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思惑
七十五.清洲の面々 其の二
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織田家の家督については出しゃばるこはとないと考えていた秀吉だったが、予想外の展開に誰もが分かるくらい困惑の表情を見せる。
秀吉「わしも大殿と殿が眼の前で三法師様を織田家の後継にと申されたんを訊きやした。わしだけでなく他の者たちも、三法師様が幼かろうが元服されていようが、そんつもりになっちょると思われまする。今更そんこつを覆すんは如何なもんかと存じますがぁ・・・。」
長秀「分かった。勝三郎はぁ・・・」
話を整理することに必死な長秀だったが、ここで信孝が割って入る。
信孝「権六よっ。其方の申し出、有り難く受け取るぞ。じゃがやはり三法師が織田家を嗣ぐことが皆が受け入れ易いようじゃぁ。ここは筋を通すことにしようではないかぁ。」
冷ややかな眼差しの信孝に、勝家がたわいもなく準じる。
勝家「信孝様がそぉ申されますのなら、従いまする。失礼仕りました。」
(っかあぁっ、格好つけよったのぉ・・・。端からそんなつもりはのぉて、親父と一芝居打ちおったんかぁ・・・。そんでこん後どぉするつもりじゃぁ。)
四人の宿老たちは長益が抱える三法師に向かって座し直し、頭を下げる。
長秀「以後、三法師様を『殿』とお呼び致し、末永くお慕い申し上げまする。」
皆が三法師に礼をする中、三法師は呆気となっている。再び宿老たちが対面するように座し直すと長秀が口を開く。
長秀「殿は御年三歳であります故、しばらくは傅役をつけ、織田家当主としての武勇と御心構えを身につけていただければなりませぬ。傅役として、わしは堀久太郎秀政を推したいと存ずるが、皆様のお考えを伺いたいっ。」
勝家「久太郎は古くからの織田家の忠臣じゃ。異論はござらんっ。」
勝家の言葉に続き、一同皆頷く。
(ほぉっ、久太郎は三七殿らにも信頼されとるようじゃのぉ・・・。)
長秀「皆さまの御賛同をいただけたようなので、久太郎に殿の傅役をお務めいただく。宜しいな・・・。では、殿が御成人あそばされるまでの政の『後見役』じゃが、御血筋からして信雄様にお願い申し上げたいと思うが・・・。」
勝家「いやっ、それこそ信孝様が適任でございましょう。畏れながら信雄様は仇討に何の貢献もされておられませんので、皆に示しが着けませんでしょう。」
信雄「権六ぅっ、無礼であるぞぉっ・・・。」
(まずいっ、三介殿を焚きつける策かぁ・・・。)
信包「落ち着きなされ、三介殿っ・・・。権六よっ、先も述べたが、三介とわしらは三七に多くの兵を預けとったから、下手に伊勢・土山から出られなんだは其方も承知であろう。三七も十兵衛の近くにおったにも拘らず、筑前が戻るまで何もできなんだではないかぁ。筑前が近くにおったかどうかだけの違いぞっ。なのに筋を無視して三介を追いやるとは如何なるものぞぉっ・・・。」
勝家「申し訳ございませぬ。ですがわしは事実を述べてるまで・・・。過程はどうあれ、信孝様は仇討の総大将であらさられました。このことは疑いようのない事実っ。巷はその事実しか知りませぬ。功を上げたはずの信孝様が殿の御後見にならなければ、それこそ織田家は軽く見られますぞぉ。」
とうとう怒りが頂点に達した信雄は、どっと立ち上がる。
信雄「三七が功を上げたじゃとぉっ。何もでけなかったではないかぁ。その上、証のないまま前関白様を黒幕呼ばわりして京を騒然とさせたり、筑前が織田を乗っ取ろうとしとると公家衆に吹き込んだり、不愉快にも程があるわぃ・・・。」
(あちゃぁっ・・・、やってもぉたわぃ。)
信孝「随分な云いがかりですなぁ、兄上っ。わしがそのような悪巧みを企てた証こそないではありませぬかぁ。んっ・・・。」
