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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
12.社畜とクリスマス修羅場
しおりを挟む「私の一番好きな人は……まだ、よくわからないんですよ」
理瀬の回答は、当たり障りのないものだった。
しかし、答えている様子が少しヘンだった。誰とも目を合わそうとせず、あからさまに違う方向を見ていた。少しだけ、顔が赤い。まさか間違えて酒を飲んで酔ったのか、とも思ったが、理瀬が飲んでいたのは間違いなくオレンジジュースだった。
「そんなもんだよ。私だって、高校時代は陸上ばっかりで、好きな人とかいなかったもん」
篠田が理瀬の肩をたたき、慰めようとする。酔ってきたのか、ボディタッチを積極的にしている。理瀬がそれにひるんでいて、なんか微笑ましい。
「そういうもの、ですか」
「そういうものだよ。そういうもの、そういうもの」
「ほほーん。まあそういう子に限って、ほんまは好きな人おるけど隠したりするんよな。すでに彼女がおる男やけん手が出せんくて、そもそも彼女がおる男を好きになってしもうた、っていうこと自体、恥ずかしくて口に出せんかったりしてな」
納得しかけていた理瀬に、照子が背後から突き刺すような言葉をかけた。けらけら笑っている照子は、どこかカマをかけているような感じがある。
理瀬は飲みかけていたオレンジジュースが変なところへ入ったらしく、けっこうな勢いでむせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
辛そうだったので、俺がチェイサーに用意していた、まだ口をつけていない水を飲ませる。
「ご、ごめんなさい、宮本さん」
「なあ、好きな人いるんだったら、言っちゃえよ」
「は、はい?」
「どうせここのメンツは知らない男だろ。その男に、理瀬が好きだってバレる心配はないぞ」
理瀬が好きな人を隠しているとすれば、それは本人にバレることを恐れているため。俺はなんとなく、そう考えていた。最近性格が変わってきたとはいえ、理瀬はものごとを論理的に捉える。冷静にリスクを考えたら、自分の意図しないところで本人に伝わる、というのが最も大きいと思う。
だからそう言ってみたのだが、理瀬は顔を赤くしたまま、何も言わない。
「もしかして……リンツ君が好きなのか?」
「それはないですよ。私、そもそもリンツ君とは数えるほどしか会ったことないですよ」
「宮本さん、理瀬ちゃんに絡むのやめてください」
俺が理瀬からなんとか話を聞き出そうとしていたら、篠田に止められた。照子も、真顔で俺を見ている。というか、引いている。
「剛、いつからほんなうざい絡み方するようになったん?」
「えっ、今の俺、そんなにうざかった?」
「アラサーのおじさんが女子高生に好きな人聞くとか、セクハラじゃないですか」
二人から非難され、俺はショックを受ける。酔っていたとはいえ、自分がただのうざいおっさんになっていたことに気づかなかった。
「ってか、剛、理瀬ちゃんの好きな人、ほんなに気になるん?」
「いや、まあ俺はいいんだけど、恥ずかしがる理瀬が面白かったから」
「最低!」
ますます顰蹙を買う俺。言葉で名誉回復するのはあきらめ、「大変申し訳ありませんでした!」と叫びながらジャンピング土下座を決めた。
「べ、別にいいですよ……ちょっと、どきどきしましたけど」
理瀬はそう言って、とりあえず俺を許してくれた。
それからしばらく、話題はそれぞれの最近の話になった。照子が最近出ているテレビ番組の裏話、篠田の仕事が忙しいという話、俺の仕事が忙しいという話……
どう考えてもアラサーたちの愚痴合戦だったのだが、理瀬は自分の知らない世界に興味津々だから、それなりに聞いてくれた。
愚痴を話せば話すほど、酔いはよく回るもの。俺は途中から抑えたが、篠田と照子はどんどん深く酒にはまっていた。なぜか二人で肩組んでるし。
八時を回ったところで、理瀬がケーキを準備した。ドイツらしいブッシュ・ド・ノエルで、照子と篠田は何枚も写真を撮り、インスタに上げていた。
ケーキを食べている時も、照子と篠田は酒を飲み続けていた。かなり酔っているようだ。
「お前ら二人、そんなに酔って家まで帰れるのか?」
「わからーん」「わかりませーん」
ダメだこいつら、早くなんとかしないと……
「あっ、今日は泊まっていっていいですよ。ベッド一つしかないですけど、シーツは綺麗にしておきましたよ」
「きゃーありがとー! 理瀬ちゃん大好き!」
篠田が理瀬に抱きつき、つられて逆サイドから照子も抱きつく。
もう俺が止められるレベルではなさそうだが、大人としてはそろそろイエローカードを切らなければならない。
「おいおい、酒臭いから離れろよ」
「いいですよ、別に……わざわざここに来てくれて、嬉しいので」
「ベッド一つしかないん? ほな私と篠田ちゃんがベッド使って、剛はソファやな」
「俺は帰るよ。ってか、お前らも帰れるんなら帰れ」
「帰れん!」「無理です!」
完全に酔いちらかした大学生のノリだ。こんなダメな大人を連れてきてしまったこと、後で理瀬に謝らないとな。本当なら、女子高生どうしで女子会のほうが健全なんだし。
もう食後のケーキを食べ終えたので、俺は身支度を始めた。鞄をとろうと席を立った時、指先を机に思い切りぶつけてしまった。
「ぬおおおおおお」
「だ、大丈夫ですか?」
「ぎゃははは! 剛、めずらしく酔うとるなあ」
心配する理瀬と、げらげら笑う照子。照子のことがうざかったが、かなり痛いので動けない。
「まあ、一回お水でも飲みなよ。ほれ、ぐいっと」
「うーん……」
照子がグラスに透明な液体を注ぎ、俺はやけっぱちで一気に飲んだ。
それがいけなかった。
俺は照子という女を甘く見ていた。こいつは昔から、やられてばかりの女ではない。照子の行為には、必ず何らかの代償が求められていた。思い返せば、照子と何度も体を重ねたのは、単に快楽のためではなく、「俺は照子が好き」ということを染み込ませるために照子自身が誘導したもので……
ああ、なんか、急に思考がバグってきたぞ。
「お前、これスピリタスじゃねえか!」
「ぎゃははは! ひっかかった! ひっかかった!」
スピリタス。
ポーランド原産のウオッカの一種で、七十回を超える蒸留によりアルコール濃度が九十六パーセントまで高められた、究極の酒。
大学時代、俺がどれだけ飲んでも酔わないので、バンド仲間に一度飲まされた。酒というよりただのエタノールであるスピリタスを飲んだ俺は、流石に酔ってしまい、記憶をなくした。俺が酒で記憶をなくしたのは、その一回だけだった。
「スピリタスって、このお酒ですか?」
篠田がボトルを手に取り、アルコール度数の表示を見てぎょっとする。
「ほうじゃ。見て、これ勝手に蒸発するんじょ!」
照子が少しだけスピリタスを手のひらに出し、「アルコール消毒!」といって手に塗った。かなり揮発性が高いので、すぐに手のひらから消える。ちなみに飲む時は火気厳禁。そもそもこんな酒を飲みたい、と思う奴はいないだろうが。
「酒で、遊ぶんじゃねえ~」
俺はそれを止めようと移動したが、足元がおぼつかず、近くにいた篠田にもたれかかってしまった。
「えっ!?」
「あーっ! 篠田ちゃんにエロいことしよる! 付き合ってもないのに!」
「なに~? 付き合ってもない時に俺とやろうとしたお前が言うんじゃねえ」
「ぶっ! ほれは剛が篠田ちゃんに振られた直後で、可愛そうやったけんじょ! しかも剛が全然勃たんくてできんかったし!」
「……今の話、詳しく聞かせてもらっていいですか?」
篠田の目がマジで怒っている。やばい。酔いが回りすぎて重力を感じないレベルだが、篠田がキレそうなことだけはわかる。
「俺は、篠田が、大好きだったからなあ~。ショックだったんだよ」
「……はあ!?」
まともな言葉が出てこない。酔うと、本音を隠さず、しかも誇張して言ってしまうから、その発言は間違っていない。俺は篠田を好きになろうとして、実際少しの間はこの子を愛そう、と決めていたのだ。間違いではない。
「俺のどこがダメだったんだよ~」
「ちょっ、照子さん、この人大丈夫なんですか? こんなに酔ったところ、見たことないんですけど」
「わからーん。うちも初めて」
「ああ、照子、お前俺にひどいことしやがって、おしおきだな」
「ひっ!?」
この時点では、もう完全に酔っていたので、明確な記憶はないのだが。
俺は立ち上がり、照子をソファの上に押し倒した。
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