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序曲

第5話 少女と寝た話

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それから村の適当な家に移動し、「今帰るとあの賊の仲間たちがうろついているからまた狙われるかもしれない」「とりあえず力をつけよう」「眠いから帰る」

 適当な言い訳をまくしたて彼女にはしばらく住んでもらうことになった。 

 そして今朝。身支度を整え、朝食を食べ日課である屋敷での勉強鍛錬を終えたあとに今後に必要であろう色々な物をくすね、バックに詰めると人目に付かないところへ移動し、飛翔すると夕日に染まった空が目に留まる。

「思ってたより遅くなったな」

 この星でも太陽でいいんだろうかなんてことを片隅にあることを考えていた。

 それは彼女を故郷のもとに帰す前に武力を身に着けといた方がいいだろう、と。人に教えるのは得意じゃないが、前世でも特訓をつけたことがある。

 だが、この世界には図り切れない要素が存在する。

 村に到着し、あたりを見渡せば昨夜の死体は綺麗さっぱり消えている。

「魔力おそるべし」

 そう、魔力だ。この世界に当たり前のように存在し、人々はそれを基盤に生活している。

 身体に魔力を流す魔剣士がいるということは魔力は感覚で扱うものと認識していいだろう。

『シン・マケン』も武術の型と魔力の効率的な使い方が変わっただけで本質はこの世界の魔剣士と何ら変わりない。

「うまくいくといいんだけど」

 ぼやきながら歩を進めぼろ家に入ると、彼女は退屈そうに椅子に座っていた。

「やあおはよう」

「…おはよう」

「昨日は眠れた?」

「うん」

「そうか、ならお腹すいてるだろうから食事を作ろう。あと将来的に君だけでも作れるように教えるよ」

「わかった」

 素直にうなずく。

「よし、じゃあとりあえず…」

 バックをテーブルに置き、詰めた荷物を取り出していく。

「すごい、大きな袋…」

「だろう?僕が作ったんだ」

「あなたが…?」

「いちいち取りに行くのは面倒だからね…っと、あったあった。はい」

 目当てのものを取り出し、彼女に手渡す。

「これは…服?」

「おさがりだけど、まだ着れるだろうしもらってきたんだ。あげるよ」

「…ありがとう」

 今着ているのは服とすら呼べないただの布だ。それじゃあ今後に色々と支障が出るだろう。

 彼女はもらった服を大事に抱え、よく見ると顔を少し赤くしていた。

「顔赤いよ?大丈夫?」

「!」

 彼女は勢いよく体の向きをそらし、一言。

「ゆ、夕日のせい…」

 やはり風邪でもひいたのかもしれない。滋養をつけてもらわなくては困る。

「今日は僕が作るから、着替えて待ってて。あと…」

 着替えに行こうとする彼女を引き留める。

「明日からは剣の訓練だ。帰りたいだろうけど、頑張ってね」

「?」

 何を言ってるのかわからない様子で首を傾げている。

 だがこれは双方に利があることだ。

 半年後には『シン・マケン』流の立派な魔剣士になってることだろう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 少女を拾い、なんだかんだ長い間お世話をしてしまった。

 でも何もしなかったわけではない。

 その間に今後のためになるよう3つを指南した。おまけ程度の料理と勉強、注力したのは剣の特訓だ。

 都合上、武を誇示しないという姿勢は彼女には取らなかった。

 もう知られてしまったし、教えるうえでは不都合だからね。

 結果で言えば成功だった。

 とはいえせっかくだからどんなことをやったかを振り返るのべきかもしれない。

 まず最初に教えたことは料理だった。

 なぜなら料理は体系的に知識を得ることができ、さらに器用さも鍛え上げることができる最良の手段だから。料理、やはり料理がすべてを解決する。なんてことはないけど。

 それに対する彼女ははじめこそ覚束なかったが、現在では教えることがないくらいに上達してしまい見事美味い料理を作れるようになっていた。

 最初に教えたオムライスは特に絶品で、たまに食事をふるまってくれるようになった。

 料理は僕より上手くなっていたなんて…あれ、おかしいな。

 それから勉強の成果だが、まず僕のしている勉強とは王国の歴史だとか前世で言う小学生レベルの算数や国語といった退屈なものばかりで、そんなことは彼女も知っているようだった。

