげな表情を見せたが、それも一瞬。彼女は警備の騎士に声をかける。
「彼を通して」
「はい」
これが鶴の一声、あるいは唯々諾々かな?
「失礼します…おぉ!」
外観以上に中も豪華だ。そして広い、でかい、頑丈そう。
「それで?何の用ですか、クラウス・エテルナ君?」
「イリス王女を一目見てみたくてね。噂に違わぬ端麗な容姿だね」
「そうですか。クラウス君のご期待に添えたのでしたら、こちらとしてもうれしい限りです」
付け加えるように彼女は続ける。
「あと、王女なんてそんな大げさなものはよしてください」
困ったように言いながら、可憐な微笑みを向けるイリス。
「同じ学友なのですから」
それに僕は──
「わかったよ。なら、イリス。僕と一つ手合わせをお願いできる?」
「え?」
驚いて笑顔を崩すイリス。
いきなりだけどごめんよ。でも、もう会わないと思うから許して。
「失礼ですが、クラウス君のクラスは…?」
「僕のクラスはナイン」
「お言葉ですが、私はファースト、ナインのあなたとでは…」
魔剣士学校の武技授業には教室とは別に、専用のクラスが存在する。区分けは九つ。上からファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス~とそれぞれ実力順とされているが、セカンドやそれに近いサードには縁故で食い込んできた紛い物が混在している。袖の下のまんじゅうと言うやつだ。
聞くにファーストは全クラスの中で最も少人数で構成され、完全に実力主義の側面を持ち、授業には王国の剣術師範を講師として招くという豪華っぷり。騎士選抜特待生はここに入れられるため、ステラ姉さんもファーストだ。そのことをギードに聞くまで知らなかった僕は散々呆れられ、セレシアにも苦笑いを向けられた。
「『物は試し』ってやつだよ。一回やってみようよ」
「そんな言葉は知らないですけれど、あなたが良いのなら…」
「あっ、着替えてくるから周りの人除けをお願いできる?」
「え?…えぇ、わかりました」
いぶかしげな表情を見せるがイリスは素直に僕のお願いを聞いてくれる。
彼女はもしかしたら、悪い子じゃないのかもしれない。
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