【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清

文字の大きさ
64 / 129
第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

3.社畜と女子高生のバイト

しおりを挟む
翌週から、理瀬はバイトを始めた。

 エレンの言った『スタバ』ではなかったが、同じようなコーヒー店だった。タワーマンションから歩いて行ける距離で、主に夕方から夜間のシフト。豊洲周辺は主婦が多いので昼間のシフトは埋まっているが、遅い時間帯に入れる人材は貴重らしい。あんな立派なマンションに住んでいる人たちは皆、パートとは無縁の富裕層だと思っていたのだが、現実は厳しいようだ。

 そのお店を選んだ理由は「制服が可愛かったから」。

 資産がすでにあるから時給を気にしていないとはいえ、随分女の子っぽい理由に驚いた。

 どんな制服? と俺がLINEで聞いたら、自分で着ている画像を送ってくれた。どこで覚えたのか、自分より上のほうから撮影した完璧な自撮りだった。制服はたしかに可愛かった。

 面白くなって、俺は職場にいた篠田とその話をした。


「理瀬、バイト始めたってよ」

「えっ? 理瀬ちゃん、お金に困ってないですよね? なんでですか?」

「普通の女子高生の生活が知りたいんだってさ。ほら、これ」


 理瀬の自撮り画像を見せると、篠田は「うわー、超JKって感じ!」と素直に面白がっていた。


「私もこんな風にかわいい格好して働きたかったなあ」

「篠田はバイトしてなかったのか?」

「してません。高校も大学も、陸上ばっかりです」

「高校はともかく、大学だとバイトしないときついんじゃないか」

「衣食住と陸上にかかるお金は全部親が払ってくれてたんです。私、大学二年くらいまでは短距離でけっこう期待されてたので。その後は駄目でしたけどね」

「そっか。今どき大学出てバイトしたことないやつは珍しいな」


 まあ、バイトでなくても体育会系のノリに適合できれば日本企業では戦えるので、陸上一本という選択肢も間違ってはいない。


「こんなに可愛かったら、バイト仲間とかお客さんから絶対言い寄られますよ。宮本さんはそれでいいんですか?」

「あいつに彼氏ができるんなら、それでいいだろ。なんで俺が口を出すんだ」

「えー」


 篠田は思わせぶりな顔をしたが、特に何も言わずに話は終わった。

 その後、理瀬の母親である和枝からも連絡が来た。理瀬がバイトを始めた件についてだ。俺の話を聞いたあと、いちおう保護者である和枝に許可を取ったらしい。

しばらく会っていなかったので、お見舞いがてら病院へ行った。

 和枝さんは以前会った時よりもやつれていた。髪は乱れ、肌の張りがなくなり、一気に年相応な老化をしたようだった。


「お酒を自由に飲めないのは辛いわね」


 病室に酒を持ち込んでいることがバレて、糖尿病と同時にアルコール依存症の治療も受けているらしい。生気がなくなったのはそのせいか。


「今までも、調子が悪い時は控えたりしていたんでしょう」

「そうよ。でも自分で好きな時に飲めないのは辛いわ。一滴も飲まないほうがいい、というのは理解しているのだけど、たまにはいいわよね」

「理瀬さんのために頑張ってください」

「つれないのね。で、例の件なんだけど、なんで理瀬はバイトなんか始めたい、って言い始めたのかしら?」


 俺はどこまで言うか迷った。実の母親なのだから、隠し事をする必要はない。ただ、女子高生の恋心というのは実にナイーブな問題だ。誰が好き、なんて母親にも言えない子もいる。理瀬はあまり自分の気持ちをオープンにする方ではない。

