67 / 93
思惑
六十七.隠匿の客人
しおりを挟む
「草履のままでよい。ついて参れっ。」
秀吉と一豊は土足で利家の屋敷に上がる。利家が持つ燭台の灯りを頼りに、三人は狭い廊下を一列になって左、右、左、右と曲がり、比較的遅い歩調で進み歩く。
「わしはこの屋敷に居らんで、南に配置している陣中で休んでおることになっておる。」
利家が小声で云うが、秀吉と一豊には何のことかが分からない。
「お主は誰から隠れちょるんじゃぁ。権六かぁ・・・。」
「親父しかおらんじゃろう。其方が仇討を成して以来、ずっと親父に見張りを付けられとる。まぁっ、親父もわしと其方の仲を承知なんじゃ。仕方ねぇ。」
「よぉ、そん見張りを躱したのぉ。」
「躱したんじゃねぇ。其方を真似て、銭で釣ったんじゃ。」
「なんかっ、引っかかる物云いじゃのぉ・・・。」
一豊は秀吉と利家の掛け合いを聴くのが昔から好きで、ついぞほくそ笑んでしまう。暗闇で誰も見ているわけではないのだが、一豊は自分のにやついた顔を見られてないかと気にしてきょろきょろ目配せする。そのうち、三人は屋敷を貫通して奥の勝手口まで辿り着き、利家はさらに外へ出ようとする。
「おぇ、又左が会わせてぇ御人は屋敷の中に居らんのかぁ。」
秀吉はそこで改めて利家も草履を履いていることに気づく。
「あぁっ。その御人はわし以上に親父に眼をつけられてるからのぉ。」
秀吉は頭の中でそれが誰だかをあれこれ想像しようとするが、見当がつかない。勝手口を出て左に曲がると、そこに物置のような汚い掘建小屋が見える。小屋の戸は開けっぱなしで、そこへ利家・秀吉・一豊の順に列になって入る。
「散らかっとるんで、足元に気ぃつけろよっ。」
小屋の中は農具や工具が散らかっており、三人は注意深く奥へ進む。一番奥まで辿り着くと、そこには八尺ほどの長い乾いた竹が十数本立てかけられている。利家がその前で立ち止まり、振り返って燭台を秀吉に渡そうとする。何も云わずに秀吉が受け取ると、利家は黙って竹を四、五本ずつ右から左に移し始める。すると竹を立てかけていた壁に四尺ほどの高さの引き戸が顕れる。利家は跪いて、引き戸に手を掛ける。
「もうえぇっ・・・。灯を消してくれぇ。」
一つ間を置いて、秀吉は燭台の灯を一息で消す。利家は三度深呼吸して、ゆっくりと扉を開ける。扉の向こうはほのかに明るい。
「ちぃと低いが、入ってくれ・・・。」
利家が誘うと、秀吉と一豊はしゃがんで扉を潜る。そこで秀吉はさらにそこから奥へ続く坑道を目の当たりにする。坑道の右上には等間隔に松明が並んでおり、確かにここから先は燭台は必要なさそうである。
「たっ、たまげたなぁ・・・。」
遅れて利家が扉をくぐり、また静かに扉を閉める。
「お主、こんな抜け道をいつの間に造っとったんじゃぁ・・・。」
「わしじゃねぇ。わしが稽古用の槍の材料を探しとった折に、これを見つけたぁ。」
「じゃぁっ、道三殿の頃のかぁ・・・。」
「さぁなっ。見つけたのは随分と前じゃが、本当に使うのは此度が初めてじゃぁ。」
「こないな大層なところに隠れなあかん御人って、一体誰なんじゃぁ。」
「もう直わかる。ついて来い・・・。」
涼しい風を正面から受けながら、一豊は官兵衛の忠告を思い出す。
(まずいなぁっ・・・、ここで筑前様に何かあっても助けを呼べん・・・。)
一豊はもしものことを想定し、やや刀に手を掛け気味で最後尾を歩く。一町ほど進むとやや広く一段と明るい空間が現われ、そこには五名の利家の家臣が休んでいる。具足をつけた家臣たちが利家に気付くとささと立ち上がり、利家に一礼する。
「変わりはないかっ・・・。」
「はぁっ。特に何もございませんがぁ・・・、そのぉっ・・・。」
「どうしたっ・・・。」
「御客人が『退屈だから書をいくつか見繕って持ってきてくれ』と申されまして・・・。」
