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懺悔
しおりを挟むY県から戻って二週間後、母親が逮捕されたと秋月さん経由で連絡があった。そして調子の戻った大野投手からも、日本一になったと言うメッセージも入ってきた。
Y県の事件はショックではあったが、最後に母親とあわせていなくて良かったと思えた。そして、ひとつ間違えば自分も同じ運命だったんだろうなと思うと苦しかった。
季節も秋になり試験対策をしなくちゃと思っていると予備校の先生から、公募推薦を受けるように言われてますます慌ただしくなった。
「行ってきます」
推薦試験の日になり弁当を持って家を出ると電車に乗った。
面接と筆記の試験を受け、緊張が解けないまま戻ると畳の上で大の字で寝転がった。
「終わったみたいだね」
「あっ、すみません」
慌てて起き上がると「そのままでいいのに」と言いながら一郎さんが入ってきた。
「試験どうだった?」
「面接、何聞かれたか、何答えたか覚えていません」
「はは、新はシャイだからね。大丈夫だよ。今日はゆっくりしてなさい」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げると一郎さんが出ていった。
「はぁ」
今度こそ大の字に寝転んで天井を見上げる。
大学を出なければ神職を継げないが、この間の事件を通じて、あんな風にさまよっていたり、動けずに助けを求めている子どもを助けるのも仕事じゃないかと思っていた。
大学を卒業したらここから動けない。やはり大学に入るまでの期間に行くしかないのか、そんなことをつらつらと考えていた。
二週間後、合格通知が届きホッとした俺は考えていることを一郎さんに告げようと、食事の時に話を切り出した。
「この間、俺を探して自分が眠っている場所に連れていった男の子と過ごして思ったんです。もしかしたら動けずに待っている人もいるかもしれないって……」
食事の手を止め一郎さんが俺の話に耳を傾けているのを見て言葉を続けた。
「大学が始まるまででいいんです。色んなとこに行かせてください。俺、ひとりでもいいんです、自己満足だと思っています。でも助けたいんです」
そう言って頭を下げると、一郎さんが「うーん」と声をあげた。
「秋月さん、どう思うかね」
「霊と会話できるのはいいことだと思うのですが、警察が絡んだりしたら全く対応できないので一人で行くことは難しいですね」
確かに会話以外のことが出来ない。項垂れた俺の背中をポンと秋月さんが叩いた。
「今は法務絡みで問題ないようですし、俺が新について行きましょうか?車をお借りできれば寝袋積んで車中泊すればいいですし。合格祝いで日本半周キャンプ旅、みたいな感じで」
楽しそうな秋月さんの言葉に俺は顔をあげた。
「秋月さんお任せしていいかな?」
「はい。もう腐れ縁です」
「秋月さん、ありがとう!」
勢いよく頭を下げるとみんなの間に笑い声が起きた。
「新、まだお前は修行の身だ。悪霊には構わず手に負える範囲でするんだよ」
「はい!」
できないと思っていたことが出来る。そのことがとても嬉しかった。
寝袋やテント、調理器具を買い、秋月さんの仕事が一区切りついてから俺たちは出発した。
高速道路は使わず山道に入る。すすきの揺れる道は薄暗いからか虫の音も聞こえて居心地が良かった。
「あれ?」
前方にこの季節に不似合いな白い服の女性がいることに気づいた。
「あの人……」
「何も見えないぞ」
秋月さんの言葉に俺だけが見えているのだと気づいて、そわそわした。
「あの黄色い葉っぱの木の下にいます。少し通り越して停まってください」
「了解」
秋月さんがゆっくりと車を進ませ少し通り過ぎたところで車を停めた。
「大丈夫ですか?」
長い黒髪から水を滴らせている女性に声をかける。
『私が見えるんですか?』
「ええ見えますよ。なにか困っているならお手伝いします」
そう言うと女性が顔をあげた。
『私を家に連れて行ってください……母に会わせて欲しいんです』
「お母さんにはあなたは見えないけどいいですか?」
頷いた女性に手を差し出す。
「捕まって。それで動けると思う」
伸びてきた手が俺の手を掴むとふらりと女性が歩き始めた。
「ここにはどうして来たの?」
『彼氏とこの先のダムに来たんです。そうしたら突き落とされて……その後のことは。気づいたらここにいて、連れていってくれる人を探していました』
「そうなんだ……」
車の後部座席のドアを開いて女性を乗せると俺も隣に腰を下ろす。
「秋月さん、この人家に連れていって欲しいって。お母さんに会いたいらしい。家はどこ?」
『A市』
「A市の?」
秋月さんがナビに住所を打ち込み車を走らせ始めた。
「ダムに突き落とされたって聞いたけど、もう体は引き上げてもらった?」
