優しい鎮魂

天汐香弓

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埋もれた少年

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第16話埋もれた少年

夏祭りが近づいて来て、奥様がそわそわして着物の準備をしていた。

土曜日ということで、秋月さんも休みで夕方になると祭りに行く準備をするぞ、そう言って浴衣に着替えさせられた。

「おー、馬子にも衣装だな」

濃紺に格子柄の帯を見立ててもらって着替えた俺を見て、秋月さんが笑った。

「褒めてるんですか?」

「俺の次に似合うって意味だな」

そう言って鏡の前でポーズをきめた秋月さんがニッと笑った。

確かにグレーの浴衣を着た秋月さんは俺と違い垢ぬけていて、カッコよくてなんだか狡い。

「はいこれ、新君のお小遣い」

そう言って奥様が小銭の入ったがま口をくれた。

「こんなに……」

「屋台が出るの。好きなものを食べて来て。今夜は家の夕飯は無しよ」

「はい……」

よくわからないまま頷くと秋月さんが俺の肩を叩いた。

「安心しろ。俺が定番商品食わせてやるから」

「頼りにしてます」

頭を下げて秋月さんにお願いすると、秋月さんが「任せておけ」と言って頷いた。

夏祭りは駅向こうの神社であって、サンダルを履いてブラブラと秋月さんと向かう。

参道に入ると両脇に露店が並んでいい匂いがしていた。

「これがお祭り……」

「ああ、こうやってイベントに出る店だって昔からあるんだぞ」

普段、駅にも人が少ないのに、参道には人が一杯でそのことに驚くと同時に幽霊の多いことにも気づいた。

「どうした」

「や、多いなって」

「あー、視えるって損だな。でも今日は無視しろよ」

「うん」

視なかったことにするのは心苦しい。

だけどそんな気持ちを汲んでくれる秋月さんは俺の手を取ると近くの焼きそばの店に行った。

「焼きそば二パック。片方紅ショウガ抜きで」

「おいよ。八百円ずつだ」

がま口を出してお金を支払い焼きそばのパックを手にすると、少し人の少ない木の下に立って頬張り始めた。

「美味しい……」

「そうだろう、そうだろう」

祭りの喧噪もあるのかもしれない。浮かれた気分で食べる焼きそばはたまらなく美味しくて、もぐもぐと口を動かす。

満足そうに笑う秋月さんと焼きそばを食べてゴミを奥様が持たせてくれたスーパーの白い袋に入れてまたブラブラと歩く。

トロトロのたこ焼き、甘くて溶ける綿菓子を食べて光る容器に入ったジュースを首からかけて歩く。

「境内、長いね」

「祭りの雰囲気楽しむにはいいんじゃね」

神殿に近づくにつれ、徐々に店は減り、明かりも消えて人の姿がなくなった。

「本来祭りは地域の氏神に祈るんだ。参って行こうぜ」

そう言って秋月さんが賽銭を入れて柏手を打った。

真似をして頭を下げると浴衣の袖を引かれた気がして下を見ると男の子が俺の足にしがみついてた。

「どうしたんだ?」

『お兄ちゃん、僕が分かる?』

「うん」

『僕を探して……』

「探す?どういうこと?」

「おい、誰と話してるんだよ」

不意に肩を引っ張られて顔をあげると秋月さんが怖い顔をしていた。

「秋月さん、この子が僕を探してって……」

「探す?行方不明ってわけか、名前は?」

