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仇討
二十一.再会の親子
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秀勝は秀吉が起きるのを待つ。身体は相当疲れているはずだが、秀勝の心中は『迷い』だらけである。実の父が死んだ。敬愛する兄も死んだ。そして自分は義理の父の元にいる。復讐の念に駆られて仇討に突っ走るのが良いのか、それとも家臣を思って大局を見渡し冷静であるべきなのか、どうしたものか答えを出せない自分に苛立ちを感じる。
(早く義父上に会いたい。)
退陣の命令が出て以来、秀勝は秀吉とじっくり話すことでその迷いを取り払いたい一心である。秀勝は秀吉が眼を覚ましたら呼ばれると思っていたが、秀勝が待つ部屋へ秀吉自らが入ってくる。
「秀勝殿ぉっ。よぉう、御無事であったぁ・・・。」
湯帷子の秀吉が近寄ると、秀勝は咄嗟に自身も立ち上がり、義父の手を取る。
「義父上っ。お会いしとうございましたぁ。」
立ったままの二人の眼が潤い出す。
「すまんっ、すまんっ。文しか横さんと何も分からんままじゃったろう・・・。」
「いえっ、事が事です。致し方ありませぬ。それに文には姫路で仔細を話すと記しておったではありませぬか。」
「そうじゃったなぁ、そうじゃったなぁ。此度の件、秀勝殿には何とお悔やみを申せばよいか・・・。わしは秀勝殿にどんな顔すりゃあえぇんか・・・。」
「義父上のお気持ち、わたくしはとても嬉しゅうございます。」
「お疲れじゃろう。ゆっくり休んでくれや・・・。あっ、あぁ、立ち話じゃと余計疲れるわぃなぁ。さっ、さぁ、座ってくんろ。」
二人は向かい合ったまま、その場に座る。
「わしにとって大殿は大恩人、いやっ、神様じゃぁ。わしは恩を忘れて大殿に手ぇかけた十兵衛を絶対に許しませんぞぉっ。」
「義父上の大殿への御忠義には感謝し尽くせませぬ。わたくしが物心ついた頃には大殿は雲の上の人でござった。なかなか話をする機会はござらんかったが、此度の初陣の話を肴に大殿と酒を酌み交わせればと思うておりました。」
秀吉は俯き、泣きながら返す。
「きっ、きっと喜んでくださいましたぞぃ。」
秀勝は自分の思いを打ち明けたくて仕方ない。
「わたくしの幼少は寧ろ義父上と兄上に可愛がられた記憶が強うござりまする・・・。義父上はわたくしをよう笑わせてくださいましたし、兄上は凛々しく、美しく、とりわけ戦場から戻られたときの姿を憧れの眼差しで見ておりました。」
秀吉は顔を上げ、笑顔を作る。
「秀勝殿にそう仰られては、わしもおねも幸せもんじゃぁっ。十兵衛は其方も討ち取ろうとしちょるようじゃが、そんなもんは返り討ちじゃぁあ。秀勝殿ぉっ、仇討を果たしましょうぞぉっ。」
再び秀吉と秀勝は手を取り合うと、秀勝が尋ねる。
「して、わたくしはどうすればよろしゅうござる。」
秀吉は手を離し、姿勢を正して応える。
「まず、わしらは一刻も早く十兵衛を討たなあかんっちゅういうこっちゃ。猶予を与えりゃ、十兵衛は貴族の味方を増やしより、御上までその気にさせてしもうたら、世間ではわしらの『仇討』は逆に『謀反』ってことになってしもう。」
秀勝が怒る。
「『謀反』人は十兵衛の方ではないか。解せんのぉ・・・。」
秀吉は冷静になれと云わんばかりに、事実に触れる。
「あぁ、じゃが十兵衛は既に朝廷への工作を進めちょる。一部にゃぁ、十兵衛を大殿の後釜と認める奴らも出てきちょるらしい。」
秀勝は確認する。
「仇討は間に合いまするか。」
「御上が早まらんよう、手は打った。既にわしらが姫路で十兵衛を討つ支度を整えたっちゅう噂をあちこちで流しちょる。」
秀勝は慌てる。
「いやっ、まだ兵は皆姫路まで戻ってませんぞ。」
秀吉は再度落ち着けと云わんばかりに続ける。
「分かっちょる。実際にはそうじゃが、貴族っちゅうもんは必ず強いもんに寄ってくる。彼奴らにとって、わしと十兵衛とでどっちが強いかは計り知れんじゃろう。となると、要は兵の数じゃ。十兵衛と闘えるだけの兵が間もなく京に入ると分かれば、褒美を与えるんも躊躇するはずじゃ。」
