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第一章
第15話
しおりを挟む「イリス・マルクト…初めて聞いた名前だ」
昼食後、二人はそれぞれの教室に戻り、その時に質問して聞いた王家のイリス・マルクトについて考えていた。
姉のティファレトは学校をすでに卒業しており騎士団アークに所属、王国最強とまで言われている一方、イリスは相当の努力家らしく放課後も稽古をつけてもらっているとのこと。
同じ学年、どうやらセレシアとは同じクラスとのこと。昼食から帰ってくるところを件のクラスまで広げて索敵し、僕はいつものように寝たふりをしながら、魔力ソナーで探知していた…………索敵?
なお、魔力ソナーは誰が何人かを把握するのには使えるが、個人を特定するには使えない。
いつも会う人たち、セレシアやギードならなんとなくわかるんだけど。
特定の個人を探知するには、まず個人が持つ魔力独特を分析して、普段の身体状態によっても魔力の流線が変わることから、情報の蓄積して解析、そこから───など面倒な手順を踏まなきゃいけない。
しかし、これの改善策はある。
それが魔力レーダーだ。原理はただ触れるだけ、なんなら僕の魔力を飛ばすだけでいい。
そろそろソナーからレーダーに進化するときだろうか。
ん……今このクラスに入ってきた集団、一人だけ魔力量がでかいな。
ちらりと見ると、案の定三人の男衆だった。しかも一人は魔力量が多かったことから僕でも知ってる人間だった。
「やっぱりゴリラか…」
名前は知らないしゴリラなんて図鑑でしか見たことないけど、体格がゴリラに似ているので僕が勝手にそう呼んでるだけ。なんなら同じクラスでもない彼がなぜここに来たのか…どうでもいいか。
改めて机に伏せる。
「おい、勝手に人の名前呼びやがってなんだてめぇ?」
どうやらゴリラが誰かに因縁をつけているようだ。災難なことだ。
「無視すんじゃねぇよ」
ゴリラは武技という授業においては一年の中で上位の成績だった…気がする。
それでも生半可な実力では太刀打ちできないだろう。絡まれた人、ご愁傷様。
「てめぇに言ってんだよこの雑魚がっ!」
机に迫る気配を察し、少し上半身を浮かす。
直後、僕の机は右に吹き飛び、壁にぶつかり派手な音を立てる。
おいまじか。災難な僕、ご愁傷様。
「底辺の癖に無視決め込んでんじゃねぇぞ?」
「ゴリダ君、ちょっとやりすぎじゃ──」
「てめぇは黙ってろ」
取り巻きの一人が制止を呼びかけるが、ぴしゃりと言い放たれた途端に黙り込む。
教室にいた数人もさっきまではどうにかしようとあわあわしていたのに、今ので完全に不干渉を貫く姿勢になったのか、こちらにも視線をよこさず無事お座りしている。
なるほど、ゴリラとゴリダ。確かに似ている。でもそれは勘違いだ。それを弁明すればいい。
「いや、違うんだよさっき言ったのは──」
「なにがちがうんだ?」
「だから──」
「言ってみろよ、えぇ!?」
「さっき言ってのはゴリダじゃなくてゴリラ──」
「言い訳してんじゃねぇぞ!」
ゴリダ、人の話を最後まで聞かない男。
社会という共同体にいる以上、コミュニケーションは必須だ。
過去に、コミュ障という言葉が存在していた。
自分の意見を言って相手の言葉を理解することができる、それがコミュニケーション能力だ。
例えば、面接。
面接者の質問に被験者が自分の意見を答える、これも立派な会話、コミュニケーションになる。
だが実際には、知らない場所でもすぐに友達ができるとか外交的であるとか人に話しかけるといった、コミュニケーション能力とは別のもので測られ、そうでないものをコミュ障だ人見知りだと区別されてきた。
たしかに、声が小さいことや早口で言葉の意図を相手に掴ませないことは会話ではないだろう。
だがそれもコミュニケーション能力とはまた別のものだ。
つまるところ相手の話を最後まで聞いて、それに応答ができるのであればコミュ障じゃない。
逆説的にその機会を与えないこのクソゴリダなんかは完全なコミュ障と言える。
「…はぁ…」
「舐めた態度してっと──」
呆れたため息に、ゴリダが僕の胸ぐらをつかみ、右のこぶしを振りかぶる。
うーん、反撃してもいいが、武力行使は最後の手段かあるいは最大効果を発揮する方が効率がいい。
それなら一発殴られてそれでこいつの気が済むならそれでいいか、そう思っていた直後──
「やめて!」
突如聞き覚えのある声が教室の扉から響きわたる。
気配はわかってたけど来ちゃったか。
叫んだ声の主はセレシアだった。
「ふん、どいてろ」
ゴリダは僕からセレシアに興味が移ったのか、掴んでいた左手で突き放すように解放する。
「いってー!骨が!」
痛くもなんともないが、とりあえず声だけあげてお座り組に罪悪感を与えておこう。
しかしそんなことを知らないセレシアは僕に近づいてこようとする──
「だ、だいじょう──!」
「おいまてよ──お前たしか…セレシア・ヒサギだったな?」
が、ゴリダに阻まれる。どうやらこいつはセレシアのことを知っているようだ。
「そうですけど…なにか?」
「ふーん、そうかそうか。へぇ…」
セレシアは抵抗する視線でゴリダをにらめつけているが、ゴリダはニヤニヤとセレシアの身体、特に胸をなめまわすように見るばかりだ。
「…フッ、たのしみだぜ」
「…!」
ゴリダは何かに満足したのか、訳の分からないセリフと共にセレシアに道を開ける。
しかしセレシアの顔は浮かない面持ちに変わっていた。
セレシアが近づいてくると同時に教室の外からドタバタと数人の足音が近づいてきた。
そしてまた教室に響く声。
「なにをやってるの!?」
「ちっ、お真面目ちゃんかよ…なんでもねーよ」
「ん?」
「……待ちなさい!」
ゴリダは押しのけるよう取り巻きと一緒に教室の外に出ていき、お真面目ちゃんと呼ばれた子も、何人かの連れと一緒に追いかける。
セレシアはそちらを見向きもせず、僕のそばにしゃがみこむ。
「クラウス君大丈夫?」
「うん大丈夫」
「骨折れてるんだよね?」
「え?あぁ、うん。でも大丈夫だよ」
「ダメだよ!足かな…とりあえず救護室行こう?」
折れていた演技を忘れていた……もしかして、自分で折らなきゃいけないのかな?
しかし、やりとりを聞いていたであろうお座り組が心配そうにチラチラとこちらを見ていたから、罪悪感を与えられたのは確実……まぁ、なら折ってもいいか。
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