生残の秀吉

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思惑

六十七.隠匿の客人

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草履ぞうりのままでよい。ついて参れっ。」

秀吉ひでよし一豊かずとよ土足どそく利家としいえの屋敷に上がる。利家としいえが持つ燭台しょくだいあかりを頼りに、三人は狭い廊下ろうかを一列になって左、右、左、右と曲がり、比較的遅い歩調ほちょうで進み歩く。

「わしはこの屋敷にらんで、南に配置している陣中で休んでおることになっておる。」

利家としいえが小声で云うが、秀吉ひでよし一豊かずとよには何のことかが分からない。

「お主は誰からかくれちょるんじゃぁ。権六ごんろくかぁ・・・。」

親父おやじしかおらんじゃろう。其方そなた仇討あだうちを成して以来、ずっと親父おやじに見張りを付けられとる。まぁっ、親父おやじもわしと其方そなたの仲を承知なんじゃ。仕方ねぇ。」

「よぉ、そん見張りをかわしたのぉ。」

かわしたんじゃねぇ。其方そなた真似まねて、銭でったんじゃ。」

「なんかっ、引っかかる物云ものいいじゃのぉ・・・。」

一豊かずとよ秀吉ひでよし利家としいえの掛け合いを聴くのが昔から好きで、ついぞほくそんでしまう。暗闇で誰も見ているわけではないのだが、一豊かずとよは自分のにやついた顔を見られてないかと気にしてきょろきょろ目配めくばせする。そのうち、三人は屋敷を貫通かんつうして奥の勝手口かってぐちまで辿たどき、利家としいえはさらに外へ出ようとする。

「おぇ、又左またざが会わせてぇ御人ごじんは屋敷の中にらんのかぁ。」

秀吉ひでよしはそこで改めて利家としいえ草履ぞうりいていることに気づく。

「あぁっ。その御人ごじんはわし以上に親父おやじに眼をつけられてるからのぉ。」

秀吉ひでよしは頭の中でそれが誰だかをあれこれ想像しようとするが、見当がつかない。勝手口かってぐちを出て左に曲がると、そこに物置のようなきたな掘建小屋ほったてごやが見える。小屋の戸は開けっぱなしで、そこへ利家としいえ秀吉ひでよし一豊かずとよの順に列になって入る。

「散らかっとるんで、足元に気ぃつけろよっ。」

小屋の中は農具や工具が散らかっており、三人は注意深く奥へ進む。一番奥まで辿たどくと、そこには八尺ほどの長い乾いた竹が十数本立てかけられている。利家としいえがその前で立ち止まり、振り返って燭台しょくだい秀吉ひでよしに渡そうとする。何も云わずに秀吉ひでよしが受け取ると、利家としいえは黙って竹を四、五本ずつ右から左に移し始める。すると竹を立てかけていた壁に四尺ほどの高さの引き戸があらわれる。利家としいえひざまずいて、引き戸に手を掛ける。

「もうえぇっ・・・。を消してくれぇ。」

一つ間を置いて、秀吉ひでよし燭台しょくだいを一息で消す。利家としいえは三度深呼吸して、ゆっくりと扉を開ける。扉の向こうはほのかに明るい。

「ちぃと低いが、入ってくれ・・・。」

利家としいえが誘うと、秀吉ひでよし一豊かずとよはしゃがんで扉をくぐる。そこで秀吉ひでよしはさらにそこから奥へ続く坑道をたりにする。坑道の右上には等間隔に松明たいまつが並んでおり、確かにここから先は燭台しょくだいは必要なさそうである。

「たっ、たまげたなぁ・・・。」

遅れて利家としいえが扉をくぐり、また静かに扉を閉める。

「お主、こんな抜け道をいつの間につくっとったんじゃぁ・・・。」

「わしじゃねぇ。わしが稽古けいこ用のやりの材料を探しとったおりに、これを見つけたぁ。」

「じゃぁっ、道三殿どうさんどのの頃のかぁ・・・。」

「さぁなっ。見つけたのは随分ずいぶんと前じゃが、本当に使うのは此度こたびが初めてじゃぁ。」

「こないな大層なところにかくれなあかん御人ごじんって、一体誰なんじゃぁ。」

「もうじきわかる。ついて来い・・・。」

涼しい風を正面から受けながら、一豊かずとよ官兵衛かんべえの忠告を思い出す。

(まずいなぁっ・・・、ここで筑前様ちくぜんさまに何かあっても助けを呼べん・・・。)

一豊かずとよはもしものことを想定し、やや刀に手を気味ぎみで最後尾を歩く。一町ほど進むとやや広く一段と明るい空間が現われ、そこには五名の利家としいえの家臣が休んでいる。具足をつけた家臣たちが利家としいえに気付くとささと立ち上がり、利家としいえに一礼する。

「変わりはないかっ・・・。」

「はぁっ。特に何もございませんがぁ・・・、そのぉっ・・・。」

「どうしたっ・・・。」

御客人おじゃくじんが『退屈たいくつだから書をいくつか見繕みつくろって持ってきてくれ』と申されまして・・・。」

利家としいえあきがおを見せ、大きな溜息ためいき一つをらす。利家としいえうつむきながら、家臣の肩を二つぽんと叩き、無言でねぎらいの意を示す。その後入ってきた秀吉ひでよし一豊かずとよに気付き、家臣たちは先ほどよりも大きく腰を曲げて一礼する。道はさらに奥へと続いているようであったが、利家としいえは右へ枝分かれする脇道を指差し、秀吉ひでよしに何かを話しかけようとした刹那せつな一豊かずとよが『わっ、わぁぁっ・・・。』といってしゃがみ込む。秀吉ひでよしが振り向くと、一豊かずとよ天井てんじょうを指差しているので、秀吉ひでよし天井てんじょうを見上げると、無数のやちが降ってくる仕掛けに気付き驚く。

「心配せんでえぇ。仕掛けは切っておる。御客人おきゃくじんはあちらじゃぁ。」

利家としいえは淡々と脇道の方へ進むが、動悸どうきが激しくなった秀吉ひでよし一豊かずとよは大きく眼を見開いたまま、恐る恐る利家としいえの跡を続く。半町ほど進むと、別の広い空間が秀吉ひでよしの目前に現れる。そこには二人の護衛ごえいやりを持って立っている。

筑前殿ちくぜんどのをお連れしたぁ。通せぇっ。」

秀吉ひでよしが一礼する二人の護衛ごえいの間を進むと、そこからはむしろが二重になって奥までかれている。そしてそのさらに一番奥には、白髪しらがじりの『客人きゃくじん』が何らかのけものの毛皮を布団ふとんのようにかぶったさま寝転ねころがっている。

筑前殿ちくぜんどのをお連れいたしましたぁ。」

やや大きな声で利家としいえしらせると、『客人きゃくじん』ははっと眼を覚まし、ささと起き上がる。

筑前ちくぜんっ。よぉ来たぁっ、待っとったぞぉ。ささっ、こっちへ来いっ・・・。」

秀吉ひでよし手招てまねきする『客人きゃくじん』の顔を確かめようとするが、らぐ松明たいまつあかり無精髭ぶしょうひげ邪魔じゃまになって誰だかよく分からない。しかし声は聞き覚えがある。秀吉ひでよしはかがみ込む姿勢で恐る恐るゆっくり近づくと、さらに見覚えのある丸い眼とやけに白い歯に気付き、ようやく『客人きゃくじん』の正体しょうたいを知る。

「もっ、もしやっ、長益様ながますさまぁぁっ・・・。なっ、なんでこないな所にぃ・・・。」
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