生残の秀吉

Dr. CUTE

文字の大きさ
上 下
75 / 104
思惑

七十五.清洲の面々 其の二

しおりを挟む
織田おだ家の家督かとくについては出しゃばるこはとないと考えていた秀吉ひでよしだったが、予想外の展開に誰もが分かるくらい困惑の表情を見せる。

秀吉ひでよし「わしも大殿おおとの殿とのが眼の前で三法師様さんぽうしさま織田おだ家の後継こうけいにと申されたんを訊きやした。わしだけでなく他のもんたちも、三法師様さんぽうしさまおさなかろうが元服げんぷくされていようが、そんつもりになっちょると思われまする。今更いまさらそんこつをくつがえすんは如何いかがなもんかと存じますがぁ・・・。」

長秀ながひで「分かった。勝三郎かつさぶろうはぁ・・・」

話を整理することに必死な長秀ながひでだったが、ここで信孝のぶたかが割って入る。

信孝のぶたか権六ごんろくよっ。其方そなたの申し出、がたく受け取るぞ。じゃがやはり三法師さんぽうし織田おだ家をぐことが皆がやすいようじゃぁ。ここは筋を通すことにしようではないかぁ。」

冷ややかな眼差まなざしの信孝のぶたかに、勝家かついえがたわいもなく準じる。

勝家かついえ信孝様のぶたかさまがそぉ申されますのなら、従いまする。失礼つかまつりました。」

(っかあぁっ、格好かっこつけよったのぉ・・・。はなからそんなつもりはのぉて、親父おやじ一芝居ひとしばい打ちおったんかぁ・・・。そんでこん後どぉするつもりじゃぁ。)

四人の宿老たちは長益ながますかかえる三法師さんぽうしに向かって座し直し、頭を下げる。

長秀ながひで「以後、三法師様さんぽうしさまを『殿との』とお呼び致し、末永すえながくおしたい申し上げまする。」

皆が三法師さんぽうしに礼をする中、三法師さんぽうし呆気あっけとなっている。再び宿老たちが対面するように座し直すと長秀ながひでが口を開く。

長秀ながひで殿との御年おんとし三歳でありますゆえ、しばらくは傅役もりやくをつけ、織田おだ家当主としての武勇と御心構おこころがまえを身につけていただければなりませぬ。傅役もりやくとして、わしは堀久太郎秀政ほりきゅうたろうひでまさしたいと存ずるが、皆様のお考えを伺いたいっ。」

勝家かついえ久太郎きゅうたろうは古くからの織田おだ家の忠臣じゃ。異論はござらんっ。」

勝家かついえの言葉に続き、一同皆うなずく。

(ほぉっ、久太郎きゅうたろう三七殿さんしちどのらにも信頼されとるようじゃのぉ・・・。)

長秀ながひで「皆さまの御賛同ごさんどうをいただけたようなので、久太郎きゅうたろう殿との傅役もりやくをお務めいただく。よろしいな・・・。では、殿との御成人ごせいじんあそばされるまでのまつりごとの『後見役こうけんやく』じゃが、御血筋おちすじからして信雄様のぶかつさまにお願い申し上げたいと思うが・・・。」

勝家かついえ「いやっ、それこそ信孝様のぶたかさまが適任でございましょう。おそれながら信雄様のぶかつさま仇討あだうちに何の貢献もされておられませんので、皆に示しが着けませんでしょう。」

信雄のぶかつ権六ごんろくぅっ、無礼ぶれいであるぞぉっ・・・。」

(まずいっ、三介殿さんすけどのきつける策かぁ・・・。)

信包のぶかね「落ち着きなされ、三介殿さんすけどのっ・・・。権六ごんろくよっ、先も述べたが、三介さんすけとわしらは三七さんしちに多くの兵を預けとったから、下手へた伊勢いせ土山つちやまから出られなんだは其方そなたも承知であろう。三七さんしち十兵衛じゅうべえの近くにおったにもかかわらず、筑前ちくぜんが戻るまで何もできなんだではないかぁ。筑前ちくぜんが近くにおったかどうかだけの違いぞっ。なのに筋を無視して三介さんすけを追いやるとは如何いかがなるものぞぉっ・・・。」

