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第二章 社畜と新しい彼女と親子仲のかたち
2.女子高生と母親のこと
しおりを挟む理瀬の母親は、外資系金融企業シルバーウーマン・トランペットの正社員。
普段はアメリカで勤務しており、年に数回しか日本には立ち寄らない。そのことは篠田にも話してある。
だからいきなり明日帰ってくる、というのは唐突すぎた。
「お前のお母さん、忙しくて年単位でスケジュール決まってるんだろ?」
「そうです。でも急に、日本でやらなければならない仕事ができて、日本人のお母さんが選ばれたらしいんです。何の仕事なのか、守秘義務があるから教えてくれないんですけど」
「俺のことは話してるけど、篠田と一緒に住むことはまだ話してないだろ?」
「とっくに話してますよ。この家はお母さんと共用する約束だから、家にかかわることは全部お母さんに許可取ってから決めてますよ」
女子高生を豊洲のタワーマンションで一人暮らしさせるのもすごいが、そこに何の関係もない社畜カップルと同居するのを認めるところもぶっ飛んでいる。
理瀬の母親はものすごく優秀な外資系キャリアウーマンで、俺の年収など社長になっても届かないくらいだ。相当、頭の切れる人物に違いない。
一方で、俺は理瀬の母親のことがどうしてもわからない。
娘を置いて自分の夢のためにアメリカへ行ったこと。アラサー社畜とのシェアハウスを認めたこと。アメリカ的自由主義な思想があるとしても、俺の知る『母親』のイメージとはかけ離れている。子供ができたら、親は子供のためにそれなりの時間を裂くものじゃないのか。俺の両親がそうだったから、理瀬の母親について、どうしても悪い印象を持ってしまう。
もっとも、昔の貴族は自分の子育ては自分でしなかったらしいし、社会の最上位の富裕層では、自分で手を出さないのが当たり前なのかもしれない。収入が違うと、見ている文化圏すら違う。俺の常識が理瀬の母親には通じない、ただそれだけの話なのかもしれない。
「ってことは、この家に俺と、篠田と、理瀬と、理瀬のお母さん、四人で住むことになるのか?」
「いえ、そこは大丈夫ですよ。お母さんは会社で手配されたホテルに泊まるそうです。夜はそこのホテルで会合したりするらしいので、こちらの家に移動する時間が惜しいって」
「そ、そうか」
女子高生とのシェアハウスというやばい案件を成立させた俺でも、その母親との同居なんてこなせそうにない。その点は安心した。
「でも何度かはここに来ると思います。家の様子を知りたがってますし、お母さんは宮本さんと話したいそうですよ」
自分の娘とシェアハウスしている男が気になるのは、当たり前のことだ。遅かれ早かれ、理瀬と関わっている以上、理瀬の保護者である母親との接触は避けられない。
逆に言えば、理瀬の母親に認めて貰えれば、シェアハウスの後ろめたさがなくなる。
「……俺も、理瀬のお母さんとはいつか話さなければならないと思ってた」
「そうですか。お母さんは時間がないので、お母さんの予定に合わせて会ってもらっていいですか? あ、ちなみに篠田さんのことは別に気にしてないそうですよ」
「そ、そっか、それはよかったよかった……」
篠田が胸をなでおろしていた。篠田は営業職だが、実は人見知りするタイプ。俺とはじめて業務ペアになった時は、俺にすら遠慮してなかなか話しかけてこなかった。
営業という仮面をかぶっていればあまり緊張せず話せている。仕事のためにどうしても話さななければならない、ということは話し相手もわかっているし、慣れれば難しいことじゃない。
でもプライベートで、しかも「シェアハウスしている女子高生の母親」という現実離れした相手と話すのは、どうしても苦手だろう。
いま篠田と理瀬の母親を会わせるのは、あまり良くない。そもそも理瀬との出会いは、俺が責任を持つべき話なのだから。
「お母さんの予定が決まったら教えてくれ。俺はいつでもいい」
「……わかりました。伝えておきますよ。あとは二人でゆっくり野球でも見ててください、私、今日は夕方まで部屋から出ませんから」
理瀬は話し終わると、急にぷい、とすねたように自分の部屋へ戻った。
なんか怒らせちゃったかな、と俺は気まずさを感じたが、篠田はあまりそういう雰囲気を見せなかった。むしろ、理瀬がいなくなると、ふたたび俺にもたれてきたくらいだ。
篠田も女になってしまったなあ、と俺は思う。
かつてバンド仲間という関係を貫いていた薬王寺照子に告白され、付き合うことになった時、俺はうまくやれる気がしなかった。
俺は奥手で、女と口説く目的で話したことは一度もない。性欲の強い男たちが集う(なにせバンドやってる男の半分以上はモテたいだけだ)ライブハウスでは、「宮本はゲイだろ」とよく言われたものだ。
照子と付き合い始めるまで、女の心と体は聖域であって、俺が触れるべきものではなかった。
だから、今から付き合おうと言われても、俺には何も具体的なイメージがなかったのだ。
しかし心配する必要はなかった。付き合う上で必要なことは全部、照子の方から持ちかけてきた。
一緒に学校から帰るのも、その途中でこっそり手をつなぐのも、路地裏に曲がってキスするのも、学校の誰にも見られない部屋でお互いの体に触れ合ったのも、全部照子からの誘いだった。
俺は驚いた。女という生き物は、表向きは性的なイメージを持たないようにしながら、心に決めた男の前ではこんなにも積極的に性的なのか、と。
もちろんすべての女性がそうではない。むしろ照子が特例だったのかもしれない。照子は今や世間に認められる一流のアーティストで、そういう人は特に強い個性を持っているものだ。
だが、これまで照子としか付き合ったことのない俺は、どうしても昔の経験と比べてしまう。
そうして、全く同じようなことを、これまで男と付き合ったことのない篠田が本能的に会得しているのだとしたら。
女という生き物はほんとうに女なんだな、と俺は思う
「理瀬ちゃんのお母さんと、何を話すんですか?」
なんて考えていたら、篠田が話しかけてきた。篠田は俺の体を硬いと言ったが、俺は篠田の体を柔らかく感じる。それが心地よい。その心地よさにしばらくうとうとしていたところだ。
俺は声を潜め――つまり部屋にいる理瀬に聞こえないように、小さな声で話した。
「俺は、理瀬の母親のことを信用していない。子供にこんなところで一人暮らしをさせて、自分は一人アメリカで仕事をする。理瀬が仮想通貨で財を成したという特別な事情があっても、普通の親なら大金を成人するまで隠し、アメリカへ連れて行くだろ」
「まあ、私達庶民の感覚ではそうなりますね」
「俺としては、庶民の感覚でしか語れない。だから俺は、理瀬が一人暮らしのストレスから胃潰瘍になっていたこと、それは間違いなく母親が理瀬を放っていたせいだと説明して、どうにかして理瀬と一緒に暮らすよう提案してみる」
「そんなこと、聞いてくれますかねえ」
「聞いてくれなくても、こっちはそう思っているって伝えることが大事なんだ。営業でもそういう場面あるだろ?」
俺は真面目に話していたが、篠田はいつの間にか寝息を立てていた。
そういえば、最近また仕事が忙しいんだったな、と思った俺は篠田に毛布をかぶせ、自分は部屋に戻った。一緒にソファで眠る気には、まだなれなかった。
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