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第五章 社畜と本当に大切なもの
17.社畜と偶然再会する作戦
しおりを挟む作戦会議をした翌週、『理瀬と豊洲のららぽーとで偶然再会する作戦』が決行された。
伏見が、豊洲のららぽーとにどうしても行きたい店があるから、以前住んでいた理瀬に案内してもらう、という内容で理瀬を連れ出す。
偶然そこで買い物をしていた俺と照子が、タイミングを見計らってすれ違う。
なぜ照子が必要なのか理解できなかったが、伏見は「男一人でららぽーとで買い物なんて不審だから」と言っていた。ショッピングモールは最強の買い物施設だから独身男性でも普通に寄るし、別にそうでもないぞ。寂しいけど。そんなことを照子に言ったら、「もう一回うちに会いたいんとちゃう?」と言われ、納得した。
なお前田さんには事前にすべて作戦を伝えたが、特に異論はなく「とりあえず任せますわ。ただ、あんまり人前で目立つことはせんようにお願いします。誰が見とるかわかりませんからなあ」とのことだった。
約束の午後二時ごろ。俺は照子と指定されたベンチに座り、伏見からの連絡を待っていた。
「なんか、スパイみたいやな」
「そういうもんだからな」
照子と雑談をしていたら、伏見から「今です」とLINEが送られてきた。
「行くぞ」
「はいはい。理瀬ちゃんと会えるん楽しみじゃ」
少し緊張していたが、照子がはきはきと歩いていたので、俺はなんとか一般的なショッピングモールの客らしい歩き方ができた。照子を連れてきてよかった。
人混みにまぎれて、二人の、よく似た若い女性が歩いていた。
伏見と、理瀬だった。
並んでみると、二人はよく似ている。服装はぜんぜん違うのだが、身体的には胸の大きさくらいしか違わない。伏見はカジュアルなスカート姿だったが、理瀬はパーカーにジーンズという、いつか見たミニマリスト的な格好だった。
「あれ、宮本さん?」
伏見がわざとらしく声をかけ、俺と照子は立ち止まった。
「伏見さん、と……理瀬、だよな?」
この作戦、理瀬には事前に何も言っていない。
だから、理瀬は驚くと思ったのだが、全く動じなかった。
というか、俺の顔をはっきり見ようとしなかった。連れが別の知り合いに会った時のように、他人事だと決め込んでいるようだった。
この二人で豊洲に行くのは初めてだから、もしかしたら理瀬は感づいていたのかもしれない。それにしても、想像以上の冷たい反応だ。
「理瀬ちゃん、宮本さんだよ。ちょっと前までお世話になってたんでしょ」
「……はい。お久しぶりです」
やっとこちらを見て話したものの、やはり他人行儀で、つい最近までの親密な感じではなかった。
「りっせっちゃーん! ひさしぶりーっ!」
そんな硬い空気をぶち壊すべく、照子が理瀬にいきなりハグをした。さすがに理瀬は少し驚いたが、「こんなところで恥ずかしいからやめてください」と、すぐに引き離してしまった。
俺も照子も、理瀬の硬さには面食らってしまった。
「あはは。せっかくだからちょっとお茶しましょうよ」
伏見が言う。もちろん最初から、どこかでゆっくり話すと決めていた。伏見はこうなることを予想していたようで、一番落ち着いていた。
「うち、パンケーキ食べたい!」
照子には、特に何も言っていない。ただ食欲が強いだけだ。
「あはは。じゃあ、あそこのカフェにしましょう」
作戦通り、近くにあったカフェに四人で入った。以前、エレンと理瀬と俺で入ったことのある、パンケーキで有名な店だった。
注文の時、照子は真っ先に一番大きなパンケーキを選んだ。俺はコーヒーだけ。伏見は、チーズケーキと紅茶。そして理瀬は、
「何もいらないです。食欲もないので」
という、友人どうしのティータイムにはとても似つかわしくない返事だった。店員にワンドリンク制だとたしなめられ、仕方なく紅茶を頼んだ。
周囲の機嫌を気にせず、一刻も早くこの場を去りたい、という意思が読み取れた。
理瀬の威圧感すらある態度のせいで、一瞬テーブルの雰囲気が暗くなったが、パンケーキにはしゃぐ照子のおかげでなんとか持ち直した。
理瀬は、伏見と俺の関係はほとんど知らないので、そのことを中心に話した。相性がいいのではないかと言われ古川に交際を勧められたが、今はもう付き合うつもりはない、という状況を説明した。俺と遊んでいる間に照子と伏見の間にも交流が生まれ、今は仲がいい事も付け加えた。
しかし、理瀬は全く興味なさそうで、相槌もほとんど打たなかった。
「うーん……?」
あまりの変わりように、照子が唸っていた。可愛げがあり、ほとんどの相手をハイテンションに巻き込める照子がここまで苦戦するのは珍しいことだった。このまま放っておいたら、照子が理瀬のことを理解できず、精神崩壊してしまうような気がした。
「そろそろ帰るか。理瀬、まだあんまり元気ないみたいだし」
俺が言うと、伏見は意外そうな目で俺を見た。この機会に色々聞き出したい、と事前に言っていたのに、諦めるのが早いのではないか、と言いたいのだろう。
しかし俺としては、理瀬がこんな状況で長く話しても、あまり意味がないと思った。
「そ、そうですね。食べ終わりましたし、そろそろ帰りましょうか」
伏見は何度もアイコンタクトを送ってきて、本当にそれでいいのか確認してきた。俺がうなずいたので、結局、伏見の提案で解散することになった。
それぞれ個別に、ただし理瀬のぶんは伏見が支払って会計を終え、店の前で解散することに。
「あー、おトイレ行きたい。京子ちゃん一緒にいこ」
「あっ、はい」
照子が急に、伏見を連れてどこかへ向かった。どう考えても俺への配慮だった。
「理瀬ちゃんと剛はそこにおってな! 違うところ行かれたらうちが迷子になるんじょ」
少し不器用な気もしたが、二人だけの時間が作れるなら、それで十分だった。
俺は言われたとおり、照子の指差した通路のソファに座った。理瀬は座ろうとせず、立ったままスマホをいじっていた。
「座りなよ」
俺はそう言ったが、理瀬は無視しているかのようにスマホをいじり続ける。
「お互い背中を向けて座れば、知り合いだとは思われないよ」
これが俺の、理瀬にできる最後の提案だった。
古川から、俺に会うなと言われている理瀬は、その言いつけを守らなければならない。今回は不可抗力だが、それでも積極的に会話をしてはいけない、と理瀬は考えているのだ。というか、そうであってほしい。そうでなければ、本当の意味で俺のことを嫌いになっている可能性を考えなければならない。
「……わかりましたよ」
理瀬が、俺と反対側のソファに座ってくれた。その瞬間、俺は安心して泣きそうな子供のような顔になったのを隠すため、深いため息をつきながら、燃え尽きたボクサーのようにうなだれた。
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