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思惑
六十三.寄道の秀吉 其の二
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久しぶりの和やかな夕食であった。秀吉、秀勝、小一郎、おね、なかはここしばらくの激動の暮らしぶりを語り合い、互いの顔を認めながら笑みと悲壮ぶりが混じり合った。新しい家族となった輝政は最初は呆気となっていたが、気を使ったおねとなかが温かく彼を包み込んだ。家族団欒は夜遅くまで続き、皆喋り疲れた状態で寝所についた。秀吉の寝所では寝転んだ秀吉の痩せこけた背におねがあんまを施す。
「おねぇっ・・・、おねに何の相談もなく、勝手に輝政殿を養子にしてもうてすまんのぅ。また苦労かけてまうわぃ・・・。」
「苦労だなんて、とんでもありません。短い間とはいえ、大殿に仕えていらっしゃったこともあり、行儀も良くしっかりした子ではありませんかぁ。秀勝殿とも仲睦まじゅうされていらっしゃって、何の苦労もありませんよ。それにしても池田様は随分と私どもと懇意にお付き合いくださって、むしろ何だかそちらの方に気を使ってしまいますわ。」
「ほとんど勝三郎が強引に決めたことじゃがなっ。でもまぁ確かに秀勝殿にとっても輝政殿にとってもえぇこつじゃったと心底では思ぅとるがのぉ。」
「旦那様がそうおっしゃるならそれで良いのでしょうが、これからどうなりましょう。」
「二人には明日の朝伝えるつもりじゃが、おそらく秀勝殿は十兵衛が居のうなった丹波を頂くことになる。いよいよ独り立ちじゃ。丹波でもうしばらく治世を経験すりゃぁもはや一人前の武将となるじゃろうてぇ。わしらの手からは離れるが、輝政殿を側につかせれば安心と思わんかぁ。」
「それはよぅございます。じゃぁ、秀勝殿の育ちぶりを側で見ていられるのはあとしばらくということですね。寂しい気もいたしますが、これが親心というものなんでしょうね。子を授かれない私に親心を抱かせてくれたのは、大殿と池田様のおかげ・・・。御二人にはいつまでも感謝し続けなければなりませんねぇ。」
「あぁっ・・・、そんこつはえぇんじゃがぁ・・・。」
秀吉が起き上がるのでおねはあんまを止める。秀吉はおねに向き合って座す。
「もう一つ、勝三郎と約束させられたことがある。勝三郎が云うには、孫七郎をさっさと三好から羽柴に戻して、勝三郎の娘御を嫁がせたいと申し出とるんじゃぁ。どぉ思う。」
「まぁっ、池田様がそんなことを・・・。池田様は大層旦那様を頼りにされておられるのですね。」
「あんまり買い被らんでくれぇ。勝三郎の魂胆は未だによぅ分からんところがあるが、此度は息子の元助殿にも焚きつけられてのぉ。父子してやられたわぃ。」
「でも悪いことでないのではないですか。実は最近孫七郎殿から文が届きまして、河内で随分苦労されているそうです。御母様も心配しております。元々格式が違いすぎるところへいらしたのですから、羽柴に戻せるのならそれで気が楽になるとは思いますが・・・。」
「孫七郎はわしには何も云わんと、其方が愚痴を訊いとるのかぁ。」
「旦那様に弱音を聴かせたくないのでしょう。かつて旦那様が苦渋の決断をされたのをご存知ですから・・・。でもそのような事、本当にできますでしょうか。」
秀吉は腕組む。
「うぅむ・・・。条件がある。」
「条件って・・・。」
「元々孫七郎が三好に入ったんは、三七殿が正式に三好を嗣ぐまでの間だけのはずじゃった。つまり三七殿の四国攻めの成果が孫七郎を羽柴に戻す条件じゃった。ところが大殿が亡くなられた今は、三好と織田の誼をどうするかは頓挫しちょる。そん前に織田家相続をどうするかを決めてからでねぇと、話を進められんからのぉ。」
「それで織田はどうなるのですか。」
「殿の御子息の三法師様が家督を嗣ぐんは間違いねぇ。三法師様は幼い故、三介殿が後見することも間違いねぇ。問題は三七殿の扱いじゃあ。」
「信孝様はどうされるのですか。」