利家は呆れ顔を見せ、大きな溜息一つを漏らす。利家は俯きながら、家臣の肩を二つぽんと叩き、無言で労いの意を示す。その後入ってきた秀吉と一豊に気付き、家臣たちは先ほどよりも大きく腰を曲げて一礼する。道はさらに奥へと続いているようであったが、利家は右へ枝分かれする脇道を指差し、秀吉に何かを話しかけようとした刹那、一豊が『わっ、わぁぁっ・・・。』といってしゃがみ込む。秀吉が振り向くと、一豊が天井を指差しているので、秀吉も天井を見上げると、無数の槍が降ってくる仕掛けに気付き驚く。
「心配せんでえぇ。仕掛けは切っておる。御客人はあちらじゃぁ。」
利家は淡々と脇道の方へ進むが、動悸が激しくなった秀吉と一豊は大きく眼を見開いたまま、恐る恐る利家の跡を続く。半町ほど進むと、別の広い空間が秀吉の目前に現れる。そこには二人の護衛が槍を持って立っている。
「筑前殿をお連れしたぁ。通せぇっ。」
秀吉が一礼する二人の護衛の間を進むと、そこからは筵が二重になって奥まで敷かれている。そしてそのさらに一番奥には、白髪混じりの『客人』が何らかの獣の毛皮を布団のように被った様で寝転がっている。
「筑前殿をお連れいたしましたぁ。」
やや大きな声で利家が報せると、『客人』ははっと眼を覚まし、ささと起き上がる。
「筑前っ。よぉ来たぁっ、待っとったぞぉ。ささっ、こっちへ来いっ・・・。」
秀吉は手招きする『客人』の顔を確かめようとするが、揺らぐ松明の灯と無精髭が邪魔になって誰だかよく分からない。しかし声は聞き覚えがある。秀吉はかがみ込む姿勢で恐る恐るゆっくり近づくと、さらに見覚えのある丸い眼とやけに白い歯に気付き、ようやく『客人』の正体を知る。
「もっ、もしやっ、長益様ぁぁっ・・・。なっ、なんでこないな所にぃ・・・。」
秀吉と一豊は土足で利家の屋敷に上がる。利家が持つ燭台の灯りを頼りに、三人は狭い廊下を一列になって左、右、左、右と曲がり、比較的遅い歩調で進み歩く。
「わしはこの屋敷に居らんで、南に配置している陣中で休んでおることになっておる。」
利家が小声で云うが、秀吉と一豊には何のことかが分からない。
「お主は誰から隠れちょるんじゃぁ。権六かぁ・・・。」
「親父しかおらんじゃろう。其方が仇討を成して以来、ずっと親父に見張りを付けられとる。まぁっ、親父もわしと其方の仲を承知なんじゃ。仕方ねぇ。」
「よぉ、そん見張りを躱したのぉ。」
「躱したんじゃねぇ。其方を真似て、銭で釣ったんじゃ。」
「なんかっ、引っかかる物云いじゃのぉ・・・。」
一豊は秀吉と利家の掛け合いを聴くのが昔から好きで、ついぞほくそ笑んでしまう。暗闇で誰も見ているわけではないのだが、一豊は自分のにやついた顔を見られてないかと気にしてきょろきょろ目配せする。そのうち、三人は屋敷を貫通して奥の勝手口まで辿り着き、利家はさらに外へ出ようとする。
「おぇ、又左が会わせてぇ御人は屋敷の中に居らんのかぁ。」
秀吉はそこで改めて利家も草履を履いていることに気づく。
「あぁっ。その御人はわし以上に親父に眼をつけられてるからのぉ。」
秀吉は頭の中でそれが誰だかをあれこれ想像しようとするが、見当がつかない。勝手口を出て左に曲がると、そこに物置のような汚い掘建小屋が見える。小屋の戸は開けっぱなしで、そこへ利家・秀吉・一豊の順に列になって入る。
「散らかっとるんで、足元に気ぃつけろよっ。」
小屋の中は農具や工具が散らかっており、三人は注意深く奥へ進む。一番奥まで辿り着くと、そこには八尺ほどの長い乾いた竹が十数本立てかけられている。利家がその前で立ち止まり、振り返って燭台を秀吉に渡そうとする。何も云わずに秀吉が受け取ると、利家は黙って竹を四、五本ずつ右から左に移し始める。すると竹を立てかけていた壁に四尺ほどの高さの引き戸が顕れる。利家は跪いて、引き戸に手を掛ける。