 それに、これは俺の偏見だが、和枝さんは恋愛に不自由しないタイプの人間だと思われる。男とまともに話せない理瀬と和枝さんとでは、価値観が違いすぎる。

 そんなわけで、いきなり全部教えるのはハードルが高い、と考えた俺は、少しだけ話すことにした。


「普通の女子高生の生活が知りたい、って言ってました」

「私も理瀬からそう聞いたわ。そんなものあんたが知る必要ない、って言ったのだけど、一度言い出したら聞かないのよね。誰に似たのかしら、まったく」

「俺はいいと思いますよ。何にでも好奇心を持って経験するのは。特に理瀬さんの場合、社会性があまりなかったので、バイトはちょうどいいと思います」

「本物の天才に社会性なんて必要ないわよ。社会の方から勝手に求められるんだから」


 そう言った時の和枝さんの目はとても冷たく、遠いところを見ていた。俺は一瞬、悪寒のような感触を覚えた。身体的には衰えているが、精神的な部分は鋭いままだ。


「まあ、私はそうなれなかった人間なんだけど」

「俺もそうですね」


 和枝さんの言いたいことはわかる。天才的な作曲センスを持つ照子は、自分から営業しなくても今やひっぱりだこ。俺にそんな才能はなく、結果的に照子の足を引っ張ってしまった。


「そうなの?」

「そうですよ。才能がない分は社会性で補完するしかない、って事でしょう?」

「そういうことよ。会社で働いてたらそれくらいわかるものね。でもあの子には、周囲の事なんて気にせず、自分の道を行くような天才になってほしかったのだけど」

「理瀬さんは今でも研究職に就くため勉強してますし、バイトを始めたからといって頭が悪くなる訳じゃないでしょう。いい刺激になると思います」

「そうだといいのだけど」


 和枝さんは一息おいて、お茶を飲んでからまた話しはじめた。


「バイト先で、悪い虫がつかないかしら?」


 どう考えても男のことだ。俺は理瀬の気持ちを明かせなかったので、ぐっと息を飲む。こういう時に限って、和枝さんはしっかりと俺を見つめている。


「言い寄るヤツはいるでしょうね。そこそこ美人ですし」

「性格に難はあるけど」

「それ実の母親が言いますかね……まあでも、男なんて顔がよけりゃどんな子でもいいですよ」

「それも問題発言だと思うけど……ねえ、宮本さん、理瀬に悪い虫がつかないよう、一応気をつけてくれない? あの子、恥ずかしくて私には言わないと思うから」

「一応、気をつけときますよ」


 これ以上話したら和枝さんに全て見抜かれそうだったので、俺は帰ることにした。


** *


 その後、俺の周囲では何事もなく日常が進んでいった。

 理瀬はバイトのことで二、三日に一回俺にLINEしてきた。スマイルが足りない、と言われて落ち込んでいたので、口角を上げるトレーニングを一日百回しろと言ったら(元合唱部での経験で知っていたことだ)、理瀬は本当に実行し、見事なスマイルができるようになっていた。

 主にレジで注文を受ける係だったが、厨房にも入るようになった。そこでは自炊スキルが役に立ったらしく「最近の女子高生にしてはよくできるね」と褒められた。それは俺のおかげだと、理瀬は俺に礼を言っていた。

 何度か理瀬の働く店へ行ったこともある。理瀬は手慣れた様子で「あ、宮本さん来てくれたんですね! ありがとうございます」とスマイルを見せた。まるで別人のようだったが、それはそれで可愛らしかった。以前のように、一見つんとした顔をしているよりずっとマシだ。

 店内では他の店員と仲良く話していて、社会性の成長も見られた。

 理瀬が元気そうにやっているのを見て、俺は満足だった。仕事が忙しくなり、タワーマンションに住んでもいないから、理瀬のことを支えてやれる人が一人もいないのは気がかりだった。でもバイトという場所を手に入れて、理瀬はすくすくと成長していった。

 何事もなく数ヶ月が過ぎ、十一月の終わりが来た頃。

 ほぼ毎日のようにLINEしていた理瀬から、衝撃的なメッセージが来た。


『バイト先の大学生の人に、告白されました……』
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
ライト文芸
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...