生残の秀吉

Dr. CUTE

文字の大きさ
上 下
11 / 93
退陣

十一.哀願の大将 其の一

しおりを挟む
しばらくして。

秀吉が陣幕をもぐって入ってくる。

「やぁ、七郎殿しちろうどの、足元の悪いところよう参った。伯父上おじうえもよう参られた。」

二人の老臣は一礼をし、秀吉ひでよしに注目する。

「早速じゃが、ときがねぇので簡単にお話し致す。まず悪い知らせじゃ。一昨日おとといみやこ大殿おおとの殿との明智あけち日向守ひゅうがのかみに襲われ、身罷みまかられた。」

衝撃的な秀吉ひでよしの告白に忠家ただいえ家次いえつぐも言葉を失う。秀吉ひでよしは続ける。

「残念じゃが、今となっては疑う余地はねぇ。その上、十兵衛じゅうべえはわしらも討とうとしちょる。わしらは一刻も早く姫路ひめじまで退き、十兵衛じゅうべえを討つ支度したくを整えにゃならん。」

あまりの大事をあまりに秀吉ひでよしが簡潔に述べるので、二人は頭を整理するのに必死だった。

何故なにゆえ日向守殿ひゅうがのかみどのは・・・」

家次いえつぐが云いかけたところで、秀吉ひでよし怒鳴どなる。

「あやつに『殿』はつけるなぁっ。」

家次いえつぐはびくつくが、気を取り直してたずねる。

何故なにゆえ日向守ひゅうがのかみはこんな謀反むほんを起こしたんじゃ。」

秀吉ひでよしは今度は薄気味悪うすきみわるみを浮かべる。

「『謀反むほん』か、えぇ言葉じゃのぉ。十兵衛じゅうべえが何を考えちょるんか、誰が味方しとるんかはまだわしらにも分からん。じゃがはっきりしちょることは、大殿おおとの殿とのを討ったからにゃぁ、『織田おだ』の血筋は皆敵じゃということじゃ。」

二人の脳裏のうり秀勝ひでかつのことがよぎり、秀吉ひでよしも狙われていることに納得する。

「すまん思うちょるが、他の者にはひそかに既に退支度したくを命じちょる。じゃが二人にはとりわけ大事な務めを頼みちょう思うて、わざわざ呼んだんじゃ。」

忠家ただいえはここの不思議な雰囲気ふんいきにも、そして家次いえつぐが云った通りになったことにも納得する。

七郎殿しちろうどの、わしはこの後すぐにここを退く。じゃが、全ての兵どもが支度したくするにゃぁ、明日までかかろう。朝にゃぁ清水しみずが腹を切るんで、それを見届けたらそなたには退陣の殿軍しんがりを務めてほしいんじゃ。」

秀吉ひでよし哀願あいがん忠家ただいえたずねる。

筑前殿ちくぜんどの清水しみずが腹を切ると申しましたが、一体それは如何いかなることで・・・。それにみやこでのことは毛利もうりは存じているのか。」

待ってましたとばかりに秀吉ひでよしは応える。

毛利もうりはまだこんことを知らん。じゃがそのうち知れるじゃろう。そうなってもおいそれと毛利もうりが出てこんよう既に手は打った。」

秀吉ひでよしふところから昨晩仕上げた誓紙せいしを取り出し、二人の前に広げる。

「急な話じゃったんで皆に告げれんかったんじゃが、昨夜のうちに毛利もうり約定やくじょうを結んだ。河辺川かわべがわより手前がわしらの領じゃ。こっちゃが求める領地を減らす代わりに明朝清水しみずに腹を切らせることになっちょる。こん約定やくじょうがあるんで、毛利もうり大殿おおとののことを知らんうちは攻めてこん。問題は大殿おおとののことを知った毛利もうりがどう出るかじゃ。そうなっても約定やくじょうを破ってまで攻めてこんよう、わしの方でもう一つ策は講じておいた。じゃがそれがうまくいくかどうかはやってみんと分からん。」

緊迫した事態であることを実感する忠家ただいえはじっくり考えた後、秀吉ひでよしに云う。

「つまり退陣するわれらを毛利もうりが追いかけてこなかったら、筑前殿ちくぜんどのの策がこうそうしているということでござるな。ところでどのような手を打たれたのでござるか。」

秀吉ひでよしが返す。

「詳しくは云えんが、要はもうばなしにおわせて、毛利もうり損得勘定そんとくかんじょうさせとるところじゃ。迷えば動きは遅ぉなる。鈍っとる間に、こっちゃはよ動きゃあえぇ。」

まるでとんち問答になりそうだったが、忠家ただいえの頭の中でふと直家なおいえが制したような気がしたので、忠家ただいえはこれ以上問うのはやめた。

「よろしい。承知した。この宇喜多七郎兵衛忠家うきたしちろべえただいえ身命しんみょうを持って皆を姫路ひめじまで送り届けよう。」

秀吉ひでよしは喜ぶ。

「ありがてぇのぉ、七郎殿しちろうどの。感謝するぞぃ。じゃが途中で毛利もうりが追いかけてこんと分かったら、送るんはぬままででえぇ。」

「そんなぬままでといって遠慮なさらずとも・・・。」

秀吉ひでよしはきりとした面持おももちで忠家ただいえに応える。

「遠慮じゃぁねぇ。お主のどころぬままで戻ったところで兵を整え直し、どんと構えて備前びぜん美作みまさかとこの地を見張ってほしいんじゃ。布陣はお主に任せるが、百姓ひゃくしょうらにゃぁ、優しくしてくんろ。」

忠家ただいえは感激する。

筑前殿ちくぜんどの備前びぜん美作むまさかに加え、備中びっちゅうの一部を宇喜多うきたに任せるとおっしゃってくださっておる。兄者あにじゃとのちぎりを忘れるどころか、宇喜多うきたの誇りが何処どこにあるか、よう理解してくださっておる。これでわしらの家臣の不満は和らぐじゃろう。)

そして、秀吉ひでよしは付け加える。

「わしはこれから『明智あけちち』に専念する。そないなおりにこの地でわぁわぁ騒がれちゃぁかなわん。毛利もうり百姓ひゃくしょうらをよぅ見張っちょいてくんろ。騒ぎを起こさんっちゅうんが肝心かんじんじゃぁ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴

もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。 潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...