秀勝は知略に長けた秀吉に感心する。
「そうか、われらがすぐにでも上京する噂を訊きつければ、朝廷は様子見するようになって、動きが鈍くなる。そうやって刻を稼ぐというわけかぁ。」
(早く義父上に会いたい。)
退陣の命令が出て以来、秀勝は秀吉とじっくり話すことでその迷いを取り払いたい一心である。秀勝は秀吉が眼を覚ましたら呼ばれると思っていたが、秀勝が待つ部屋へ秀吉自らが入ってくる。
「秀勝殿ぉっ。よぉう、御無事であったぁ・・・。」
湯帷子の秀吉が近寄ると、秀勝は咄嗟に自身も立ち上がり、義父の手を取る。
「義父上っ。お会いしとうございましたぁ。」
立ったままの二人の眼が潤い出す。
「すまんっ、すまんっ。文しか横さんと何も分からんままじゃったろう・・・。」
「いえっ、事が事です。致し方ありませぬ。それに文には姫路で仔細を話すと記しておったではありませぬか。」
「そうじゃったなぁ、そうじゃったなぁ。此度の件、秀勝殿には何とお悔やみを申せばよいか・・・。わしは秀勝殿にどんな顔すりゃあえぇんか・・・。」
「義父上のお気持ち、わたくしはとても嬉しゅうございます。」
「お疲れじゃろう。ゆっくり休んでくれや・・・。あっ、あぁ、立ち話じゃと余計疲れるわぃなぁ。さっ、さぁ、座ってくんろ。」
二人は向かい合ったまま、その場に座る。
「わしにとって大殿は大恩人、いやっ、神様じゃぁ。わしは恩を忘れて大殿に手ぇかけた十兵衛を絶対に許しませんぞぉっ。」
「義父上の大殿への御忠義には感謝し尽くせませぬ。わたくしが物心ついた頃には大殿は雲の上の人でござった。なかなか話をする機会はござらんかったが、此度の初陣の話を肴に大殿と酒を酌み交わせればと思うておりました。」
秀吉は俯き、泣きながら返す。
「きっ、きっと喜んでくださいましたぞぃ。」
秀勝は自分の思いを打ち明けたくて仕方ない。
「わたくしの幼少は寧ろ義父上と兄上に可愛がられた記憶が強うござりまする・・・。義父上はわたくしをよう笑わせてくださいましたし、兄上は凛々しく、美しく、とりわけ戦場から戻られたときの姿を憧れの眼差しで見ておりました。」
秀吉は顔を上げ、笑顔を作る。
「秀勝殿にそう仰られては、わしもおねも幸せもんじゃぁっ。十兵衛は其方も討ち取ろうとしちょるようじゃが、そんなもんは返り討ちじゃぁあ。秀勝殿ぉっ、仇討を果たしましょうぞぉっ。」
再び秀吉と秀勝は手を取り合うと、秀勝が尋ねる。
「して、わたくしはどうすればよろしゅうござる。」
秀吉は手を離し、姿勢を正して応える。
「まず、わしらは一刻も早く十兵衛を討たなあかんっちゅういうこっちゃ。猶予を与えりゃ、十兵衛は貴族の味方を増やしより、御上までその気にさせてしもうたら、世間ではわしらの『仇討』は逆に『謀反』ってことになってしもう。」
秀勝が怒る。
「『謀反』人は十兵衛の方ではないか。解せんのぉ・・・。」
秀吉は冷静になれと云わんばかりに、事実に触れる。
「あぁ、じゃが十兵衛は既に朝廷への工作を進めちょる。一部にゃぁ、十兵衛を大殿の後釜と認める奴らも出てきちょるらしい。」
秀勝は確認する。
「仇討は間に合いまするか。」
「御上が早まらんよう、手は打った。既にわしらが姫路で十兵衛を討つ支度を整えたっちゅう噂をあちこちで流しちょる。」
秀勝は慌てる。
「いやっ、まだ兵は皆姫路まで戻ってませんぞ。」
秀吉は再度落ち着けと云わんばかりに続ける。
「分かっちょる。実際にはそうじゃが、貴族っちゅうもんは必ず強いもんに寄ってくる。彼奴らにとって、わしと十兵衛とでどっちが強いかは計り知れんじゃろう。となると、要は兵の数じゃ。十兵衛と闘えるだけの兵が間もなく京に入ると分かれば、褒美を与えるんも躊躇するはずじゃ。」
秀勝は知略に長けた秀吉に感心する。
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