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仇討
二十八.鼓吹の秀勝
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姫路の城に秀吉軍の将兵が次々と集う。
羽柴小一郎秀長
黒田官兵衛孝高
蜂須賀小六正勝
堀久太郎秀政
中村孫平次一氏
堀尾茂助吉晴
浅野弥兵衛長吉 ・・・
座ってられない秀吉は、こまめに彼等一人一人を出迎え、相手の両手を取りながら労いの言葉をかける。
「よぉ戻ってこられたぁ。ゆっくり休んでくんろと云いたいところじゃが、そうもいかんでのぉ。銭と米は十分充てるんで、後で小一郎から受け取ってくんろぉ。」
全員、京の事件は知っている。そしていち早く光秀を討たなければならないこともわかっている。しかし家来どもの身体は疲れ切っており、それぞれの隊で士気を上げるのは難しい。皆秀吉との付き合いが長いだけに、彼の心労を慮る。
全員が揃ったところで、秀吉は小一郎に眼で合図する。小一郎がその場から姿を消すと間もなく、朱と金の具足下着の秀勝が現れる。騒ついていた雰囲気が瞬時に静まり、鋼色の緊張感が漂う。秀勝が正面に立つと、秀勝の右に立つ秀吉が将兵たちに向かって大声を発する。
「皆のもん、大義じゃあ。皆も承知の通り、わしらが仕えちょった大殿と殿が逆賊・明智惟任日向守の手によって身罷られた。此度の戦はそん仇討じゃぁ。恩を忘れた卑怯者の十兵衛に正義などねぇっ。正義はわしらじゃぁ。十兵衛の首を獲って、わしらがもろうた大殿と殿の御恩に報いようじゃねぇかぁ。」
「おおぉぉっ・・・。」
将兵たちの雄叫びに、小一郎が続く。
「此度の戦の総大将は、大殿の実の御子息であり、また殿の実の弟君であらせられる羽柴秀勝様に就いていただく。皆の衆、大いに気張って秀勝様を盛り立てようでねぇかぁ。」
「おおぉぉっ・・・。」
気合を入れる将兵たちに秀勝の涼やかな目元はびくとも動じない。小一郎が将兵たちを座らせて軍議を開こうとすると、秀勝が制する。
「義父上、わたくしからも皆に云いたいことがあるのですが、宜しゅうございますか。」
秀勝の意外な申し出に、秀吉は眼を丸くする。秀吉は一旦小一郎に視線をやるが、小一郎は知らないとばかり首を振る。ぜひにと云わんとする秀勝の眼力に圧され、秀吉が頷くと、秀勝は将兵たちに向けて、静寂の中をゆっくりと話し始める。秀勝の言葉など訊いたことがない将兵たちの視線が注がれる。
「皆に訊いてもらいたい。わたしが羽柴の養子になる折に、大殿はわたしにこう申された。『義父上を大事にせよ。義母上を大事にせよ。そして義父上と心を一にする者たち全てを大事にせよ。』と・・・。」
聴衆は秀勝の言葉にはっとする。
(大殿はわしらのことも気にかけてくれとったんかぁ・・・。)
秀勝は将兵たちを見渡しながら続ける。
「大殿は常に皆を見守っとったんじゃ。そして皆と共にこの世を創り直したかったんじゃ。あの頃のわたしには分からなかったが、今ははっきりと申せる。大殿は皆と新しい世を創りたかったんじゃあ。」
秀勝の言葉が将兵たちの心を揺り動かす。特に久太郎や弥兵衛のような秀吉にも信長にも仕えた経験のある家臣は、さまざまな信長の表情を思い浮かべられるだけに、信長が知らないところでそのようなことを云っていたことに感激する。秀勝の身体が熱ってくる。
「そんな気高い志を踏み躙った光秀を、わたしは絶対に許すことはできん。彼奴の首は絶対にわたしが獲る。とはいえ、わたしは初陣したばかりの若輩者じゃ。皆の力がいるっ・・・。皆の衆、わたしに力を貸してくれぇ・・・。」
十五歳の若者の言葉に、図体のでかい髭面の大人たちが感動する。
「おおおぉぉぉっ・・・。」
秀吉は泣いている。小一郎は驚きの表情をしながらも眼は潤っている。涙を流せない官兵衛だけが冷ややかにこの光景に見入る。
(これは筑前殿の描いた筋書きかのぉ・・・。いや、当の筑前殿の泣き様を見たら真の言葉のように思えるわぃ。後でこっそり筑前殿に訊いてみよう・・・。)
そして官兵衛は秀勝に感心する。
(演技だとしても若いのに見事じゃ。此度の戦を『織田の仇討』ではなく、『皆の仇討』にしてしもうた。末恐ろしいのぉ。こりゃ三介殿や三七殿の出る幕はねぇわぁ。)
秀吉は声を詰まらせながら秀勝に云う。
「ひっ、秀勝殿ぉっ。よう云うてくだされた。おっ、大殿も殿もきっと喜ばれちょる。後は十兵衛の首を跳ねるだけじゃ・・・。わっ、わしは嬉しいぞぃ。」
秀勝は優しく秀吉の肩に触れる。
「さぁ、義父上、策をお訊かせくだされ。」
秀吉は涙を拭い、深呼吸一つして大声を出す。
「よっしゃあぁっ・・・。」
秀吉は目前の床几をけとばし、半畳ほどの西国街道の絵地図を床に拡げる。
「さっ、さあぁっ、皆の衆、こっちゃに寄ってけぇ。軍議を始めんぞおぉっ・・・。」
羽柴小一郎秀長
黒田官兵衛孝高
蜂須賀小六正勝
堀久太郎秀政
中村孫平次一氏
堀尾茂助吉晴
浅野弥兵衛長吉 ・・・
座ってられない秀吉は、こまめに彼等一人一人を出迎え、相手の両手を取りながら労いの言葉をかける。
「よぉ戻ってこられたぁ。ゆっくり休んでくんろと云いたいところじゃが、そうもいかんでのぉ。銭と米は十分充てるんで、後で小一郎から受け取ってくんろぉ。」
全員、京の事件は知っている。そしていち早く光秀を討たなければならないこともわかっている。しかし家来どもの身体は疲れ切っており、それぞれの隊で士気を上げるのは難しい。皆秀吉との付き合いが長いだけに、彼の心労を慮る。
全員が揃ったところで、秀吉は小一郎に眼で合図する。小一郎がその場から姿を消すと間もなく、朱と金の具足下着の秀勝が現れる。騒ついていた雰囲気が瞬時に静まり、鋼色の緊張感が漂う。秀勝が正面に立つと、秀勝の右に立つ秀吉が将兵たちに向かって大声を発する。
「皆のもん、大義じゃあ。皆も承知の通り、わしらが仕えちょった大殿と殿が逆賊・明智惟任日向守の手によって身罷られた。此度の戦はそん仇討じゃぁ。恩を忘れた卑怯者の十兵衛に正義などねぇっ。正義はわしらじゃぁ。十兵衛の首を獲って、わしらがもろうた大殿と殿の御恩に報いようじゃねぇかぁ。」
「おおぉぉっ・・・。」
将兵たちの雄叫びに、小一郎が続く。
「此度の戦の総大将は、大殿の実の御子息であり、また殿の実の弟君であらせられる羽柴秀勝様に就いていただく。皆の衆、大いに気張って秀勝様を盛り立てようでねぇかぁ。」
「おおぉぉっ・・・。」
気合を入れる将兵たちに秀勝の涼やかな目元はびくとも動じない。小一郎が将兵たちを座らせて軍議を開こうとすると、秀勝が制する。
「義父上、わたくしからも皆に云いたいことがあるのですが、宜しゅうございますか。」
秀勝の意外な申し出に、秀吉は眼を丸くする。秀吉は一旦小一郎に視線をやるが、小一郎は知らないとばかり首を振る。ぜひにと云わんとする秀勝の眼力に圧され、秀吉が頷くと、秀勝は将兵たちに向けて、静寂の中をゆっくりと話し始める。秀勝の言葉など訊いたことがない将兵たちの視線が注がれる。
「皆に訊いてもらいたい。わたしが羽柴の養子になる折に、大殿はわたしにこう申された。『義父上を大事にせよ。義母上を大事にせよ。そして義父上と心を一にする者たち全てを大事にせよ。』と・・・。」
聴衆は秀勝の言葉にはっとする。
(大殿はわしらのことも気にかけてくれとったんかぁ・・・。)
秀勝は将兵たちを見渡しながら続ける。
「大殿は常に皆を見守っとったんじゃ。そして皆と共にこの世を創り直したかったんじゃ。あの頃のわたしには分からなかったが、今ははっきりと申せる。大殿は皆と新しい世を創りたかったんじゃあ。」
秀勝の言葉が将兵たちの心を揺り動かす。特に久太郎や弥兵衛のような秀吉にも信長にも仕えた経験のある家臣は、さまざまな信長の表情を思い浮かべられるだけに、信長が知らないところでそのようなことを云っていたことに感激する。秀勝の身体が熱ってくる。
「そんな気高い志を踏み躙った光秀を、わたしは絶対に許すことはできん。彼奴の首は絶対にわたしが獲る。とはいえ、わたしは初陣したばかりの若輩者じゃ。皆の力がいるっ・・・。皆の衆、わたしに力を貸してくれぇ・・・。」
十五歳の若者の言葉に、図体のでかい髭面の大人たちが感動する。
「おおおぉぉぉっ・・・。」
秀吉は泣いている。小一郎は驚きの表情をしながらも眼は潤っている。涙を流せない官兵衛だけが冷ややかにこの光景に見入る。
(これは筑前殿の描いた筋書きかのぉ・・・。いや、当の筑前殿の泣き様を見たら真の言葉のように思えるわぃ。後でこっそり筑前殿に訊いてみよう・・・。)
そして官兵衛は秀勝に感心する。
(演技だとしても若いのに見事じゃ。此度の戦を『織田の仇討』ではなく、『皆の仇討』にしてしもうた。末恐ろしいのぉ。こりゃ三介殿や三七殿の出る幕はねぇわぁ。)
秀吉は声を詰まらせながら秀勝に云う。
「ひっ、秀勝殿ぉっ。よう云うてくだされた。おっ、大殿も殿もきっと喜ばれちょる。後は十兵衛の首を跳ねるだけじゃ・・・。わっ、わしは嬉しいぞぃ。」
秀勝は優しく秀吉の肩に触れる。
「さぁ、義父上、策をお訊かせくだされ。」
秀吉は涙を拭い、深呼吸一つして大声を出す。
「よっしゃあぁっ・・・。」
秀吉は目前の床几をけとばし、半畳ほどの西国街道の絵地図を床に拡げる。
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