「お名前、教えてくれる?」

『みやまゆうき』

「みやまゆうき君?俺は不破新だよ」

「みやまって……神隠し事件のか!」

秋月さんが驚いたように目を見開くと、キョロキョロと周囲を見回した。

「話を聞くぞ、こっちに」

秋月さんに手を引かれ神殿の裏に回ると大きな石があったからそこに腰をおろした。

「ゆうき君、探すって今はどこにいるの?」

ちょうど男の子の目の高さになり問いかけると、一瞬考えこんだ後、口を開いた。

『土の中……』

「土の中って……」

俺の言葉に秋月さんがギョッとなった。

『パパに会いたい……』

「そっか、お父さんに会いたいんだ」

向こうはこちらを掴めるのにこちらからは触れることは出来ないって言うのは不便だなと思いながら話を聞く。

『探してくれる?』

「うん、こっちのお兄ちゃんと一緒に探すよ。待ってて」

「あった、これだ。深山勇気君神隠し事件。Y県のキャンプ場に母親と共に子ども会で来ていた深山勇気君がキャンプ中に行方不明になった。現在も行方は分かっていない」

「キャンプ場の近くにいるの?」

俺が聞くと男の子が首を縦に振った。

「秋月さん、明日いけますか?」

「いや。車を借りて今から行こう。そうすれば夜明けには到着するはずだ」

立ち上がった秋月さんが歩き出す。

「ゆうき君、行こう」

『うん』

俺にしがみついた男の子がついてくる。

暗い夜道を歩きながら早く父親に会わせてやりたいなとそう思う。

母屋に戻ると一郎さんは既に寝ていると言うので奥様に事情を話して、着替えをすると車を借りて出発した。

『どこに行くの?』

「勇気君が行方不明になったキャンプ場だよ」

俺の膝に座った男の子がふぅんと言って俺の胸に凭れ掛かった。

「抱っこしてるのか?」

「膝に乗ってる」

「ようやく話せる相手ができて嬉しいんだろうな」

「そうかも」

ニコニコとこちらを見て笑っている男の子に笑いかけてシートに背中を預けた。

高速道路に車は乗り、ニュースだけが流れる車内でぼんやりと窓の向こうの景色を見つめる。

「そのガキが俺の声聞こえてる前提で言うぜ。なんでそいつさっき母親じゃなく父親に会いたがってるんだ?」

「そういえば……」

「連れて行ったのは母親だろ?」

「確かに……お母さんは?」

男の子の顔を覗き込んでそう問いかけると男の子がブルブルと震えだした。 

「ごめん、もうお母さんのこと聞かないから……大丈夫、ほら、なにかお話ししようか。あ、そうだ!前に俺が会ったゆうき君のお友達の話をしてあげる」

そう言って俺は防空壕が埋もれて逃げられなくなってしまった子の話をした。

「ゆうき君もきっとその子と一緒で暗くて苦しかったと思うよ、ね?」

俺がそう言うと男の子が首を縦に振った。

「お前、ほんといろんな幽霊に会ってんだな」

話しを聞いていたらしい秋月さんがぼそっと呟く。

「そうですね。でも、俺が会った人はみんなその時一生懸命生きていたから、そう思うと、親に疎まれてなんとなく諦めた生活していた自分は恥ずかしいなと思います」

「そうか?」

秋月さんがクスッと笑う。

「今はちゃんと跡を継ぎたいって思ってるけど、ちょっと前までは兄を差し置いて何かしちゃいけない気がしてたし、もっと前は大学には行ったけど親から逃げるためで、何がしたいとかそういうのなかったし」

「まあそうだな。人生で決断をするチャンスはそうないって言うもんな。就職と結婚、多分そんなところだろうな」

「結婚はしたくないな……自分が親になってもどうしていいか多分分からなくなる」

あんな親にはなりたくない。でも親がどんなものか分からない。

そう思っていると伸びてきた手が頭を撫でた。

「いいんじゃね。どうせ一族にだれか力を持ったやつが産まれるんだろ?そいつがお前の跡を継ぐんだし気にするな。それより今はそのガキの埋まってる場所が探せるかだな」

「そうでした」

そう言って俺に抱き着いている男の子の顔を覗き込んだ。


明け方キャンプ場に到着すると駐車場に車を止める。

まだ事務所も空いてなかったが男の子の案内でキャンプ場から先の森の中に入っていく。

そしてしばらく進むと木の根元で「ここ」と指さした。

「ここだって」

秋月さんが周囲を見て回ると首を振った。

「ここだと一般的に立証できる遺留物がない。元々この事件、遺留物がないから神隠しって言われてるし……」

「俺が警察に事情を話すよ。お願い!」

『どうしたの?』

俺たちが困っていると男の子が俺の袖を引いた。

「あのね、ここだって目印になるものがあれば……」

『分かった』

男の子が地面に手をかざすと泥まみれのタオルが半分地中に埋まって出てきた。

「よし!直ぐに電話するから」

そう言って秋月さんがスマートフォンで電話を始めた。

「直ぐに来るって、待とうぜ」

「ゆうき君、警察が来るって。お父さんのところに帰れるよ」

俺がそう言うと男の子がニコッとした。

「なあ、新」

男の子と話していると、秋月さんが俺を呼んだ。

「なあ、やっぱりソイツのこと言っていいか?」

「え?」

「じゃないと父親に会いたいんだろ?それ伝えた方がいいかなって」

「全然構わないけど」

なにか不都合なことがあるのだろうか?不思議に思いながら頷くと秋月さんが「サンキュ」と言った。


警察がやってきて、現場がビニールで覆われた。

その間秋月さんが警察の人と話を始めていた。

「キミ、幽霊が見えるって?」

「はい」

「それで、今その被害者はどこに?」

「俺の左足にしがみついてますけど」

そう言うと、フンとバカにしたような顔になったその時だった。

「骨が見えたぞ!」

そう声が聞こえて警察の人が驚愕の顔になった。

「まさか、本当に…」

「あの、この子のお父さんにはいつ会えますか?」

「ああ、骨が出たならそれを鑑定して確定してからだ」

そう言った警察の人の元に若い警察人が近づいて何かを耳打ちすると「すまない」と言ってビニールの向こうに消えていった。

数時間かけて掘り出すとビニールが撤去された。

「すまないが子どもの幽霊と一緒に署に同行願えないか」

「構いませんが」

秋月さんが答えてくれて車に戻るとパトカーが前後を走る形で警察署に到着した。

「こちらでお待ち下さい」

「あの、何も食べてないので、コンビニに行ってもいいですか?」

秋月さんがそう言いコンビニに行ってお茶とカレーを買って来てくれた。

それを食べてさらにぼんやりとしていると呼ばれて地下におりた。

「深山さん、お会いしたいという方をお連れしました」

ろうそくと線香が揺らめく部屋で立ちつくしていた男性が顔をあげた。

「あなた方が勇気を見つけてくださったんですね、ありがとうございます」

「お子さんで間違いなかったですか」

秋月さんがそう問いかけると男性は力なく笑った。

「歯型、それに衣服が一緒でした。一応DNA検査待ちですが……」

「そうですか……」

しばしの沈黙が流れて、俺は思い切って男性に声をかけた。

「あの、ゆうき君のお父さん。実はゆうき君があなたに会いたいって言ってます」

「えっ……」

「実はコイツ、神社の跡取りで、視えるんです。たまたま昨日コイツが息子さんに探してと言われてN県からここまで車を飛ばして来たんです」

「じゃあ、勇気は今どこに……」

「ゆうき君、お父さんの前まで行ってごらん」

俺の足にしがみついてる男の子にそう言うと駆けていった。

『パパ!』

「パパって言ってます。今お父さんの右足にしがみついてます」

「勇気……寂しかっただろう……」

『僕、ママがタオルでおくち塞いだからパパ呼べなかったの……』

「ママがタオルでおくちを塞いだからパパのこと呼べなかったのって……」

「おい!それって!」

秋月さんの声に驚いて顔をあげると、部屋にいたふたりの警察の人もこちらに近づいてきた。

「今の話、本当に被害者の幽霊が話していることですか?」

「はい、そうですけど……?」

なにか変なことを言っただろうかと首を傾けると慌ただしく一人の警察の人が部屋を出ていった。

「深山さん、今の話は他言無用でお願いします。捜査に関わりますので」

「はい……」

「君たちも」

「はい」

秋月さんが頷いたので俺も頷いた。

『僕、何も言わないほうがいい?』

「ううん、大丈夫だよ」

「そうだ、勇気、野田先生覚えてるか?」

『うん』

「うんって言ってます」

「先生もずっと勇気のこと心配してたぞ」

『そうなんだ』

「そうなんだって」

「もう学校のことは忘れちゃったか……でもパパのこと覚えてくれて嬉しいぞ」

男性がしゃがみ込み話しかけると、男の子が俺を見た。

『お兄ちゃんありがとう。僕、もうお空に行く』

「そう……お父さん、ゆうき君、天国に行く時間です……」

「勇気!」

「いい?ゆうき君?」

コクンと頷いた男の子の頭の上に手を翳すと目を閉じて意識を集中する。

『パパ……』

男の子の姿がゆっくりと薄くなって消えていった。

「ゆうき君、最後にお父さんを呼んで天国に行きました」

そう言うと男性は床に手を着いて泣き出した。

「勇気……、勇気……っ」

「おつかれ」

ポンと秋月さんに肩を叩かれ立ち上がると秋月さんが警察の人の方を向いた。

「息子さんの幽霊は消えました。俺たちも県外から来ているので、早めに聴取していただきたいんですが」

「は、はい……」

慌てて警察の人が電話をすると「しばらくお待ち下さい」と言った。

どれくらい待っただろう、また上の階に戻って今度は警察から見つけた時の状況を聞かれた。

「それでは、幽霊が自分を探して欲しいと言って自分から名乗ったと」

「はい。それで秋月さんが気づいて直ぐに車でキャンプ場まで来ました」

「遺体の場所はどうやって……」

「ゆうき君が教えてくれたんです。ここにいるって」

困惑しながら書いていく警察の人が、大きく息を吐いた。

「霊が見えるとか、やらせだと思っていました」

「いえ、見えるのはずっとで、話が出来ると気づいたのが最近です。だから祭りの時、俺を呼んでくれてよかったって今はホッとしています」

「ところで、その子、お母さんのことは何か言ってました?」

不意に母親のことを聞かれて、首を横に振った。

「パパに会いたいとだけ。それで秋月さんが不思議に思ったみたいでお母さんはってきいたら震えて……」

「そうでしたか。ありがとうございます」

聴取が終わって部屋の外に出ると秋月さんが待っていた。

「帰っていいって。行くか」

「はい」

警察署を出ると、車に乗って走り出す。

「刑事に教えてもらったんだが、骨と一緒にイヤリングが見つかったらしい。で、お前らが母親に口にタオル入れられたって言っただろ。あれ、犯人しか知りえない情報だったから慌てたんだって」

「ふぅん」

「母親のこと聞いた時に取り乱しただろ?多分だが犯人は母親だ」

「そっか……」

自分も疎まれていたが、放置されていて、どこかに連れだされることはなかったから埋められることはなかったのかもしれない。そんなことをぼんやりと思っていた。

「俺って運がいいのかな?」

「ん?」

秋月さんが視線だけこちらに向ける。

「俺、親にも兄にも嫌われてて、出掛ける時も兄とだけで、ずっとほったらかしにされてたんだよね。だから、無視はされてたけど埋められるようなことはなかったんじゃないかな、って」

「なるほどな……。まああの親、見栄ははってそうだから、見えるところをケガさせたり、行方不明にさせたりとかそういうことをして世間から批判されるのは嫌なんじゃないかな」

「そうなんだ……」

確かに兄の参観の時は着飾った母を見かけて、なんだか居心地が悪かったのを覚えている。

「深山勇気の母親も虚栄心が強いもんな。事件当時は泣きながらテレビに出まくってたもんな」

「それじゃ、万が一捕まったら大変なことになりそう」

「旦那はもう離婚したみたいだから、被害が及ばないといいな」

「そうだね。あんな風に泣くぐらい、ゆうき君のこと大事にしてたんだから」

愛される子どもは、きっと思い出もあったかいのだろうな。そんなことを思いながら帰路についた。




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