65 / 104
思惑
六十五.寄道の秀吉 其の四
しおりを挟む
天正十年六月二十三日 辰の刻
秀吉は小一郎・秀勝・輝政を長浜城の座間に呼びつけた。四人は囲むように座す。
秀吉「秀勝殿に輝政殿ぉっ。昨日から思ぅとったんじゃが、お主ら一段と黒ぅなったのぉ。」
秀勝「はいっ。朝から晩まで二人で長浜を馬で駆け回っております。明智勢に所々で家や橋を壊されてまして、直すのを手伝っておりまする。」
秀吉「えぇ心掛けじゃが、近くにはまだ柴田勢がわずかにおる。危なくねぇのかぁ。」
小一郎「兄さぁ、そりゃぁ心配ねぇ。勝豊殿が残っちょるんで向こうは手を出してこん。それどころか、数日前からは柴田の兵にも畑仕事を手伝ぅてもろうとるわぃ。」
秀吉「緊張しちょらんのぉ・・・。まぁっ、それなら安心じゃがなっ。」
一旦間を置き、秀吉は本題に入る。
秀吉「わしはもう直ここを経ち、今晩は岐阜に泊まる。そん後、清洲へ向かう。もう聞いちょると思うが・・・。」
秀吉が三人を見渡すと、三人とも頷く。
秀吉「三七殿と権六の親父が残党狩りのついでに清洲までの道を拓けてくれるんで、わしらはそん後をのんびり進むまでじゃぁ。」
秀勝「さほど兵を連れて行かないと聞き及んでおりますが、清洲へは何をなされに行かれるのですか。三七兄ぃらが大勢兵を連れて行ってるのに、われらが留守番で、義父上の御供が少ないのは心配でございます。」
秀吉「そんこつよ。わしが経つ前にそんこつを皆に話しときたかったんじゃ。清洲にはわし以外に、三七殿、権六、五郎左殿、勝三郎、そして三介殿が参る。一益殿も合流するはずじゃが、それどころじゃないかもしれん。いずれにせよ清洲にて、織田家の相続と所領の再配分が話し合われる。」
三人はごくりと唾を呑む。
秀吉「こりゃぁ、五郎左殿と勝三郎が京や長浜を三七殿らに荒らされんよう仕組んだ策じゃぁ。清洲には殿の御子息であられる三法師様がおられる。三法師様が織田家の次の頭であられるこつは生前の大殿と殿の御意向で、他の連中もよぉ知っちょる。じゃから新しい『殿』の御前で織田家の行く末を決めるまでは三七殿も権六も大人しゅうしちょるっちゅうわけじゃなっ。」
小一郎「三法師様ってぇ、確か三つでござらぬかぁ。」
秀吉「じゃから三法師様には『後見』をつけることになる。筋からいうて三介殿じゃ。それでも皆は不安じゃろうから、三七殿、権六、五郎左殿、一益殿か勝三郎、ほんでわしの五人を宿老として『殿』と三介殿をお支えしていこうっちゅうんが五郎左殿の案じゃ。」
小一郎「なるほどぉっ、申し分ねぇ仕組みでねぇか・・・。んっ、待てよ、そんじゃぁまさに兄さぁは『織田家筆頭家老』になるっちゅうことでねぇかぁ。勝三郎殿の思惑通りでねぇかぁ。」
秀吉「『筆頭』は言い過ぎじゃぁ。まぁ、わしはそうなっても大人しゅうするつもりじゃからどうでもえぇ。わしが話したかったんは所領のことじゃ。」
秀吉は改めて秀勝の眼を見て話し出す。
秀吉「十中八九、秀勝殿には十兵衛が治めちょった『丹波』が与えられる。秀勝殿っ、其方は晴れて所領持ちじゃぁ。」
小一郎「ななっ、何とぉっ、そりゃぁほんまかぁっ・・・。いやぁぁっ、良かったのぉ秀勝殿ぉっ。こりゃぁめでてぇわぃ・・・。」
秀勝「ちょっ、ちょっとお待ち下さい。わたくしは羽柴の者で、此度の仇討も義父上の指図の元で働いたつもりでございます。義父上が褒美として丹波をいただくというなら分かりますが、わたくしが拝領するというのはおかしくござりませんかぁ。」
秀吉「わしの加増はねぇ。わしが加増されると喜ばん輩がおるからのぉ・・・。そこで五郎左殿がこん妙案を思いついたぁ。わしの加増がない代わりに秀勝殿が丹波を拝領することにすれば、誰も文句は云わん。わしを嫌う輩も、わしらと共に戦った者らもなっ。」
秀勝「いやっ、しかしぃ・・・。」
小一郎「いやいや、確かにこれは妙案ぞぉ。巷では此度の仇討を果たしたんは兄さぁってことになっちょる。じゃから兄さぁの加増はなしで秀勝殿が拝領しても、皆は実のところ兄さぁの加増と受け取るわぃ。」
