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第四章 ベリル探しは、キケンがいっぱい⁉

6.おにいちゃんとの約束

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 わたしは、雲の上にたっていた。

『ふわふわのわたあめみたいに見えるけれど、あれは水蒸気が冷えてかたまったものだから、上にのることはできないんだよ』

 そんなことないじゃん、ほら、のれるじゃない。
 まったく、へんなこというなあ、おにいちゃんは。

『ぼくに遠慮しなくていいんだよ。晶は、自分らしく、生きたいように生きてね』

 わかってる、わかってるよ。
 だから、もうしばらく、この雲の上にいさせてよ。ねえ。

「……おにいちゃん」
「誰がおにいちゃんだ」

 淡々とした声に、急に意識が引き戻された。

「えっ、うわ痛っ!」

 声の主を確認しようと頭を動かしたとたんに、猛烈な頭痛に襲われ、わたしは両手で後頭部をおさえた。

「動くな、脳震盪をおこしてる」

「のうしんとう……、えっ、どこここ⁉ 友弥くん、生きてる?」
「オレの部屋だ。生きてる、ふたりとも」

 だんだん、意識がはっきりしてきた。
 そっか。ふわふわしているのは雲じゃなくて、ベッドだったんだ……。

「じいちゃんが、水晶のところで倒れているオレたちを見つけたんだ」
「えっ! 泰平さん、よくわかったね」

 巨大水晶のところで見た影。あれは、泰平さんだったのか!

「意識を失う寸前に、オレが救難信号を出したんだ」

 そう言うと友弥くんは、手首につけたスマートウォッチを指差した。

「……どうして、あんな無茶をした」
「どうして、って……。あのままだったら友弥くん、し、死んじゃうかもって思って」
「おまえも死ぬかもしれなかったんだぞ!」

 急な大声に、びくりと身体がはねた。

「それは、そう、だけど。友弥くんに死んでほしくなかったし」

 しどろもどろになりながらそう言うと、友弥くんはわたしにむかってがくりと頭を下げた。
 前髪が、友弥くんの表情をかくす。

「……悪かった」
「や、いいよ、そんな! わたしが勝手にやったことだから」
「……すまない」
「だから、いいって!」

 押し問答になりかけたそのとき、部屋のドアががちゃりと開いた。

「おお! よかった! 目が覚めたか!」

 泰平さんはわたしに駆け寄ると、ちょっと失礼と言いながら目の前で指をふったり、瞳を確認したりしている。

「もうしばらく休めば、大丈夫そうだね。本当にすまなかったね、晶ちゃん」

 泰平さんがわたしにむかって、ふかぶかと頭を下げた。

「友弥を助けてくれて、ありがとう」
「わっ! 頭をあげてください! そもそも最初に助けられたの、わたしの方なんで!」

 そう。はじめて地下遺跡に転がり落ちたあのとき、友弥くんに出会わなければ、あのまま死んでいたかもしれない。

「それより、友弥くんはもう大丈夫なんですか?」
「ああ。ふたりともマスターに診てもらったが、大事ないそうだ」
「……マスターに?」

 なんでここでマスターが出てくるんだろう。
 首をかしげていると、友弥くんが口を開いた。

「マスター、医師免許もちだぞ、あれでも」
「うえぇっ⁉ 本当に⁉」
「こんなことでウソをついてどうする」

 いや、ウソだとは思っていないんだけど……。
 喫茶店のマスターで、情報屋で、医者。属性が多すぎやしませんか⁉

「マスターが言うには、溜まっていた有毒ガスが、二酸化硫黄だったのが、不幸中の幸いだったそうだ」
「二酸化硫黄?」

 わたしは思わず泰平さんに聞き返す。
 硫黄ならよくわかる。あの、黄色い鉱物だ。
 天然であれだけ鮮やかなまっ黄色になるのは神秘的だよね。温泉としての効能もあるし!
 じゃなくて、えーと……、『二酸化』?

「ああ。火山活動などで排出されるガスでね。大量に吸い込むと呼吸器に異常をきたし、命の危険もあるものなんだが。……ひとつ、ある特徴があってね」

 説明しながら、泰平さんはおでこに冷たいおしぼりをあててくれる。

「二酸化硫黄は空気より重いから、下の方にたまるんだよ。晶ちゃん、ワイヤーガンで空中を移動しただろう? それに、背も高いね。それで、友弥に酸素マスクを譲っても、それほどガスを吸い込まずに、すんだそうなんだ」

 泰平さんの言葉に、わたしは思わず天井をあおいだ。

「……うわ。ひとより背が高いのが、人生ではじめて役に立った……!」

 そうつぶやくと、ずっと神妙な顔をしていた友弥くんが、ぶっとふき出した。
 よかった! ようやく笑った!



 あれからしばらく友弥くんの家で休ませてもらい、お夕飯までごちそうになってしまった。
 うちには『友だちの家で宿題をやっていたら遅くなった』といいわけの電話をし、泰平さんにも口裏をあわせに電話にでてもらった。

 いやあ、演技派だったなあ、泰平さん!

「おい、本当に大丈夫か」
「大丈夫、大丈夫! なんか、ひとよりタフに生まれてるっぽいし」

 心配そうに顔をのぞきこんでくる友弥くんに、わたしはピースサインをしてみせる。
 ぶつけたところは痛むけど、骨ひとつ折れていないんだから、我ながらすごい。
 こんなふうに家までおくってもらって、申し訳ないくらいだ。

「……おまえ、兄貴がいるのか」
「え? ああ、あれね。……いる、というか、いたんだよね。瑛って名前なんだけど、八歳のときに、死んじゃったから」
「悪い。へんなこと聞いた」

 しまった、とばかりに友弥くんが眉根を寄せる。

「いいって! 別に隠してるわけでもないから。わたしたち、双子だったんだけど、おにいちゃんだけ生まれつき身体が弱くてね。わたしはこんな、デカくて頑丈なのにさ」
「……」
「でも、おにいちゃん、頭がすっごく良くて、よく本で読んだこととか、わたしに教えてくれてたの! 化石や鉱石が好きになったのも、おにいちゃんの影響なんだ」
「……そうか」
「おにいちゃんと約束したからねー。『自分らしく生きる』って! だから、全然後悔してないよ、こうやって遺跡探検していること!」
「……そうか」
「友弥くん、さっきから、あいづちが省エネすぎる!」

 『そうか』の三文字で会話をなりたたせようとしている友弥くんの背中を、わたしはパシッとたたいた。
 まあ、なんとなく今までより声色がやさしいから、許してやろう! うん!

「それよりさ、友弥くんに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「あの倒れたときさ、わたしの名前、呼ばなかった? 『逃げろ、晶!』って」
「……呼んでない」
「ウソだー! 絶対、呼んだって!」
「呼んでない!」

 わたしは、からかうように夕暮れの道をかけ出した。
 うしろの方で、友弥くんが何か言っている。なんだろう?

「……、……めんな」
「え、なにー⁉」
「……っ、なんでもねえよ!」
「……友弥くん?」

 友弥くんが、なぜかすこし苦しそうに、シャツの胸元をつかんでいる。
 ……どうしたんだろう。

 夕陽があたりをつつみこむ。
 友弥くんの白い頬が、オレンジ色に染まっていた。
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