「うぅぅぅん、そのこつなんじゃがぁ・・・。」
秀吉はこの先の織田と羽柴の行く末をどう見立てているのかを話していいかどうか悩む。しかしそれを話すには今までおねに語りたがっていたことから話さなければならない。
「今から話すことはずっとわしがおねに訊いて欲しかったことなんじゃが、いざおねを目の前にすると何だか云いづらいのぉ・・・。」
「云いたくなってからでもいいんですよ。」
おねの笑みに、ついつい秀吉は甘えてしまう。秀吉は膝を一つ叩く。
「いやっ、訊いてもらおうっ。そもそもの話じゃ。わしが急いて此度の仇討をやり遂げたんは、ほっとくと十兵衛に秀勝殿を嫡子としている羽柴を滅ぼされると分かったからなんじゃ。現に十兵衛は毛利と組んでわしらを挟み撃ちしようと企んどった。おねやから正直云うが、わしは仇討なんちゅう立派な心算ではのうて、皆を守りたかったっちゅう一心で十兵衛を討つ決心をしたんじゃ。」
おねの笑みは消えない。
「何だか旦那様らしいですわねぇ。そのようなこと小一郎さぁ以外の誰にも云えなくて、さぞお辛かったでしょう。」
「まぁな。わしには大殿や殿が居ない世で働くこつが想像できんかったもんじゃから、仇討を果たしさえすりゃぁ、つまりおねやお母らが襲われんようになりさえすりゃあ、そん後はこん城を出て、百姓に戻ってもえぇと思ぅとったぁ。そぅ開き直って、がむしゃらに十兵衛を討つんに専念してきたぁ。じゃが、そん結果どうなったと思う・・・。」
案外とおねは即答する。
「皆が旦那様をこれからも頼りたがっておられるのを、旦那様自身がお感じになったのではございませんか。」
「さっ、さすがおねじゃぁ。まさにそんこつを勝三郎や五郎左殿に云われたわぃ。官兵衛でさえも小一郎に同じようなこつを云うたそうじゃ。」
「旦那様は自分のことを悪ぅ見がちなところがありますからねぇ。わたくしは旦那様はずっと前から皆に慕われていることは存じておりましたよ。」
照れ臭がる秀吉だが、その先は声が低くなる。
「じゃがそんだけなら、百姓とまでは云わんでも勝三郎のように隠居して、後を他の者に託すこともでけたはずなんじゃ。じゃが不思議なこつに、そんなわしを討たんとする輩も現れたんじゃ。そん筆頭が三七殿なんよ。」
「よっ、よくぅっ、分からないのですが・・・。」
「おねぇっ・・・、おねに何の相談もなく、勝手に輝政殿を養子にしてもうてすまんのぅ。また苦労かけてまうわぃ・・・。」
「苦労だなんて、とんでもありません。短い間とはいえ、大殿に仕えていらっしゃったこともあり、行儀も良くしっかりした子ではありませんかぁ。秀勝殿とも仲睦まじゅうされていらっしゃって、何の苦労もありませんよ。それにしても池田様は随分と私どもと懇意にお付き合いくださって、むしろ何だかそちらの方に気を使ってしまいますわ。」
「ほとんど勝三郎が強引に決めたことじゃがなっ。でもまぁ確かに秀勝殿にとっても輝政殿にとってもえぇこつじゃったと心底では思ぅとるがのぉ。」
「旦那様がそうおっしゃるならそれで良いのでしょうが、これからどうなりましょう。」
「二人には明日の朝伝えるつもりじゃが、おそらく秀勝殿は十兵衛が居のうなった丹波を頂くことになる。いよいよ独り立ちじゃ。丹波でもうしばらく治世を経験すりゃぁもはや一人前の武将となるじゃろうてぇ。わしらの手からは離れるが、輝政殿を側につかせれば安心と思わんかぁ。」
「それはよぅございます。じゃぁ、秀勝殿の育ちぶりを側で見ていられるのはあとしばらくということですね。寂しい気もいたしますが、これが親心というものなんでしょうね。子を授かれない私に親心を抱かせてくれたのは、大殿と池田様のおかげ・・・。御二人にはいつまでも感謝し続けなければなりませんねぇ。」
「あぁっ・・・、そんこつはえぇんじゃがぁ・・・。」
秀吉が起き上がるのでおねはあんまを止める。秀吉はおねに向き合って座す。
「もう一つ、勝三郎と約束させられたことがある。勝三郎が云うには、孫七郎をさっさと三好から羽柴に戻して、勝三郎の娘御を嫁がせたいと申し出とるんじゃぁ。どぉ思う。」