輝政「秀勝様っ。わたくしもこれは喜ぶべきことかと存じます。此度の秀勝様の武勇は、秀勝様がどう思われようと、巷に広く知れ渡っております。頂く所領が『丹波』というのも皆に納得されましょう。」
秀勝「さっ、左様かぁ・・・。」
秀吉「秀勝殿っ。いよいよ巣立ちのときじゃ。こうなるこつはわしらだけでのぉて、大殿や殿もきっと喜んでおられまする。胸を張って丹波に向かいなされ。」
秀勝「義父上、義叔父上っ・・・、わたくしはいくら感謝してもし尽くせませぬ・・・。」
秀吉「丹波は長浜と違って田畑を耕す百姓が圧倒的に多い。其方はここで多くのこつを学んだんじゃろうが、丹波はこことは勝手が違うと心得よ。早う土地に慣れ親しんで、百姓どもの考えちょるこつ、欲しがってる物、其方がやれるべきことを早々に見極めよ。丹波へ移るんにはまだ間があるよって、下調べをしておけよっ。」
秀勝「ははぁぁっ、有難うございます・・・。」
秀吉「輝政殿っ、其方には秀勝殿の側について、これからの秀勝殿を支えてほしい。」
輝政「わたくしも羽柴に来て早々、そのような大役を仰せつかって、嬉しゅうございます。羽柴輝政、身命を持って秀勝殿にお仕えいたします。」
秀吉「それと丹波を治めるようになったら、間も無く朝廷から叙任の知らせが参るじゃろう。然すれば其方は一人前の武将じゃ。精進せぇよ・・・。あぁっ、それと今んうちにぃっ・・・、小一郎っ、秀勝殿に銭勘定の手解きをしちゃってくれぇ。」
小一郎「何じゃぃっ、わしには輝政殿のような大役はねぇんかぃ。銭勘定なんぞ、誰かに任せりゃえぇじゃろがぃ。」
秀勝「いえっ、義叔父上っ、教えを乞いとぅございます。義叔父上の目利きは本当に学ぶところが多いです。刻のある限り、わたくしに義叔父上の御知恵をお授けくだされぇ。」
小一郎「そっ、そんな大層なぁ・・・。」
秀吉「よぉしっ、わしが戻ったら盛大に祝杯じゃぁ。皆、待っちょけよぉ・・・。」
秀吉は小一郎・秀勝・輝政を長浜城の座間に呼びつけた。四人は囲むように座す。
秀吉「秀勝殿に輝政殿ぉっ。昨日から思ぅとったんじゃが、お主ら一段と黒ぅなったのぉ。」
秀勝「はいっ。朝から晩まで二人で長浜を馬で駆け回っております。明智勢に所々で家や橋を壊されてまして、直すのを手伝っておりまする。」
秀吉「えぇ心掛けじゃが、近くにはまだ柴田勢がわずかにおる。危なくねぇのかぁ。」
小一郎「兄さぁ、そりゃぁ心配ねぇ。勝豊殿が残っちょるんで向こうは手を出してこん。それどころか、数日前からは柴田の兵にも畑仕事を手伝ぅてもろうとるわぃ。」
秀吉「緊張しちょらんのぉ・・・。まぁっ、それなら安心じゃがなっ。」
一旦間を置き、秀吉は本題に入る。
秀吉「わしはもう直ここを経ち、今晩は岐阜に泊まる。そん後、清洲へ向かう。もう聞いちょると思うが・・・。」
秀吉が三人を見渡すと、三人とも頷く。
秀吉「三七殿と権六の親父が残党狩りのついでに清洲までの道を拓けてくれるんで、わしらはそん後をのんびり進むまでじゃぁ。」
秀勝「さほど兵を連れて行かないと聞き及んでおりますが、清洲へは何をなされに行かれるのですか。三七兄ぃらが大勢兵を連れて行ってるのに、われらが留守番で、義父上の御供が少ないのは心配でございます。」
秀吉「そんこつよ。わしが経つ前にそんこつを皆に話しときたかったんじゃ。清洲にはわし以外に、三七殿、権六、五郎左殿、勝三郎、そして三介殿が参る。一益殿も合流するはずじゃが、それどころじゃないかもしれん。いずれにせよ清洲にて、織田家の相続と所領の再配分が話し合われる。」
三人はごくりと唾を呑む。
秀吉「こりゃぁ、五郎左殿と勝三郎が京や長浜を三七殿らに荒らされんよう仕組んだ策じゃぁ。清洲には殿の御子息であられる三法師様がおられる。三法師様が織田家の次の頭であられるこつは生前の大殿と殿の御意向で、他の連中もよぉ知っちょる。じゃから新しい『殿』の御前で織田家の行く末を決めるまでは三七殿も権六も大人しゅうしちょるっちゅうわけじゃなっ。」
