17 / 49
第一章
第15話
しおりを挟む「イリス・マルクト…初めて聞いた名前だ」
昼食後、二人はそれぞれの教室に戻り、その時に質問して聞いた王家のイリス・マルクトについて考えていた。
姉のティファレトは学校をすでに卒業しており騎士団アークに所属、王国最強とまで言われている一方、イリスは相当の努力家らしく放課後も稽古をつけてもらっているとのこと。
同じ学年、どうやらセレシアとは同じクラスとのこと。昼食から帰ってくるところを件のクラスまで広げて索敵し、僕はいつものように寝たふりをしながら、魔力ソナーで探知していた…………索敵?
なお、魔力ソナーは誰が何人かを把握するのには使えるが、個人を特定するには使えない。
いつも会う人たち、セレシアやギードならなんとなくわかるんだけど。
特定の個人を探知するには、まず個人が持つ魔力独特を分析して、普段の身体状態によっても魔力の流線が変わることから、情報の蓄積して解析、そこから───など面倒な手順を踏まなきゃいけない。
しかし、これの改善策はある。
それが魔力レーダーだ。原理はただ触れるだけ、なんなら僕の魔力を飛ばすだけでいい。
そろそろソナーからレーダーに進化するときだろうか。
ん……今このクラスに入ってきた集団、一人だけ魔力量がでかいな。
ちらりと見ると、案の定三人の男衆だった。しかも一人は魔力量が多かったことから僕でも知ってる人間だった。
「やっぱりゴリラか…」
名前は知らないしゴリラなんて図鑑でしか見たことないけど、体格がゴリラに似ているので僕が勝手にそう呼んでるだけ。なんなら同じクラスでもない彼がなぜここに来たのか…どうでもいいか。
改めて机に伏せる。
「おい、勝手に人の名前呼びやがってなんだてめぇ?」
どうやらゴリラが誰かに因縁をつけているようだ。災難なことだ。
「無視すんじゃねぇよ」
ゴリラは武技という授業においては一年の中で上位の成績だった…気がする。
それでも生半可な実力では太刀打ちできないだろう。絡まれた人、ご愁傷様。
「てめぇに言ってんだよこの雑魚がっ!」
机に迫る気配を察し、少し上半身を浮かす。
直後、僕の机は右に吹き飛び、壁にぶつかり派手な音を立てる。
おいまじか。災難な僕、ご愁傷様。
「底辺の癖に無視決め込んでんじゃねぇぞ?」
「ゴリダ君、ちょっとやりすぎじゃ──」
「てめぇは黙ってろ」
取り巻きの一人が制止を呼びかけるが、ぴしゃりと言い放たれた途端に黙り込む。
教室にいた数人もさっきまではどうにかしようとあわあわしていたのに、今ので完全に不干渉を貫く姿勢になったのか、こちらにも視線をよこさず無事お座りしている。
なるほど、ゴリラとゴリダ。確かに似ている。でもそれは勘違いだ。それを弁明すればいい。
「いや、違うんだよさっき言ったのは──」
「なにがちがうんだ?」
「だから──」
「言ってみろよ、えぇ!?」
「さっき言ってのはゴリダじゃなくてゴリラ──」
「言い訳してんじゃねぇぞ!」
ゴリダ、人の話を最後まで聞かない男。
社会という共同体にいる以上、コミュニケーションは必須だ。
過去に、コミュ障という言葉が存在していた。
自分の意見を言って相手の言葉を理解することができる、それがコミュニケーション能力だ。
例えば、面接。
面接者の質問に被験者が自分の意見を答える、これも立派な会話、コミュニケーションになる。
だが実際には、知らない場所でもすぐに友達ができるとか外交的であるとか人に話しかけるといった、コミュニケーション能力とは別のもので測られ、そうでないものをコミュ障だ人見知りだと区別されてきた。
たしかに、声が小さいことや早口で言葉の意図を相手に掴ませないことは会話ではないだろう。
だがそれもコミュニケーション能力とはまた別のものだ。
つまるところ相手の話を最後まで聞いて、それに応答ができるのであればコミュ障じゃない。
逆説的にその機会を与えないこのクソゴリダなんかは完全なコミュ障と言える。
「…はぁ…」
「舐めた態度してっと──」
呆れたため息に、ゴリダが僕の胸ぐらをつかみ、右のこぶしを振りかぶる。
うーん、反撃してもいいが、武力行使は最後の手段かあるいは最大効果を発揮する方が効率がいい。
それなら一発殴られてそれでこいつの気が済むならそれでいいか、そう思っていた直後──
「やめて!」
突如聞き覚えのある声が教室の扉から響きわたる。
気配はわかってたけど来ちゃったか。
叫んだ声の主はセレシアだった。
「ふん、どいてろ」
ゴリダは僕からセレシアに興味が移ったのか、掴んでいた左手で突き放すように解放する。
「いってー!骨が!」
痛くもなんともないが、とりあえず声だけあげてお座り組に罪悪感を与えておこう。
しかしそんなことを知らないセレシアは僕に近づいてこようとする──
「だ、だいじょう──!」
「おいまてよ──お前たしか…セレシア・ヒサギだったな?」
が、ゴリダに阻まれる。どうやらこいつはセレシアのことを知っているようだ。
「そうですけど…なにか?」
「ふーん、そうかそうか。へぇ…」
セレシアは抵抗する視線でゴリダをにらめつけているが、ゴリダはニヤニヤとセレシアの身体、特に胸をなめまわすように見るばかりだ。
「…フッ、たのしみだぜ」
「…!」
ゴリダは何かに満足したのか、訳の分からないセリフと共にセレシアに道を開ける。
しかしセレシアの顔は浮かない面持ちに変わっていた。
セレシアが近づいてくると同時に教室の外からドタバタと数人の足音が近づいてきた。
そしてまた教室に響く声。
「なにをやってるの!?」
「ちっ、お真面目ちゃんかよ…なんでもねーよ」
「ん?」
「……待ちなさい!」
ゴリダは押しのけるよう取り巻きと一緒に教室の外に出ていき、お真面目ちゃんと呼ばれた子も、何人かの連れと一緒に追いかける。
セレシアはそちらを見向きもせず、僕のそばにしゃがみこむ。
「クラウス君大丈夫?」
「うん大丈夫」
「骨折れてるんだよね?」
「え?あぁ、うん。でも大丈夫だよ」
「ダメだよ!足かな…とりあえず救護室行こう?」
折れていた演技を忘れていた……もしかして、自分で折らなきゃいけないのかな?
しかし、やりとりを聞いていたであろうお座り組が心配そうにチラチラとこちらを見ていたから、罪悪感を与えられたのは確実……まぁ、なら折ってもいいか。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる