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退陣
十七.推論の隆景
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恵瓊は『まさか』といった感じで
「二人して同じくして亡くなられるということはありえましょうか。」
とつい口にしたが、隆景に返される。
「恵瓊殿、常識に囚われてはいかんぞ。少しでもわしらが約定を堂々と破る可能性があるのなら、それを前提として筑前の言葉を解せねばならん。いや、むしろ筑前はまさに『信じられない』事態が起こっていることを暗にわれらに告げているのやも知れん。」
恵瓊はつい声を荒げる
「何のために・・・。」
隆景は冷静に返す。
「さらにその先のためじゃ。ここは仮にお二人とも御隠れになったとして、続きを考えた方が良いと思うぞ・・・。仮にそうだとすると、織田の家督をどうするかが課題になるわなぁ。ふつう重臣会議なぞが開かれるじゃろうが、さすれば筑前だけが安土とかに戻れば良いのであって、退陣する理由にはならんよなぁ。」
恵瓊も隆景の『仮』の話に乗っかる。
「陣を動かすのですから、ただの家督問題ではなく、『家督争い』といったものが起こるということでしょうか。」
隆景は返す。
「織田家中の内情はわしはよく知らんので何とも云えんが、世によくある話ではないか。片や、わしらにしてみれば織田の家督などどうでも良いし、約定を守る理由も失せるわけだから、勝手に退く筑前を追い攻めようとなってもおかしくないわなぁ。」
恵瓊は呟く。
「無理矢理のような感はありますが、辻褄は合ってきましたな。」
隆景は確認する。
「しかし筑前は『追うな』と云った。そして追わなければ『縁談話』を進めたいと云った・・・ということだな。」
恵瓊が頷くと、隆景はさらに確認する。
「恵瓊殿、右大将殿も左中将殿もおられなければ、筑前の一存で『縁談』を実現できるのではないか。」
恵瓊は否定する。
「いや、そうはいっても右大将殿と左中将殿以外の織田家の方々や古参の譜代を説くのは至難でありましょう。筑前殿だけでそのようなことを決められるとは到底思えませんが・・・。」
しかし、隆景は三度あっさり返す。
「右大将殿の御子息・秀勝殿は『羽柴』を名乗っとるんじゃろう。それならやり易いのではないか。『何とかする』というのは、簡単ではないが、できぬことではないという意味が込められているようにも思われよう。」
不満気な恵瓊に対して、隆景は続ける。
「それにしても右大将殿も左中将殿もおられぬのであれば、寧ろわしらの方に秀勝殿と結ぶ理由がないのぉ。なにせまだ無位無官で、右大将殿がおらねばこの先叙任されるかどうかすら分からんのじゃろう。それは筑前も分かってよう・・・。」
と云ったところで、隆景は考え込む。しばらくして何か閃いたように眼を輝かせる。
「筑前はわしらに銭勘定させとるのかもしれん。筑前とこのまま争い続けるか、『羽柴』と誼を結ぶか。どちらが毛利にとって『得』なのか。」
恵瓊は隆景の言葉を解釈するのに必死である。
「それが『さらにその先』の話ということでございますか。」
隆景は頷き、そして大胆な仮説を唱える。
「筑前が暗に申しておるのは、今のわしらの例えが誠のことであって、今後は『織田との縁』ではなく、『羽柴との縁』を深めよということかもしれん。」
「なっ、何と大それた・・・。」
「いや、案外と愚策でもないぞ。この先もし織田家中が分裂すれば、筑前にとってはわしらが後ろ盾になるよって都合が良かろうし、わしらにとっても東の脅威がなくなり、西の大友に注力できる。」
恵瓊は解せない。
「そりゃそうですが、毛利と右大将殿が背後にいない『ただの羽柴』とでは格が違いすぎまする・・・。」
隆景は笑いながら、そろそろ恵瓊との話を切り上げようとする。
「確かにな。とはいえ、毛利もついこないだまでは無位無官の国衆だったんじゃ。世の中分からんぞぃ。この先、『ただの羽柴』でなくなるのかも知れん。まぁ、今のわしらとしては筑前を『見守る』で良いのではないか。」
二人が山を下り、馬の前まで辿り着く。恵瓊は少しだけ眼の前が明るくなったような気に浸り、隆景に感謝を示す。
「又四郎様、わたくしの悩みをお聴き頂き感謝いたしまする。『仮』の話とはいえ、こうして又四郎様と筑前殿の思惑をあれこれ想像しただけで、胸の支えが外れたような気がいたしまする。」
恵瓊はこれまでの話はただの『言葉遊び』であったかのように振る舞う。しかし隆景は寧ろ恵瓊に忠告する。
「恵瓊殿。筑前はとても重大な伝言をしておるぞぉ。わしにもまだその意中は分からぬが、これはただの戯言ではないっ。それだけは間違いないわぁ。なかなかおもしろい仕掛けをされるお方じゃ。わしは嫌いではないぞぉ。」
隆景は不気味な笑みを醸し出しながら馬に跨り、恵瓊と共に輝元の待つ猿掛城へ駆け出す。
「二人して同じくして亡くなられるということはありえましょうか。」
とつい口にしたが、隆景に返される。
「恵瓊殿、常識に囚われてはいかんぞ。少しでもわしらが約定を堂々と破る可能性があるのなら、それを前提として筑前の言葉を解せねばならん。いや、むしろ筑前はまさに『信じられない』事態が起こっていることを暗にわれらに告げているのやも知れん。」
恵瓊はつい声を荒げる
「何のために・・・。」
隆景は冷静に返す。
「さらにその先のためじゃ。ここは仮にお二人とも御隠れになったとして、続きを考えた方が良いと思うぞ・・・。仮にそうだとすると、織田の家督をどうするかが課題になるわなぁ。ふつう重臣会議なぞが開かれるじゃろうが、さすれば筑前だけが安土とかに戻れば良いのであって、退陣する理由にはならんよなぁ。」
恵瓊も隆景の『仮』の話に乗っかる。
「陣を動かすのですから、ただの家督問題ではなく、『家督争い』といったものが起こるということでしょうか。」
隆景は返す。
「織田家中の内情はわしはよく知らんので何とも云えんが、世によくある話ではないか。片や、わしらにしてみれば織田の家督などどうでも良いし、約定を守る理由も失せるわけだから、勝手に退く筑前を追い攻めようとなってもおかしくないわなぁ。」
恵瓊は呟く。
「無理矢理のような感はありますが、辻褄は合ってきましたな。」
隆景は確認する。
「しかし筑前は『追うな』と云った。そして追わなければ『縁談話』を進めたいと云った・・・ということだな。」
恵瓊が頷くと、隆景はさらに確認する。
「恵瓊殿、右大将殿も左中将殿もおられなければ、筑前の一存で『縁談』を実現できるのではないか。」
恵瓊は否定する。
「いや、そうはいっても右大将殿と左中将殿以外の織田家の方々や古参の譜代を説くのは至難でありましょう。筑前殿だけでそのようなことを決められるとは到底思えませんが・・・。」
しかし、隆景は三度あっさり返す。
「右大将殿の御子息・秀勝殿は『羽柴』を名乗っとるんじゃろう。それならやり易いのではないか。『何とかする』というのは、簡単ではないが、できぬことではないという意味が込められているようにも思われよう。」
不満気な恵瓊に対して、隆景は続ける。
「それにしても右大将殿も左中将殿もおられぬのであれば、寧ろわしらの方に秀勝殿と結ぶ理由がないのぉ。なにせまだ無位無官で、右大将殿がおらねばこの先叙任されるかどうかすら分からんのじゃろう。それは筑前も分かってよう・・・。」
と云ったところで、隆景は考え込む。しばらくして何か閃いたように眼を輝かせる。
「筑前はわしらに銭勘定させとるのかもしれん。筑前とこのまま争い続けるか、『羽柴』と誼を結ぶか。どちらが毛利にとって『得』なのか。」
恵瓊は隆景の言葉を解釈するのに必死である。
「それが『さらにその先』の話ということでございますか。」
隆景は頷き、そして大胆な仮説を唱える。
「筑前が暗に申しておるのは、今のわしらの例えが誠のことであって、今後は『織田との縁』ではなく、『羽柴との縁』を深めよということかもしれん。」
「なっ、何と大それた・・・。」
「いや、案外と愚策でもないぞ。この先もし織田家中が分裂すれば、筑前にとってはわしらが後ろ盾になるよって都合が良かろうし、わしらにとっても東の脅威がなくなり、西の大友に注力できる。」
恵瓊は解せない。
「そりゃそうですが、毛利と右大将殿が背後にいない『ただの羽柴』とでは格が違いすぎまする・・・。」
隆景は笑いながら、そろそろ恵瓊との話を切り上げようとする。
「確かにな。とはいえ、毛利もついこないだまでは無位無官の国衆だったんじゃ。世の中分からんぞぃ。この先、『ただの羽柴』でなくなるのかも知れん。まぁ、今のわしらとしては筑前を『見守る』で良いのではないか。」
二人が山を下り、馬の前まで辿り着く。恵瓊は少しだけ眼の前が明るくなったような気に浸り、隆景に感謝を示す。
「又四郎様、わたくしの悩みをお聴き頂き感謝いたしまする。『仮』の話とはいえ、こうして又四郎様と筑前殿の思惑をあれこれ想像しただけで、胸の支えが外れたような気がいたしまする。」
恵瓊はこれまでの話はただの『言葉遊び』であったかのように振る舞う。しかし隆景は寧ろ恵瓊に忠告する。
「恵瓊殿。筑前はとても重大な伝言をしておるぞぉ。わしにもまだその意中は分からぬが、これはただの戯言ではないっ。それだけは間違いないわぁ。なかなかおもしろい仕掛けをされるお方じゃ。わしは嫌いではないぞぉ。」
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