「もうえぇっ・・・。灯を消してくれぇ。」
一つ間を置いて、秀吉は燭台の灯を一息で消す。利家は三度深呼吸して、ゆっくりと扉を開ける。扉の向こうはほのかに明るい。
「ちぃと低いが、入ってくれ・・・。」
利家が誘うと、秀吉と一豊はしゃがんで扉を潜る。そこで秀吉はさらにそこから奥へ続く坑道を目の当たりにする。坑道の右上には等間隔に松明が並んでおり、確かにここから先は燭台は必要なさそうである。
「たっ、たまげたなぁ・・・。」
遅れて利家が扉をくぐり、また静かに扉を閉める。
「お主、こんな抜け道をいつの間に造っとったんじゃぁ・・・。」
「わしじゃねぇ。わしが稽古用の槍の材料を探しとった折に、これを見つけたぁ。」
「じゃぁっ、道三殿の頃のかぁ・・・。」
「さぁなっ。見つけたのは随分と前じゃが、本当に使うのは此度が初めてじゃぁ。」
「こないな大層なところに隠れなあかん御人って、一体誰なんじゃぁ。」
「もう直わかる。ついて来い・・・。」
涼しい風を正面から受けながら、一豊は官兵衛の忠告を思い出す。
(まずいなぁっ・・・、ここで筑前様に何かあっても助けを呼べん・・・。)
一豊はもしものことを想定し、やや刀に手を掛け気味で最後尾を歩く。一町ほど進むとやや広く一段と明るい空間が現われ、そこには五名の利家の家臣が休んでいる。具足をつけた家臣たちが利家に気付くとささと立ち上がり、利家に一礼する。
「変わりはないかっ・・・。」
「はぁっ。特に何もございませんがぁ・・・、そのぉっ・・・。」
「どうしたっ・・・。」
「御客人が『退屈だから書をいくつか見繕って持ってきてくれ』と申されまして・・・。」
利家は呆れ顔を見せ、大きな溜息一つを漏らす。利家は俯きながら、家臣の肩を二つぽんと叩き、無言で労いの意を示す。その後入ってきた秀吉と一豊に気付き、家臣たちは先ほどよりも大きく腰を曲げて一礼する。道はさらに奥へと続いているようであったが、利家は右へ枝分かれする脇道を指差し、秀吉に何かを話しかけようとした刹那、一豊が『わっ、わぁぁっ・・・。』といってしゃがみ込む。秀吉が振り向くと、一豊が天井を指差しているので、秀吉も天井を見上げると、無数の槍が降ってくる仕掛けに気付き驚く。
「心配せんでえぇ。仕掛けは切っておる。御客人はあちらじゃぁ。」
利家は淡々と脇道の方へ進むが、動悸が激しくなった秀吉と一豊は大きく眼を見開いたまま、恐る恐る利家の跡を続く。半町ほど進むと、別の広い空間が秀吉の目前に現れる。そこには二人の護衛が槍を持って立っている。
「筑前殿をお連れしたぁ。通せぇっ。」
秀吉が一礼する二人の護衛の間を進むと、そこからは筵が二重になって奥まで敷かれている。そしてそのさらに一番奥には、白髪混じりの『客人』が何らかの獣の毛皮を布団のように被った様で寝転がっている。
「筑前殿をお連れいたしましたぁ。」
やや大きな声で利家が報せると、『客人』ははっと眼を覚まし、ささと起き上がる。
「筑前っ。よぉ来たぁっ、待っとったぞぉ。ささっ、こっちへ来いっ・・・。」
秀吉は手招きする『客人』の顔を確かめようとするが、揺らぐ松明の灯と無精髭が邪魔になって誰だかよく分からない。しかし声は聞き覚えがある。秀吉はかがみ込む姿勢で恐る恐るゆっくり近づくと、さらに見覚えのある丸い眼とやけに白い歯に気付き、ようやく『客人』の正体を知る。
「もっ、もしやっ、長益様ぁぁっ・・・。なっ、なんでこないな所にぃ・・・。」
2
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴
もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。
潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる