優しい鎮魂

天汐香弓

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改過自新

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ホテルのふかふかのベッドで体を休め、朝食バイキングというものにはじめて挑戦することになった。
「え、これ好きなだけとっていいんですか?」
豪華な料理を前に、後でダメだったと言われたらどうしようかとおびえていると、秋月さんがドンドン皿に盛っていく。
なので俺も続いて皿に盛っていく。
見たことない食べ物も多くて、どんな味だろうと思いながらテーブルに戻って食事をはじめた。
「すごい……おいしい」
「まあ、あそこの家は和食が多いからこういう中華はお前には珍しいよな」
「和食?中華?」
「まあ、後でググれ。一時間しか食事時間ないから、詰め込めるだけ詰め込むぞ」
そう言って秋月さんがドンドン食べていく。
負けないように食べて、食べて、食べまくった。
「はー、食べた」
食後のコーヒーも飲んで手を合わせると、秋月さんとホテルを後にした。
「さて、行くか」
車が発進して、また街中を走っていく。
やっぱりアツイ、クルシイって声が大きくて、大きく息を吐くと、秋月さんがこっちを見た。
「昨日と同じ声か?」
「うん……」
川の近くに近づくとその声はすごく大きくなって、川の辺りに黒い影がたくさんいるのが見えた。
「みんな、あそこに逃げ込んだんだね」
「そうなんだろうな。ガソリンは水に浮くから、川に爆弾落とされりゃ火にまかれただろうし」
「そうなんだ……」
胸が苦しいけれど、この人たち全員を俺の力でどうすることも出来ない。手をあわせることも出来ず、ただ俯いてその場所を通り過ぎた。
街中を抜け、畑の多い道を走り出すと重苦しい気持ちが消えていった。
「顔色よくなってきたな。そろそろ飯食うところ探すか」
秋月さんがホッとしたように車を走らせていると、一軒の食堂を見つけてそこに車を停めた。
旅の醍醐味は食事だと言うことは、秋月さんに教えてもらって知った。そこでしか食べれないものがあったりするのだ。
食堂に入り、メニューを眺めてそれぞれ注文して食べていると、食堂におばあさんと娘さんらしい中年女性が入ってきたかと思うと、俺たちのテーブルの前に立った。
「あの、旅をしていらっしゃる方ですか?」
「えっ、あっ、はい……」
「なにかご用ですか?」
困惑する俺に対して秋月さんがこちらに目配せをして、代わりに答えてくれるようだった。
「実は、今日ここに、霊能者の方が来られると、おばあが占ってくださいまして……その方に折り入って話があるんです」
娘さんらしい人がそう言うと、秋月さんが眉を顰めた。
「おばあ、とは。それと霊能者にどのような用件があるか教えていただけませんか?」
そう秋月さんが問いかけると、店の主人が声をかけてきた。
「進藤家の奥さんとお嫁様じゃねぇか。さあ、お座りになって。旦那様の具合は」
「あ、いえ、その……」
お嫁様と言われた女性が口籠るのを見て、なんかここで話すのは良くないのかなと感じた。
「どこで話を聞きましょうか?」
俺がそう問いかけると、お嫁様がハッとしたように俺たちを見た。
「お、お食事中に失礼しました。あの、我が家に寄って欲しいのです」
「分かりました。家の場所を教えて下さい」
そう言うと、お嫁様が店の人から紙を貰い、地図を書くと出ていった。
「お人好し」
「秋月さんほどじゃないもん」
そう言っておでんというものを食べる。
「ね、この茶色のおいしいね」
「ああ、九州はかまぼことかさつま揚げって言うけど、京都だとひゅうず、そのほかの地域ではがんもどきって言うんだ」
「そうなんだ。すごくおいしい」
「このスジ肉もうまいぞ」
「食べる」
箸を伸ばしていると、お店の人が天ぷらそばを持ってきてくれた。
「兄ちゃんたちいっぱい食べるね」
「はい。俺おでんはじめてで……こんな美味しいものがあるなんて」
「あらら、うれしいね」
おばちゃんがニコニコ頷いてくれたところで秋月さんがおばちゃんに声をかけた。
「そう言えばさっきの人たち、誰なんですか?」
「ああ、進藤さんってこの集落の地主さんですよ」
「そうなんですね」
「でもねぇ、旦那さんが倒れてね。あちこちの病院に行ったそうだけど、治らないみたいでね。お世話をしているお嫁様が可哀そうで」
心配そうにハァと息を吐いたおばちゃんに、秋月さんがふぅん、と呟いた。
「あんたたち、進藤家に行くんだね。あそこの屋敷はデカいから驚くよ」
「そうなんですね。楽しみだなぁ」
俺がそう言うとおばちゃんが、あったかいうちにお蕎麦食べなさいと言って奥に行った。
「いただきます」
蕎麦は美味しくて汁まで飲むと、両手を合わせた。
「さて行くか」
お人好し、って言いながら率先して地図を掴むと秋月さんが先に歩き出す。
そして車で十分ほど走ると、大きな屋敷に到着した。
門の前にお嫁様が立っていて、ずっと居たんだと思うと申し訳なく思った。
「すみません、遅くなりました」
車を降りて頭を下げると、お嫁様は首を横に振った。
「いえ、どうぞこちらに」
どうもこのお嫁様はすごく疲れているように思えるけど、それを言い出すことができないままついていく。
屋敷の中に招かれ、秋月さんと屋敷に入ると奥の部屋に通された。
そこにはお嫁様ではなく、奥様と呼ばれた人の旦那さんらしい人が寝込んでいて、その人の頭の近くで、暗い顔をした軍服を着た霊が正座をしていた。
「私、弁護士の秋月と申します。すみません、ここの家の家族について、ご家族だけでいいので、教えていただくことができませんか?」
秋月さんがそう言うと、お嫁様が立ち上がり棚から家系図を取り出した。
「こちらが進藤家の家系図になります。こちらにいらっしゃるのが義父、そしてさきほど私と一緒に伺ったのが義母、そして村議会議員の私の夫。そして離れに義祖母がおります」
「軍人さんはおじいさん?」
「軍人?ですか?」
お嫁様はそう言って立ち上がると部屋から出ていった。
「ね、あなたは誰?」
『灯籠の下……』
「トウロウ?そこに何かあるの?」
『灯籠の下……』
軍人さんは悲しげな顔で向こうを見ている。
三十分ほど待っていると、おばあさんとお嫁様が戻って来て写真をこちらに差し出した。
「こちらに映っているのが、義祖父です」
指を差されたその人はそこにいる人ではなかった。
「あっちの方に何かありますか?」
霊が見ている方向を指差すと、二人が困惑したように顔を見合わせた。
「義祖母の部屋です」
「この写真の人ではない男の人があちらを見て、トウロウの下と言ってます」
「灯籠はあちらにありますが」
男の人が見ている方向とは違う方向をおばあさんが指差した。
「そこ、案内してもらってもいいですか?」
俺が、問いかけると、お嫁様が頷いて立ち上がった。
「こちらです」
庭に周り、古いトウロウに案内された。
「すみません、掘りますね」
土は思ったより柔らかくて、掘っていくことが出来て、やがて錆びた缶が出てきた。
「開けますね」
「ちょっと待て。何かあるといけないから、弁護士の俺と一緒に見るんだ」
それまで横でジッと見ていた秋月さんがしゃがみこんだ。
「えっと……カタカナ多くて読めない」
「貸してみろ」
読めずに困っていると秋月さんが取り上げて読み上げてくれた。
「珠へ
七つの時に、君の家へ迎え入れてもらえてから、ボクは本当に幸せだった 
ボクは間もなく戦地へ行くことになるだろう
国のためでなく、君のためにボクは死地へ赴こう
元々身分違いの恋だった
何より君には婚約者がいる
旦那さま、奥さまに知られないよう、ここに君への想いを綴って君に託そうと思う
今まで本当にありがとう
彰」
読み上げた秋月さんが俺を見た。
「どうやらこの彰って奴は珠さんって人と恋仲だった。で、自分の気持ちをここに書いたらしい」
「じゃあ、さっき部屋でギソボさん?を見ていた軍人さんは手紙の人で、この手紙を届けて欲しいみたいだね」
そう言ってお嫁様を振り返ると、お嫁様は大きくため息をついた。
「珠さんってもういないんですか?」
「いえ、おります。ご案内する前にこちらで手を洗って下さい」
「あ……」
泥だらけの手を見て慌てて庭の水道で手を洗う。
そして同じ庭の向こうにある家に連れて行かれた。
「お祖母様失礼いたします」
「石女が何しに来た!」
ドアをお嫁様が開けたと同時にプラスチックのコップが飛んで来て、お嫁様の額に当たった。
「だ、大丈夫ですか!」
秋月さんが蹲ったお嫁様に駆け寄って抱き起こした。
「誰だいソイツは!」
「私はこちらの家の方から、この家のご主人が寝込んでいて、その解決のために呼ばれて来たんです」
秋月さんがベッドの上で起き上がっているギソボさんに手紙を突きつけた。
「この手紙をアンタに渡せと、彰って男が幽霊になって現れたんだ!」
「彰さん?」
手紙を奪うとそれを読み始め、そして鼻を啜った。
「彰さんは?」
「分かりません。灯籠の下としか喋ってくれないので」
俺がそう言うと、ギソボさんが窓の方を見た。
「石女、透は奥の部屋にいるの?」
「は、はい……」
お嫁様が返事をするとギソボさんがベッドから降りようとした。
「透の部屋は元はワタクシの部屋。だからそこにいるのでしょう。石女、ワタクシをおぶって、行くわよ」
「あの、いいですか?」
秋月さんがすごく冷たい顔をしたままギソボさんに声をかけた。
「石女って今時使ってはいけない言葉です。妊娠は女性側に責任があるとは限りません。奥さま、貴女もこのような暴力や暴言は、許されるべきではないんです。離婚や慰謝料の請求ができますよ」
秋月さんの言葉にギソボさんが顔を真っ赤にして怒って、お嫁様はポカンとしている。
「病院で額の怪我の治療をしてもらって診断書をもらって下さい。モラハラについては私が証言します。弁護士も私の伝で紹介しますから」
秋月さんがそう言い終えると、俺を振り返った。
「で、どうする?こんな家でも助けてやるのか?」
秋月さんの言った言葉で、お嫁様が疲れた顔をしていると感じたのは、お嫁様がこの人にイジメられていたからなのだと分かった。
「うーん、俺は呼ばれたから来たけど、俺がしたいのは死んでも彷徨っている霊を助けたいだけだから……もう戦争終わって何十年も経ってるのに、暗い顔で座ってる軍人さんを助けてあげたい」
「ま、そう言うと思ったよ」
秋月さんが肩を竦めたから俺も笑いながらギソボさんの前にしゃがんだ。
「俺がおぶって行くから」
そう言ってギソボさんを背負うとさっきまでいた建物に向かう。
後ろで秋月さんが何かお嫁様に話していたけど、よく聞こえないまま軍人さんのいる部屋に入った。
「彰さん、珠さんに手紙を渡したらね、会いたいって連れてきたよ」
ギソボさんをおろして、軍人さんに話しかけると、軍人さんが振り返った。
「言いたいことあるなら伝えるよ」
そう言うと軍人さんはこちらを向いた。
『君は……汚い人になったんだな……』
じーっとギソボさんを見ていた軍人さんが悲しそうにそう言った。
「汚い人?になったなって」
「は?」
ギソボさんがまた真っ赤になって怒る。
「貴様!彰さんを語る詐欺師か!」
『本当に汚い心の人になってしまった……残念だよ……』
そう言って立ち上がるとゆっくりと消えていった。
「彰さん、本当に汚い心の人になって残念だって、そう言って消えたよ」
「あははは!」
俺が軍人さんの言葉を伝えると、秋月さんが笑い始めた。
「アンタ、鬼よりも汚い醜い顔してるもん。聞いたけど、この人だけじゃなく嫁もイビリたおしてたんだろ?そうやって人をイビル人間になったアンタに、彰って人はがっかりして出ていったんだよ」
「な!」
ギソボさんが震えている中、笑いながら秋月さんが俺を見た。
「良かったな、今回は何もしなくても成仏したんだろ?」
「ああ、うん……」
頷いたのと寝込んでいた旦那さんが体を起こした。
ぼんやりとしている様子の旦那さんに大丈夫ですか?と問いかけると、ぼんやりとした感じだったけど頷いた。
「それじゃ、用事も終わったし、行くか」
秋月さんがポンと膝を叩いて立ち上がったから慌てて俺も立ち上がる。
「ちょっと!」
ギソボさんの叫ぶ声が聞こえてきたけど、お嫁様がどうぞと言ってくれたので建物を出た。
車に乗り込もうとすると、「あの……」とお嫁様が秋月さんを呼び止めた。
「先程はありがとうございました。あの……お義母様にも先生から言われたことを伝えて、二人でここを出たいと思います」
「ああ、それがいい」
秋月さんが頷いて俺の背中を叩いた。
「行くぞ」
「うん」
車が走り出すと、秋月さんがクククと笑い出した。
「あの婆さん、もう多分、嫁にも孫嫁にも世話してもらえないだろうな」
「どういうこと?」
俺が首を傾げると、秋月さんが珍しく楽しそうな顔をしたまま話し始めた。
「人間の顔ってさ、いいことをした人はいい顔に、悪いことをしていた人は悪い顔になって、報いを受ける。あの婆さん、孫嫁が来た時からイジメてたんだって、で、実は嫁もイジメていたらしくてさ。だからそれが人相に出たんだろうし、これからその報いを受けることになるんだよ」
そう言って、秋月さんが片手を伸ばしポンと俺の頭を叩いた。
「お前は困ってる幽霊を成仏させたいんだろ?それ以上考えたり欲は出すなよ」
「うん」
「本当はさ、今回みたいに人に頼まれることはして欲しくないんだ。まあ、今回は人助けが出来たけど、誰が何か自分の利害のためにお前を理由する可能性もあるだろう?」
「うん。秋月さん、優しいね」
俺は何も考えてないというか、あんまり周りの言っていることが分からないことが多いから、秋月さんが心配しているのがよく分かった。
「お前にはちゃんと跡を継いでもらって俺を雇い続けてもらわないといけないからな」
「はは……」
秋月さんが一緒にいてくれて良かったな、と思いながら自分のしたいことを改めて考え直していた。






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