『はい……』
「なら良かった」
車がA市に入り家の前につくと秋月さんも車を降りた。
「表札はあってるか?」
『はい』
「合ってるって」
そう伝えると秋月さんがチャイムを押した。
「突然すみません。嘆受神社の者ですが、お嬢さんがお母さんに会いたいとおっしゃっていたのでお連れしたのですが」
ストレートに用件を言った秋月さんに驚きながら待っているとドアが開いてやつれた女性が顔を出した。
「どうぞ」
「お邪魔します」
そう言って上がらせてもらうと仏壇のある部屋に通された。
「お線香をあげていいでしょうか?」
秋月さんがそう問いかけ了解をもらって俺たちは手を合わせた。
「それで、娘が会いたいと?」
「はい。今俺の隣にお嬢さんがいます。突き落とされたダムの近くの山道で霊になって動けなくなっていました」
『お母さんごめんなさい。やっぱりあんなヤツと付き合わなきゃ良かった。お母さんがダメって言ったのに聞かなくて、私、後悔してる……』
「ごめんなさいあんなヤツと付き合わなきゃ良かった。お母さんがダメって言ったのにって、後悔してるって言ってます」
彼女の言葉を伝えると女性は息を吐いた。
「終わってしまったものはしょうがないわ。それより、お帰りなさい」
女性の言葉に飛び出した彼女が母親の首に抱きついた。
「今、お母さんに抱きついてます」
「ええ、分かるわ……本当にまだまだ子どもだわ。なのにお母さんを置いて行って……」
『ごめんなさい……』
「ごめんなさいだそうです」
女性はしばらく閉じていた目を開けると俺たちを見た。
「娘はこのままだとどうなるの」
「縛り付けていた土地から離したのでどこにでも行けますが、このままだと彷徨うことになってしまうと思います。早めに天国に行った方がいいと思います」
「そう……」
頷いて女性が頭を下げた。
「娘を見送っていただけますでしょうか」
「お母さんはそう言ってるけど、お姉さん、もうお母さんに伝えることはありませんか?」
『ごめん以外出てこないよ……本当にごめんなさい』
「ごめんなさい以外出てこないみたいです……」
「あなたがあの男に殺されて別人のような姿で戻ってきた時にお母さんの心は擦り切れたみたい。もういいの、早く成仏して生まれ変わって今度こそ幸せになりなさい」
『うん……ごめんなさい、ごめんなさい……』
一郎さんから持たされた麻をカバンから出し振りながら祈る。
ゆっくり彼女の体が薄くなり、そして消えた。
「娘さんを空に返しました」
「ありがとう……ダメね。あの時区切りがついたはずだったのに……」
「いえ……」
首を横に振ると女性が立ち上がった。
「お茶を忘れてたわ。待ってて」
そう言って部屋を出ていくと同時にわんわんと泣き叫ぶ女性の声が聞こえて秋月さんと顔を見合わせた。
「やっぱり辛いんだね」
「ああ、被害者の家族って言うのは、やり場のない怒りや悲しみを生きている限り引きずらなきゃならないんだ」
秋月さんの言葉に頷く。
「俺も秋月さんや一郎さんに何かあったら、すごく悲しくなりそう」
「それは俺たちが家族のようなものだからかもな」
秋月さんの言葉になんだか胸がドキドキする。
「家族、か……そうだよね。今はもうあそこが家で秋月さんたちが家族だもんね」
「ああ、そうだぞ」
髪をクシャっと撫でられて、思わず肩を竦めてしまう。
「お待たせしました」
泣き腫らした目をした女性がお茶を持ってきてくれた。
「それで、娘ってどこにいたんですか?」
「ダムのあるA山ご存じですか?そのダムに向かう道の銀杏の木の下で乗せてくれる人を待っていたそうです」
秋月さんがそう言ってくれて、俺は頷いた。
「俺は見えないんですけど、コイツは見えるやつで……で、車に連れてきたんです」
「よく連れて帰ってきてくださいました」
「いえ……寂しそうに立っていたので見過ごせなくて……見える人を待っている感じでした」
「そうなのね……寂しかったでしょうね……」
「はい。でももう天国に行ったので、後は毎日祈ってあげてください」
そう言うと、女性が泣きながら笑った。
「もう少し私が若くて、お父さんが生きていたらあの子をもう一度産んであげられたかもしれないのに……」
「大丈夫です。生まれ変わってもきっと家族だと思いますよ」
そうなんとなく言ってしまったが、女性が「そうですよね」と言って繰り返し頷いていた。
「それじゃ、我々は失礼します」
「本当にありがとうございました」
頭を深々と下げた女性に見送られ、俺たちは彼女の家を後にした。
「ご主人も娘も亡くなって、ひとり暮らしか。寂しいだろうな」
「そうだね……」
だから娘さんは帰ってきたかったのかもしれない。なんとなくそんな気がした。
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