小一郎「三法師様ってぇ、確か三つでござらぬかぁ。」
秀吉「じゃから三法師様には『後見』をつけることになる。筋からいうて三介殿じゃ。それでも皆は不安じゃろうから、三七殿、権六、五郎左殿、一益殿か勝三郎、ほんでわしの五人を宿老として『殿』と三介殿をお支えしていこうっちゅうんが五郎左殿の案じゃ。」
小一郎「なるほどぉっ、申し分ねぇ仕組みでねぇか・・・。んっ、待てよ、そんじゃぁまさに兄さぁは『織田家筆頭家老』になるっちゅうことでねぇかぁ。勝三郎殿の思惑通りでねぇかぁ。」
秀吉「『筆頭』は言い過ぎじゃぁ。まぁ、わしはそうなっても大人しゅうするつもりじゃからどうでもえぇ。わしが話したかったんは所領のことじゃ。」
秀吉は改めて秀勝の眼を見て話し出す。
秀吉「十中八九、秀勝殿には十兵衛が治めちょった『丹波』が与えられる。秀勝殿っ、其方は晴れて所領持ちじゃぁ。」
小一郎「ななっ、何とぉっ、そりゃぁほんまかぁっ・・・。いやぁぁっ、良かったのぉ秀勝殿ぉっ。こりゃぁめでてぇわぃ・・・。」
秀勝「ちょっ、ちょっとお待ち下さい。わたくしは羽柴の者で、此度の仇討も義父上の指図の元で働いたつもりでございます。義父上が褒美として丹波をいただくというなら分かりますが、わたくしが拝領するというのはおかしくござりませんかぁ。」
秀吉「わしの加増はねぇ。わしが加増されると喜ばん輩がおるからのぉ・・・。そこで五郎左殿がこん妙案を思いついたぁ。わしの加増がない代わりに秀勝殿が丹波を拝領することにすれば、誰も文句は云わん。わしを嫌う輩も、わしらと共に戦った者らもなっ。」
秀勝「いやっ、しかしぃ・・・。」
小一郎「いやいや、確かにこれは妙案ぞぉ。巷では此度の仇討を果たしたんは兄さぁってことになっちょる。じゃから兄さぁの加増はなしで秀勝殿が拝領しても、皆は実のところ兄さぁの加増と受け取るわぃ。」
輝政「秀勝様っ。わたくしもこれは喜ぶべきことかと存じます。此度の秀勝様の武勇は、秀勝様がどう思われようと、巷に広く知れ渡っております。頂く所領が『丹波』というのも皆に納得されましょう。」
秀勝「さっ、左様かぁ・・・。」
秀吉「秀勝殿っ。いよいよ巣立ちのときじゃ。こうなるこつはわしらだけでのぉて、大殿や殿もきっと喜んでおられまする。胸を張って丹波に向かいなされ。」
秀勝「義父上、義叔父上っ・・・、わたくしはいくら感謝してもし尽くせませぬ・・・。」
秀吉「丹波は長浜と違って田畑を耕す百姓が圧倒的に多い。其方はここで多くのこつを学んだんじゃろうが、丹波はこことは勝手が違うと心得よ。早う土地に慣れ親しんで、百姓どもの考えちょるこつ、欲しがってる物、其方がやれるべきことを早々に見極めよ。丹波へ移るんにはまだ間があるよって、下調べをしておけよっ。」
秀勝「ははぁぁっ、有難うございます・・・。」
秀吉「輝政殿っ、其方には秀勝殿の側について、これからの秀勝殿を支えてほしい。」
輝政「わたくしも羽柴に来て早々、そのような大役を仰せつかって、嬉しゅうございます。羽柴輝政、身命を持って秀勝殿にお仕えいたします。」
秀吉「それと丹波を治めるようになったら、間も無く朝廷から叙任の知らせが参るじゃろう。然すれば其方は一人前の武将じゃ。精進せぇよ・・・。あぁっ、それと今んうちにぃっ・・・、小一郎っ、秀勝殿に銭勘定の手解きをしちゃってくれぇ。」
小一郎「何じゃぃっ、わしには輝政殿のような大役はねぇんかぃ。銭勘定なんぞ、誰かに任せりゃえぇじゃろがぃ。」
秀勝「いえっ、義叔父上っ、教えを乞いとぅございます。義叔父上の目利きは本当に学ぶところが多いです。刻のある限り、わたくしに義叔父上の御知恵をお授けくだされぇ。」
小一郎「そっ、そんな大層なぁ・・・。」
秀吉「よぉしっ、わしが戻ったら盛大に祝杯じゃぁ。皆、待っちょけよぉ・・・。」
2
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる