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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
5.社畜と泥沼女子トーク
しおりを挟む「えー、げほっ、何それ最高じゃん、げほっげほっ、山崎さんイケメンだし優しいし出会い方も完璧だし付き合っちゃえばいいじゃん、げほっげほっげほっ」
理瀬が話し終えた後、エレンが楽しそうに言った。長い間理瀬がエレンの腹の上に乗っていたせいで、若干むせている。
「返事はどうしたんだ?」
「考えさせてください、って言って、待ってもらってますよ」
俺はエレンと違い、慎重に話を聞いていた。高校生と大学生を経験済みの俺からすると、あまり上手くいくとは思えない。高校時代に先輩後輩で付き合っても、片方が大学に進学した後自然消滅するパターンも多い。高校生と大学生というのは、近いようでしっかり断絶されている。
俺としては、どうせ彼氏を作るならエレンのように高校生どうしがいいと思う。が、これはおっさんのお節介かもしれず、理瀬には言えなかった。
「付き合っちゃいなよ。私が代わりにLINEしてあげよっか?」
「それはやめて」
「あんまり待たせちゃうと可愛そうだよ。まあ、待たせてる時点で脈なし、ってのは伝わってると思うけど」
「そ、そうなの?」
「告白に対して時間をください、って返事の時は、九割方あとで断られるらしいよ。だから山崎さんも諦めてるんじゃない?」
「明日、バイトで会うんだけど……」
やはり理瀬は、まだ態度を決めかねているようだ。
「なあ、理瀬。何か心配なことがあるのか? 正直に言ってみな。本人に知られる訳じゃないんだから、何でも言いなよ」
「うーん」
俺がそう言っても、理瀬はまだ煮え切らない態度だった。
「その、今更なんですけど……私、ちょっと、男の人が怖くなってきたんですよ」
「男が怖い? おじさんと一緒に住んでたのに?」
「宮本さんは大人だから、悪いことしないよ」
大人でも女子高生相手に悪いことするやつはいるけどな……と俺は思ったが、エレンに通報されそうなので口に出さなかった。
「怖いってどういうこと? 理瀬、学校では男子とも普通に話してるよね?」
「自分でもうまく説明できないのだけど……告白した時の山崎さん、いつもと違う人のような気がしたのよ」
多分、理瀬は山崎の下半身からあふれる邪悪なオーラを感じ取ったのだろう。直感の強い子だから、男がエロモードに切り替わった瞬間それを察しても、おかしくはない。
男の告白なんて大体そんなものだ。ヤリたいと思わずに彼女を作りたい、と思う奴はいない。「君がいいと思うまで待つよ」とか表面上優しい言葉を言う奴もいるが、裏を返せば最終的にはヤリたいという意味に違いない。
山崎という男を悪くは思わない。ただ、女子高生の彼女を作りたいだけなら、理瀬みたいなのは避けるべきだったと思う。
女子高生は大人びた男に憧れるから、男子大学生にころっと落ちることも多い。
エレンみたいに単純な女子高生を選べばよかったのに。勘がいい理瀬を相手にしてしまったから、こうして怪しまれている。
「いつもと違う? なんで?」
「だから、わからないって言ってるのよ」
「おじさんわかりますか?」
「何となく、な。エレンちゃんにもわかるんじゃないか?」
「えっ?」
「彼氏のリンツ君、雰囲気変わる時あるだろ?」
エレンは数秒考えて、「……あっ」と察してくれた。
「理解しました。山崎許すまじ。殺す」
「えっ、なんでそうなるの?」
「まあ落ち着けよ」
急に鬼の形相になったエレンを、理瀬と俺がなだめる。
「どういうことなの……?」
「うーん、なんて言えばいいのかな。理瀬、たとえば山崎さんとキスしたり、エッチしたりするところ想像できる?」
「えっ。無理、絶対無理よそんなの」
普段はちょっとでも性的な言葉なんて絶対言わないのに、女同士だとどストレートに言うの、男が聞くとドキドキするよね。
それはともかく、いきなり刺激的なことを言われた理瀬は顔を真っ赤にしていた。
「そういうとこだよ。男の人と付き合う以上は、そういうこと求められるの。理瀬はまだそういうイメージができてないんでしょ?」
「んー……」
「そういうのが嫌なら、『付き合うけど、そういう事は高校卒業まで一切しない』って言うのもありだよ? 実際、男子から告白されて、そう返事する女子いるから。それで試せるでしょ?」
男にとっては絶望的な回答だけどな、それ。
「……エレンは、リンツ君にそう言わなかったのよね」
「えっ」
「リンツ君と、その、初めてした時、どんな感じだった……?」
おいおい、この会話マジで俺が聞くのはやばいんじゃないか。二人とも、完全に女子モードだ。このタイミングでエレンに通報されたら、絶対言い訳できない。
「……俺、帰ろうか? あとはエレンちゃんに任せていい?」
「あっ、いや、おじさんにも聞いてほしいんですけど」
俺が立ち上がったら、スーツの裾をエレンにつかまれた。
嫌な予感がする。
「私……、この前、リンツとしようとして、最後までできなかったんですよね」
おいおいおいおい。
多感なお年頃のエレンにとって、それは重大な問題に違いない。『経験者』が近くにいれば、相談してみたい気持ちもわかる。
だが――至近距離にいる女子高生にそんな話をされたら、いくら性欲の弱ったアラサー社畜おじさんでも想像力が勝手に働いてしまう。まずい。
ここから俺と、俺の理性との熱い戦いが始まった。
「試したんですけど……痛くて……私が泣いちゃって、無理だったんです」
「お、おう」
「仕方ないから、その、私がいろいろしてあげて、何とかしたんですけど……これ、まだ処女だって言っていいんですかね」
「さ、さあな。お互いの気持ち次第じゃないか」
「おじさんが初めてした時はどうでした? 相手の人、痛がってませんでした?」
「あー……俺は初めてだったけど、相手は初めてじゃなかったからな」
「そ、そうなんですか、進んでますね」
「最初にした時はその後二、三日痛かったって言ってたな」
「ひっ」
エレンと理瀬が同時に肩をすくめた。想像しているらしい。
ちなみに二、三日痛かったと言っていたのは篠田だ。歳をとったら大体の痛いことは耐えられるようになるので、理瀬やエレンの参考にはならないかもしれない。が、そんなことを二人に説明しても無駄だ。
「リンツのために我慢できない私、駄目ですよね……」
「無理しなくていいだろ。まだ高校生なんだから」
「ってか、あんなの絶対入らないですよ。物理的におかしいじゃないですか、あんなのがお腹の中に入るなんて」
「そ、そんなに大きいの? どれくらい?」
理瀬が急に興味を持ち始めた。
幼い頃に父親と別れている理瀬は、男の裸を見た記憶が一切ないという。以前、俺がどうせ部屋から出てこないだろうと思ってパンツ一丁で風呂から自分の部屋まで歩いていたら、たまたまトイレに行こうとした理瀬とすれ違い「ひゃっ!」と言いながら逃げたことがあった。
「んっとねー、これくらい」
エレンが手を広げて、大きさを例えた。
俺が想像していた長さの倍くらいあった。
「そ、そんなに大きいの……?」
「そうだ、ちょうどこれくらいだよ」
エレンは台所に行き、半分くらい残っているサランラップの筒を持ってきた。
「無理でしょ?」
「無理……だと思う……」
血の気が引いている理瀬。
「……それ、さすがにデカすぎないか?」
なるべく話に介入しないつもりだったが、同性としてそんなことがあり得るのか気になってしまう。
「ほんとですよ! 元気な時でだいたいこのくらいでした! 普通これくらいですよね!?」
「……そういえば、リンツ君もエレンと同じ、ダブルなんだっけ?」
「そうです。私もリンツも、ドイツ人の父親と日本人の母親とのダブルです」
「多分だけどさ……日本人より欧米人のほうが平均でかいんだよな」
「えっ、そうなんですか?」
「日本人だったら、その半分でもおかしくないぞ」
エレンの父親もドイツ人だから、それが標準サイズだと思っているのだろうか。
「えーっ! じゃ、じゃあ仕方ないじゃないですか! なんかおかしいと思ってたんです! 私悪くないんだ! やったー!」
はしゃぐエレン。欧米人のそれは大きい代わりに柔らかいという無駄なエロ知識も俺は知っているが、これ以上盛り上がるのはやめておく。
「……話をもとに戻すぞ。理瀬、山崎さんからの告白、どうする?」
「うーん……付き合うのはちょっと怖いけど、断るのもちょっと悪いな、という気持ちもあって、よくわからないんですよ」
「じゃあお友達から始めれば?」
自分の悩みを勝手に告白してスッキリしているエレンが、リビングにあったお菓子を勝手につまみながら言った。
「別に付き合うことにこだわらなくてもさ、お互いを知るところから始めていいんじゃない? 私とリンツも、部活のあとになんとなく一緒に遊んで、そっから意気投合したもん」
「そう、なの……?」
理瀬が俺を見る。こんな状況でも、エレンよりも俺を頼っている。
「まあ、一度ゆっくり話してみるのはいいことだぞ」
「そーだ! うちの店でリンツとダブルデートしようよ」
「だ、だぶるでーと……?」
エレンが突然言った。理瀬はそんな選択肢を想像していなかったようだ。
「そ! 最悪私とリンツがいれば、話に困ることないでしょ? そろそろリンツを私の親に見せたいんだけど、なんか二人っきりだと恥ずかしいんだよね。理瀬、中学の頃はお母さんとよくうちの店来てたでしょ? 慣れてるところの方が話しやすいでしょ」
「う、うーん……?」
理瀬は困って、また俺を見る。ダブルデートをすることでどんなメリットがあるのか、理瀬の賢明な頭でも想像できないらしい。というか、恋愛方面に対応するプログラムがない。
「そうしてみれば? 仮にそれで理瀬の提案を尊重せず断ってきたら、あんまり興味なかったって事だから。本気度合いがわかるかもな」
理瀬はしばらく考えた後、はあっ、と大きなため息をついた。
「わかりました。そうしてみます」
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