勝家かついえ「申し訳ございませぬ。ですがわしは事実を述べてるまで・・・。過程はどうあれ、信孝様のぶたかさま仇討あだうち総大将そうだいしょうであらさられました。このことは疑いようのない事実っ。ちまたはその事実しか知りませぬ。功を上げたはずの信孝様のぶたかさま殿との御後見ごこうけんにならなければ、それこそ織田おだ家は軽く見られますぞぉ。」

とうとう怒りが頂点に達した信雄のぶかつは、どっと立ち上がる。

信雄のぶかつ三七さんしちが功を上げたじゃとぉっ。何もでけなかったではないかぁ。その上、あかしのないまま前関白様さきのかんぱくさま黒幕くろまく呼ばわりしてみやこを騒然とさせたり、筑前ちくぜん織田おだを乗っ取ろうとしとると公家衆に吹き込んだり、不愉快にも程があるわぃ・・・。」

(あちゃぁっ・・・、やってもぉたわぃ。)

信孝のぶたか「随分な云いがかりですなぁ、兄上あにうえっ。わしがそのような悪巧わるだくみをくわだてたあかしこそないではありませぬかぁ。んっ・・・。」

信雄のぶかつあかしなど無くとも、お主がそれくらいのことをする卑怯者ひきょうものであることは、皆よぉ知っとるわぃ。」

信孝のぶたかあにとはいえ失言しつげんですぞぉっ。兄上あにうえこそ皆にうとんじられておられることを御存知ごぞんじないようですなぁ・・・。」

信雄のぶかつ信孝のぶたか床几しょうぎを蹴り飛ばして、互いをにらみつけながら仁王立におうだちとなる。宿老たちの心中はあわてふためくが、何をすることもできず傍観ぼうかんするしかない。

(このままじゃといくさじゃぁ。どうするぅっ・・・。)

そしていよいよ長益ながますが立つ。

長益ながます「いい加減にせぇっ、二人ともぉ・・・、見苦みぐるしいぞぉっ・・・。」

長益ながます怒声どせいに驚いた三法師さんぽうしが泣き出す。場は静寂せいじゃくの中で三法師さんぽうしの泣き声だけが響き渡る。

長益ながます五郎左ごろうざ殿とのを連れ出してもよろしいか。」

長秀ながひでうなずくと、長益ながます前田玄以まえだげんいを呼び、三法師さんぽうしを奥の間へ連れて行かせる。

長益ながます「二人とも大殿おおとの御言葉おことばを忘れてはおらんかぁ。上に立つもんは下のもんたちに動かしてもらっとるんじゃぁ。なのに家来衆けらいしゅうの前でこのような下劣げれつ罵倒ばとう応酬おうしゅうを見せつけおってぇ、それであとを引き継いでいけると思っとるんかぁ・・・。」

信孝のぶたか「しかし叔父上おじうえっ・・・。」

長益ながます「えぇいっ、だまらっしゃあいっ・・・。このままではらちが開かん。後見こうけんりょうについては、織田おだもんは口出しせず、ここにいる宿老たちに決めてもらおうではないかぁ。」

信雄のぶかつ「えっ、織田おだものきでですかぁ・・・。」

長益ながます「ここにいる宿老たちはお主らよりもよっぽど織田おだ家のすえを案じておるもんばかりじゃぁ。ののしりおぉとるお主らがおると何も決まらんわぃ。ここはこのもんらを信じ、全てを任せ、このもんらの決めた事を受け入れよ。」

信包のぶかね「わしも賛同さんどうするぞぃ。お主ら兄弟がいがみおぉとると、決まるもんも決まらんわぃ。そんな織田おだ家には誰もついてきてくれまいぞぉっ。」

長益ながます「お主らだけでは不服であろうから、ここはわしも信包のぶかねあにぃも退くとしよう。ただ評定ひょうじょうが終わるまで、この城から一歩も出るなっ。いいなっ・・・。五郎左ごろうざ評定ひょうじょうはお主が取り仕切れぇ。全てが決まったら今日のところは解散し、明日改めてわれらに訊かせよ。」

長秀ながひで承知しょうちつかまつりました。御任おまかせくださいませぇっ・・・。」

三七殿さんしちどのに何も云わせんように仕向けよった。えず、こん場はしのげたがぁ・・・。)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

新・大東亜戦争改

みたろ
歴史・時代
前作の「新・大東亜戦争」の内容をさらに深く彫り込んだ話となっています。第二次世界大戦のifの話となっております。

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...