上 下
80 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

19.社畜と女子高生と恋人の聖地

しおりを挟む


 室戸岬の駐車場を出たあと、山の上にある最御崎寺の駐車場へ向かった。アクセルをベタ踏みできるほどの激坂で、登れば登るほど海が遠くまで見渡せる。こんな気持ちいい場所を無視して帰るのは、たしかに損だ。入念に調べてから行動する理瀬が正しかった。


「とんでもない山だな。お遍路さんは大変だなあ」

「そういえば、お遍路さんまだ見てませんよ」

「昔は白衣と傘と金剛杖をそろえて歩く人も多かったんだけど、最近めっきり減ったな。歩きでしか通れない山道があるから、正当な遍路道を通るには歩くしかないんだが、一応全部のお寺へ車で行けるからな」

「そういうものですか」


 最御崎寺の駐車場には、大量の猫がいた。俺は知らなかったが、ネットではほんの少しだけ有名らしい。ツイッターでちょっとリツイートが流行ったくらいだが、そこは理瀬の猫に対するアンテナが高いのだ。

猫たちは人馴れしているようで、車を降りて少し歩くと、猫の方から近寄ってきた。

 理瀬は猫たちに挨拶したり、モフったりして楽しんでいた。


「これが目的だったのか?」

「ついでですよ。サブちゃんが亡くなって以来、猫に触れてなかったのでちょっとうれしいだけですよ……あっ、なんか変わった猫ちゃんがいますよ」


 理瀬が指差した方向に、茶色い猫と同じくらいの小動物がいた。こちらに近づこうとしていたが、俺たちが気づいたことにその小動物も気づいたらしく、走って逃げていった。


「ぶっ、あれはタヌキだよ」

「えっ、狸ですか? 野生で生息してるんですね。動物園だけだと思ってましたよ」

「山の中だからな。鹿とかイノシシとか、割とよく見かけるぞ」


 理瀬を笑ってやったが、猫の群れに溶け込んだタヌキはたしかに見分けづらく、俺も一瞬猫だと勘違いした。猫の群れに混じって餌のおこぼれを狙っていたに違いない。タヌキに化かされる、とはこの事か。

 猫とじっくり遊んだあと、俺達は最御崎寺の門をくぐった。


「ここが二十四番ってことは、二十三番の薬王寺からここまで距離があるのか……」


 門の看板を見て驚く俺を、理瀬が怪訝そうに見ている。


「四国遍路最大の難所、らしいですよ」

「だろうな。一番から五番くらいまではハイキング気分で歩ける距離なのになあ」

「えっ、そんなに近いんですか。他もここと同じくらい遠いのかと思ってました」

「仮にそうだったら四国十週しても足りねえよ。ここが異常なんだ。今は綺麗な道があるから、だいぶ楽だろうけどな。それでも歩いたら丸一日かかるだろうな」


 そんな雑談をしながら、せっかく来たので本堂に参拝した。


「……ここには『地獄』はないですよね?」

「あんなの薬王寺だけだろ。とりあえず灯台まで行こうぜ」


 灯台の周辺は展望台になっていた。俺たちの他には誰もいない。昼間なので灯りはついていなかったが、巨大で幾何学的なレンズがよく観察できた。光ったらとんでもない明るさになるだろうな、と俺は思った。

 海の眺めもよかった。高い場所なので、さっきよりずっと遠くまで見渡せた。俺と理瀬はしばらく無言で、その壮大な景色を味わっていた。


「あの、宮本さん」


 しばらくすると、理瀬が展望台に設定されてある小さな石碑に気づいた。


「何だ?」

「恋人の聖地、らしいですよ」


 その小さな石碑はハートマークで、たしかに『恋人の聖地』と書かれていた。恋人とこんな遠いところまでドライブしたら絶対車中で喧嘩してまうわ、と俺は心の中でツッコミを入れた。


「あの、せっかくなのでこの石碑と一緒に写真撮りませんか」

「はっ? 俺たち、恋人ではないだろ」

「一人で撮るのは寂しすぎますよ」

「それはそうだが、そんなもんエレンに見られたら通報されちゃうだろ」


 俺がぐだぐだと言い訳を述べていたら、理瀬は無理やりぐっと俺の顔に近づき、スマホでセルフィーを撮った。俺と理瀬の顔、恋人の聖地の石碑が綺麗に並んだ、いい出来の写真だった。いつの間にセルフィーのスキルなんか身につけたんだろう。まあ、おっさんより女子高生の方が得意そうではある。


「どうするんだよ、その写真」

「どうもしませんよ。二人でここへ来た記念ですよ」


 いまさら俺との写真を撮りたがる理由なんて全くわからないのだが、理瀬が満足そうだったのでとりあえず放置することにした。イ○スタにアップするとも思えないし。最悪、エレンにさえばれなければ俺の身は持つだろう。

 こうして、俺達は室戸岬を堪能し、帰路についた。


** *


行きの道中ではしゃいだら、帰りは疲れて話す気力もなくなる、と決まっている。旅行の常だ。

室戸岬から徳島市まで、途中トイレ休憩のために何件かコンビニに寄った以外は、ほとんど無言で過ごした。俺が「寝ててもいいぞ」と言ったので、理瀬は半分くらい寝ていた。もう半分はスマホを触っていた。

俺はというと、久しぶりに愛車でロングドライブができたこともあり、室戸岬への旅には満足だった。距離的には千葉から徳島までの移動の方がずっと長いが、室戸岬への道は急カーブの続く山道や海沿いのワインディングロードなど、気持ちよく走れるところが多かった。俺は運転するのが好きだから、これで十分ストレス解消になる。

ただ、理瀬に俺の過去を教える、という目的は果たせていない。俺が若い頃のマインドを教えてほしいという話だったから長いドライブ旅行をしたものの、ただの地元案内になってしまっている。理瀬が納得したとは思えない。

クールで他人にそこまで強くあたらない理瀬のことだから、俺がこの年末年始の連休で理瀬に何かを伝えられなくても、怒られはしないだろう。俺のせいというより、どういうものを教えてほしいのか明確に伝えられなかった理瀬のほうが悪いのだと思って、俺に謝罪するまである。せっかく遠くまで来たのだから、理瀬が望んでいるものを与えたい、という気持ちはあるのだが。

悶々としながら車を走らせているうちに、徳島市に入る前の渋滞にはまった。いつもの渋滞ポイントだ。時計を見ると、午後七時。外は暗かった。


「晩飯、決まってるのか?」

「特に決まってませんよ」

「じゃあ無難に、徳島県名物の徳島ラーメンでも食うか」

「それでいいですよ」


俺は脳内で好きな徳島ラーメン店を検索した。徳島ラーメンは豚骨醤油ベースですき焼き風の肉が入った独特なラーメンで、徳島市内にはかなりの店がある。価格は六百円くらいで、東京にある千円超えのラーメンと比べれば全然安い。

久しぶりに徳島ラーメンを食いたい俺は、お気に入りの店を頭の中で選び、そこへ向かうつもりだった。

しかし、渋滞で停車している時、道沿いにあった怪しいネオンのレストランを発見して、急に気が変わった。


「理瀬。ラーメン、やっぱやめていいか?」

「なんでもいいですよ。何を食べるんですか?」

「んー、何でもあるレストランだな」

「ファミレスですか?」

「いや、ファミレスではない。あれだよ」


 俺が怪しい七色のネオンの建物を指差すと、理瀬は顔を引きつらせた。


「あ、あれって、もしかして男女で入るホテル……」

「バカ、違うよ、レストランつってんだろ。まあ行けばわかる」


 俺は渋滞から抜け、怪しいネオンが光るレストランに車を停めた。

 あえて店名は伏せるが、徳島県民には有名な昔からあるレストランだ。創業以来二十四時間営業を続けていて、コンビニがなかった頃は不良のたまり場にもなっていたらしい。

 店の周囲には裸婦像など、西洋の彫刻が飾られている。いかにも怪しげで、理瀬は最初、店に入るのをためらった。


「心配すんな、中は普通のレストランだから」


 店内は古い洋風スタイルで、趣がある。店員さんに案内され、俺達は六人くらい座れそうなL字ソファの席に案内された。

 席につくと、理瀬はメニューより先に壁に張り巡らされている謎の電線に注目した。


「あれ、なんですか」

「ああ、マイナスイオンが発生してるらしい」

「本当ですか?」

「放電して電荷与えてるんだから、発生してると思うぞ」

「マイナスイオンになんの意味があるんですか」

「免疫力がついて元気になるらしいぞ」

「……あの、この店のどこが普通のレストランなんですか? 怪しすぎますよ」


 やっぱり、普通のレストランだとは思ってくれなかったか。何度もここを利用していた俺の感覚がおかしかったのだ。


「この店はなあ、高校時代に照子たちとやっていたバンドでよく来てた店なんだよ」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

処理中です...