 だから勉強では前世での経験を交えたりして教えてみたのだが、功を奏したのか意外にもずいぶんと関心を示し、感心していた。

 基礎的な教養、好奇心は旺盛。

 いい感性を持っている。今後が楽しみだ。

「そういえば今度王都で花火が上がるらしいよ」

「そうなのね…」

 だが、予想外の流れが出来上がった。

 おそらく今回も来るだろう。

「じゃあちょっと休憩してから訓練はじめようか」

「ん、わかったわ」

 剣術の特訓を始める前にいつものようにぼろ家で軽い勉強のような会話が終わり、僕が伸びをしてると彼女の癖なのか袖を引っ張りアピールしてくる。

 それに僕は振り返ると、彼女は蒼みがかった瞳で見つめてくる。

「ん?」

「その…『テッポウ』というものを知ってる?詳しくは知らないんだけど、火薬というものを使う…」

「あー、銃かな?鉄砲でしょ知ってるよ…それがどうかしたの?」

「センタン技術研究都市があるのは知ってるでしょう?あそこでそういうものがあったってこと、昔の話だけど思い出して…」

 心の中だけで「センタン技術研究都市?聞いたことない、というかなんてハイテクそうな名前なんだ…!」と叫ぶだけに留める。

 そしてあとに続くいつものセリフ。

「どういうものか、教えてくれない…?」

 彼女は申し訳なさそうな口調ではいうものの、試すような期待の眼差しを隠しきれていない。

「はは…わかったよ、うーん、まず『鉄砲』というのはさっき言ってた呼び方ってのは『銃』とも呼ばれてて──」

 彼女はこういうことをたまに言い出すことがある。

 きっかけはたまたまだった。彼女の知らないことを補足程度に説明しただけだったのだが、それが好奇心に火をつけたようでこうしてたまにねだってくる。

 名前を知ってはいるものの、どういうものかを知らないときにより詳しく知ろうとするのだ。

 こういう物事に対して知ろうと姿勢は単純に知識が増えるだけでなく、結果として多角的に視点を見る力を養うことができると考えている僕からするとこれは僥倖だった。

 この力は人との相対、つまり駆け引きや勝負においては十分以上なアドバンテージになる。

 なら断る理由はない。でも僕がやったことのないことや知らないことは、ふんわりと曖昧模糊に矛盾がない程度に教えたり、自分で考えるといい、なんて誤魔化したりしている。いまのところバレてなさそうだ。

 でもただ質問してくるだけじゃない。彼女は驚くことに1つのものから関連性を見出し質問をしてくるのだ。

 なにを言ってるのかわからないと思う。僕もわからなかったから。

 例えば今回のは花火。

 何を考えているのか察することのできない表情を常にしている彼女が珍しく、花火の話題を出したときにはどこか悲しそうだったからすぐにうやむやにしたし、そのあとの会話でもの単語すら出していない。

 おそらくだが彼女の中で、花火という単語から、花火が色とりどりな理由として炎色反応、それを構成する化合物つまり火薬。火薬から昔に聞いたという銃を想起したと僕は見ている。

 少なくとも王国において花火があることから火薬は多くはなくとも認知はされているだろう。だが炎色反応については知っている人間がいるのか疑問に思うレベルだが、彼女は知っていたとしても、もう驚きはしない。

 僕はこのことを過去に尋ねたことがある

「それはどこで聞いたの?」

「『外の人』たちが言ってたのを聞いたんだけど…」

 彼女はどことなく愁いを帯びながら答える。

 あまり詳しくは聞いたことはないが、どうやらあの賊にとらえられる前は施設にいたようで、そこでは施設の大人を『外の人』、彼女と同じような子供を『内の人』と呼んでいたらしく、そこで学んだということらしかった。

 人身取引する前に高度な教養を施し、子供の付加価値をあげるなんて倫理観が破滅的で斬新な施設だと感心してしまった。

 今度その施設が他にどんなことを行っているか、見てみるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら彼女からの質問を時折交えた説明が終わる。

「ありがとう。最新の研究だと聞いたから今回は知らないんじゃないかって思ったけど、あなたは、なんでも知ってるのね…」

「ははっ、そんなことないよ…」

「火薬の圧力で物を打ち出す機構…いつかは魔力でも応用が…?」

 魔力で打ち出すか…どうせこの世界のことだ、火薬だけじゃなくてなんやかんやした魔力をどうにかこうにかした魔導銃なんてものが出てくるに決まってる。なにそれかっこいい。

 時代…先取りしちゃうか!

「じゃあその魔力で打ち出す銃の設計図を書いてみるよ」

「…本気?」

「材料さえそろえば簡単さ。今は魔力が使えなくても覚えておくといいよ」

 机の上に紙に適当な設計図とそれっぽい理論を軽くスケッチし、しれっとてっぺんには《魔導銃》とデカく書いておく。

「こんなものかな」

 まさか設計図を描くことになるとは思わなかったけど、穴が開くほど設計図を見つめているところを見るにどうやら彼女はとても喜んでるみたいだ。

「すごい…」

 彼女は一通り目を通すとキラキラした純真な眼差し向けいつものようにおだててくれる。

「もしかしたら火薬式もあなたが…?」

 たまにこんな感じで呟いてありもしない可能性を思案している。

「いつかその場所に…」

 聞き逃してしまいそうな小さいつぶやき。

「もっと、がんばらないと…」

 そして気合を入れ、崇めるようなうっとりと感動した眼差しで見つめてきた。

 正直この視線は背中が痒くなるから苦手だ。

 僕が知っていたのはこの世界の最先端技術ではなく、前世での記憶にある見聞きした知識やそれに関わる現象、覚えていた経験に過ぎない。

 技術を先取りした研究者でも開発者でもなければ当然神様でもなんでもない。ようするに後出しじゃんけんのようなものだ。

 だから彼女の連想力といった発想力のほうが後天では得難い才覚なのは明らかだ。

 しかし虚構だとしても憧憬や信頼は自信やモチベーションを引き上げることがあるのも事実。

 それに現在の自分に影響がなかったとしても時間をかけて将来的に芽吹いていくこともある。

 それは場合によって強い動機や目標にもつながり、先のように気合を入れるのはその表象とも言える。

 であるなら彼女のために、あるいは自分のためにこの演技を続けなければならないのかもしれない。

 …そんな重く考えなくていいか。

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