信雄「証など無くとも、お主がそれくらいのことをする卑怯者であることは、皆よぉ知っとるわぃ。」
信孝「兄とはいえ失言ですぞぉっ。兄上こそ皆に疎んじられておられることを御存知ないようですなぁ・・・。」
信雄と信孝は床几を蹴り飛ばして、互いを睨みつけながら仁王立ちとなる。宿老たちの心中は慌てふためくが、何をすることもできず傍観するしかない。
(このままじゃと戦じゃぁ。どうするぅっ・・・。)
そしていよいよ長益が立つ。
長益「いい加減にせぇっ、二人ともぉ・・・、見苦しいぞぉっ・・・。」
長益の怒声に驚いた三法師が泣き出す。場は静寂の中で三法師の泣き声だけが響き渡る。
長益「五郎左、殿を連れ出しても宜しいか。」
長秀が頷くと、長益は前田玄以を呼び、三法師を奥の間へ連れて行かせる。
長益「二人とも大殿の御言葉を忘れてはおらんかぁ。上に立つ者は下の者たちに動かしてもらっとるんじゃぁ。なのに家来衆の前でこのような下劣な罵倒の応酬を見せつけおってぇ、それで跡を引き継いでいけると思っとるんかぁ・・・。」
信孝「しかし叔父上っ・・・。」
長益「えぇいっ、黙らっしゃあいっ・・・。このままでは埒が開かん。後見と領については、織田の者は口出しせず、ここにいる宿老たちに決めてもらおうではないかぁ。」
信雄「えっ、織田の者抜きでですかぁ・・・。」
長益「ここにいる宿老たちはお主らよりもよっぽど織田家の行く末を案じておる者ばかりじゃぁ。罵りおぉとるお主らがおると何も決まらんわぃ。ここはこの者らを信じ、全てを任せ、この者らの決めた事を受け入れよ。」
信包「わしも賛同するぞぃ。お主ら兄弟がいがみおぉとると、決まるもんも決まらんわぃ。そんな織田家には誰もついてきてくれまいぞぉっ。」
長益「お主らだけでは不服であろうから、ここはわしも信包兄ぃも退くとしよう。但し評定が終わるまで、この城から一歩も出るなっ。いいなっ・・・。五郎左、評定はお主が取り仕切れぇ。全てが決まったら今日のところは解散し、明日改めてわれらに訊かせよ。」
長秀「承知仕りました。御任せくださいませぇっ・・・。」
(三七殿に何も云わせんように仕向けよった。取り敢えず、こん場は凌げたがぁ・・・。)
秀吉「わしも大殿と殿が眼の前で三法師様を織田家の後継にと申されたんを訊きやした。わしだけでなく他の者たちも、三法師様が幼かろうが元服されていようが、そんつもりになっちょると思われまする。今更そんこつを覆すんは如何なもんかと存じますがぁ・・・。」
長秀「分かった。勝三郎はぁ・・・」
話を整理することに必死な長秀だったが、ここで信孝が割って入る。
信孝「権六よっ。其方の申し出、有り難く受け取るぞ。じゃがやはり三法師が織田家を嗣ぐことが皆が受け入れ易いようじゃぁ。ここは筋を通すことにしようではないかぁ。」
冷ややかな眼差しの信孝に、勝家がたわいもなく準じる。
勝家「信孝様がそぉ申されますのなら、従いまする。失礼仕りました。」
(っかあぁっ、格好つけよったのぉ・・・。端からそんなつもりはのぉて、親父と一芝居打ちおったんかぁ・・・。そんでこん後どぉするつもりじゃぁ。)
四人の宿老たちは長益が抱える三法師に向かって座し直し、頭を下げる。
長秀「以後、三法師様を『殿』とお呼び致し、末永くお慕い申し上げまする。」
皆が三法師に礼をする中、三法師は呆気となっている。再び宿老たちが対面するように座し直すと長秀が口を開く。
長秀「殿は御年三歳であります故、しばらくは傅役をつけ、織田家当主としての武勇と御心構えを身につけていただければなりませぬ。傅役として、わしは堀久太郎秀政を推したいと存ずるが、皆様のお考えを伺いたいっ。」
勝家「久太郎は古くからの織田家の忠臣じゃ。異論はござらんっ。」
勝家の言葉に続き、一同皆頷く。
(ほぉっ、久太郎は三七殿らにも信頼されとるようじゃのぉ・・・。)
