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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
1.社畜と女子高生と遊び心
しおりを挟む「理瀬が、彼氏作りたいんだってさ」
会社のビルにて。
偶然エレベーターに篠田と二人乗り合わせ、沈黙を破って俺がそう言った。
篠田とは別れたあと、冷戦状態が続いている。エレベーターに乗る時も、先に乗った篠田を一度は見送ろうとしたが、理瀬のことを話したくなってドアが閉まる間際に飛び込んだ。
「……嘘でしょ?」
俺とはもう話してくれないのではないか、とすら思っていた篠田も、流石にこの話題はスルーできなかった。
不機嫌そうな話し方だったが、明らかに興味を持っていた。
「本当だよ。この前エレンちゃんから連絡があってさ――」
理瀬の学校に来ていない疑惑、エレンの勘違い、その後理瀬の様子がおかしかったことを全て篠田に説明した。
「……それ、多分本気じゃないですよね?」
「ああ。多分、別の問題を抱えてるんだろうな。何か言いづらいことなんだろう」
エレベーターを降り、地下駐車場で社有車を停めてあるところまで、二人で歩く。数週間ぶりなのに、別れた後だと緊張してしまう。意外にも、篠田は平然としていたが。
「篠田、理瀬が彼氏をつくる手伝いしてやれよ」
「は? 私がですか? ついこの前まで彼氏いない歴イコール年齢だった私の意見なんて、何も役に立ちませんよ。まだ宮本さんの方が経験あるでしょ」
「経験はあるけど、女の気持ちはわからんからなあ」
「そうですね」
最後の言葉は俺の心に深く突き刺さった。篠田は挨拶もせず社有車に乗り込み、バタンとドアを閉めた。
俺としては、篠田に理瀬の様子を探ってほしかった。同性からのアプローチなら、俺とは違う視点で理瀬の心中を探れるかもしれない。
だが駄目だった。どうやら篠田は、しばらく理瀬と関わりたくないらしい。
まあ、とりあえず口は聞いてくれる、ということがわかっただけでもいいか。俺はそう思いながら、自分の社有車に乗り込んだ。
シートベルトを締めた時、スマホが鳴った。エレンからのLINEメッセージだった。
『理瀬から聞いたんですけど、宮本さん先週の金曜日、私が帰ったあと理瀬の家に残ってたんですよね? ガチで通報案件なんですけど?』
「あー」
幸いにも、待受画面に表示されたので既読はついていない。エレンに相談したい事は色々あったが、とりあえず仕事を優先することにしてスマホをポケットに入れ直した。
外回り先での挨拶を終え、学校が終わっている午後四時ごろにエレンへLINE通話を発信した。
『お、おじさん!?』
「おう。学校終わったか?」
『今から部活です。こんな時間に通話しないでくださいよ、私が怪しいおじさんと通話してるってバレたら色々面倒じゃないですか』
「でも理瀬のことが気になるんだろ?」
エレンは黙った。どうやらエレンもまた、理瀬の変化に気づいているらしい。
「俺は理瀬のことが心配だ。何か、俺にはわからない深刻な悩みがありそうな気がする。だが、その悩みが何なのか、つかみきれていない。だからお前に相談したんだ」
『……』
「でも、お前が本当に嫌ならいい。アラサー社畜のおっさんと女子高生なんて、本来接点があるはずないし、お前が嫌なのはわかる。ただ……今回は、理瀬を助けられる自信がない。俺は篠田と別れて、もう豊洲のタワーマンションに住む義理がなくなった。理瀬は来てもいいと言っているが、生活面であいつに教えることはもうないし、母親も入院中とはいえちゃんといる。俺が保護者をするのは限界がある。だからエレンに相談したかった」
エレンは以前、理瀬の過去を俺に伝えてきた。
理瀬のいないところで、俺とエレンが理瀬を守るために必要な情報として。
さんざん嫌われているが、理瀬のことになればわかってくれるはず。そう信じていた。
『……わかりました。直接話しましょう。今日の夕方六時に豊洲駅でいいですか?』
案の定、エレンは俺の誘いに乗ってくれた。
「わかった。ちょっと遅れるかもしれんが、なんとかするよ」
** *
俺は予告通り、ちょっと送れて豊洲駅の出口に社有車で到着した。エレンを見つけ、歩道近くに車を横付けして、窓を開ける。
「乗れ!」
「はあああ!? おじさん私を怪しいところに連れて行く気ですか!? 通報ですよ!」
「仕事で時間がないんだよ! 早く!」
エレンはしぶしぶ後部座席に乗った。俺は車を出す。
「悪い。最近忙しくて、深夜まで仕事が終わらないんだ。俺はまだ客先で打ち合わせしてることになってる」
「流石にドン引きですよ。ってかどこ行ってるんですかこれ」
「遠くへは行かないよ。そのへん周るだけだ。話をするのが目的だからな」
俺自身、こんな方法でエレンと話そうとは思っていなかった。どう考えても今週のスケジュールに空きがなく、誰にも聞かれず話をする方法がこれしか思い浮かばなかった。
バレたら始末書ものだが、とにかくエレンと早く話がしたかった。
「私、家族以外の車乗ったの始めてなんですけど! ってか宮本さん、意外と運転丁寧ですね!」
「会社の車で事故ったら評定下がるんだよ……エレン、乱暴なやり方ですまんが、早めに話そう。今から言うこと、俺が喋ったって理瀬には絶対言うな。約束できるか?」
「できますよ。理瀬がいじめられてたこと、私がおじさんに話したのと一緒でしょ?」
「そういう事だ。実は――」
俺は、理瀬が「彼氏を作りたい」と言ったこと、その直後に吐いたことを説明した。
エレンは「彼氏を作りたい」と話したあたりで、一度腹をかかえてげらげら笑っていたが、その後吐いていたことを伝えると、一気に冷めた。
「理瀬、中学でいじめられてた時も吐いたことあるんです。多分ストレスが胃に来るんでしょうね」
「だろうな。だが彼氏ができないことで、そこまで悩むとは思えない」
「同感です」
「なあ……まさかとは思うが、理瀬、学校でいじめられてないよな?」
俺が最初に想像したのはそれだった。エレンが以前、中学時代に理瀬がいじめられていたことを教えてくれた。同じような振る舞いなら、同じ原因かもしれない。
「それはないです。うちの学校、いじめとかないですから。そもそもクラスがないし、好きな子どうしで固まるのが基本なので。誰とも仲良くなれずフェードアウトしちゃう子もいますけど、理瀬は最近友達多いし、その心配はないと思います」
エレンたちの通っている高校は、とても新しい単位制の進学校。高校というより大学のシステムに近い。言われてみれば、大学時代は陰湿ないじめを見ることがほとんどなかった。あれはクラスという狭い環境に押し込められたストレスから発症するものなのだろうか。
「そのへんはエレンに任せていいんだな?」
「学校でのことは任せてください。私これでも『常磐さんに振られた元彼女』ってあだ名ついてますから!」
「それで喜ぶのはどうなんだ……他に、変わったことは?」
「それが、本当にないんですよ。学校では友達と上手くやってるし、成績もいい。お母さんのお見舞いも毎週欠かさず行ってるみたいです」
「体調が悪いとか? 昔、胃潰瘍っぽい症状で病院行ってたし」
「それもないと思います。あの子昔から体弱くて、病院に行くのにためらいがないんです。ちょっとでも体調悪くなったら学校休んで病院行ってるはずです」
「そうか。じゃあ、本当に何なんだろうな」
「わからないんですけど……おじさん、一つ提案いいですか?」
「何だ?」
「理瀬の言ってる『彼氏を作りたい』って話、とりあえずそのとおり応援してみたいんですけど」
「絶対、嘘なのに?」
「私、たまに思うんです。理瀬のことは大好きだし仲良くしたいけど、テキトーな嘘つかれるのは嫌なんですよね。だから、その仕返しです」
「仕返し?」
「理瀬に、普通の女子高生がするような合コンとか経験させるんです。あの子絶対嫌がりそうでしょ?」
「……お前、なんか楽しそうだな?」
「超楽しみです。理瀬が特に興味のない男子に迫られて迷惑そうな顔するの、見たい!」
「そんなんだから理瀬に避けられるんじゃないか」
「いいじゃないですか、別に。ずっと穏やかに仲良くしてる方が不自然ですよ」
まあ、俺も本当に仲の良い友だちとは何度も喧嘩してきたし、一理ある。
「そのうち彼氏作るのに嫌気がさして、本当の悩みを言ってくれるかもしれませんし」
「そっちが本命だな」
「ですね。とりあえず来週あたり、友達と相談して合コン組みますんで、おじさんは理瀬をそれとなく誘導してください」
「一応言っとくけど、理瀬が悪い男にたぶらかされないようにガードはしとけよ?」
「当たり前じゃないですか。ってか、それおじさんが言うとキモいんですけど。理瀬が誰と付き合ってもおじさんには関係なくないですか?」
「まあ、そうだが……孤独だった理瀬がいろいろな人と出会って心を開いていくところ、ずっと見てきたからな。今更ひどい目にあってほしくないという気持ちはある」
「おじさん、なんかもう理瀬のお父さんみたいですね……」
お父さん、と言われて、はっと思いついたことがある。
理瀬の父親は、今どこで何をしているのだろう?
母親のことであれだけ悩んでいた理瀬のことだ。父親に対しても、何らかの思いがあってもおかしくない。
ただ、母親の件と違って、理瀬が三歳の頃に離婚したという父親のことは全くわからない。他の可能性が思いつかないから、ふと考えただけだ。本当のところはわからない。
「そろそろ豊洲駅に戻るぞ」
「目立たないところに停めてくださいね」
エレンを路地裏で降ろし、俺は会社に戻った。誰にも見られてませんように。
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