「まぁっ、池田様がそんなことを・・・。池田様は大層旦那様を頼りにされておられるのですね。」
「あんまり買い被らんでくれぇ。勝三郎の魂胆は未だによぅ分からんところがあるが、此度は息子の元助殿にも焚きつけられてのぉ。父子してやられたわぃ。」
「でも悪いことでないのではないですか。実は最近孫七郎殿から文が届きまして、河内で随分苦労されているそうです。御母様も心配しております。元々格式が違いすぎるところへいらしたのですから、羽柴に戻せるのならそれで気が楽になるとは思いますが・・・。」
「孫七郎はわしには何も云わんと、其方が愚痴を訊いとるのかぁ。」
「旦那様に弱音を聴かせたくないのでしょう。かつて旦那様が苦渋の決断をされたのをご存知ですから・・・。でもそのような事、本当にできますでしょうか。」
秀吉は腕組む。
「うぅむ・・・。条件がある。」
「条件って・・・。」
「元々孫七郎が三好に入ったんは、三七殿が正式に三好を嗣ぐまでの間だけのはずじゃった。つまり三七殿の四国攻めの成果が孫七郎を羽柴に戻す条件じゃった。ところが大殿が亡くなられた今は、三好と織田の誼をどうするかは頓挫しちょる。そん前に織田家相続をどうするかを決めてからでねぇと、話を進められんからのぉ。」
「それで織田はどうなるのですか。」
「殿の御子息の三法師様が家督を嗣ぐんは間違いねぇ。三法師様は幼い故、三介殿が後見することも間違いねぇ。問題は三七殿の扱いじゃあ。」
「信孝様はどうされるのですか。」
「うぅぅぅん、そのこつなんじゃがぁ・・・。」
秀吉はこの先の織田と羽柴の行く末をどう見立てているのかを話していいかどうか悩む。しかしそれを話すには今までおねに語りたがっていたことから話さなければならない。
「今から話すことはずっとわしがおねに訊いて欲しかったことなんじゃが、いざおねを目の前にすると何だか云いづらいのぉ・・・。」
「云いたくなってからでもいいんですよ。」
おねの笑みに、ついつい秀吉は甘えてしまう。秀吉は膝を一つ叩く。
「いやっ、訊いてもらおうっ。そもそもの話じゃ。わしが急いて此度の仇討をやり遂げたんは、ほっとくと十兵衛に秀勝殿を嫡子としている羽柴を滅ぼされると分かったからなんじゃ。現に十兵衛は毛利と組んでわしらを挟み撃ちしようと企んどった。おねやから正直云うが、わしは仇討なんちゅう立派な心算ではのうて、皆を守りたかったっちゅう一心で十兵衛を討つ決心をしたんじゃ。」
おねの笑みは消えない。
「何だか旦那様らしいですわねぇ。そのようなこと小一郎さぁ以外の誰にも云えなくて、さぞお辛かったでしょう。」
「まぁな。わしには大殿や殿が居ない世で働くこつが想像できんかったもんじゃから、仇討を果たしさえすりゃぁ、つまりおねやお母らが襲われんようになりさえすりゃあ、そん後はこん城を出て、百姓に戻ってもえぇと思ぅとったぁ。そぅ開き直って、がむしゃらに十兵衛を討つんに専念してきたぁ。じゃが、そん結果どうなったと思う・・・。」
案外とおねは即答する。
「皆が旦那様をこれからも頼りたがっておられるのを、旦那様自身がお感じになったのではございませんか。」
「さっ、さすがおねじゃぁ。まさにそんこつを勝三郎や五郎左殿に云われたわぃ。官兵衛でさえも小一郎に同じようなこつを云うたそうじゃ。」
「旦那様は自分のことを悪ぅ見がちなところがありますからねぇ。わたくしは旦那様はずっと前から皆に慕われていることは存じておりましたよ。」
照れ臭がる秀吉だが、その先は声が低くなる。
「じゃがそんだけなら、百姓とまでは云わんでも勝三郎のように隠居して、後を他の者に託すこともでけたはずなんじゃ。じゃが不思議なこつに、そんなわしを討たんとする輩も現れたんじゃ。そん筆頭が三七殿なんよ。」
「よっ、よくぅっ、分からないのですが・・・。」
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