長秀「皆さまの御賛同をいただけたようなので、久太郎に殿の傅役をお務めいただく。宜しいな・・・。では、殿が御成人あそばされるまでの政の『後見役』じゃが、御血筋からして信雄様にお願い申し上げたいと思うが・・・。」
勝家「いやっ、それこそ信孝様が適任でございましょう。畏れながら信雄様は仇討に何の貢献もされておられませんので、皆に示しが着けませんでしょう。」
信雄「権六ぅっ、無礼であるぞぉっ・・・。」
(まずいっ、三介殿を焚きつける策かぁ・・・。)
信包「落ち着きなされ、三介殿っ・・・。権六よっ、先も述べたが、三介とわしらは三七に多くの兵を預けとったから、下手に伊勢・土山から出られなんだは其方も承知であろう。三七も十兵衛の近くにおったにも拘らず、筑前が戻るまで何もできなんだではないかぁ。筑前が近くにおったかどうかだけの違いぞっ。なのに筋を無視して三介を追いやるとは如何なるものぞぉっ・・・。」
勝家「申し訳ございませぬ。ですがわしは事実を述べてるまで・・・。過程はどうあれ、信孝様は仇討の総大将であらさられました。このことは疑いようのない事実っ。巷はその事実しか知りませぬ。功を上げたはずの信孝様が殿の御後見にならなければ、それこそ織田家は軽く見られますぞぉ。」
とうとう怒りが頂点に達した信雄は、どっと立ち上がる。
信雄「三七が功を上げたじゃとぉっ。何もでけなかったではないかぁ。その上、証のないまま前関白様を黒幕呼ばわりして京を騒然とさせたり、筑前が織田を乗っ取ろうとしとると公家衆に吹き込んだり、不愉快にも程があるわぃ・・・。」
(あちゃぁっ・・・、やってもぉたわぃ。)
信孝「随分な云いがかりですなぁ、兄上っ。わしがそのような悪巧みを企てた証こそないではありませぬかぁ。んっ・・・。」
信雄「証など無くとも、お主がそれくらいのことをする卑怯者であることは、皆よぉ知っとるわぃ。」
信孝「兄とはいえ失言ですぞぉっ。兄上こそ皆に疎んじられておられることを御存知ないようですなぁ・・・。」
信雄と信孝は床几を蹴り飛ばして、互いを睨みつけながら仁王立ちとなる。宿老たちの心中は慌てふためくが、何をすることもできず傍観するしかない。
(このままじゃと戦じゃぁ。どうするぅっ・・・。)
そしていよいよ長益が立つ。
長益「いい加減にせぇっ、二人ともぉ・・・、見苦しいぞぉっ・・・。」
長益の怒声に驚いた三法師が泣き出す。場は静寂の中で三法師の泣き声だけが響き渡る。
長益「五郎左、殿を連れ出しても宜しいか。」
長秀が頷くと、長益は前田玄以を呼び、三法師を奥の間へ連れて行かせる。
長益「二人とも大殿の御言葉を忘れてはおらんかぁ。上に立つ者は下の者たちに動かしてもらっとるんじゃぁ。なのに家来衆の前でこのような下劣な罵倒の応酬を見せつけおってぇ、それで跡を引き継いでいけると思っとるんかぁ・・・。」
信孝「しかし叔父上っ・・・。」
長益「えぇいっ、黙らっしゃあいっ・・・。このままでは埒が開かん。後見と領については、織田の者は口出しせず、ここにいる宿老たちに決めてもらおうではないかぁ。」
信雄「えっ、織田の者抜きでですかぁ・・・。」
長益「ここにいる宿老たちはお主らよりもよっぽど織田家の行く末を案じておる者ばかりじゃぁ。罵りおぉとるお主らがおると何も決まらんわぃ。ここはこの者らを信じ、全てを任せ、この者らの決めた事を受け入れよ。」
信包「わしも賛同するぞぃ。お主ら兄弟がいがみおぉとると、決まるもんも決まらんわぃ。そんな織田家には誰もついてきてくれまいぞぉっ。」
長益「お主らだけでは不服であろうから、ここはわしも信包兄ぃも退くとしよう。但し評定が終わるまで、この城から一歩も出るなっ。いいなっ・・・。五郎左、評定はお主が取り仕切れぇ。全てが決まったら今日のところは解散し、明日改めてわれらに訊かせよ。」
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