上 下
73 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

12.社畜とクリスマス修羅場

しおりを挟む


「私の一番好きな人は……まだ、よくわからないんですよ」


 理瀬の回答は、当たり障りのないものだった。

 しかし、答えている様子が少しヘンだった。誰とも目を合わそうとせず、あからさまに違う方向を見ていた。少しだけ、顔が赤い。まさか間違えて酒を飲んで酔ったのか、とも思ったが、理瀬が飲んでいたのは間違いなくオレンジジュースだった。


「そんなもんだよ。私だって、高校時代は陸上ばっかりで、好きな人とかいなかったもん」


 篠田が理瀬の肩をたたき、慰めようとする。酔ってきたのか、ボディタッチを積極的にしている。理瀬がそれにひるんでいて、なんか微笑ましい。


「そういうもの、ですか」

「そういうものだよ。そういうもの、そういうもの」

「ほほーん。まあそういう子に限って、ほんまは好きな人おるけど隠したりするんよな。すでに彼女がおる男やけん手が出せんくて、そもそも彼女がおる男を好きになってしもうた、っていうこと自体、恥ずかしくて口に出せんかったりしてな」


 納得しかけていた理瀬に、照子が背後から突き刺すような言葉をかけた。けらけら笑っている照子は、どこかカマをかけているような感じがある。

 理瀬は飲みかけていたオレンジジュースが変なところへ入ったらしく、けっこうな勢いでむせた。


「おいおい、大丈夫かよ」


 辛そうだったので、俺がチェイサーに用意していた、まだ口をつけていない水を飲ませる。


「ご、ごめんなさい、宮本さん」

「なあ、好きな人いるんだったら、言っちゃえよ」

「は、はい?」

「どうせここのメンツは知らない男だろ。その男に、理瀬が好きだってバレる心配はないぞ」


 理瀬が好きな人を隠しているとすれば、それは本人にバレることを恐れているため。俺はなんとなく、そう考えていた。最近性格が変わってきたとはいえ、理瀬はものごとを論理的に捉える。冷静にリスクを考えたら、自分の意図しないところで本人に伝わる、というのが最も大きいと思う。

 だからそう言ってみたのだが、理瀬は顔を赤くしたまま、何も言わない。


「もしかして……リンツ君が好きなのか?」

「それはないですよ。私、そもそもリンツ君とは数えるほどしか会ったことないですよ」

「宮本さん、理瀬ちゃんに絡むのやめてください」


 俺が理瀬からなんとか話を聞き出そうとしていたら、篠田に止められた。照子も、真顔で俺を見ている。というか、引いている。


「剛、いつからほんなうざい絡み方するようになったん?」

「えっ、今の俺、そんなにうざかった?」

「アラサーのおじさんが女子高生に好きな人聞くとか、セクハラじゃないですか」


 二人から非難され、俺はショックを受ける。酔っていたとはいえ、自分がただのうざいおっさんになっていたことに気づかなかった。


「ってか、剛、理瀬ちゃんの好きな人、ほんなに気になるん?」

「いや、まあ俺はいいんだけど、恥ずかしがる理瀬が面白かったから」

「最低!」


 ますます顰蹙を買う俺。言葉で名誉回復するのはあきらめ、「大変申し訳ありませんでした!」と叫びながらジャンピング土下座を決めた。


「べ、別にいいですよ……ちょっと、どきどきしましたけど」


 理瀬はそう言って、とりあえず俺を許してくれた。

 それからしばらく、話題はそれぞれの最近の話になった。照子が最近出ているテレビ番組の裏話、篠田の仕事が忙しいという話、俺の仕事が忙しいという話……

 どう考えてもアラサーたちの愚痴合戦だったのだが、理瀬は自分の知らない世界に興味津々だから、それなりに聞いてくれた。

 愚痴を話せば話すほど、酔いはよく回るもの。俺は途中から抑えたが、篠田と照子はどんどん深く酒にはまっていた。なぜか二人で肩組んでるし。

 八時を回ったところで、理瀬がケーキを準備した。ドイツらしいブッシュ・ド・ノエルで、照子と篠田は何枚も写真を撮り、インスタに上げていた。

 ケーキを食べている時も、照子と篠田は酒を飲み続けていた。かなり酔っているようだ。


「お前ら二人、そんなに酔って家まで帰れるのか?」

「わからーん」「わかりませーん」


 ダメだこいつら、早くなんとかしないと……


「あっ、今日は泊まっていっていいですよ。ベッド一つしかないですけど、シーツは綺麗にしておきましたよ」

「きゃーありがとー! 理瀬ちゃん大好き!」


 篠田が理瀬に抱きつき、つられて逆サイドから照子も抱きつく。

 もう俺が止められるレベルではなさそうだが、大人としてはそろそろイエローカードを切らなければならない。


「おいおい、酒臭いから離れろよ」

「いいですよ、別に……わざわざここに来てくれて、嬉しいので」

「ベッド一つしかないん? ほな私と篠田ちゃんがベッド使って、剛はソファやな」

「俺は帰るよ。ってか、お前らも帰れるんなら帰れ」

「帰れん!」「無理です!」


 完全に酔いちらかした大学生のノリだ。こんなダメな大人を連れてきてしまったこと、後で理瀬に謝らないとな。本当なら、女子高生どうしで女子会のほうが健全なんだし。

 もう食後のケーキを食べ終えたので、俺は身支度を始めた。鞄をとろうと席を立った時、指先を机に思い切りぶつけてしまった。


「ぬおおおおおお」

「だ、大丈夫ですか?」

「ぎゃははは! 剛、めずらしく酔うとるなあ」


 心配する理瀬と、げらげら笑う照子。照子のことがうざかったが、かなり痛いので動けない。


「まあ、一回お水でも飲みなよ。ほれ、ぐいっと」

「うーん……」


 照子がグラスに透明な液体を注ぎ、俺はやけっぱちで一気に飲んだ。

 それがいけなかった。

俺は照子という女を甘く見ていた。こいつは昔から、やられてばかりの女ではない。照子の行為には、必ず何らかの代償が求められていた。思い返せば、照子と何度も体を重ねたのは、単に快楽のためではなく、「俺は照子が好き」ということを染み込ませるために照子自身が誘導したもので……

ああ、なんか、急に思考がバグってきたぞ。


「お前、これスピリタスじゃねえか!」

「ぎゃははは! ひっかかった! ひっかかった!」


 スピリタス。

 ポーランド原産のウオッカの一種で、七十回を超える蒸留によりアルコール濃度が九十六パーセントまで高められた、究極の酒。

 大学時代、俺がどれだけ飲んでも酔わないので、バンド仲間に一度飲まされた。酒というよりただのエタノールであるスピリタスを飲んだ俺は、流石に酔ってしまい、記憶をなくした。俺が酒で記憶をなくしたのは、その一回だけだった。


「スピリタスって、このお酒ですか?」


 篠田がボトルを手に取り、アルコール度数の表示を見てぎょっとする。


「ほうじゃ。見て、これ勝手に蒸発するんじょ!」


 照子が少しだけスピリタスを手のひらに出し、「アルコール消毒!」といって手に塗った。かなり揮発性が高いので、すぐに手のひらから消える。ちなみに飲む時は火気厳禁。そもそもこんな酒を飲みたい、と思う奴はいないだろうが。


「酒で、遊ぶんじゃねえ~」


 俺はそれを止めようと移動したが、足元がおぼつかず、近くにいた篠田にもたれかかってしまった。


「えっ!?」

「あーっ! 篠田ちゃんにエロいことしよる! 付き合ってもないのに!」

「なに~? 付き合ってもない時に俺とやろうとしたお前が言うんじゃねえ」

「ぶっ! ほれは剛が篠田ちゃんに振られた直後で、可愛そうやったけんじょ! しかも剛が全然勃たんくてできんかったし!」

「……今の話、詳しく聞かせてもらっていいですか?」


 篠田の目がマジで怒っている。やばい。酔いが回りすぎて重力を感じないレベルだが、篠田がキレそうなことだけはわかる。


「俺は、篠田が、大好きだったからなあ~。ショックだったんだよ」

「……はあ!?」


 まともな言葉が出てこない。酔うと、本音を隠さず、しかも誇張して言ってしまうから、その発言は間違っていない。俺は篠田を好きになろうとして、実際少しの間はこの子を愛そう、と決めていたのだ。間違いではない。


「俺のどこがダメだったんだよ~」

「ちょっ、照子さん、この人大丈夫なんですか? こんなに酔ったところ、見たことないんですけど」

「わからーん。うちも初めて」

「ああ、照子、お前俺にひどいことしやがって、おしおきだな」

「ひっ!?」


 この時点では、もう完全に酔っていたので、明確な記憶はないのだが。

 俺は立ち上がり、照子をソファの上に押し倒した。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...